『三好左京大夫になりましたが先が見えないので朽木と手を結びたい』 作:零戦
「それで御爺、十河重存はこの二通の書状を?」
「ウム。一つはワシも見ても良いがこの一つは弥五郎本人にしか見せないでくれと言われてな」
敦賀を制圧した北近江を治める朽木弥五郎基綱は御爺こと稙綱から渡された書状を見ていた。一枚目の書状には朽木と三好の同盟締結を求める書状でありそれは基綱も想定していた内容だった。
(三好の中でどのような変化があったのかは分からないけど……まぁ実休が丹波にいるのも不可解な点ではあるけど……)
そして基綱の中でも厄介と思ったのは二通目の書状だろう。まだ基綱も中身を見てないが、稙綱がわざわざ見ずに持っていたのだ。基綱も何かを期待したわけではないが、取り敢えずは二通目の書状を見る事にしたのである。
「さて、二通目は………………………ッ!!」
「弥五郎?」
書状を一目した基綱は驚愕の表情を浮かべた。それは稙綱も見た事は無い表情であった。
「どうした弥五郎……?」
「…………………馬鹿な……いや、まさか………」
稙綱の声を無視して基綱はブツブツと何かを言うが、稙綱は声を荒げた。
「弥五郎!!」
「ッ。あ、あぁ。悪い御爺」
「どうしたのじゃ? 重存の書状に何か書いていたのか?」
「ん……まぁ……そんな感じと言ったところかな」
稙綱の言葉に基綱はそう返す。
「御爺、取り敢えずは……三好との同盟を視野に入れて交渉をするぞ」
「ッ、本気か?」
基綱の言葉に稙綱はそう言い返す。傍らに控えていた八門の頭領である黒野重蔵影久も驚きの表情をしていた。
「三好……他の者が使者だったら警戒はするが……十河重存なら信じられるかもしれん」
基綱はそう言うのである。後世の歴史家達も何故、朽木基綱が十河重存を信じられるという発言をしたのかは令和の世になっても確信的な証拠は見つけていない。
しかしながら基綱と重存が死去してから有力な説になったのは母親が公家の出身だったからではないかと言われている。朽木基綱の母は貴族である飛鳥井家出身であり十河重存の母は九条家出身であった。
その繋がりがあったのではないかと歴史家達はそう認識していた。それは表の事であり裏では全く違っていたのである。
「しかし殿、十河重存は今……」
「あぁ……襲われて療養中であったな。交渉はその後かもしれんな……」
重蔵の言葉に基綱はそう答えるのであった。
永禄六年12月下旬、三好家ーー松永久秀は約2万の軍勢を主力に多聞山城を出撃し筒井城を攻撃した。この時、筒井城には家督を継いだがまだ幼い筒井順慶と筒井順政がおり激しく抵抗したものの搦手からの攻撃で筒井城は落城する事になり順慶と順政は降伏するのである。
「両名は頭を丸め、叡山に登れ。死んでいった者達の供養で坊主として生涯を終えるが良い」
久秀は二人を大和国から追放し叡山に登らせ僧とさせたのである。なお、この二人を生かした事が幸いしたのか他の筒井家重臣達も潔く降伏を相次いだのである。
筒井家が降伏した事で大和国は三好家が手中に収めたのであった。なお、長慶は大和国を久秀に与え南近江の出方を待つ事となるのである。
また、大和国を保有した事で伊勢方面へ抜ける事も可能であり雪姫の実家である北畠家とも交流を深める事になった。
他にも同じ月には甲斐の武田信玄はこの世を去った。川中島の戦いにて上杉政虎に斬られた右腕の養生をしていたが発熱、咳、吐血等を繰り返しそのまま息を引き取ったのである。なお、死の間際に信玄は「朽木が上杉に助言しなければ!! 朽木の小倅にしてやられた!!」と叫び果てたのである。
その後、信玄の遺言により四男諏訪四郎勝頼が武田信頼と名を変えて武田家の家督を継ぐのである。しかし、第四次川中島の戦いにおいて武田家は多数の重臣を失っているのでその建て直しを行うのが精一杯であった。
その他にも六角家は新しく細川晴元の次男から養子を迎えて六角家の家督を継ぎ、六角輝頼と名を改めて『観音寺騒動』後からの六角家の建て直しを図ろうとするのである。
そんな年の瀬、重存は岸和田城にて年を越そうとしていた。
「久秀に宗勝、大和攻略はご苦労だったな」
「恐悦至極に存じます」
「やはり私は兄と同じところにいる方が力を発揮出来るようです」
(それはお前の尻拭いをしているからでは……?)
