【完結】空飛ぶ雛と飛べない鳥~ヒナの親友だった少女が狂い彼女の敵になって壊れる話~   作:詠符音黎

12 / 30
12.シャーレ当番、地羽クイナ

「……ご、ごめんねクイナ……私、先生なのに……!」

 

 先生の逼迫した声が熱い吐息と共に私の顔にかかる。

 彼女の息は荒く、私に覆いかぶさっている彼女の汗が私に落ちてくる。

 

「本当、ですよ……ちゃんと責任、取ってくださいよね……」

 

 一方で私の息も体も熱を帯びていて、同じ様に顔から流れる汗が床に落ちていく。

 ほぼ密着している私達の体。

 先生と生徒が、これほどの距離になることは、そうそうないだろう……。

 

「いや、本当にこれどうするつもりなんですか?」

「本当に、どうしよっか……?」

 

 私達はそんな“倒れたロッカーの中に二人で入って閉じ込められた状態”で、お互い途方にくれてしまっていた。

 なんで私達がこんな地味なピンチに陥っているかと言うと、最初のきっかけは数日前に遡る。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「はぁ……」

 

 放課後の帰り道、ヒナが私の横で軽くため息をついた。

 あの日の約束通り、私達は不定期に……というかヒナがうまく放課後に時間を作れる日に一緒に帰るようになった。

 今のヒナは徹夜も多いが、日によってはなんとか時間を三時間ぐらいは捻出できるらしいから、そういう日を私に当ててくれているらしい。

 

 ――……三時間? 少なすぎない?

 

 なんてそれを聞いたとき思ったけれど、なんの力にもなれてない私が言ってもどうするのだって話でもあるので思うだけに留めておいた。

 そしてこの時間を捻出できる日というのがまあまあ読めなくて、結果的に毎日予定が見えてくる時間帯まで待っているから私の放課後訓練の時間は消えたのだけれど、まあいい。

 私の心の奥での納得感はともかく、やっぱりこうしてヒナと一緒にいられるのは楽しいし。

 ただ、今日はなんだかちょっと様子が変だ。

 もしかして、私何かやっちゃったんじゃ……。

 

「えーっと……何かあった? あっ、もし風紀委員会の活動の関係で言えなかったら全然言わなくても……!」

「いいえ、そういうのじゃないから大丈夫よ。その……ちょっと、どうしようかと思っていることがあって」

「どうしよう、か? 風紀委員会に関係ない事で?」

「ええ、まあ……」

 

 珍しい事もあったものだ。

 ヒナってだいたいそつなくこなしてしまうから風紀委員会の活動以外でこんなになるのはレアだ。

 確か前に音楽の授業で楽器の類に触れたときに苦労してた覚えがあるけど、記憶にあるのは本当にそれぐらいだ。

 ヒナをここまで悩ませるなんて、一体どれほどの事態が……。

 

「ヒナ……私でよければ、力になるよ……! あ、やっぱ言いたくないことなら無理はしなくても……」

 

 どうしてもこの手の事を言おうとするとつい自信の無さが出てしまう。

 最近、昔の性根の弱さがまた顔を見せている気がする。確かに以前は慢心からの失敗をしたけれど、これはこれでちょっと個人的には好ましくなく感じてしまう。

 自分の心のうまくいかなさが、もどかしい。

 

「えっと……いや、そうね。クイナには話してもいいかしら」

「そっか、やっぱり私じゃ――って、え!? 相談してくれるの!? 私に!?」

「え、ええ……だから聞いたんじゃ……!?」

「あっ、うん! そ、そうだよ!? そりゃね!? よし! 話して話して!」

 

 しまった、ヒナからの相談に舞い上がりすぎてしまった……。

 初めてヒナに頼りにされたと思うと、どうしても舞い上がってしまうのを抑えられなかった。

 でも、そっか……私、初めてヒナに頼りにしてもらえてるんだ。

 一応最初に放課後遊んだときはコーヒーチェーンのメニュー注文を代わりにしたけれど、あれは私がずっと主導だったし。

 とにかく、これは間違いなく一歩前進だろう。

 私はなんとか心の興奮を抑えながら、ヒナの言葉を待つ。

 すると、ヒナは夕日よりも顔を赤くし視線を少し私から逸しながら小さな声で言い始めた。

 

「あの……シャーレが出している、募集があるじゃない? 先生の当番の……少し、興味があって」

「…………シャーレの当番の、募集?」

 

 確かに先生がいるシャーレはそんな募集を行っている。

 あのアビドスの一件から先生の知名度はキヴォトスのいろんな場所に知れ渡り、そこからミレニアムや百鬼夜行、なんならレッドウィンターにまで呼ばれて行ったらしく多くの実績も重なって来ていた。

