【完結】空飛ぶ雛と飛べない鳥~ヒナの親友だった少女が狂い彼女の敵になって壊れる話~   作:詠符音黎

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14.狂気の胎動

『エデン条約』

 今、ゲヘナ学園の生徒の間で一番話題になっているワードだ。

 お互いの権力を分け合うとか自治区の管理の仕方が云々とかいろいろと中身はあるらしいけれど、それらをまとめて簡単に言えばゲヘナとトリニティはこれから仲良くします、なんて内容の条約だ。

 ぱっと見は良さそうな話なんだけれどどうやら胡散臭い部分もあるなんて噂もあって、話がいよいよ大きくなってきた今この話題を話さない者はいない。

 そして、その渦中の真っ只中にいる人物の一人、風紀委員長、空崎ヒナはというと――

 

「はぁーーーー……」

 

 今、私の目の前でこうして大きなため息をついていた。

 

「ヒナ、朝からずっとそんな感じだけどどうしたの?」

 

 こうして私達が話しているのは帰り道なのだけれど、空はすっかり星が散らばり月が見える夜中だった。

 なんてことはなく、ヒナの風紀委員会としての仕事がこんな時間まで続いた、という話である。

 もちろん夜中遅くまでかかるとヒナも当然疲れているわけで、日によってはテンションが低いのもしばしばなんだけれどにしたって今日は随分とため息が深いな……。

 

「えーと……まあ、その……実は昨日、深夜に先生に会ったの」

 

 私の言葉にヒナは少し目を逸らし逡巡した様子を見せたけれど、すぐに私の方に向けて話し始めた。

 

「あ、そうなんだ? 確か今はトリニティに行ってたよね先生」

 

 この前それこそトリニティのティーパーティーからお呼ばれされた手紙を私が見つけたわけだしここは当然知っている。

 でも、そこから先生が今トリニティでどんなお悩み解決をしているのかは知らない。

 手紙の中身を読んでいないし聞いてもいないので知る機会はなく終わったからだ。

 

「そうなの。でも、そこで先生と会った理由が美食研究会のメンバーの引き渡しで……」

「あー、トリニティにまで行ってあの調子でやっちゃってたんだハルナちゃん……よりによってこの時期に」

 

 最もホットな話題であるエデン条約があるからトリニティもゲヘナも凄いピリピリしている中で美食研究会がトリニティの領地でいつものように爆破とかやってたらそりゃヒナの疲れも倍増みたいなものだろう。

 なんていうか、本当に元気が過ぎるよハルナちゃん……。

 

「なるほど、じゃあ偶然その場に先生が居合わせて解決したからヒナに美食研究会を引き渡す事になったみたいな感じかな。本当に二人共お疲れ様だね……」

「……まあ、そうなのだけれどそうじゃないというか」

「ん?」

 

 なんだかヒナの歯切れが悪い。どうしたんだろう。表情も何か困っている感じというか、うっかり口を滑らせたのを後悔しているみたいな。

 ……というか、これ、何か既視感があるような――

 

「――……あ」

 

 直後、既視感の招待に気付いた私はとても小さな声ではあるが、そんな風にポツリとこぼしてしまった。

 これは、あのときと一緒だ。

 ヒナが風紀委員会に入ると決めて私に話したときと。

 私が、彼女の抱えている真実を話してもらえなかった、あのときと。

 

「へ、え。まあ、いろいろ……あるよね、ヒナや先生、にもさっ!」

 

 私は言葉がたどたどしくなりつつも、なんとか満面の笑みを作って大きな声を出した。

 懐かしい感覚だけれど、それゆえに私の心は当時以上に揺さぶられてしまう。

 ここ最近、そんなことはなかったから、不意打ちとうかなんというか。

 とにかくこんなことで動揺しすぎでしょ、私。

 分かってるでしょ? ヒナは意地悪をしたくてそんな事を言ってるわけじゃないって。私が知ったら危険になるから守りたい、そういう気持ちでヒナは隠し事をしているんだって。私を守ろうとしてくれているんだって。

 私は、ヒナに個人の能力では同列に見られていないんだって。

 