アッハッハッハと笑う宗勝に重存はそう思う。なお、久秀は溜め息を吐いて肩を竦めるに留まったのである。
「四国も土佐攻略の為に篠原らが阿波から侵攻を開始した。恐らく年末には安芸郡までは占領出来るだろう」
「成る程。安芸国虎も此方側ですし容易でしょうな」
長宗我部元親と安芸郡の国人である安芸国虎が争っていた事で三好家は安芸国虎の味方を表明し国虎も安芸郡への受け入れを表明した事で軍勢を安芸郡に入れる事が出来たのだ。
「土佐を攻略出来たのなら次は伊予に……?」
「いや、伊予は毛利の力が根強い。故に伊予は暫くは友好関係を築く事が優先だろう」
まだ毛利は元就が生存しているので影響力はかなりあると重存は睨んでおり、毛利とも友好関係を築く事を重存は長慶に具申していたりする。
「だからまぁ……年末は大丈夫だろう」
「成る程。それで朽木との交渉は何時からになさいますか?」
「年を越して三が日が終わった後……1月中旬辺りを予定しようと思う。その頃なら怪我から復帰出来るな」
「……まぁ怪我と言いましても……」
重存の言葉に久秀はププと笑みを浮かべ笑いを堪えているが隣にいる宗勝はアッハッハッハと笑っていた。
「実際、怪我はしていないのでしょう? 殿が若殿が斬りつけられたとの報告を聞いて慌てて道三殿を遣わせましたが実際は相手を組み伏せてましたし」
「大叔父上も慌てていたから情報が変になったんだろ。まさか岸和田城に帰ったら殿と義興様がお見舞いに慌てて来たしな」
朽木からの帰り道、大津の山越えをしている時に重存は巫女から襲撃を受けた。しかし、巫女の刃は寸でで重存は避けて仕込み刀を叩き落としたのである。
巫女はそのまま組み伏せられ捕縛され、近くの宿屋に駆け込み調べたらまぁ何とも言葉では言い難い事が判明したのである。
「しかし……遠江の国人に恨まれていましたとはな……若殿も良い教訓になられたでしょう」
「教訓とか何というか……」
久秀の言葉に重存は苦笑しつつ頭をポリポリとかく。そこへ障子の扉が開かれた。廊下にいたのは三人分のお茶を持ってきた女中であった。
「……失礼致します。御茶をお持ちしました」
「ん、ご苦労」
重存はそう言い女中は頭を下げ障子をスッと閉める。それを見ていた久秀はほぅと感心する。
「見慣れぬ女中……もしや若殿、今のが……」
「あぁ……俺を殺めようとした遠江国の国人井伊直盛の娘、井伊直虎だ」
重存がそう言うと障子は開かれ、先程の女中ーー井伊直虎がいた。
「貴様が私の名を呼ぶな!!」
「おっと」
「貴様!?」
「構わんよ久秀」
直虎が持っていたお盆を重存に投げたが重存はお盆を避け、久秀が声を荒げるも重存はそれを制す。
「直虎が嫌だったか。なら次郎法師か?」
「貴様が私の名を呼ぶのが言語道断と言う事だ!! 貴様のせいで……貴様のせいで!! 直親は自害させられ、万千代も死んだのだ!!」
直虎がそう咆哮する。直虎がそのようになったのも重存が過去に遠江の国人らに書状を送り、その痕跡を見つけた今川氏真が疑心暗鬼に陥り結局は国人達の粛清に走ってしまうのである。井伊谷に居を構える井伊家も例外ではなく、氏真から疑われ更には小野道好からの密告もあり直親は朝比奈泰朝に攻められ自害、生まれたばかりの直親の子である万千代はまだ次郎法師だった直虎らと共に何とか逃げ出す事に成功し、その後は放浪していたが栄養失調で万千代は死亡してしまい、そのショックで母ひよと直虎の母祐椿尼も相次いで死去してしまい直虎は一人孤独となったのだ。
その後、その恨みを重存にぶつけ重存を暗殺するために歩き巫女として畿内に向かいその機会を待っていたのだ。そして大津の山越えの時に好機が訪れ重存を討とうと仕込み刀で重存を襲ったのであるが……その後は上記の通りであり捕縛後、宿屋で事情を聞いた重存はというと……。
