俺の恋人、メンヘラインキュバスなんだが? 作:キージェンエグゼ
嬉しいことに、なにも異常がないまま任務は最終日を迎えた。今日が終われば家に帰れる。リヴィに会える。無意識のうちに、手に持つライフルのグリップを握る力が強くなる。
『今から120分後に、調査任務に派遣された部隊がここまで撤退してくる』
隊長から無線で伝令が入る。俺は思わず顔をしかめた。警備任務自体は何度もこなしてきたが、調査部隊の“帰還”を目の当たりにするのは、どうにも気が重い。拳を握り締める。心のどこかが、じわりと冷たくなる。
しばらくすると、空の彼方からプロペラ音がこだました。黒く細長い影が低空を滑るように近づいてくる。調査部隊の帰還だ。ショウイチを塔に残し、俺たち三人はヘリの誘導のために地上へ降りた。
信号弾を打ち上げると、ヘリはゆっくりと下降を始め、地面を蹴る風とともに着地する。その機体から、やがて
かつて見た最悪の記録は21。40人中19人生還、損耗率52.5%。その数字を聞いたときの、あの冷たい風のような感情を今でも覚えている。
今回の殉職者は一般職2名、近接職4名、魔法職1名。やはり、近接職の死亡率は高い。剣を手に、最前線で魔獣に突っ込むのだから当然だ。そして俺も、その“近接職”だ。今こうして生きて帰っているのは、運にすぎない。
「ユウヤ、考えすぎるな。命取りになるぞ」
隊長が声をかけてくる。俺の様子を見ていたのだろう。塔へ戻ると、ショウイチが言った。
「……まぁ、今回はマシやな」
「ああ……」
調査局――日本で一番、人が死ぬ仕事。そんなことは、とっくに知っている。それでも、こうして現実に直面するたび、心の奥がえぐられる。次は俺かもしれない。ショウイチかもしれない。
もし、俺が死んだら――リヴィは、悲しむだろうか。
……いや。きっと、泣く。そう思えるだけで、少しだけ心が軽くなった。
やがて、俺たちはヘリで後方へと回収された。明日からは休暇だ。こんな時に落ち込んでいる場合じゃない。切り替えろ。リヴィが、待ってくれている。
「……ただいま」
家のドアを開ける。途端に、勢いよく小さな身体が飛びついてきた。
「うわーん、ユウヤぁ! 寂しかったよぉ!」
まるで子どもみたいに泣きじゃくるリヴィ。思わず苦笑が漏れる。誰かに帰りを待たれているって、こんなにも温かいんだな。
「俺も寂しかった、リヴィ……」
自然に、そう呟いていた。そっと抱きついてくる彼の身体を、優しく抱きしめ返す。
「……っ!」
リヴィは顔を真っ赤にして、もじもじと視線を逸らす。小さくて柔らかくて、でも一生懸命で、愛しい。
「……その、晩ご飯、準備しておいたから」
言葉とは裏腹に、嬉しそうに尻尾が揺れている。
「ありがとう。ちょうど腹減ってたところだ」
テーブルには、いくつもの料理が並んでいた。ビーフシチュー、ガーリックトースト、綺麗に盛り付けられたサラダ。見たこともない料理もある。リヴィの努力が滲んでいた。
「……すごく、美味しそうだな」
その言葉に、リヴィはぱあっと顔を輝かせた。
「ホント!? よかったぁ! 頑張ったんだから!」
「早く食べよう」
「うんっ!」
いただきますを言って、食事が始まる。どの料理も本当に美味い。とろけるビーフ、香ばしいパン、彩りの美しいサラダ……なにより、温かい。
「……すごく、美味しいよ。ありがとな、リヴィ」
リヴィは恥ずかしそうにうつむきながらも、嬉しそうに笑っていた。
食事を終え、俺がシャワーへ向かおうとすると、リヴィがそっと袖を掴んだ。
「……その、一緒にシャワー、浴びない?」
「……ああ。いいよ」
バスルームに差し込む柔らかな湯気の中、リヴィの肌は透き通るように白く、シルクのように滑らかだった。俺の体とは違う、戦いとは無縁の純粋な美しさ。
リヴィの尻尾が、俺の太ももにくるりと巻きつく。
「……ね、ユウヤ。1週間すっごく寂しかった。夢魔だからさ……その……
リヴィの指が、俺の腰にある淫紋をなぞる。その瞬間、電気が走るような感覚が全身を駆け抜けた。
「いいよね……?」
「ああ。いいよ」
シャワーを出ても、リヴィの尻尾は離れなかった。ベッドルームに向かう途中、俺はふと思った。今なら、言えるかもしれない。
「……リヴィ。言いたいことがあるんだ」
「ん? どうしたの?」
俺は深呼吸して、胸の奥にあった言葉を、ようやく吐き出す。
「大好きだ。……愛してる、リヴィ」
一瞬の沈黙の後、リヴィの顔が、信じられないくらい真っ赤になる。
「な……なにそれ! 急に! 録音できなかったじゃん!」
慌てる姿が、あまりに可愛くて笑いそうになる。でも、嬉しい。こんなにも嬉しいんだ。
「ねえ、もう一回言って! お願い、ユウヤ!」
「えー、恥ずかしいよ……」
そう言っても、リヴィは離してくれない。仕方なく、俺はリヴィを抱き上げ、そのままベッドへと向かった。
――この幸せを、絶対に守りたい。