「まったく、先生は本当にお人好しで困ってしまうわ。……でも、トリニティの子のために頑張ってるのは変わらないし、駄目とも言えないしで……はぁ」

 

 今ので分かったが、さっきのは先生の事を心配してのため息だったのだ。

 いつの間にか、またヒナの先生への信頼が上がった気がする。

 まあ先生相手だしそこはむしろ分かる。あの人はなんていうか人誑しだし、それに伴った信念もある。

 キヴォトスの生徒達と違って銃弾一発で死んじゃうのに、それを恐れず前に出て問題を解決する力も。

 私には、ない力だ。

 

「まあそれが先生だし。好きだよ、先生のそういうところ」

「そうね……それは否定しないわ」

 

 私の言葉に少し嬉しそうな顔になるヒナ。

 ヒナが私以外にも心を許せる相手ができたのは、素直に喜ばしい事だ。

 

 ――ツキン。

 

「……あれ?」

 

 これ、この前感じた、胸の奥の、変なカンジ……なんで、今?

 しかも前よりも、はっきりと感じた気がする。

 

「ん? どうしたのクイナ」

「へ? い、いやなんでも! ただこの前先生の当番初めてやったときの事思い出しちゃってさ!」

 

 どうやら知らず知らずのうちに胸のところを掴んでいたらしい。

 ヒナの目線を受けて、それを初めて自覚した。

 これは多分気づかれちゃいけない感覚だ。知っちゃいけない気持ちだ。どうしてか分からないけどそうだって分かるんだ。ヒナや先生には気づかれたくないモノなんだ、これは。

 だから私は必死に取り繕う。とにかく、とにかく場の空気を変えないと。

 じゃないと、ボロを出しちゃう……!

 

「いやーこの前は大変でさぁ。話したっけ? 私と先生がロッカーに一緒に閉じ込められちゃった事」

「えっ!? 私、その話聞いてないんだけれど……」

「あーごめんごめん、話すタイミング見失っちゃって……。まあ偶然からだったし先生に悪意とかはなかったから大丈夫だよ。ただ流れで私の体の臭いを至近距離で嗅がれちゃったから下心はあったかもね、ハハハ!」

「……まったくもう、先生は本当にそういうところだと思うわ……普段はいいのに……私だってこの前嗅がれたし、もうちょっとブレーキがあっても……あっ」

「……ヒナも、嗅がれたの? いつ?」

 

 ヒナがそんな被害にあっていたとはこっちも初耳だった。

 でもどのタイミングで? たまにヒナも当番に入れているから、そのときだろうか?

 

「えーと……この前、モモトークで話してたら急にいい天気だって話になって、こんないい天気だから会いたいとか言われたからお昼に仕方なく外に出たらそのときに……その日は、お昼には仕事も少なかったし……」

「へ、へぇ……でもヒナにお昼に外出させるなんて、やっぱり先生って凄いね。遠慮がないというかなんというか……」

 

 ヒナが風紀委員長になってからは、私達は一緒のお昼は取らなくなっていた。

 だってヒナは本当に忙しそうだしお昼は問題児達も気分的に活発になりやすいから、ヒナも外に出づらい。

 なので私も邪魔しちゃいけないと思って、自然とお昼は別々になって当たり前になっていたのだ。

 でも、先生はそんなヒナをモモトーク一つで呼び出せたのだ。

 私が勝手に考え込んでしなかったことを、彼女はいとも簡単にやってのけたのだ。

 

 ――ツキン、ツキン。

 

 ああクソ、なんだ。また、この胸の感覚だ。

 今度はなんとか意識して胸を掴まないようにしたけれど、そのせいで余計に苦しい。

 ……そうだ、この感覚は、苦しい感覚なんだ。苦しくて、痛い、そんな辛い感覚なんだ。

 でも、どうしてそれがヒナと先生が仲良くしてる話を聞いて起きてるの?

