【完結】空飛ぶ雛と飛べない鳥~ヒナの親友だった少女が狂い彼女の敵になって壊れる話~ 作:詠符音黎
私は、あの日から計三日、学校を休んだ。
一日目の休みは、朝から晩までベッドの上でうずくまって泣いていた。自分の情けなさで動けなくなってしまっていた。何も手につかず、ご飯も食べられずシャワーも浴びられなかった。
ただ、ヒナからのモモトークにだけは答えた。ゲヘナで届け出なしで勝手に休むなんてのは普通の事だから誰も気にしないけれど、ヒナは私がそんな事をしたのを気にして心配してくれたのだ。
やはりいい子だなと思いつつも『風邪引いちゃって。少し安静にしてるから大丈夫だよ』なんて送った自分にまた嫌気が差した。こんな情けない私の何が大丈夫なのかと、怒りと情けなさと悲しみがまた一気に襲ってきた。結局、その日はいつの間にか泣きつかれて寝てしまうまでそうしていた。
二日目に起きたのはお昼過ぎだった。その日は、私は立ち直るのに全力をかけた。
ウジウジすることはいくらでもできる。でも、ヒナの隣にちゃんと並ぶんだと、とにかく頑張るんだと決めたのなら立ち上がらないと、と一日泣いて寝て起きた私は気持ちを切り替えて、とにかく元気を出すために一日かけた。
まずベトベトな体を洗うためにシャワーだけじゃなく浴槽に入って、空腹なお腹を満たすために配送サービスでカロリーの高そうなものをいっぱい頼んで、一年生のときぶりに好きな音楽を聞いたり映画を見たりして心身共に英気を養った。
更に翌日の三日目は、これからの鍛錬の指針を改めて新しく計画を立てた。
今回で新たに浮き彫りになった問題を考え、それを改める方法を導き出し、それをどのように行っていくかの計画を立てる。
あの戦闘で見えた課題は狙撃の精度に加え、失敗したときに平静さを欠如する事、そして周囲の状況を観察する視野が狭まる事だ。それに対し、私は自らに制約を課した状況での実践訓練が必要だと考え、計画を立てていった。
こうして私は立ち直るのに三日間の時間をかけてから、再び学校に出席した。
すると、この三年間ずっとクラスは変わらないヒナが、私の顔を見るや否や表情を柔らかくする姿が見えた。
「クイナ……風邪、治ったのね。よかった」
「はは、ごめんねヒナ。心配させちゃって……うっかり冷房つけて寝ちゃったとかいうしょうもないドジしちゃってさ」
あからさまな嘘をヒナにつく事に胸が相変わらず痛むけれど、仕方がないと自分を割り切る。
いつかお互いが本音で話せるぐらいに並べたときは、とにかく彼女に謝るつもりだから。
そうして私が少し休みを経て訪れたゲヘナ学園だったのだけれど……放課後、その出来事に私は遭遇した。
◇◆◇◆◇
「んっー……さて、じゃあさっそく今日から頑張るかなー……」
新しく立てた訓練計画を始めるために私はぐぐっと背と腕を伸ばしながらゲヘナの正門前に向かいながら言った。
「……って、何事?」
ぐいぐいとストレッチをしながら歩いているとなんだか目の前が妙に騒がしい。いや騒がしいのはいつもの事だったりするんだけど、普段のゲヘナの騒がしさとはちょっと質が違う騒がしさだ。
よく見ると、そこには風紀委員会所属の二年生である
ヒナを通じてたまーに関わりがあるぐらいの子だけど、なんかちょっとプルプル震えてない?
「あ、ヒナだ」
と思ったら横にヒナも来た。彼女の目線はイオリちゃんの足下に向いていてそこにいる誰かに何か喋っている。よく見たらイオリちゃんも足下を見ている。
もしかしてイオリちゃんに誰か頭でも下げてるのかな? でもヒナはそこまで嫌な顔してないというか、むしろ好意的まであるような……?