 更には細かい生徒個人の悩み相談や、噂では猫探し犬探しみたいなそれ先生がやる必要ある? みたいな仕事までやってるらしくて、いつのまにかだいぶ人望が厚い人になっていた。

 だが当然そんなたくさんの業務を先生一人で解決するのには限界があるし、荒事となるとキヴォトスの外から来た先生には危険過ぎる。

 だから先生の仕事を手伝ってくれる『当番』を自主的に手伝ってくれる子を募集しているのだ。

 話によるとそこそこの生徒が名乗りを上げているらしい。

 そこはまあ、結構分かる話でもある。間違いなく放って置けない人ってカテゴリーに分類されるだろうから、先生は。

 しかし、まさかヒナも……?

 

「ヒナ……やりたいの? 先生の当番」

「………………ええ、まあ。さっきも言ったように興味がある程度だけれど」

 

 ヒナは本当に、珍しく、長々と溜めてからとても小さな声で言った。

 先生の事を思い浮かべているのか、少しだけ表情を柔らかくして。

 

 ――ツキン……。

 

「…………?」

 

 なんだか今、胸の奥がちょっと……。

 と、それどころじゃない。今はヒナに応えないと。せっかくヒナが相談してくれたんだから。

 

「なるほど。でもヒナ、風紀委員長で忙しいもんね。私とのこの放課後の時間も頑張って作ってるぐらいだし」

「ええ……さすがにこれ以上は大変だし、そもそもスケジュールが自由にならないのに当番なんてのも変な話だから」

「そっかー、うーん……」

 

 できればヒナの力になってあげたい。だってヒナがこんな自分の願望を出すのなんてそうそうない事だし。

 だったらそれに応えてあげるのが友達というものだろう。

 

「……そうだ。じゃあ、こういうのはどうかな?」

「何か思いついたの?」

 

 私が()()()()()に至って指をピンと立てて言うと、ヒナが少し驚いた顔を見せる。

 まあこれはきっと彼女には思いつかないタイプの考えだろうから、この表情が変わる事もないだろう。

 そんな事を考えながらも、私はそのまま軽い調子で言った。

 

「私とヒナ、二人で一緒に先生の当番になればいいんだよ」

「……二人、一緒に?」

「そう。正確には当番の中でさらに担当を分割する感じかな。ヒナの当番の日にも私が先生のところに行ってお仕事を手伝う。そして、ヒナがもし来れれば私とバトンタッチ。先生とヒナの甘い時間に様変わり、ってね」

「あ、甘い時間って……クイナ、先生と生徒の関係はそういうものじゃない」

 

 ヒナが少し顔を赤らめて言った。

 この手の事には耐性が低いのは知っているからこの表情を引き出せただけでもいいものを見たと言える。

 しかし、反論の理屈がまた真面目というか、ヒナらしいなぁ……。

 

「はは、最後のは冗談だって。でも二人で一緒に当番の募集に応募しようってのは本当だよ。ま、見方を変えれば私がこの前から教室でヒナを待ってる時間が当番の日にはシャーレになる、それだけとも言えるよ」

「……まったく、クイナには敵わないわね」

 

 ヒナはちょっと苦笑気味に、でもまんざらでもない顔で言った。

 彼女のそんな顔を見ると、私もつられて頬が緩む。

 

「いやいや。既に先生にアプローチをかけているっぽいヒナ風紀委員長にこそ、私は逆立ちしても敵いませんって」

「だから、そういうのじゃないって……!」

 

 ちょっと怒ったヒナの言葉に私は更に笑う。

 これが、ヒナの本当の一面だ。年相応の、女の子としての表情。

 きっと私と……先生しか知らない、そんな顔。

 

 それを考えると、なぜだかまたあの“ツキン……”という胸の奥の変な感覚が蘇ってきたけれど、私はそれがなんだか嫌で、見ないふりをした。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「というわけで、さっそく来ましたよ先生」

「うん、今日はよろしくねクイナ」

 

 決意してからの私とヒナの行動は早かった。

 あの後その日のうちに『募集に応募! 採用! 当番の日程決定!』と流れるようにやったので、わりとすぐに私達……というか私の当番の日がやって来た。

 生憎、今日は私一人になりそうだとヒナは言っていた。なんでもただでさえ忙しいのにゲヘナを取り仕切る万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)から難癖をつけられその対処で苦労しているとか。

 万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の議長をやっている羽沼マコトちゃんとは正直同学年の中では一番関わりが薄いけれど、どういう子かは知っている。

