俺の恋人、メンヘラインキュバスなんだが? 作:キージェンエグゼ
「ねー、せっかくの休みなんだし、どこかに出かけようよ〜」
ソファに座っていた俺の背中に、リヴィが甘えるように抱きついてくる。柔らかなぬくもりと一緒に、ふわりと甘いシャンプーの香りが鼻先をくすぐった。
「いいよ。どこ行きたい?」
「渋谷!」
渋谷か。平日だし、そこまで混んでないだろう。人混みはあまり得意じゃないが、リヴィと一緒なら話は別だ。なんというか心強い?
少しして、リヴィが着替えて部屋に戻ってくる。肩が大胆に出たニットに、ベリーショートのミニスカート。予想以上に露出が多い。
「どう? 似合ってる?」
「……ああ」
「よかったぁ!」
まるでモデルみたいに、リヴィは自信満々にポーズをとる。本当に、本当に女の子のように見える。けど、リヴィは俺と同じ男なんだ。正直、可愛すぎて目のやり場に困る。けど、それを他人に見られるのは……複雑だ。
——自分だけのリヴィでいて欲しい。
そんな自分勝手な独占欲が、ふと胸の奥で疼いた。
一方、俺の服装はというと、黒いタンクトップの上に半袖シャツ。局から支給された、青みがかったグレーのデニム。……地味すぎる気がする。
「そのシャツ、前開けた方が絶対いいって」
「そ、そうか?」
言われたとおりにボタンを外すと、リヴィは指輪やブレスレットを手際よく俺に渡してくる。半信半疑で身につけてみたが——鏡に映った自分は、だいぶすっきりしたように見えた。
「うん、似合ってるよ、ユウヤ」
その笑顔に、胸がちくりとした。
電車を降りて渋谷の改札を抜けると、眼前に広がるのは人の波とネオンの海。スクランブル交差点の巨大スクリーンにはMVが流れ、ビル風に吹かれながら人々の喧騒が交差していた。
リヴィが俺の腕にぴたりとくっついてくる。
「わぁ……やっぱ渋谷って、都会だね〜!」
キラキラと輝く瞳で辺りを見回すその横顔は、まるで子どものように無垢で、そして眩しい。
「まずは服見に行こ! ユウヤ、はやくはやく!」
リヴィは俺の手を取って、センター街へと小走りに進んでいく。人混みをすり抜けるように進むその背中が、思いのほか頼もしく思えた。
最初に入ったのは、ガラス張りのファッションビル。1階から3階までがレディースフロアらしいが、リヴィにはそんなの関係ない。
「ねぇ、このワンピースどう? それともこっちのワイドパンツ?」
「……俺に聞くのか?」
「うん、ユウヤの好みが知りたいの」
ハンガーを両手に持って、瞳をキラキラさせながら見上げてくる。その目で見られたら、適当なことは言えない。
「……ワンピースの方が、リヴィっぽい気がする。可愛らしくて」
「ほんと!? やった〜〜!」
嬉しそうにスキップしながらレジに向かうリヴィ。その後ろ姿を少し距離をとって見ていたら、他の客の視線が彼に集中しているのに気づく。……リヴィだったら好きな人を好きなように選べるだろう。
そりゃそうだ。顔立ちは整っていて、髪も服もよく映える。そして……俺と腕を組んでいた。
俺なんかで、本当にいいのか?
ふと、そんな疑念が頭をよぎった。いつかリヴィは俺なんかよりずっといい人を見つけてその人の方に行ってしまうのではないか? そう考えてしまい不安な気持ちになる。
「ユウヤにも、もっとかっこいい服着せたいな〜。お兄さん系? ストリート系もいいかも!」
「いや、もう今ので充分だろ」
「だーめっ! せっかくだから、もっとおしゃれして!」
リヴィに腕を引かれて、今度はメンズフロアへ。気づけばロングコート、カーゴパンツ、ニット帽、厚底スニーカー……どんどん服が俺の腕に積み重ねられていく。
「これぜーんぶ、試着ね!」
「全部!?」
「ぜーんぶ!」
仕方なく試着室に入り、一つずつ着替えていく。鏡に映る自分は、いつもよりちょっと背筋が伸びて見えた。
「……おお、なんか……ちょっとだけモデルっぽいな」
「でしょでしょ!? だから言ったじゃん!」
リヴィの満足そうな笑顔に、俺までなんだか嬉しくなる。
買い物を終えた俺たちは、渋谷の裏通りにある静かなカフェに立ち寄った。ガラス越しに街の喧騒が遠くに感じられ、二人だけの時間がゆっくり流れていた。
「ねえユウヤ、こうやって街を歩けるのって……すごく幸せだね」
「……ああ。俺もそう思う」
テーブルに置かれたカフェラテの泡がふわりと揺れ、夕暮れの光がビルの隙間から差し込む。リヴィの髪が金色に染まり、その横顔が一瞬、夢の中の人のように美しく見えた。
「……また、どこか行こうな」
「うん。絶対、行こう」
そしてカフェを出た交差点の向こう、青信号の先。ふと視界の端に見慣れた姿が映った。
……え?
制服姿の少女。こっちをまっすぐ見ている。その顔に見覚えがあった。
——間違いない。
「……ナナセ?」
思わず声に出してしまった俺に、リヴィが不思議そうな顔で振り返る。そしてその瞬間——
「お兄ちゃん!?」
少女の声が響いた。
俺の背中に、冷たい汗がつっと流れ落ちた。