【完結】空飛ぶ雛と飛べない鳥~ヒナの親友だった少女が狂い彼女の敵になって壊れる話~ 作:詠符音黎
そんなこんなでロッカーに二人で閉じ込められた私と先生。
お互い体を向け合って密着している状況は本来なら気まずいのだけれど、狭いロッカー内なので暑さと狭苦しさが勝ってそれどころではなかった。
「ぐっ……ロッカーの中とは言えスマホを落としたのが痛い……」
先生が苦い顔で言っている。
あのとき二人でロッカーに隠れたとき、そのままロッカーの底にスマホを落としたらしい。
そしてこの狭さ、この密着具合だと手をそこまで伸ばす事もできないため先生は外に連絡する手段はない、というわけだ。
「クイナの方はどう? スマホ取って使える?」
「ふふっ先生、私の事舐めてますね……」
「え? どういうこと?」
先生が汗をかきつつも不思議そうな顔で聞いてくる。
一方、私はそんな先生に現実というやつを叩きつけてやる事にした。
「私のスマホのアドレス帳にはヒナと先生以外の連絡先はないんですよ! そして私はヒナの仕事を邪魔したくないので連絡する気はありません! つまり今スマホを使えても無意味なんですよ!」
伊達に友達作れず十七年ぼっち人生やってないのである。
個人的に普通に悲観している事のハズなのだけれど、なんだか先生とはそういう雰囲気になりたくなかったので結構茶化した言い方になってしまった。自分でも不思議だ。
まあこんなノリだし、先生も苦笑いぐらいで済ましてくれるだろう。
「うっ、ううう……! クイナ、頑張ったね……!」
と思ったら、なんだか思った以上に感情的な声と表情になっている!
なまじ目の前で力強くも震えている声色と無駄にいい顔で今にも泣きそうな表情をされているものだから、さすがに私も慌てる。
「ちょ、先生!? こんな狭いところで泣いたりしないでくださいよ!?」
「分かってるけど……クイナがそれでも諦めずに頑張っていたかと思うと、私は……!」
だいぶオーバーなノリとは言えこんな風に言ってくれるのはやっぱり先生はいい人だなと思う。
ただ状況が状況なせいでこちらとしては微塵もしんみりできないけど……。
「まあそれはともかく本当にどうしましょうかこれ……。一応ロッカーが古くて隙間があるみたいだから窒息なんて事はなさそうですけれど」
ロッカーにはわずかに隙間が空いていて息苦しいけど呼吸が辛くなるほどではなかった。
この感じならワンチャン全力で暴れればロッカー壊せるんじゃないかな? とも思うけれど私はそんな力自慢じゃないからやっぱり無理だと思うし、まず先生がいる状況で暴れられるわけもない。
先生に怪我をさせちゃったらもう目も当てられない。
「そうだね……多分、しばらくオフィスを不在にしてたらアロナあたりが気づいてくれると思うんだけど……」
「え? 誰です? 他の学園の子?」
知らない名前だけれどどこの子だろう。
先生にそこまで言わせるんだから相当シャーレにお手伝いに来ているのかな。
「ああいや、まあそんなところかな。とにかくここでずっと閉じ込められて二人揃ってミイラなんて事はないと思うよ」
なぜだか先生はちょっと歯切れの悪い感じで応えたけれど、話としてはずっと放置って事はないらしい。
そこに関しては良かったけれど、ただ下手したら夜遅くとかになっちゃうって事でもあるんだよね……。
「じゃあもう、後は運を天に任せるしかないって事ですか……はぁ」
思わずため息をついてしまったけれど、このため息も先生の顔にあたる距離なんだよね……。
そう考えると、いくら呼吸に問題ないとはいえこれちょっと下手な事できない気がしてきた。
……というか、私これ臭かったりしないよね?
