新帝国暦5年、旧姓マリーカ・フォン・フォイエルバッハはケスラー元帥夫人となった。
「ねえ『大佐さん』これからはもう秘密はなしね」
と、一応約束はさせたものの、憲兵総監などという職務上の守秘義務などというものを想像出来ないわけでもなかった。
実際、マリーカに人払いさせる様な客人は後を絶たなかった。
憲兵の制服を着た客人だけでもなかった。
その中に、侍女として仕えたときの記憶が正しければ、私服に変装した憲兵でもなく、民間の情報提供者でもない、素性のむしろはっきりした「公人」がいた。
学芸尚書ゼーフェルト博士。
帝国宰相当時の皇帝ラインハルトに尚書に抜擢されて以来、「ゴールデンバウム王朝全史」の編纂責任者となっている。
旧王朝末期、すでにケスラーは憲兵としてキャリアを重ねつつあり、特に当時のある高官から私的に宮廷の秘密を託されたという。
その高官は、当時の新進の士官だったラインハルトの将来を何故か嘱望し、ケスラーを通じて、使い方によっては有力な武器になる、その秘密の真相をラインハルトに委ねたのだ。
が、ラインハルトが別の機会に公言して曰く
「私は宇宙を盗みたいのではない。奪いたいのだ」
結果、再びその秘密はケスラーに託された。曰く
「歴史が門閥貴族どもの独占物でなくなるときまでだ」
当然、学芸尚書がたずねてきた今が、そのときのはずであった。
しかし、博士の訪問に対し、何故か返答を保留した翌日、ケスラー元帥は建設進行中の皇宮「獅子の泉」に伺候し、その奥にいる女性皇族たちへの訪問の許可を求めた。
摂政皇太后および先帝皇姉との人払いの上での会談は憶測を生まずにすまなかったが、その直後学芸尚書が招き入れられた事で、余程ひねくれたもの以外は疑惑を晴らした。
ケスラーが知る旧王朝末期の醜聞の中には、当時後宮の人だった大公妃の名誉にかかわるものがありうるであろう。
それは現王朝にとっても、公表に配慮を必要とするであろう。
それ以上の詮索は不敬ということで一致するのがこの当時の「獅子の泉」であった。
太后ヒルデガルドにとっても、この秘密は個人的にも衝撃なしとはいえなかった。
ロジックとしては想像しえたにしろ。
……銀河帝国皇帝フリードリヒ4世は、複数の女性を妊娠させること合計28回におよんだが、そのうち中年といえる年令まで生存したのは、女子2名のみ、孫の世代においては、3名しか誕生しなかった。
しかも、その孫3名中の2名までが、遺伝上の欠損を隠していたのである。
おそらく、あの「劣弱遺伝子排除法」が空洞化されていなければ、ひそかに「死産」となっていた可能性が強い。
そして、この欠損は同じ祖先から受け継いだものであり、共通の血族となれば、少なくとも祖父まで遡らなければならない。
その祖父が…先帝の皇子として生まれながら、即位前はまるで帝位継承の候補として期待されず、何より本人がそれを放棄したような放蕩に任せていた事。
そもそも、王朝に忌避されていたはずの「敗軍皇帝」の名を受け継いでいた事。
帝位を争った兄弟の共倒れでやむなく皇帝となった事。
その後も放蕩から覚醒しなかった事。
言われてみれば、まるで帝位に付く資格がない事を密かに知っていたとも解釈できる。
そして放蕩の結果、女性を妊娠させる事だけは多くの機会を得たが、その結果は、かくの如しであった。
疑えば疑える。
しかし「神聖不可侵」の皇帝であったときは帝国の威信がかかった秘密だったはずなのだ。
そう「グリンメルスハウゼン文書」などという証拠がなければ、いやそれを持ち出したのがケスラー元帥でなければ、むしろ怪文書の類だったろう。
そして、これを「全史」に掲載するかいなかが、大公妃アンネローゼの名誉に微妙に関係しているのも確かだった。
それにしても、アンネローゼとフリードリヒ4世との関係が、あのような真相を隠していたとは。
自分の「因果」が子や孫に次々と報いるのを見て、すでに内宇宙においては「断絶」させていたのかも知れない。
それゆえ「簒奪者」を言わば自ら育てた。
そして、アンネローゼに求めたもの。
それは「断絶する王朝」の後継者なのではなく、残されたわずかな時間の癒しだった。
しかし「簒奪者」に決意させた最初の怒り。
それが、癒しを求められた乙女は、外から見れば名ばかりの存在だったとは!
あの誇り高き英雄は知っていたのだろうか。
少なくともその忠臣の1人は知っていて、彼に仕えていた。
そして、たとえ知ったとしても、もう姉1人だけのための戦いではなくなっていたのだ。
やはり、これは秘密にするしかない。
少なくとも今のこの王朝が歴史になるまで。
この様な秘密を持つ事まで、旧王朝に習いたくはなかったが、その旧王朝と無関係には簒奪者は存在しなかった。