『三好左京大夫になりましたが先が見えないので朽木と手を結びたい』 作:零戦
何となくネタが浮かんだので取り敢えずは出しました。
『くじ引きに至る道』
「え、朝廷が?」
「御意。面会に来た稙通殿はそう言っておりまするが……」
「あぁ、御爺様か。取り敢えず会おう、悪いが部屋に通してくれ」
「はっ」
時は元亀3年(1572年)1月、三好・朽木連合は何とか上向きの軌道に乗りつつあった。前年の元亀2年には美濃関ヶ原にて三好・朽木・伊勢北畠の連合軍が織田信長の軍勢を撃ち破る事に成功しそのまま美濃、尾張に雪崩込み二国を占領する事に成功する。
なお、信長は合戦後に丹羽長秀らと共に捕虜にしていた事もあり尾張攻略も早かった。また、信長らは助命されたものの信長は合戦中に大筒の流れ弾を数発受けての片腕切断の重傷であり三好・朽木の取り決めで家督を弟信包に譲り隠居するというので落ち着いている。なお、領地に関しては美濃は朽木で尾張はそのまま織田が治める事になった。
北畠は志摩を完全に掌握した事で伊勢—志摩を手中に治める事で満足するのである。なお、三好も兵力は出したが飛び地は勘弁という事で消耗した大筒の砲弾や種子島の弾丸料を朽木に請求というので落ち着いた。
ちなみに足利義秋は関ヶ原で織田が負けると直ぐに尾張を脱出して三河の徳川家康のところに逃げ出す有様であった。それを越後の春日山城で軟禁中に話を聞いた足利義輝は「弟に武士の資格無し」と溜め息を吐くのである。
そんな折に朝廷から九条稙通を通しての話が出てきたのだ。流石に重存も身内からの面会については無碍にはしなかった。重存は作業していた政務を片付けて稙通と会ったのである。
「ヒョヒョ、久しいな重存殿」
「楽にして下さい御爺様。取り敢えず茶でも……」
二人はお茶で咽を潤してから本題に入った。
「それで御爺様、朝廷は何と……? 寄進の事ですか?」
「ヒョヒョヒョ。寄進は先日貰ったわい、流石にお代わりは要求しないぞ」
(どうだか……)
毎月寄進はする三好家だが、たまにお代わりを要求される事もある。まぁそこは堺とかも抑えているのである程度の事は問題なく、醤油の販売とかも順調だったので問題はなかった。
「実はの……前久様からの書状でな。儂もまだ見とらん」
「成る程……ッ」
稙通から書状を貰い、一目すると重存は眼を見開いた。
「んなッ!? ま、まさか……」
「どうしたのじゃ重存殿。まさか、前久様が何か……」
「……これは前久様だけではごさらんな……」
「?」
重存から書状を貰った稙通は書状を見ると重存同様に悲鳴を上げたのである。
「し、し、し、重存殿ッ!? こ、これは……」
「……これは俺だけでは対処しきれん。直ぐに基綱殿も呼ぶしかない」
頭を抱える重存はそれを言うのが精一杯だった。忍の新九郎を通して黒野重蔵影久の八門衆に火急の用件を取り付け重存は護衛1500と共に攻略したばかりの美濃岐阜城に赴くのである。
「どうした重存殿? 重蔵から火急の用件とは伺っているが……?」
基綱は重存から火急の用件という事に少々驚きつつも重存を出迎え取り敢えずはお茶で喉を潤してもらう。喉を潤した重存は懐から稙通からの書状を取り出したのである。なお、部屋は二人だけとしている。
「取り敢えずこの書状を読んでくれ。関白様からだ」
「前久様から……?」
書状を渡された基綱は訝しながらも書状を読むと重存と同様に眼を見開き思わず重存を見たのである。
「し、重存殿!?」
「しっ、声が大きい……内容は書状に記された通りだ」
「……しかし……これは本当なのか?」
「あぁ……しかも出処が畏きところだ。信用性はある」
書状に記されていたのは関白と畏きところがある会話からの話になった事を記されていた。即ち、関白が現在の日ノ本の状況を陛下から尋ねられ細かく子細を報告すると陛下は重々しく口を開いたのである。
「三好と朽木に天下を任せれる事は可能であるか?」
「ッ!? へ、陛下、それは……」
「両人は嫌がるだろうが……天下泰平の為には二家の力が必要なのは言うまでもない」
「……………」
「今すぐとは言わない。だが、二家に天下を託す事を朕は前向きであると伝えてもらいたい」
「……ははっ」
帝にそうまで言われては前久も稙通を通して書状を出したのである。
「……どうする?」
「どうするったって……今、幕府なんぞ開いてみろ……毛利や武田が煩くなるぞ。北条は此方を見ているらしいが……」
「此方も美濃や能登はまだ戦乱から立ち直ってないしな。今は内政に向かうべきだし幕府を開く余裕は無い」
二人とも幕府を開くのは問題なかった。というよりも帝から内々にそのように言われては二人もそうするしかなかった。だが問題があるとすれば一つあった。
「………誰が将軍する?」
「二家が交代交代でやるか?」
「前例が無いぞ。流石に内閣総理大臣を今作るわけにはいかない。まだ早すぎる」
基綱の言葉に重存は首を振りそう言う。基綱も予想していたのか「そうだよなぁ」と呟く。
「先延ばしの手しかない。今開けば俺達は包囲される」
「毛利、武田、一向宗……義秋のクソが喜びそうだ」
「あのクソ坊主……家康のところから更に何処かに逃げたと聞いているけど……?」