訓練するようになってからシャワーは寝る前の一回だけが習慣になっちゃったから、これもしかしたら……とか考えると、いろいろと気になって仕方がなくなってきた。
「あの……先生」
「ん? どうしたのクイナ?」
「えっと……その、大丈夫ですか?」
私は大きくなってきた不安から、つい先生にそんなことを聞いてしまった。
ほら! 具体性が何もない質問しちゃったから先生の顔にハテナが浮かんでる!
うぐ……これ、言いたくないけどこの密接具合で誤魔化すと先生は変態だからあらぬ誤解に繋がっちゃうかもだし……言うしかないよね……墓穴だぁ……。
「あー……その…………先生……私……い、ません……か……」
あー! 恥ずかしくて声がでなかった! そのせいで先生がまた不思議な顔して「えっとごめん、何だって?」って聞き返してくるし! 言うと決めたのにまた追い詰められている気がする!
これ以上引っ張ると本当に変な事思われちゃいそうなので、私はとにかく覚悟を決めて、ギリギリ鼻がこすれていない程度に近い先生の顔を見ながら言った。
「だから……その、私、臭い……ませんか……?」
うあー! 言っちゃった! どうしよう自意識過剰な子とか思われたら!?
というか、本当に臭ってたらそれこそどうしよう!? それで先生がテキトーに誤魔化されでもしたら多分一週間は引きずる! 間違いなく引きずる!
完全に勢いでの言葉だったのにここまで恥ずかしい気持ちになるとか! もう迂闊な発言はしないようにしないと……。
「臭い? うーんそうだなぁ……」
一方で、先生はちょっと考えるような素振りを見せ始めた。
えっ!? 何!? もしかして本当に臭いの!? だから回答に困っている感じ!? ああ、時間を理由に朝のシャワーをサボっていたツケがこんなところで――
「……すんすん、すんすん」
――とか思っていたら、あれ、先生……これ、私の臭い、面と向かって嗅いでる……?
「うん……大丈夫、とってもいい匂いで――」
「――こんな堂々と嗅ぐやつがありますかこのスーパードレッドノート級の変態女がーっ!!!!」
「わああっっ!? ご、ごめん! ごめんよクイナ! こっちもちゃんと答えなきゃと思ったしちょっと役得ともなってしっかりと匂いの確認をって!」
「最後完全に私情が混ざってるじゃないですかバカっ!!!! なんてそんな流れるようにセクハラできるんですか!?!?」
「ごめん! ごめんって! だから落ち着いてっ! あとなんでかっていうとなんというかもう本能としか!」
「ナチュラルにやってんのが余計にどうかしてますよそれっ!! いっぺん頭の中見てもらったほうがいいんじゃないですか!?!?」
と、私達がそんなふうにドタバタとやっているそんなときだった。
「ん、先生、もしかしてここにいるの?」
ロッカーの隙間から光が入ったとほぼ同時に外から急に声が聞こえてきたかと思うと、急にグルンと倒れていたロッカーがひっくり返されたのである。
「おわっ!?」
「きゃっ!?」
私達は二人揃って声を上げる。そして、直後ロッカーの扉が開かれる。
そこには、灰色の髪で獣耳が生えた、オッドアイの生徒がいたのだ。
「シ、シロコ!? あ、そうか、そういえば今日は会う約束してたね……って、そうじゃなくて! あの、これはその……!」
「…………」
先生がその生徒の名を口にする。
一方でその子は私と先生に交互に視線を送っていた。
――あ……これ、形としては私が先生をロッカーの中で押し倒している構図になってるじゃん……。
「えーっと……ち、違うの、別に私は先生をどうこうなんて……」
「……ん、だいたい分かった。先生、私はそういうのにも寛容。むしろウェルカム」
なんだか予想外のところであらぬ誤解を生んでるーっ!?
てか何その自信満々な顔でのサムズアップは!? 初対面だけどこの子も結構飛んでるタイプだね!?
