俺の恋人、メンヘラインキュバスなんだが? 作:キージェンエグゼ
「ねえ、買い物行かない?」
朝ごはんを食べ終えた後、リヴィが嬉しそうに言った。
「うーん……。いいよ」
これから一緒に生活するわけだし、家具や家電、日用品も揃えなきゃならない。まあ、当然の流れか。それに、こうやってリヴィと普通に出かけるのは悪くない。……たぶん、これも“恋人っぽいこと”の一部なんだろう。
「じゃ、着替えて行こっか!」
「ああ、そうだな」
俺は寝室へ戻って着替えを始めた。とはいえ、服なんて全然持ってない。黒いTシャツとデニムパンツ、いつも通りの無難な格好だ。ファッションには興味がないし、仕事柄、支給されたジャージの方が断然着やすい。動きやすくて、通気性も良いし。
着替えてリヴィの元へ戻ると、彼女はじっと俺の姿を見て——小さく眉をひそめた。
「なんか……普通」
「普通で悪いかよ」
正直、ダサいとか言われなくてホッとしている。けど、「普通」って言い方も結構刺さるな……。するとリヴィは立ち上がってどこかへ行き、箱の中から小さなアクセサリーを取り出してきた。
「ん、これつけて」
差し出されたのは銀の腕輪と、シンプルなデザインの指輪だった。俺はよくわからないままそれらを受け取り、言われた通りにつける。
「あと、ドッグタグも」
「……マジで?」
仕事のことを思い出すから、あまりプライベートではつけたくない。でも、リヴィがじっと俺を見つめている。「つけてくれるよね?」と言わんばかりの無言の圧。仕方なく、引き出しからドッグタグを取り出して首にかけた。
すると、リヴィがぱっと笑顔になる。
「似合ってるよ」
その笑顔に、なんだか胸の奥がくすぐったくなる。……褒められるの、案外悪くないな。
街へ出ると、天気は快晴だった。夏の気配を帯びた風が心地よく吹き抜け、人通りも多い。リヴィは俺の腕をしっかりと組み、終始ご機嫌だった。
まず最初に向かったのは電気屋。洗濯機や冷蔵庫、炊飯器などの家電をチェックしていく。俺は正直、どれでもいい派だが、リヴィはこだわりが強くてあれこれ説明を読み比べていた。
「これは静音性能が優れてる。夜でも使えるし、ユウヤの睡眠を邪魔しないよ」
「へえ……そんなとこまで気にするんだな」
「うん。ユウヤのこと、大事だから」
さらっと言うなって、そういうこと。顔が熱くなる。けど、その言葉には嘘がない気がした。
次はインテリアショップ。ベッドシーツやカーテン、食器類を一緒に選んだ。
「こっちの方が落ち着いてて良くないか?」
「でも俺はこっちのピンクが可愛いと思う。……ね?」
「……まあ、ピンクでもいいけど」
「やった! ユウヤと一緒に選ぶの、すっごく楽しい!」
リヴィの喜ぶ顔を見ると、なんとなく自分の好みを譲ってもいいかと思えてしまう。……これって、いい傾向なのか? なんか、どんどんリヴィのペースに巻き込まれてる気がする。
途中、リヴィが立ち止まり、ジュエリーショップの前で足を止めた。ショーケースにはペアリングが並んでいる。
「ねえ、指輪、買おっか。せっかくだし、お揃いのやつ」
「お、おい、指輪って……」
「恋人同士がつけるやつだよ? おかしくないでしょ?」
笑顔のまま、リヴィは店員を呼んでいた。俺は止める隙を与えられず、あれよあれよという間に細いリングが薬指に嵌められる。気づけば、リヴィも隣で同じデザインのリングをはめていた。
「うん、これで完全にユウヤは俺のものだね」
「……お、おい」
「冗談だよ、ふふっ」
無邪気に笑うリヴィの顔を見るとなんだか不思議な気持ちになる。恥ずかしいけどもう少しこの時間が続けばなんて思ってしまった。
夜。部屋に戻り、買ってきたものを整理していると、ふと窓の外に視線をやった。
誰かが立っていた。街灯の下、黒い影。見間違いではない。次の瞬間には消えていたが、確かに“いた”。
胸騒ぎがした。
リヴィにそれを言おうとしたが、リヴィはもうベッドの上で眠っていた。安らかな寝顔。しかし俺の中には、はっきりとした“違和感”が残っていた。
あの影は、俺たちを見ていたのか。それとも、リヴィを——?