 本当にヒナに嫌がらせすることに全力をかけてるけどあの情熱とパワーはどこから出てくるんだか。他の一般生徒に対しては結構普通に頑張ってるとも思うんだけれども。

 

「ま、私はあくまでヒナの代理ですからあんまり期待しないでくださいね。……そもそも、私事務処理とかできないですし」

「いやいや、来てくれるだけでうれしいよ。クイナはクイナだからヒナと比べる事なんてしないし。あとほら、こうシャーレのオフィスにも可愛い生徒がいるだけで彩りが生まれるっていうかさ……」

「可愛いって……急にお世辞とか使わないでください。私なんて陰キャのジメジメした女ですよ」

 

 このキヴォトスには個性豊かな生徒がたくさんいて美人も可愛いもよりどりみどりだ。

 そんな中で私なんて没個性もいいところだろう。

 でも先生はそんな私の言葉に全力で首を横で振った。

 

「何言ってるのさクイナ! クイナは可愛いよ! 優しい顔つきと少し陰を感じる雰囲気とかちょっと大きめな制服で萌え袖までは行かないけれどちょっと手が隠れているキュートさとかたらりと垂れる真ん中の前髪がミステリアスなチャームポイントとしてマリアージュをしていてもう……たまんないよっ!!」

「は……はい……?」

 

 な、なんだか急に拳をぎゅっと握りしめながら凄い勢いで熱弁してきたんだけど……え? この人ちゃんと先生だよね? なんていうか、あのときの大人なお姉さんって雰囲気が一瞬で崩れたような……。

 ただ内容はそれこそ私をべた褒めしていくれているわけで、こんな褒められるとそりゃ嬉しいしそもそも私はそういうの慣れてないので顔がどんどん暑くなっていくし、ちょっとそわそわもしてさっき先生から褒められた垂れてる前髪を指で弄ってしまう。

 

「も、もう……! なんですか急に……! あ、そういえば初対面のときもイオリちゃんの靴舐めていたけれど、この感じだともしかして実は生徒のピンチとか関係なくただ欲望に赴くままだった……!? や、やっぱり変態……!」

「さ、さすがにそれは違うよっ!? あのときはもうホシノのために頑張りたいって事しか考えてなかったし! いや、クイナに説明しようとしたときは体が勝手に最後のひと舐めしちゃったし落ち着いてから考えたらとあれもあれで悪くなかったってなったけれど……!」

「本当に変態じゃないですか! この駄目大人っ!」

 

 その後私はついつい先生にしばらく説教をしてしまった。

 生徒に説教される先生とは? となるけどこんな気持ち悪いところ見せられたらそうもなるでしょう。

 ともかく最初はそんな感じだったけれど、その後私は普通に先生のお手伝いを始めた。とは言えバラバラになっていた領収書をクリップでまとめるとかそのレベルなんだけど。

 

「しかし随分とありますね書類。本当に多忙なんだなぁ、ヒナみたい」

「まあ忙しいのはそうだけれど、私が頑張って生徒が喜んでくれて好きなことに打ち込みやすくなってくれたら、それが一番嬉しいからね。……とは言え、その結果こうしてクイナみたいに生徒にも手伝ってもらってるから本末転倒だけれどね」

 

 苦笑してポリポリと指でこめかみを掻く先生。

 やっぱり生徒の事にはとにかく本気で取り組んでくれている人なのは間違いない人なんだなと私は再確認した。

 さっきの話とか、思ってたよりも変な人でもあっただけで。

 

「というか、本当にクイナはヒナと仲がいいんだね」

「え? ……まあ、そうですね。友達ですから。……一応」

「一応?」

「……あ」

 

 しまった、また弱音を付け足してしまう最近の癖が……。

 まあでも先生にはあのブラックマーケットでの出来事もあるし今更か。

 

「はぁ……その、私、心から友達って言える自信がないと言うか……ほら、ヒナっていろいろと規格外じゃないですか。そんな彼女の横にこんなじゃ並べてないよな、って。だから私は並ぼうと努力はしてて、あのときのブラックマーケットもその一つで……」

 

 そっと私は自分の手を見つめる。

 この前ヒナが握り返してくれたこの手。

 あのときは本当に嬉しかったけれど、私の手にはそんな価値なんてあったんだろうか。むしろヒナの邪魔になってるんじゃないだろうか。

 この不安は、私の頭の片隅でどうしても燻っている。

 ヒナはああ見えて優しいから。私に配慮してくれているんじゃないかって、猜疑心が拭い去れない。

 