「いやシロコが思ってる『そういうの』ではないから絶対っ! でも寛容なのはありがとうっ!」
「『ありがとう』じゃないんですよ!! そういうところなんですよこの痴女っ!!」
とりあえず、そんなこんなで私と先生はくだらないピンチを脱出したのだった……。
◇◆◇◆◇
「はぁ……初日からこれとか先が思いやられちゃうよまったく……」
ロッカーから脱出できてから少し、私はシャーレのオフィスで一人座らせてもらっていた。オフィスから見える窓の外は雲が多く流れ影を作ることでまだら模様の夕焼け色に染まっていた。
先生はさっき私達を助けてくれたシロコちゃんという生徒との面会の用事のために少し外していた。あのときは気づかなかったけれどあの子はあのアビドスの生徒の一人でしかも私をふっ飛ばしたドローンの持ち主らしい。
とりあえず銀行強盗のときに敵対した件は伏せているけれど最後のカイザー基地への攻撃のときは公に参加していたので改めて礼をされてしまった。
なんかちょっとむず痒かった。
だから照れ隠しも兼ねて彼女と先生の仕事には私も参加しようかと言ったけれど「クイナには迷惑かけちゃったし少し休んでてもいいよ」なんて言われたのでお言葉に甘えているのが今である。
「なんというか一緒にいると思ったより疲れるな先生……あんなに変な人だったなんて」
ちょっと呆れて私はため息をついてしまう。
すっかり『デキる大人の女性』なんて先入観を抱いていたからちょっとショックもあった。
「まあでも……いい人なのは変わりないか」
声は小さくなってしまったけれど、同時に自分の顔が軽く綻んだのも感じる。ああいう根っから変な人だからこそ、私達生徒に対する気持ちにも嘘はなくて損得じゃない動きができるんだなって、なんか納得できる。
同時に、できればそんな先生を今後もこうして助けてあげたいな……なんて、ちょっと思ったりもした。
ヒナが忙しい中でも当番になりたいと言った気持ちが、今なら分かる。
「んじゃま……ちょっとぐらいは整理してあげようかな」
そこで私は立ち上がり、先生の使っているデスクに向かう。
途中で機材保管庫に行ってロッカーに閉じ込められたけれど、本来はすぐあの部屋で確認を終えてこの机の上ももうちょっと整理してあげるつもりだったし。
こういうことの積み重ねで、先生程とは言えないけど私も人の助けになれるような子になれるかも……なんてね、それは高望みし過ぎかな。
「……ん?」
と、そこで私はとある物に目が惹かれる。
それは手紙用の横長の洋封筒だった。ただの洋封筒ではなくまず材質からしてこれはお高いものだなと一目で分かる代物だった。
しかもいわゆる封蝋がしてあり、これはちょっと本物初めて見たかもしれないぐらいの高級感だ。
「こんな高そうな封筒に封蝋ということは……ああー、やっぱり」
封蝋の下にはしっかりと名前、そして所属している学園の名前が書いてあった。そしてこんな洋封筒でお手紙を渡してくるところなんて元々あそこぐらいしかないだろと思っていたけれど、答えは合っていたようだ。
「じゃあねシロコ、帰り気を付けてね」
「ん、じゃあ先生も。バイバイ」
すると、ちょうどそんなタイミングで先生がオフィスに戻って来る。そのシロコちゃんに帰りの挨拶もしていたからあっちの用事も終わったようだ。
「ごめんねクイナ、一人にしちゃって。何か問題なかったかな?」
「はい、短い時間ですから特には。……ああでも先生、絶対重要だって分かる手紙がいつの間にか届いてましたよ」
「絶対重要な、手紙……?」
「はい」
私はそう言いながら洋封筒を片手で持ち上げ、先生にヒラヒラしながら見せて行った。
「送り主は、桐藤ナギサちゃんって生徒みたいで。所属学園はトリニティ総合学園、しかもあのティーパーティーのトップの一人……ってこの封筒の裏に書いてました」
部屋がふと暗くなる。
外をチラリと見てみると、夕日が大きな雲に隠れて、街並みを闇に落としていた。