「流石にまだ確定的な情報は入ってないが……駿府にいる米商人の中島金衛門からは駿府から北に向かったという情報がある」
「……北はヤバくないか?」
「だから美濃と信濃の国境を固めている。三河は徳川が捨て石になるからな」
「流石は三河のタヌキ、そのままクソまみれで武田にやられてくれ」
「口が悪いぞ重存」
「なぁに、側室の口調が移っただけよ」
そんな事で笑う二人である。取り敢えず二人の中では先延ばしという方向で落ち着いたのであった。重存はそのまま稙通に書状を認め、「二家とも、帝の命によって幕府を開く事に異存は無いが今はその時期では無い。少なくとも5年から10年は先になり候」と送り書状を読んだ稙通も直ぐに前久を経由して帝に書状を届けたのである。
未来の日本人が大好きな「先延ばし」には帝も苦笑はしたが言質は取ったとばかりにこの話は少なくとも5年間はする事はなかったのである。
この話が再び出てきたのは三好が島津と共に耳川の戦いで大友に勝利した天正6年(1578年)以降からであった。
『嫁取りに至る道』
「三好と朽木とは同盟を結ぶ事とする」
元亀3年(1572年)3月、そう言い出したのは小田原城を居城とする北条氏政であった。
「ホホホ、武田と当たるためかの?」
「それもだが……関東管領の攻撃を防ぐもある」
宗哲こと北条幻庵の言葉に氏政はそう言う。
「成る程。三好と朽木は越後の上杉とは仲が良い。その線ですな」
「ウム。それに関東管領が北条の領地を認めてくれたら管領に従っても構わない」
「ホホホ、思い切った事をしますな」
「構わん、北条が生き残る為ならワシはやる」
「ホホホ……娘を出しまするか?」
「あぁ……三好と朽木、どちらが良いか?」
「両方に聞くしかありますまい。朽木と三好は共に二人の嫁はおりまする故……」
「そうだな……爺、頼めるか?」
「ホホホ、お任せ下さい」
宗哲は頷き頭を下げるのであった。宗哲は直ぐに三好と朽木に使者として赴いた。先に赴いたのは朽木の方であった。
(俺は小夜と雪乃で良いんだが……)
話を聞いた基綱は溜め息を吐きながらさてどうしたものかと悩んだがふと思いついた。
「宗哲殿、北条は何を望まれる?」
「……関東管領のお墨付きであれば……」
「では朽木よりも三好をお勧めするしかあるまい。朽木はやはり上杉と密になる事が多い。此方が北条の事を言えば関東管領殿は此方を疑ってしまう」
「それは……」
「しかしながら、三好とはある程度の交流はあるものの、当主として話し合いはまだした事が無い。先に重存殿に輿入れすれば関東管領殿も俺を通しての苦言はあるかもしれないが俺が仲介すれば良いだけの事。それに重存殿は義助様を将軍とし奉っている。関東管領を納得する要領をあろう」
「な、成る程……」
基綱の言葉に宗哲も納得するのである。
「宜しければ俺も文を書こう。なに、重存殿も案外女好きだ。心配は無かろう(任せたぞ重存)」
そして嫁と北条の懸案事項を重存に押し付けてしまう基綱であるが、基綱からの文を見た重存も先手を打たれたと思うのである。
(にゃろう基綱め……覚えてろ、幕府の将軍は絶対にお前にしてやるからな)
若干のフラグが基綱に立った事を基綱は知らないのである。
「宗哲殿、側室になりましょうが宜しいかな?」
「は、はい。構いませぬ」
「相分かった。俺が貰おう」
「ありがとうございます」
重存の言葉に宗哲は頭を下げ安堵の息を吐くのである。これにより三好家は北条家から嫁を貰う事になったが、誰が来るのかはまだ重存は分からないのであったが輿入れ時に名を聞いた時はマジかよと驚くのである。なお、輿入れの決定が決まるとあれよあれよと話が纏まり5月の中旬頃に決まった。また、上杉からの定期便的な書状には「北条からの輿入れに関しては心配無いで候」との事であり上杉も上杉で北条に対する処置を思案しているところであった模様である。
重存の下に北条からの輿入れが来たのはそれから二月が過ぎた5月の中旬頃であった。
「北条氏政の娘、映と申します」
「映殿、楽にされるがよい」
重存の言葉に氏政の娘——映はゆっくりと顔を上げる。その様子からしてどう見ても幼き子であった。
「映殿、済まぬが歳は幾つになるかな?」
「はい。今年で9になります」(数え年)
「……………………」
チラリと重存は宗哲を見ると宗哲は宗哲で冷や汗をかきながらも苦笑する。
「ホホホ。重存殿、北条は長く三好家と関係を持ちたい、そういう意味ですぞ」
「……左様ですか(あー……確かに嫁を出せそうなのはこの娘——北条夫人しかおらんわな)」
宗哲の言葉に重存は溜め息を吐く。史実であれば武田勝頼(今世界は武田信頼)の継室として輿入れするが、何の因果かは不明だが重存の下に輿入れしたのである。若干9歳で。
「宗哲殿、決まった事なのでとやかくは言わないし映殿の事は幸せにするも舅殿にお伝え下され」
「御意」
「それと幕府にも北条の事は申し上げておきます」
「感謝致しまする」
経緯はさておき、重存のところには正室と合わせて三人も嫁が増えるのであった。
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