『三好左京大夫になりましたが先が見えないので朽木と手を結びたい』 作:零戦
「ほら、これで良いかしら?」
「あぁ……気持ち良いよ」
永禄六年(1563年)四月下旬、岸和田城の一室にて重存は正室雪姫から耳かきをされていた。二年程前に祝言をした二人だが意外な程仲は良かったのだ。いや、最初は仲は悪かった。
「父のような強い男が良いです」
祝言の日の夜、初夜(ちなみに二人とも幼いので十分な歳になってから行う事で合意し添い寝で落ち着いた)にて雪姫はそう言ったが重存は笑った。
「武を極めるのも分かるが知をも極めるのが強い男では無いのかな?」
歳が幼い雪姫は納得しなかったが重存が行う政を間近で見ていく事で重存に好感を持ち、今では昼間からイチャイチャする程である。
それはさておき、雪姫に耳かきをしてもらっている最中だったが廊下から早足で歩く音が聞こえてきたので、途中でやめてもらい雪姫の膝から離れるとほぼ同時に障子が開かれた。
「殿ッ」
「どうした久通?」
この頃から松永家の家督を継いでいた松永久通であるが久秀の影響力はまだまだ有るので久通は長慶らが目を掛けていた重存の家臣となっていた。
「南近江にて六角義治が父親の義賢、弟義定、後藤但馬守を殺害、それにより内紛が起きています」
「……やりおったか義治め……」
以前から信九郎の報告で義治と義定は争っており父義賢も二人に手を焼いていた。しかし、義賢の義理の息子でもある朽木基綱が書状にて「どちらかを預かり候」と舅である平井加賀守を通して渡した事で状況が一変、義賢の発言を又聞きで聞いた義治は擬装を装い、義賢に隠居する事を申し出た。
義賢は義治が身を引いた事に感謝の涙を流したとも言われるが義治にその涙は届かず、夜半に一瞬の隙を突いて義賢、次いで義定を殺害。更にその翌日には登城した後藤但馬守を廊下で後ろから斬り殺したのである。
「久通、大和にいる久秀殿に連絡を取れ」
「は、何としますか?」
「南近江の国人への寝返り工作だが……まぁ今は失敗するだろうがな。寝返り出来れば御の字、接点を作る事を優先してくれ」
「御意。直ちに父に伝えましょう」
久通はそう言って下がるのである。足音が聞こえなくなった後、重存は再び雪姫の膝に寝転がる。
「あら、続きを御所望かしら?」
「嫁の腕前が良いから反対側も頼みたいかな」
「あらあら。それは腕前の見せ所かしらね」
雪姫は笑みを浮かべて耳かき棒を重存の耳にゆっくりと入れるのである。
同年九月上旬、重存は飯盛山城の長慶の下に赴いた。
「重存、越前でも内紛があったとは聞いておるな?」「御意、当主義景を一族の景鏡が暗殺したと。まぁ景鏡は以前から義景への文句を家臣に言っていたようで、観音寺騒動で景鏡も六角が動けないのを見て動いたのでしょう」
「ウム」
部屋には長慶の他にも嫡男の義興、三好元長の弟であり四国を拠点に活動している三好康長、長慶の弟である三好実休に安宅冬康、三好三人衆の三好長逸に三好政康、岩成友通、松永久秀がいたりする。
(これ、何て三好家オールスターなん?)
思わずそう思ってしまう重存である。
「その越前の北から手を結ばないかと言われてきた」
「……一向衆……顕如がですか?」
「ウム。顕如が言うには越前は一向衆で切り取り、近江はお任せしたいと……」
「断わるべきでしょう」
実休の言葉に重存はそうピシャリと告げる。あまりの告げように実休やその隣にいた冬康は顔を歪め、それを見た重存は頭を下げる。
「伯父上、申し訳ござらん。しかし、ハッキリと告げた方が良いと判断したので少々口調を強めてしまいました。平に御容赦願います」
「ん、ウム。それは構わんが……」
重存の謝罪に実休は驚きつつも受け入れた。恐らく此処で怒っては謝罪した重存に利が有ると悟ったのだろう。その弟を見て長慶は気付かれないように溜め息を吐きつつも重存に視線を向ける。
「重存、顕如と手を組むのは宜しく無いか?」
「宜しくは無いでしょう。彼等は一向衆です、坊主が念仏を唱えずに国を治めてどうするのですか。過去の弓削道鏡と同じです」
「ハッハッハ。弓削道鏡とは言ったものだな重存。しかし、一向衆を拒む理由はそれだけかね?」
「もう一つ、それは三好家に関わります」
「ほぅ、それは?」
「我が父は元より伯父上方の父……某からしたら祖父に当たる方は何処の誰によって自身の腹を斬られ、腸を天井に投げつけたのでありまするか?」
『ッ』
重存の言葉に長慶らの目が変わる。長慶らの父である三好元長は細川晴元と木沢長政に嵌められて(元長の失策でもあるが……)二人に味方した一向衆に追い散らされ包囲された堺の顕本寺で自害したのである。
「目先の利益にとらわれる事で判断を誤ってはなりませぬ」
「成る程……顕如と手を組むのは損か」
「御意。むしろ朽木と組んだ方が良いと思われまする」
「ほぅ、朽木か」
「はい。朽木は恐らく一向衆が南下するのを防ぐ為に北に進むでしょう。朽木が我等の代わりに加賀の一向衆を倒すなら我等は万々歳です」
「成る程……」
「しかし朽木は元は8000石の国人領主ではないか」
「伯父上、我等三好も信濃源氏である小笠原氏の庶流ではありませんか?」