なんか気になるしちょっと近づいてみるか。
「ヒナー、イオリちゃんー、こんなとこでどうしたのー?」
「あっ、クイナ先輩……!? あの、これは……」
「…………っ!?!? ……えっ、ク、クイナっ!? ちょっとこのタイミングは……ま、待って……!」
「あれ? そんな慌ててどうし…………」
「…………」
そこには、あの連邦生徒会のコートを着た女性がイオリちゃんの足をレロレロ舐めてる姿があった。
「…………へ……へ……」
「……レロ。……うん、ちょっと待って欲しい。これは――」
「――へんたーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!」
ヒナ達が私の事を落ち着かせてから話を聞いてみると、どうやら彼女は連邦生徒会が作ったシャーレという組織の“先生”らしい。
そしてなんであんな変態行為をしていたかと言うと、彼女が今面倒を見ているアビドスのために風紀委員会の力を借りたいからだとか。
ちなみに私がこの話を聞くまで五分程かかりました。
「……まったく、凄い話だなぁ」
私は今ヒナと先生が話を詰めている風紀委員会の教室の扉の横に背中を預けながら、そんなことをポツリと呟いた。
彼女らがこれから戦おうとしているのはあのカイザーコーポレーションが所有しているPMC。
ブラックマーケットでも関わり合いになりたくない企業の一つだ。そんな相手に、アビドスの子達は一人の先輩のためにたった四人で戦いを挑もうとしていて、先生も言ってしまえばただの他人なのにそんな子達のために自分を捨ててでも挑んでいる。
先生の覚悟が本物なのは、あの銀行からの逃走劇のときの姿を見たからなんとなく分かる。
キヴォトスの生徒じゃないのにあんなに真剣な表情で危険を顧みずに指揮し勝利に導くあの姿。
なんというか、“大人”なんだなって、変な感想を抱いてしまった。
そして、ヒナは先生の話を聞くとすぐに頭を縦に振った。細かいことはと今こうして風紀委員会のみんなと話しているけれど、きっとヒナも私が休んでいる間に先生がどんな人なのかを知る機会があったんだろう。
この短期間で今のヒナにあそこまでさせるのは、人徳ってあるんだなとなる。
「本当に、凄いなぁ……」
私はまたも呟いてしまう。
この二年間、私はヒナの隣に並ぶために頑張ってきた。彼女の友達として恥ずかしくない力が欲しくて、お互い隠し事がなくても問題ない関係になりたくて突き進んできた。
でもヒナとの間は開くばかりで、ブラックマーケットなんかにも入り浸るようになったのに追いつけなくて。
でも先生は、私とはまったく違うアプローチでヒナに一瞬で近づいていった。
これが大人なのかと、そんな複雑な気持ちが、私の中で渦巻いている。
「――それじゃあ、ありがとう。じゃあ私はこれで」
と、そんなときだった。
先生が風紀委員会の教室から出てきた。そこで、私と扉を閉めた後の先生との目が合う。
「……あ」
「……どうも」
少し顔を固まらせながらこぼした先生に、私は背中を壁につけたまま軽く会釈する。
若干間ができる。私は軽くそこで壁から離れ、先生の顔を向いて言った。
「先生、ちょっとお時間お願いできますか?」
「……うん、いいよ」
先生は私の言葉に優しく微笑んで言ってくれた。私、ちょっとキツめの顔を今しちゃってたと思うんだけど、困った顔一つ見せない。やっぱり大人だな、先生は。
「えっと……まず先生、私の顔、見覚えありますか」
「んー、そうだね……あるよ。あのとき、スナイパーをやってた子だよね」
先生の言い方は万が一この扉の向こうの風紀委員会に聞かれても大丈夫なように少しはぐらかした感じの言い方だった。
でもやっぱり、この人は知っていた。私のところにドローンを飛ばすように指示したのはきっとこの人だろうからもしやと思ったけど、まさか本当にそうだったとは。
「じゃあ……どうして?」
――どうして、私を責めないんですか? 私はあなたが世話をしている学校の子を、攻撃したんですよ?
なんなら、先生からヒナに私がブラックマーケットで傭兵をやってた事も漏れてたっておかしくない。私とヒナの関係は知らなくてもゲヘナの生徒だって事には簡単に先生なら行き着いただろうから。
そしてそれだけでヒナなら私がブラックマーケットに出入りしている事に行き着いただろう。
でも、今朝のヒナの様子を見るに先生は間違いなく私の事をヒナに言ってない。
一体、どうして?
すると先生は、茶目っ気のある笑い方を私に見せて言った。
「私はね、このキヴォトスみんなの先生だから。生徒が困ってるなら力を貸して、悩みがあるなら話を聞く。そして、何か頑張ってる事があるならそれを応援してあげる。それが、大人としての役目だからね。そしてそれは、君ももちろん、そうだよ」
「私、も……? ……なんで?」
――なんで、先生は私の事情をそんな、見透かしたような事を言えるの……?
彼女の言葉は、私を驚愕させるに十分だった。すると、そんな私の様子を見て、先生は言った。
「だって、あのときの君は、とても辛くて、悲しそうで……でもとても、頑張っている、そんな感じの顔をしていたから。まあ、私の勘違いだったらごめんだけれどね」
ポリポリと頬を指で掻きながら苦笑する先生。
あのときの私の表情一つで、そこまで……。
なるほど、ヒナが短期間で信頼するのも、ちょっと分かった。
きっとこの人は根っからのお人好しで、根っからの気持ちの良いバカなんだ。誰もが呆れ、誰もが羨む、そんな天性の人誑しで”先生”なんだろう。
「……クイナ、です」
「え?」
「だから、私の名前。地羽クイナです。ゲヘナ学園三年生。所属している部活は特になし。あえて言うなら……ヒナの友達、です」
「なるほど……うん、分かった。じゃあこれからよろしくね、クイナ」
先生はそう言って軽く手を振って去っていった。
ちょっとかっこいいなって、その後姿を見て私は思った。
そしてもう一つ、私は彼女と話した事により固まったとある決意を実行するために、すぐさま風紀委員会の教室の扉を開いた。
「ヒナ!」
「クイナ?」
突然入ってきた私にヒナは軽く驚く。横にはイオリちゃん、アコちゃん、そして一年の
みんなこれからアビドスの砂漠でカイザーPMCと戦闘する準備をしている最中だった。
私はその中心にいるヒナに笑顔で言った。
「私も、ヒナについていって手伝うね」
私の言葉に後輩達が驚いている。しかし、ヒナだけは違った。
彼女は私の言葉に、コクリと小さく頷いた。
「分かった。よろしく、クイナ」
あのショッピングモールのときのように、私の気持ちを否定することなく、彼女は笑顔で返してくれた。