俺の恋人、メンヘラインキュバスなんだが? 作:キージェンエグゼ
「とにかく出てけよ!」
俺は必死にリヴィを部屋から押し出す。肩を突き飛ばし、足を踏み込む。だがこいつ、ピクリとも動かない。まるで壁に押し当ててるみたいだ。
「え〜、やだよ〜。やっと一緒にいられるのに、追い出すなんてひどくない?」
「ひどいのはお前の方だろ!」
言い合いながら取っ組み合っていると、突然——。
カチャリ。
鍵もかけたはずのドアが開く音。そして、無言のまま黒スーツにサングラスをかけた男たちが数人、ぞろぞろと俺の部屋に入ってきた。でかい段ボールやケースを手にしてる。
「……は?」
「うん、それ持ってって。あ、ベッドと机も忘れずに〜」
リヴィが気軽に指示を出すと、男たちは慣れた手つきで、俺の荷物を一つひとつ運び出していく。え、ちょっと待て。
「は? なに勝手に——」
「なにって、引っ越しだよ。君、今日から俺と同棲するんだから」
「勝手に決めんな!!」
リヴィの肩を掴んで問い詰めようとした瞬間、胸元がチリチリと熱を帯びる感覚が襲った。例の“淫紋”。それが反応してる……!
ぐらりと視界が歪む。力が抜け、膝が床に沈む。
「……く、そ……卑怯だぞ……リヴィ……!」
まともに声も出せない。指先すら動かせない。リヴィはそんな俺を、お姫様抱っこの体勢で軽々と持ち上げた。
「ふふ、だってユウヤが乱暴するから〜。こうでもしないと大人しくしてくれないじゃん」
「離せ……っ、この変態……!」
悔しい。情けない。何より腹立たしいのは、廊下に出た瞬間、同じ寮に住む局員たちの視線が一斉にこちらに集まったことだった。
お姫様抱っこ。俺が。リヴィに。
「ちょ、ユウヤ?」「なにあれ……」「まさか付き合ってんの?」
うわ、死にたい。二度と寮に戻れねぇ。もう誰とも目を合わせられない……!
そして着いたのは、立川の住宅街にある一軒家。洒落た外観に白い塀、整った植栽。中に入れば、木目調のフローリングに高級感のある家具。家全体がモデルルームみたいだ。
「ここが、俺と君が一緒に住むおうち。ね? 綺麗でしょ?」
リヴィは心底嬉しそうな顔をして笑う。俺の憔悴なんてお構いなしだ。
「昨日買ったんだ〜。頑張って探したよ。君が暮らしやすい場所を」
「は? 昨日……? ここ、いくらすると思ってんだよ」
「んー、たぶん5000万くらいかな? でも気にしてないよ。君と一緒に住めるなら安いもん」
「…………」
軽く眩暈がする。こいつ、本当に頭のネジが吹っ飛んでる。愛情の使い方、間違ってるにも程がある。
「君の職場にも近いし、通勤も楽でしょ? 文句ないよね?」
「文句しかねぇよ!! これ、ほとんど誘拐じゃねーか!」
怒鳴る俺に、リヴィはふっと真顔になる。少し、寂しそうな目をして、ぼそりと呟いた。
「……でも、君を閉じ込めないと、すぐに遠くへ行っちゃいそうで。俺、そういうの……怖いんだよ」
「は……?」
「誰かを好きになるって、こんなに苦しいんだね」
その言葉に、なぜか心臓が少しだけ痛んだ。
俺の知らないリヴィが、確かにそこにいた。
たった一瞬だった。だけど、あの目は……紛れもなく本気だった。ふざけた態度も、強引な行動も、全部がその“好き”の裏返しだったのかと思うと、簡単に切り捨てられなくなってくる。
「……バカか、お前」
そう言うのがやっとだった。顔が熱いのは怒りのせいだと思いたい。
リヴィはまた嬉しそうに笑って、「ね? ここ、案外悪くないでしょ」と俺をソファに座らせる。
ふかふかのクッションに体が沈んで、思わず小さくため息が漏れる。
「なあ、ちゃんと俺の了承取ってからにしろよ……」
「うん。じゃあ、今“了承”って言ったね。録音しておけばよかったな〜」
「してねぇよ!!」
やっぱり、こいつだけは絶対に許さねぇ——はずなのに。胸の奥が、少しだけ暖かかった。