俺の恋人、メンヘラインキュバスなんだが? 作:キージェンエグゼ
俺は、ハーデンの圧倒的な実力に怖気づいていた。もしあいつが敵だったら──その想像だけで、背筋がひやりと凍る。
“アメリカ史上最強の兵士”──そう称されるだけの実力を、あの数分の射撃訓練でまざまざと見せつけられた。照準に無駄な動きは一つもなく、引き金を引く動作は芸術的なまでに滑らかだった。心の奥に「敵わない」という諦念が、じわりと広がる。
……ああ、リヴィも見てたんだよな、あの情けない俺を。たぶんしょぼいって思われたんだろうな。どうしようもなく凹む。
訓練場の隅で、一人項垂れていると、足音が近づいてきた。軽やかで、でもどこか冷たさを含んだ足取り。声を聞く前に、誰かがわかった。
「落ち込んでるね、ユウヤ」
顔を上げると、案の定そこにはリヴィがいた。薄く笑ってはいるけれど、それが本心かはわからない。どこか小馬鹿にしてるようにも見えるし──でも、わざわざ来てくれたってことは、多少は気にしてくれてるのかもしれない。
「……お前、わざわざ来て、馬鹿にしに来たのか? 」
声に棘が混じる。自分でもわかってる。悔しくて、情けなくて、それを誤魔化すために尖った言葉しか出てこない。
「さっきの射撃、見てたのか? 」
俺の問いに、リヴィはふふっと笑って頷いた。
「うん、ばっちり見てたよ! 」
うわぁ……やめてくれ。心臓が抉られる感覚だ。
「……笑ってるだろ。どうせ下手くそだって思ってるんだろ」
自虐混じりに言うと、リヴィはふっと表情を和らげ、俺の隣に腰を下ろした。真横で感じる体温が、不思議と心を落ち着かせる。
「下手くそとかじゃなくてさ。一生懸命だった。そういうユウヤの姿、見れて……正直、ちょっと嬉しかったよ」
意外な言葉に、思わず言葉を失う。リヴィが、そんなこと言うなんて。
──そうか、俺は“かっこよく見せよう”なんて、浅はかなことばかり考えてた。だけど、本当に大事なのは結果じゃなくて、どう向き合ったか……なのかもしれない。
……いや、でもそれは学生まで。俺はもう大人なんだ。甘えは許されない。結果で証明しなきゃ。
俺は軽く自分の両頬を叩いて気合を入れる。
「ありがとう、リヴィ」
「元気出してくれてよかった。次は実戦想定の演習だよ。頑張ってね! 」
「……は? 」
リヴィが言った通り、次は市街地戦を想定した本格的な実戦訓練。しかも相手はデルタフォース。俺たち調査局との“対人戦闘”だ。弾は安全なペイント弾に置き換えられているが、胴体か頭に当たれば即失格。ほぼ一撃必殺だ。
……やばい。対人戦なんて、俺、一度も経験したことないんだけど。
「お前をボコボコにするのです! 隊長と握手した罰なのです! 」
突然、ラミィが凄まじい形相で迫ってきた。まるで親の仇でも見るような目で俺を睨んでいる。
「なんでそんなことで恨まれなきゃいけないんだよ……」
助けを求めて視線を送るが、ショウイチは遠くで笑ってるだけだ。
「ユウヤ、お前、面倒なやつに絡まれてるやん」
この能天気め。自分も同じ戦場に立つことを忘れてるのか。
演習が始まった。俺たち調査局チームの作戦は単純明快。市街地を模した演習フィールドに潜伏し、敵の接近を待ち伏せて奇襲する。それしか勝ち筋がないからだ。
──でも、もしここでハーデンに一泡吹かせられたら……リヴィの見る目も少しは変わるんじゃないか?
そんなくだらない妄想が頭をよぎる。ほんと、俺って馬鹿だ。でもたぶん、こういうのが生きる原動力なんだ。
(……来た。ハーデンだ)
足音、気配、空気の張りつめ方。すぐ近くまで、奴が来ている。
俺の装備はSMGと刀──いわゆる近接職。真正面から撃ち合っても勝ち目はない。だからこそ、一瞬の隙を突くしかない。
──やるしかない。リヴィの前で、負けてたまるか。
俺は息を殺し、ハーデンの影に照準を合わせた。緊張で手汗がにじむ。それでも、足は止まらない。
仕掛けるなら──今だ。