「ムッ。それは……確かにそうだが……」
反論した冬康だが重存にそう返されては反論も出来なかった。
「では重存、御主ならどうする?」
「どうする……とは?」
「御主が三好家の当主としてならどう動く?」
『ッ』
長慶の言葉に重存は元より実休や周囲の者達は息を飲む。嫡男である義興がいるのにも関わらず長慶の発言に理解が出来なかったのだが、それを分からせたのは義興だった。
「心配する事はない重存。三好家の当主は私なのは変わりない。しかしながら私は病弱の身だ。今はシジミ汁のおかげで何とか来れてはいるがいつまた倒れるか分からない」
「そこである程度の方針を決めようと思うてな……我等が目指せる場所をな」
そう言って笑みを浮かべる長慶である。
「だから遠離無く言ってくれ。それが我等三好家の為になる」
「……分かりました。さればーーー」
長慶の言葉に遠慮は無用とばかりに重存は口を開き、三好家の向かう道を告げるのである。
「兄上、重存のは利があるとは理解出来るが……」
「ですが豊前守様、重存殿の具申は長い目を見れば三好家に有利になります」
「……それは分かってはいるが……」
長逸の言葉に実休は言葉では理解しているものの、頭ではまだ納得出来ていない様子であり、それは弟冬康も同様であった。他にも三好政康等もであったが代わりに康長や岩成友通は頷いている。
「朽木は重存に任せるとしたのだ。これ以上の口出しはしなくて良い」
「……御意」
「大叔父上、久秀に宗勝」
「はっ」
「はっ」
「大叔父上ら三人は重存の補佐をしてもらいたい。政の面と戦の面両方だ」
「承知仕りました」
「承知。では殿、大和国は全て……」
「ウム、筒井は叩け。大和国は全て保有し伊勢との連携を密にするようにしよう。宗勝、済まないが御主は兄を支えてくれ」
「御意。直ちに」
「元より承知でございます」
「宗勝が空いた丹波には実休。御主に頼みたい」
「た、丹波を?」
「ウム、丹波は山陰や山陽にも繋げる道がある。重要だからこそ任せたい。頼めるか?」
「無論だ兄上ッ」
長慶の言葉に実休は力強く頷くのである。そして当の本人の重存はというと……。
「雪、膝貸してくれ……」
「ど、どうしたのよ?」
「……ちょっと色々とあってな……」
重存はそう言って雪姫の膝に寝転がり目を閉じる。
(……まさか、長慶が俺に朽木との交渉を命じるとか……いや確かに朽木との同盟を推奨したのは俺だけども……)
重存は長慶らに朽木との同盟を説き、長慶は「朽木に関しては重存に一任する」と事実上交渉を任せたのである。重存は流石に頭を抱えそうになったが、三好家の崩壊を食い止めるのであればと思い承諾したのである。
(朽木の敦賀の完全制圧は10月の中旬だったな。その辺りで清水山城にいる稙綱に会いに行くかな……取り敢えずは不可侵条約と交易とかやりたいけどなぁ……朽木を通して大筒とか輸入したいけども……)
そんな事を思う重存である。重存としては基綱と接触するべきか悩んだが結局は接触する事にした。
(三好家の存続を考えたら朽木と接触するしか無いわな……問題は三好家内だな、どう見ても実休と冬康らは不満そうだしな。三人衆は長逸を通して此方の味方にでもするかな)
雪姫の膝枕を借りながらそう思う重存であった。そして10月中旬、重存は長逸らと共に朽木の清水山城に向かうのである。
「朽木民部少輔稙綱でござる」
「三好孫六郎重存でござる。本日は面会の折、感謝致しまする」
「重存殿、弥五郎はまだ……」
「敦賀でございましょう。基綱殿も若狭武田のせいで大変でございますな」
「……ウム、そうじゃの……」
「本日、我等が朽木に来たのも朽木家と三好家を良くしたいが為。本日は書状をお渡しするのでまた別日に来ましょう」
「感謝致しまする」
「書状は二通ありますが……この一通だけは基綱殿にしか見せてはなりませぬ」
「ほぅ」
重存が稙綱に渡した基綱用の書状は中身は薄そうに見えたが稙綱は見ない事にし懐に収めたのである。
「それでは本日はこれにて」
「忝のぅごさる」
両者は互いに頭を下げ、朽木と三好の面会は良好な形で終わりを告げ重存らは清水山城を出るのである。
「何とか良好な形で終われたな」
「そのようですな。しかし、何故直接敦賀には行かなかったので?」
「直接敦賀に行っても断られる可能性はあった。それならまだ温厚な稙綱殿と会って書状を渡した方がまだ良い」
「成る程」
重存の言葉に長逸は納得するように頷く。
「しかし……同盟は上手くいきますかな?」
「同盟が出来れば御の字、締結しなくても交易等を増やして朽木と仲が良い事を諸国に見せる事も出来ます」
「フム……(だが問題は……一向衆となるか……)」
長逸はそう言わなかったが重存もそれは理解していなかったので特に言わなかった。そして一行が大津の山越えをしている時に巫女に出会した。
ただの歩き巫女と思い、会釈をして離れたが巫女は振り返り杖ーー仕込み刀を抜き出し重存に向かって駆け出したのである。
「十河重存、覚悟ォ!!」
「若殿!?」
「ッ!?」
迫り来る刃に重存はーーー。
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