「これも何らかの縁だ。雪の女中として雇おう」
「ほ、本気ですか若殿?」
「本気だとも大叔父上。それに怒りに身を任せて女を斬ろうという気はしません」
なお、長逸から話を聞いた長慶は笑って許可していたりする。それはさておき、次郎法師こと直虎は雪姫の女中として働く事になり隙を見ては重存にモノを投げていたりするが重存は笑って許しているのである。
「サッサと話も終わりなさい。夕餉が冷めちまうよッ」
「ほぅ、なら久秀と宗勝も喰っていけ。話はまだあるからな」
「フンッ」
直虎はそう言って障子をバンと閉めて出ていくのである。
「若殿……宜しいのですか?」
「あぁ……俺なりの贖罪でもあるし彼女の好きにさせたい」
「ありゃあ豪傑な部類ですな。世が平安末期なら巴御前と同じく活躍したのでは?」
「かもしれんな」
宗勝の言葉に苦笑する重存であった。
永禄七年四月上旬、まだ桜が咲き誇る月である中で重存は清水山城を長逸と共に来ていた。それは漸く北近江の雪も溶けた事で改めて同盟締結の交渉の為に来ていたのだ。
「朽木弥五郎基綱でござる」
「十河孫六郎重存でござる」
両者は互いに頭を下げ一先ずの挨拶は終わった。
「さて……重存殿、三好家が朽木と同盟を結びたいとの事でござるが……真にござるか?」
「真に真でござる。三好家と対等、いや三好家を上回るかもしれぬ朽木家と同盟を結びたいのは本心でござる。これは長慶様も同じくでござる」
基綱の言葉に重存は笑みを浮かべる。
「しかし……朽木家は将軍家とも仲が良い。その刃の切っ先がそなたに向くかもしれぬのですぞ?」
『ッ』
基綱の言葉に長逸らの眉がピクリと反応する。それは将軍家が望めば朽木は三好とも当たるという意味合いもあったがそれは重存は笑い飛ばした。
「アッハッハッハ、面白い冗談ですな。将軍家を一番嫌っている基綱殿の言葉とは思えませんな」
「ッ」
重存の言葉に今度は基綱の眉がピクリと動く。更には内心、基綱は驚いていた。
(将軍を嫌っているなんて俺は対外には一度も言ってないぞ!? まさか内通者が……)
将軍を嫌っているという発言は譜代等の者達にしか言っていない。では何処から漏れたのか?
だが、重存は笑うだけだった。
「心配致しますまい。別に将軍家を嫌っているのは誰でもいます。無論、この某もですがね……」
「……成る程(十河重存……思っていたよりも手強いかもしれない……)」
そう思う基綱である。そして先に口を開いたのは基綱である。
「では重存殿。朽木と三好、同盟を結ぶとして互いに利になる事はありますかな?」
(そう、そこだ。ワシも悩んだがどうしても考えが出なかった)
基綱の言葉に長逸はそう思う。朽木と三好が同盟を結ぶにしての『得』と『不利』がある筈であり『得』が有りそうには見えなかったのだ。
「基綱殿……ホトトギスはキョッキョッキョッと鳴くらしいですが基綱殿ならどのように鳴かせてみせますかな? 鳴かないなら殺しますか? それとも鳴かせてみますか? それとも鳴くまで待ちますかな?」
「ッ!?」
重存の言葉に基綱は驚愕したのである。そして同日、芥川山城にて惨劇は起きてしまったのである。
「義興!?」
「ち、父……」
「死ね長慶!!」
血の池に倒れ伏した義興を抱き起こす長慶だったが、長慶は刃がゆっくりと迫り来るのを見ていた。
(これが……これが……報いというのかッ)
「長慶様ァァァ!!」
永禄七年四月十八日、後に『芥川山城の暗殺事件』と言われる事件は三好家は元より畿内周辺を大きく揺るがす事になるのである。
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