俺の恋人、メンヘラインキュバスなんだが? 作:キージェンエグゼ
俺は任務のため、駐屯地へと足を運んだ。昨夜、リヴィには「二週間は会えなくなる」と伝えておいたのだが──思ったよりもあっさりした反応に、正直少し拍子抜けしていた。てっきり寂しがって、しがみついてくるかと思っていたのに。
複雑な気持ちを抱えながら、会議室へ向かう。きっともう他の隊員たちは集まっているはずだ。俺は早足でドアを開けて中に滑り込んだ。
「おお、来たかユウヤ」
扉の近くにいたショウイチが声をかけてきた。いつも通りの調子だが……いや、むしろ今日は妙にテンションが高い。
「なんだよ、その顔。やけに機嫌よさそうじゃねえか」
「んー? ああ、任務が変更になったんや」
さらりと告げられたその言葉に、俺は思わず二度見した。任務変更? 一体どういうことだ。
詳しく話を聞いてみると、調査局では最近、新装備の導入に向けた実地テストを進めているらしい。そして、なぜか俺たちの部隊がそのテストに参加するよう指名されたのだという。しかも、装備を提供する企業側からの“強い要請”付きで。
──USミリタリーシステムズ社。つまり、リヴィの会社だ。
「……あいつ、やりやがったな」
頭を抱える俺をよそに、ショウイチは「ええやん、仕事楽になったで?」と呑気な顔をしている。いや、そういう問題じゃないだろ。
俺たちはバスで演習場へと移動した。すでに現地には米軍の部隊が到着していて、せわしなく装備の点検を行っている。
「うわ……」
目に飛び込んできたのは、まるで映画の中から出てきたような屈強な男たち。体格は俺の二回りはデカい。喋っている言語も当然、英語。俺たちの部隊に英語が堪能な人材はいないため、誰もが戸惑い、無言で立ち尽くしていた。
そのときだった。
「今日はよろしく」
ひときわ大柄な男が、流暢な日本語で俺の前に立ち、右手を差し出してきた。髪は白銀に近い金色、つり上がった瞳、彫りの深い顔立ち。どこかマフィアを思わせる風貌だが、その身のこなしは洗練されており隙がない。
「俺の名はハーデンだ」
その手を取った瞬間、肌を通じて“格”の違いが伝わってきた。筋肉の密度も、目の奥に宿る覚悟も、まるで別次元だ。
「お、俺は……ユウヤって言います」
なんとか名乗ったところで、突然割って入る声がした。
「その手を離すのです! 」
俺の横に滑り込んできたのは、小柄な少女。耳が狼のように尖っている──獣人だ。彼女は俺とハーデンの握手を無理やり引き剥がし、そのまま彼にぴったりとくっついた。
「離せ、ラミィ。悪い癖が出てるぞ」
「だって! ハーデン隊長が他の人と握手するのは許せないのです! 」
──うわ、なんか、面倒くさいのがもう一人増えた。ベクトルは違えど、リヴィと同じ匂いがする。
そんなラミィの嫉妬混じりの視線を受けながら、俺はハーデンの顔を見る。額から左目にかけて深く刻まれた傷。圧倒的な威圧感。……やっぱ、この人ただ者じゃねぇ。
「ミーティングが始まる。来い、ユウヤ」
ハーデンが俺の肩を軽く叩いた。予想外の柔らかさに少し驚く。……あれ、意外とフレンドリー?
その後、全員が集まった訓練用ブリーフィングルームで、合同訓練の概要が告げられた。
「本日より、米陸軍デルタフォースと日本国調査局による、共同装備試験を開始する」
俺とショウイチは目を見開いた。まさか今日、合同で訓練を行うのが“あの”デルタフォースだなんて、誰が予想できた?
「また、今回はUSミリタリーシステムズ社の役員の方が視察に来ている。失礼のないように」
──視察。つまり、リヴィがいるってことか。
見られてる、と思うと自然と背筋が伸びる。下手なところは見せられない。
最初の試験は新型弾薬の性能評価。約50メートル先の標的を撃ち抜く精度試験だ。
「ヨシミ・ユウヤ、30発中26発命中! 」
上々の結果だ。悪くない……いや、結構いいぞこれ。リヴィ、ちゃんと見てたか?
「ハーデン・スタンスミス、30発中30発命中! 」
一瞬、空気が凍りついたような静寂が会場を包んだ。30発中30発。完璧な命中精度。標的を射抜くたびに銃声が響いたはずなのに、いま思えばまるで無音だったかのように錯覚する。全てにおいて、圧倒的だった。
けれど──そんな偉業を成し遂げた張本人、ハーデンはまるで歯を磨いたかのような平然とした顔をしていた。感情の起伏など一切感じさせない。まるで、これが“当然”であるかのように。
……すげぇ。本物って、こういう奴のことを言うんだな。
休憩時間。俺は気がつけば、ハーデンのもとへ足を向けていた。少しでも近くで、彼の動きや考えを感じ取りたい。その背中から、何かを学びたかった。
「すごかったです、さっきの射撃……! 」
自然と口から言葉が漏れた。敬意と、羨望と、そして僅かな憧れが混ざった声だった。
ハーデンは俺の方をちらりと見たが、やはりその表情はどこまでも静かだった。だが、俺の言葉を否定も、謙遜もしなかった。──それがかえって“本物”であることを物語っていた。
と、そこへラミィがどこからともなく割り込んでくる。
「ふふん、それは当然なのです! 」
獣耳をぴこぴこと動かしながら、胸を張る。本人でもないのに、まるで自分が褒められたかのような得意顔。
「だって、ハーデン隊長は──」
ラミィはそこで一度言葉を切り、俺に向き直る。その瞳には、まるで子どもが英雄の話を語るような、純粋な敬意と誇りが宿っていた。
「
その一言に、思わず息をのんだ。
──“史上最強”。
ハーデンは少しだけ目を細め、ラミィの頭を無言で軽く叩いた。それは優しさとも、照れ隠しともとれる仕草だった。
「ラミィ」
ハーデンは呆れたような顔をする。それでもラミィは終始嬉しそうだ。
「えへへ……でも、事実なのです! 」
俺はその光景を見て、不思議な感情を抱いていた。──こんなにも冷たく見えるのに、どこか人間味がある。ラミィがこの男に懐いている理由が、少しだけわかった気がした。
……生物としてのレベルは違う。
俺は、心の底からそう思った。