「でも、いくら頑張ってもヒナには届かなくて。ヒナはどんどんと高く舞っているのに、私は地面で羽だけ動かし続けて飛べないまま。こんな私に本当にヒナの友達でいる資格なんてあるんでしょうか……」

 

 きっとヒナならそんなことはない、って言ってくれると思う。

 彼女が誰かの心を傷つけるような事をするはずはない。

 けれど、そんなことを分かっていても、私はどうしようもなく怯えているんだ。

 友達を信頼できていないのは、ヒナじゃなくて私の方なんだ。

 

「……クイナは、やっぱりとてもいい子だね」

「え……?」

 

 でも、そんな私に先生がくれた言葉は私のネガティブな考え方とは真逆なものだった。

 

「私が? いい子? そんなわけ、ないじゃないですか……友達を信じれなくて、ブラックマーケットにまで入り浸るような子が、いい子なわけないですよ」

「でもそれはヒナのためなんでしょ? 友達のために自分を変えよう、なんてのは普通はなかなかできないよ。みんな相手を自分色に染めたがるものだから。でもクイナはそうじゃなくて自分がヒナと同じになりたいと頑張っている。私から見たら、それは凄くいい子だよ」

 

 ニッコリとデスクに座りながら笑う彼女の顔は、とても温かかった。

 思えば、こんな風に肯定してもらったのはヒナ以外じゃ初めてかもしれない。

 私を風紀委員長空崎ヒナの友達としてではなく、ただの一個人として見て評価してくれる人は。

 私自身に、価値があるなんて言ってくれる人は。

 

「まったく……そういうところなんですね、先生が先生なのって」

「ん? どういうこと?」

 

 少し苦笑気味に言った言葉を先生はよく理解していない様子だった。

 まあ、素直に言うのは気恥ずかしくてあえてはぐらかしたからなんだけど。でも、先生も私の言葉に敵意とかそういうのはないのは分かってくれているだろうから、今はそれだけでいいや。

 

「じゃあ、引き続きとりあえず私にできる事からしちゃいますね。……にしても先生、なんでロボットのオモチャに十万とか出してるんです? ただの古臭いオモチャじゃないですか」

「違うの! あれはね! ロマンなんだよっ……! そのためなら一週間コッペパン生活になろうと構わないんだよ……!」

 

 ……やっぱりこの人、変だと思う。

 

「はぁ……まあ、私にその価値は理解できませんけれどとやかくは言いません。人の趣味をどうこう言うなんて良くないですし、好きな事に全力な姿勢はむしろ私には素敵に思えますから」

「クイナ……! なんて優しい子……!」

 

 すると、先生はちょうど先生の手元にクリップでまとめた趣味の領収書まとめを置いた私の手をガシッ! と掴んで目を潤ませて私を見てきた。

 

「クイナ、結婚しよう!」

「何言ってるんですか急に……それ、他にもいろんな子に言ってるんじゃないですか?」

「いや、そんなにたくさん言ってないよ! クイナを含めてもまだ片手で数えられるぐらいだし!」

「この流れで本当にいろんな子に言ってるの自白されるのは初めて見たんですけど!?」

 

 この人なんなの本当に!?

 いい感じの雰囲気と変態なノリがくるくる回って寒暖差で風邪引きそうだよ!

 

「いやでもキヴォトスの子って本当にいい子が多くてこう私の年からしたらクリティカルな癒やしを感じてさ……」

「大人の女性が年下に伴侶としての癒やしを感じないでくださいよ。ほら、アホな事言ってないで仕事しますよ。ええと、これが一段落したら次に整理したら良さそうなのは……ふむ、生徒に貸し出しできる機材とか見たら後から便利かも。これ、どこに?」

「ああ、それならこっちかな」

 

 一通りコントみたいなやり取りを終えると先生はさっくり立ち上がってシャーレの中を先導してくれる。

 私はその背中を追ってクリップボード片手に歩いていくけれど、その背中は私より少し大きいぐらいなのに、なんだかそれ以上に大きく感じた。

 多分歩いているときでも背筋が綺麗に伸びているからだと思う。こういうところはやっぱりデキる大人の女性って感じなんだよねぇ。

 

「ここだね、機材保管庫」

 

 先生がそう言いながら部屋に入って電気を付ける。

 そこにはいろいろな機材がまばらに棚に置いてあっていくつか大きなロッカーも並んでいた。

 

「ここの機材を使いたいって生徒もまあまあいて貸し出してるから既に歯抜けな感じにはなってるね。ほら見てよ、このロッカーとかもう空っぽだし」

 

