俺の恋人、メンヘラインキュバスなんだが?   作:キージェンエグゼ

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襲撃

 演習場の入り口に、2つの影がゆっくりと近づいていた。

 一人は純白のローブをまとった聖女。まるで神殿からそのまま現れたような神々しさを放っている。もう一人は、重厚な甲冑に身を包み、中世の騎士そのものの姿をしていた。手には西洋剣を携えている。

 

「ここから先は立ち入り禁止だ。引き返してもらおう」

 

 警備員の制止の声に、聖女は小さく微笑んだ。しかし、それに返すように動いたのは騎士だった。

 

「──ああ、知っているさ」

 

 その言葉と同時。騎士の姿がぶれたように一閃し、次の瞬間には──

 

 ズルッ。

 

 警備員の首が、音もなく宙を舞った。斬撃の速さは視認すら不可能で、返り血すら剣に付かない。まるで、儀式のように清浄な殺人だった。

 

「パラディン。無駄な殺戮は慎むべきです」

 

 聖女が静かに言った。口調こそ穏やかだが、その言葉には冷たい響きがあった。

 

「問題ない、エクスキューショナー。俺の殺しは神聖なる裁きだ」

 

 パラディンと呼ばれた騎士は、血も見せぬ剣を悠然と鞘に収めた。どこか兜で隠れた顔越しに陶酔したような表情さえ浮かべながら。

 

「騒ぎになれば、標的に逃げられるかもしれませんよ」

 

「逃げられれば、追えばいい。目撃者も標的も、全て俺が殺す。それだけだ」

 

 そして騎士は、静かに一歩前へ出た。地を踏みしめるその音すら、宣戦布告のように重々しい。

 

 やがて天に向かって声を張り上げる。

 

「──聖戦の始まりだ! 」

 

 その声は、空気を震わせ、まるで神の宣告のように大地に響いた。

 


 

 俺たちは束の間の休憩を取っていた。気が抜けたその瞬間、演習場全体に警報音が鳴り響いた。

 

 不穏な気配が、空気ごと世界を塗り替える。肌が粟立つ。息が苦しい。音ではなく、「感覚」でわかる。何かが──決定的におかしい。

 

 殺意だ。鋭く、凍るような殺意が、この空間そのものを飲み込んでいる。

 

『警告。これは演習ではない。我々は襲撃されている。繰り返す、これは演習では──』

 

 アナウンスがノイズ混じりに途切れ、次の瞬間、空気が凍りつくように張り詰めた。

 

「久しぶりの戦争だァッ!! 」

 

 誰かの、いや、何かの咆哮が、空間を割った。その直後──目の前の光景が、理解不能なまでに変わっていた。

 視界の隅、隊長が、真っ二つに裂かれていた。

 

「……は?」

 

 思考が追いつかない。ほんの一瞬、まばたきをしただけだ。だというのに、今度は隣にいた同僚の首が、飛んだ。

 

 ドシャッ!

 

 首から吹き上がる鮮血が、紅い花のように宙を舞う。あまりに現実離れしていて、頭が追いつかない。理解できない。ただ一つ、確かに言えることがある。

 

 ──死んだ。仲間が、本当に、死んだ。

 

 そこにいたのは、中世の騎士のような姿をした男だった。甲冑に身を包み、真紅に染まった剣を握りしめ、狂ったような笑い声をあげている。

 

「おっと、そこのお前……()()()()()()

 

 男──騎士は、まっすぐ俺を見据え、剣の切っ先を向けてきた。

 

 穢れている? どういう意味だ? 淫紋のことか──? 

 

「お前は……悪魔に魅入られている。だが安心しろ。俺が解放してやろう」

 

 次の瞬間、剣の刃が音を立てて風を裂き、俺の首元すれすれで停止した。

 

「……だが、楽に殺してもつまらんな。少し“遊ぼう”じゃないか」

 

 ナイトは、まるで影のようにすっと視界から消えた。そして、再び現れると同時に、何かを放り投げてきた。

 

 それは、刀だった。

 

 訓練用のゴム製ではない。本物の、日本刀だ。鞘付きの、殺すための刀。

 

「俺は戦争が好きなんだ。戦っている時こそ、生きていると実感できる」

 

 ナイトは、ゆっくりと歩きながら語る。まるで舞台役者のように、声に感情を乗せながら。

 

「さあ、刀を抜け。穢れた者よ。俺を殺してみせろ! 」

 

 呼吸がうまくできない。肺がきしみ、視界がぐにゃりと歪む。これは現実なのか?

 

 ──隊長が死んだ。仲間が死んだ。1分も経っていないのに、こんなにも簡単に。

 

 ショウイチは、腰を抜かして動けなくなっていた。口元が震え、声すら出せない。

 

 助けなきゃ。誰かが止めなきゃ。でも、俺がやるのか? 本当に?

 この狂った殺人鬼と、本気で戦うしかないのか?

 俺は、手の震えを抑えながら、刀に手をかけた。

 

「いいぞ、穢れた者よ。かかってこい! 」

 

 騎士は嬉々として笑みを浮かべ、まるで祝祭にでも参加するような口調で挑発を続ける。

 

 やるんだ。やるしかない。

 

 恐怖で震える手を必死に抑え、俺は刀を抜いた。汗が柄に滲み、手の内が滑りそうになる。それでも、何度も反芻してきた動作を脳内で繰り返す。

 

 大きく振るな、隙ができる。できるだけ小さく、最短距離で、最小の動きで──。

 

 心の中で自分に言い聞かせる。

 

「──ッ!」

 

 掠れた叫びと共に、俺は全力で斬りかかった。

 

 だが、次の瞬間──

 

「なんて素晴らしい! 」

 

 騎士は笑っていた。

 

「弱者が、命を賭けて強者に立ち向かう。実に完成された喜劇ではないか!」

 

 俺の渾身の一撃は、彼の剣によって簡単に弾かれた。それどころか、反撃の蹴りが俺の横腹にめり込む。

 

「ぐっ──! 」

 

 強烈な衝撃が内臓を揺らし、俺の身体は空中を舞い、そのまま壁に叩きつけられた。背中を打った衝撃で、息が詰まり、視界が揺れる。

 

「幻想を捨てろ。現実は舞台のようにはいかんぞ、穢れた者よ」

 

 騎士は一歩ずつ、俺に近づいてくる。

 

「弱者は、ただ虐げられるだけだ。それが自然の理。暴力こそが、存在の証明なのだ」

 

 剣がゆっくりと、そして確実に振り上げられる。

 

 もうダメだ──。俺は目を閉じた。

 

 そのとき、乾いた銃声が空気を引き裂いた。

 

「お前の相手は……俺だ」

 

 ハーデンの声だ。振り返ると、彼がライフルを構え、俺と騎士の間に立っていた。

 

「貴様は……知っているぞ」

 

 騎士が至極嬉しそうに吐き捨てる。

 

「アメリカ史上最強の兵士、ハーデン・スタンスミス……! 」

 

 ハーデンは応じず、無言で連射を浴びせた。騎士は一瞬で間合いを取り、俺から離れる。

 

「ユウヤ、聞け。今すぐUSミリタリー・システムズの役員のところへ行け」

 

「……っ」

 

 俺は、まだまともに呼吸もできない。だが、目の前の男が、俺に託している。

 

「敵は二人いる。目的はおそらく役員の殺害だ」

 

 騎士だけじゃない。もう一人いる──そいつもこんな化け物みたいなやつなのか?

 だが、敵の狙いは役員、つまりリヴィ、リヴィを守らないと──。

 震える足に力を込め、俺は立ち上がった。

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