【完結】空飛ぶ雛と飛べない鳥~ヒナの親友だった少女が狂い彼女の敵になって壊れる話~   作:詠符音黎

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本編
1.地と空が揃った日


 世界は“正解”と“間違い”で出来ている。

 

 生まれて物心がつく頃には教え込まれ、誰もが理解しているぐらいの当たり前の話だ。

 社会のルール、家族の決まり事、生きるための判断、世界の法則。

 この世界のあらゆる存在は、“正解”を歩むことこそが絶対の価値であり“間違い”を選ぶ事は不幸しか呼ばない。

 私の人生は“間違い”ばかりを選択してきた人生だった。

 だからいろんなことがうまくいかず、故に“正解”を手にするために努力してきた。

 そうして私はついに……念願だった“正解”に辿り着いたんだ。

 なのに……なのに、なんで?

 

「……どう、して……よ」

 

 ヒナが、私のかけがえのない親友である空崎ヒナが、私を見て辛そうな顔で言っている。

 瓦礫の山の上に立って、燃え盛る炎に照らされる夜空を背にし、地にいる私を見下ろしながら、泣いている。

 

「どうして、よ……どうしてよっ! 地羽(ちば)クイナっ!!!!」

 

 ヒナが、遙か空の高みから私の名を叫ぶ。

 

「……なんで、そんな顔するの?」

 

 だから私は、深い地の底から、彼女に問い返した。

 

「私は、ヒナのために頑張って“正解”になったんだよ……?」

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 ――二年前。ゲヘナ学園入学式前、とあるマンションの一室。

 

「……よ、よしっ! 私なら、頑張れるっ! できるっ!」

 

 太陽が綺麗に輝く晴れやかな朝。

 私は洗面台の鏡を前に、そう自分を鼓舞するために言った。

 鏡に映っているのは、暗い茶髪で前髪が一部顔に垂れているミディアムヘアーで、瞳は明るい琥珀色、ちょっと頼りにならなそうな顔つきをして、頭の上のヘイローは細い紫の線が六角形を作る形になっている私、地羽クイナの顔である。

 私はこれからゲヘナ学園の入学式に出る。

 なので、そのためにこうして自分を勇気づけていたのだ。

 自慢じゃないけど、私はゲヘナ自治区に住む生徒としては不釣り合いなぐらいに気弱だ。

 近くで銃声がしたらびっくりしてしまうし、顔が見える距離で撃ち合いなんてしたくない。

 もちろんキヴォトスに住む生徒の一人として銃は持ってるし使える。

 ただできるだけ相手の怖い顔は見たくないので狙撃銃である《シアターカーペンター》――20×138mmベルテッドケース弾を使用する対戦車ライフルのゾロターンS-18/1000を赤く着色したもの――を扱っているのである。

 まあ、ミドルレンジ以内で交戦となるとパニックになっちゃってロクに当てられないんだけれども……。

 ともかく、私は荒事が苦手過ぎてゲヘナには向いてないのだ。じゃあ他の学校に編入すれば? という事にもなるのだけれど引っ越しなんて簡単にはできないし、何より今までゲヘナで育ってきたのだから今更他所の自治区に行くのも怖い。

 どっちがマシかと言われればゲヘナ学園に行くのを取る……というか取ったのだ。

 しかしやはり怖いので、こうして自らを鼓舞している現状に至る。

 

「が、頑張れ私……! ファーストインプレッションで強い私になって高校デビューよ……!」

 

 入学式の後に待っているのは同然クラスでの自己紹介だ。

 つまりそこでしっかりと挨拶をして前向きなところを見せれば今までのウジウジとした私からはおさらばできるはず。

 友達沢山の陽キャとまではいかないだろうけれど、普通にイジメられずに学園生活を送る事ぐらいはできるはずだ。

 そのためにはとにかく自分を勇気付けて、どもったり小声になったりしないことが基本として肝要と言えるだろう。

 だからこうやって自分で自分を励ましているという話に戻って来る、のだけれど……。

 

「……やっぱり、この制服大きいなぁ」

 

 私はぎゅっと拳を握って体の前に出していた両手を見る。その両手は一回り大きいゲヘナ学園の制服で隠れてしまっていた。合わないサイズで気落ちしているせいか、背中から出ている髪の毛よりもくすんだ暗褐色の羽もいつもより内向きに丸まっている気がする。

