俺の恋人、メンヘラインキュバスなんだが? 作:キージェンエグゼ
「……ねぇユウヤ。この“アキナ”って人からLINE来てるけど、誰?」
いつものように無遠慮に俺のスマホをいじっていたリヴィが、突然そんなことを言い出した。声は穏やかだが、そこにあるはずのない寒気が、俺の背筋を這い上がってくる。
何気ない調子に聞こえるその声の裏側には、剃刀のような鋭さがある。顔を上げると、リヴィの瞳が真っ直ぐに俺を見ていた。笑っているわけではない。ただ、微笑みに似た“形”をしているだけ。目は、まるで心の奥底まで覗き込もうとしてくるような暗さを宿していた。
「職場の上司だけど? なに?」
そう答えながら、嫌な予感が首をもたげる。これは、間違えたらやばいやつだ。
「女?」
その一言で、室温が数度下がったような気がした。
俺は一瞬返事をためらったが、嘘は余計にこじれる。だから正直に言った。
「そうだけど。仕事の連絡で——」
「今すぐブロ削して」
リヴィの声が、まるで刃物のように空気を断ち切った。凍てついたような静寂が一瞬部屋に広がる。
「……は? なんでだよ? 普通に連絡手段だし、仕事の話とか来るんだけど?」
「どうして? なんで俺っていう恋人がいるのに、他の女とLINEなんてしてるの? 意味がわかんない。もしかして、やましいことでもあるの?」
言葉のトーンは変わらない。むしろ穏やかだ。でも、リヴィの表情はどこか壊れていて、瞳の奥には光がない。腕を掴んできた指に、じわじわと力が籠もっていく。
ちょっと、普通に痛い。
「ないって。やましいことなんて何も。上司って言っただろ? てか、既婚者だし——」
「既婚者でも油断できない。女は全部敵だもん」
即答だった。なにその理論。常識とか、信頼とか、全部投げ捨ててる感じがする。
しかも、リヴィはなぜかうっすらと涙ぐんでいる。怒っているのか、泣きたいのか、そのどちらもなのか、俺にはもうわからない。わかりたくもない。
「じゃあ……君の上司を男に変えてあげれば、安心する?」
「え、なに言って——」
意味がわからない。その台詞の裏にどんな意図があるのかを考える前に、リヴィはすでにスマホを操作しながら、ぶつぶつと呟いていた。
「戸籍ってどうやって変更するのかなぁ……性別変えるには何が必要だっけ……それとも、もう消えちゃってもらう方が早いかなぁ……」
おい待て待て待て。完全に思考のベクトルがズレてる。
「……もういいよ。わかった。好きにしていいから」
俺は観念したように言って、スマホのロックを解除して渡す。こいつとまともに話すだけで体力が削られていく。もはや消耗戦だ。
「……ほんとに? じゃあ、インスタとBeReal、削除するね」
は?
「ちょ、待て! さすがにそれはやりすぎだろ!?」
「でも、好きにしていいって言ったじゃん。ユウヤがそう言ったんだよ?」
口角を僅かに吊り上げて笑うリヴィ。その笑顔は天使のように無垢で……だからこそ、底知れない怖さがあった。
「くっ……それは言ったけど……」
「冗談だよ、ユウヤ。削除なんてしないよ。ただ……」
リヴィは俺の隣にすっと腰掛け、自撮りの体勢に入る。
「ほら、笑って?」
唐突にシャッター音が鳴った。俺とリヴィのツーショット。俺は明らかに引きつった顔で、リヴィは嬉しそうに笑っている。
すると、リヴィは俺のスマホでインスタを開いて、何の迷いもなくストーリーズを投稿した。
『俺たち付き合ってま〜す!』
写真には、仲睦まじく肩を寄せ合った俺たちが写っている。さらに、ご丁寧にリヴィっぽいアカウントがメンションされていた。
「はい、返す」
俺はスマホを受け取り、画面を見て愕然とした。フォロワーの通知が嵐のように舞い込み、DMの着信音が鳴り止まない。
「お前……マジでやったのか……」
「だって、不安なんだもん。君の隣にいるのは俺だって、みんなに知ってもらわなきゃ」
リヴィが呟くと、どこからともなく現れた彼のインキュバスの証——長くしなやかな尻尾が俺の太ももに巻きついてくる。
「うわ、なんだよ……!」
驚いた瞬間、リヴィが何かを小さく唱えた。まるで呪文のような響き。すると、体が急に熱を持ち始め、呼吸が浅くなる。
「う、くっ……」
リヴィの顔が、にやりといやらしい笑みを浮かべる。確信犯だ。
「ねぇ、苦しいでしょ? でもそれ、俺の気持ちなんだよ。君を失うって考えるだけで、喉が詰まって、胸が軋んで……死にそうになる」
体から力が抜けて、その場に崩れ落ちる俺を、リヴィがすかさず抱き留めた。強引なのに、どこか優しくて、でもやっぱり狂ってる。
リヴィの腕の中は、甘ったるい香りで満たされていて、呼吸するたび肺が満ちていく。思考がぼやける。
「ねぇ、もっと甘えてよ。君は俺の、たった一人のユウヤなんだからさ」
優しい声が耳元で囁かれる。
ああもう、めちゃくちゃだ。
でも、こんな風に求められることが、ほんの少しだけ、悪くないと思ってしまう自分が……本当に最悪だ。
反射的にリヴィを押し倒す。リヴィにそういうことを求めてる自分に恥じて顔が赤く染まっていくのがわかる。リヴィは俺の耳元で優しく囁いた。
「いいんだよ、