 先生が開いて見たロッカーは確かに何も入っていなくて、なんなら私と先生二人でもギリギリ入れそうだ。

 

「何入ってたんですこれ?」

「確かエネルギーの効率的変換が云々とかだったような……結構昔とある企業が作った試作品でかつ今はその企業なくて流れてきたのを保管してたんだけれど、ミレニアムのエンジニア部の子達が興味あるっていうから貸し出したんだよね。大きな棒状だったからここに入れててさ」

「へー。私にも全然分かんないけどシャーレって結構いろいろなモノあるんですね」

 

 私も先生も凄いフワフワした感じで話していた、そんなときだった。

 先生のスマホがピロンと着信音を鳴らした。

 

「ん? 誰からだろ」

 

 彼女はコートのポケットからスマホを取り出して画面を確認している。

 と思ったら、なんだか先生の顔がすっと青ざめていった。

 どうしたんだろう……?

 

「あ、あわわわわ……」

「先生……? どうしたんです? なんだかびっくりするぐらいに慌ててますけれど」

「ユ、ユウカが、近くに来たからせっかくだしと抜き打ちでいろいろ確認に来る、というかもう来てるって……」

「ユウカ?」

「うん……さっき話したエンジニア部のいるミレニアムのセミナーで会計してる子でさ……私がシャーレに来てからずっと助けてもらってる子の一人なんだけど、溜めた仕事を隠してると怒られるんだよね……とりわけお金絡みの無駄とか見られちゃうと……」

「……あ」

 

 そこまでの話で私は思い出した。

 先生の机には今、私がまとめた先生の『散財まとめ』が置かれているのである。

 そのユウカというミレニアムの子も当然オフィスに行くだろうから……。

 ピロンと、再び先生のスマホに通知が鳴った。

 顔を真っ青にして引きつらせた先生と一緒に私も怖ず怖ずとスマホの画面を覗く。

 そこにはそのユウカという子のモモトークが表示されていて、こう端的に書かれていた。

 

〘先生、ちょっとお時間いただけますか〙

 

「……あーあ」

 

 思わず声が出てしまった。

 彼女と会ったことがない私にも分かる。これ、間違いなくキレてる。

 

「わ、わァ……」

「先生、大の大人がしちゃいけない声と顔してますね……」

 

 さっきまで大きく見えていた先生の姿が今は小さくてか弱く見えた。

 大人でも隠し事がバレるのって怖いんだね……と、変な学びを得てしまった。

 と思ったら、直後先生の体がビクリと震えた。

 

「こ、このヌッっとした気配は……!」

「なんですかヌッとした気配って」

「ク、クイナ! こっち!」

「へっ!? ちょ、いきなり何を!?」

 

 私の質問に間髪入れずに先生は私の腕を掴んで目の前のロッカーに私と一緒に隠れ入った。

 ロッカーは本当に私と先生がギリギリ二人で入れるぐらいで、もうキツキツのパンパンである。

 

「ちょ、なんで私まで……!?」

「ご、ごめん勢いで……! それより静かに……!」

 

 先生の言葉の直後、ちゃんと閉めていた扉が再び開く音がする。そして、カツカツと部屋を歩く足音が響いてくる。きっとこれがあのユウカという子のものなんだろう。先生もう汗ダラダラだし。

 

「先生ー……? ここにいるんですかー……?」

 

 うわ! 普通に怖い! 怒ってるのが凄い伝わってくるのに声色はとても落ち着いているのがとても怖い!

 ノリがホラーゲーとかのそれじゃないかなこれ!? 私なんも悪いことしてないのに私まで冷や汗が流れてくるんですけど!?

 それからしばらく静寂の中で足音だけが鳴り響く。

 息もできない程の緊張が、しばらく続いた。

 でも少しして「ここじゃないのかしら……」なんて言葉と共にまた扉が開かれる音、そしてもったいないからか部屋の電気が消されると共に彼女は去っていったようだった。

 

「た、助かった……」

「そんなこと言っても問題の先延ばしですよ先生……。というか、もういい加減出ましょうよ。暑いし狭いし辛いです……」

 

 特に先生のその大きな胸の部分が。

 と言いそうになったけれどセクハラになるので止めた。ちょっと先生の変態っぷりが感染してないかなコレ?

 

「うん、ごめん。じゃあ――ってうわっ!?」

「へ? きゃああっ!?」

 

 先生がロッカーの扉を動いて中から開こうとしたそのときだった。

 ロッカーがガタリと前から倒れてしまったのだ。軽い衝撃と共に、ロッカーの扉の部分が床についたことによって、私達は閉じ込められてしまったのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。