 おかげでなんだか無理して年上の子の服を来ている子供みたいな趣が出てしまっていた。

 背の高さとしては、私は普通ぐらいなはずなのに……。

 

「発注ミスとか幸先悪いよぉ……」

 

 理由は簡単でそれ以外にはなかった。

 決して何か面倒なトラブルがあったとかそんな事はなく、うっかり一回り大きいサイズを頼んでしまった、ただそれだけ。

 言ってしまえば私の人生にはよくある失敗だった。

 こうした間違いを私は重ねてきたところがあって、私はそんな自分が苦手で、そこが原因でどうにも情けない気持ちになってしまう事も多い。

 故にまずは気力で負けないためにこうして……と、またも話が戻ってきてしまう。

 

「で、でも! 肝心の自己紹介の勢いに制服サイズは関係ないし! 頑張るのよ、私!」

 

 半ば現実から逃げてるなぁと思いつつも私は自分に言い聞かせる。

 結果として、私はこの“自分を励ますくだり”をその後五回ぐらい繰り返して、ギリギリのタイミングで家を出ることになったのだった。

 

 

 

 そうして、あっという間にそのときはやって来る。

 入学式前は不安から随分と長く感じたものだけど、実際その日となると銃弾の如く時間は過ぎていく。

 入学式からしてお世辞にも雰囲気が良いとは言えないゲヘナ学園の気風を感じながらも、なんとかそれを乗り越え自らのクラスに行き着く。

 クラスには四十人程の生徒が座っているが、やっぱり既に空気が悪い。

 なんでみんな初対面なのにこんなピリピリした感じになってるの……。

 そのせいか担任の教師から促されて始まった自己紹介も張り詰めた感じだったり威圧感を出していたりと、とにかくみんな『他のクラスメイトに舐められてたまるか』という感じを出していた。

 私、やっていけるのかなぁゲヘナで……。

 そんな風に私が不安になっていた、そんなときだった。

 

「――空崎ヒナです。趣味は……えーと、ぼーっとすること? とにかく、これからよろしくね」

 

 机二つ前の方の席から、透き通った声が教室に響き渡った。

 空崎ヒナと名乗った彼女の自己紹介の一言は、他の生徒とはまったく違ったものだった。

 なんというか、とにかく自然体という感じだったのだ。

 他の子達はどこかに気負いが見えていたのだけれど、彼女にはそんな感じはまったくしなかった。

 しかしだからといって弱々しく感じたりする事はなく、むしろ今までの子達の中で一番芯があるように思えた。

 背は私よりもだいたい十センチぐらい小さかったのに、その黒い角と翼、そして大きなヘイローが浮かぶ姿は、誰よりも大きく見えた。

 圧倒的な存在感。

 この印象を一言で言い表すなら、これだろう。

 私の目には、そんな彼女の姿が焼き付いていた。

 

「……ナ、地羽クイナ!」

「あっ!? は、はいっ……!」

 

 あまりにもさっきの彼女の姿が印象的過ぎて、私はどうやら少し呆けていたらしく自分の自己紹介の番が回ってきた事に気づいていなかった。

 教師の言葉に名を呼ばれて私は急いで席を立ち上がる。

 ガラっと椅子を動かす粗雑な音を上げながら立った私に対して訝しむような視線が集まる。

 でも、そんな中でもあのヒナという子だけは、特に気にしていないような、自然体な視線で私を見てきた。

 

「え、えっと……私は……」

 

 頑張れ、私。

 さんざん脳内でシミュレーションしてきたし声を出す練習もしてきた。

 その成果をここで出して、楽しい学園生活を送るんだ……!

 

「……地羽クイナ、です……よろしく……願いします……」

 

 駄目、だった。

 結局私は元気な声も、考えてきた自己紹介も何も出せずに、消え入るような小声で名前だけ言って座ることしかできなかった。

 やっぱり私、弱いなぁ……。

 私はそんな何度したかも分からない自己嫌悪を感じながら、その後ずっと自分の机に顔を向けることしかできなかった。

 

 

 ――私とヒナの出会いは、こんなありふれた、平凡な、特別でもなんでもないものだった。でもそこから、ちょっとした偶然のおかげで私達は、お互いが大好きな友達になれたんだ。

 

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