 なんなら最初のときもそうだった。ヒナが先生の当番をやりたいといったとき、そのときこの痛みに襲われたんだ。

 なんで? なんで? 私はヒナも先生も大好きだ。そんな大好きな人同士がお互いに仲良くなって、喜びはすれど、痛みを感じるなんて、ありえないよ。どうかしてるよ。

 そうだきっとこれは何かの“間違い”なんだ。

 だからなかったことにしないと。

 いっぱい笑って、いっぱいヒナを祝って、茶化して、笑い話にしてこの“間違い”を“正解”に変えないと。

 

「というか、そんなに仲が良いならもう私の知らないところでデートとかしちゃってたり? 水族館とか遊園地とかショッピングとかさ」

「だからクイナ……生徒と先生はそんな関係にはならないわよ……あんなだけどそこのラインは先生もしっかり線引きしてると思うし。ああでも、一応二人でショッピングモールにお買い物には行った、かしら……そういえばあのとき、先生はデートとか言ってたわね……まったくあの人は本当に……」

「………………………………え?」

 

 ヒナと、先生が……二人で、ショッピングモールに?

 私とヒナが初めてそうしたときみたいに。私達は邪魔が入って最後まで楽しめなかったのに。

 それをヒナは先生と、行ったの? 私達にとって、とっても少ない友達らしい時間を過ごした、大切な想い出を、上書きしたの?

 

 ――ズキッ。

 

「私、そういうのってどう楽しめばいいから分からないから先生には迷惑をかけてしまったけれど、でも、そこで楽しいと言ってくれた先生は、やっぱり大人だなって、そうなったわね……私も、ああいうところは見習いたいわ……普段の素行はともかく」

 

 普段と比べると饒舌気味に話す彼女の穏やかな顔からも、先生との時間が本当に楽しかったのが分かる。

 こんな顔、私、ヒナにさせてあげたこと、あったっけ。

 

 ――ズキッ、ズキッ……!

 

「……ごめん、ヒナ。私、ちょっとやらなきゃいけないことあったの思い出したから、ちょっと走るね。ごめん」

 

 気づけば、私はその場で思いついた言い訳を並べて走り出していた。

 

「えっ、クイナ!? ちょっと……」

 

 ヒナが後ろで驚いた声を上げていたけれど、私は振り返る事ができなかった。

 そこから私は、脇目も振らずに走って自宅に駆け込んだ。そして扉の鍵を閉めると、電気もつけないまま部屋の中で、自分の愛銃を床に叩きつけた。

 

「ああああああああっ!!!! があああああああああっ!!!! なんでっ!!!! なんでっ!!!!」

 

 なんで私はこんなに苦しんでいるの? なんでこんなにも胸が痛いの?

 ヒナが幸せならそれでいいって、私は決めたじゃない。

 先生のようになりたいって、思ったばっかりじゃない。

 そんな、私にとって大事だと思える人達が『私よりも親密になった程度』で、どうしてここまで、不愉快になっているんだ、私は……!

 

「あああああああああっ……うあああああああああああっ……! なんで、なんでよぉ……!?」

 

 私は訳もわからないまま座り込んで泣き始めてしまった。

 泣いてる理由すら、自分自身で理解できていない。ただ、泣きたかったから泣いているだけなのだ。

 この気分の悪い、最悪な感情を追い出すにはどうすればいいのか、私は他に方法が分からなかった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 あれから、あっという間に時間は流れていった。

 ヒナも先生もずっと忙しそうでロクに会えず、ただ私の胸には不快感だけがしつこく残り渦巻いているままで。

 例えるならタールでできた蛇とでも言う感じだろうか。粘り気があって、気持ち悪く、決して消えぬままに胸の中を這いずり回って時折牙を心に突き立ててくる。そんな気持ち悪さと苦痛を私はずっと抱え込んでいた。

 そうしているうちに、いつの間にかキヴォトス中の生徒達を大いに賑わせていた、あの日がやってきた。

 エデン条約調印式の日。

 それぞれのトップ達が歴史ある『通功の古聖堂』に集い、同時にお互いの治安維持組織も集結しているこれを調印する事により『エデン条約機構(ETO)』というものを作って、お互いの間で生まれる問題を一緒に解決しよう、という内容らしい。

 さんざんクロノスの放送だのなんだのが耳にタコができるぐらい言っていることだから嫌でも覚えてしまった。

 でも、私の関心事は別にあった。

 

 ――あの会場に、ヒナと先生が揃っているらしい。

 

 当たり前の話だ。ヒナはゲヘナの治安維持組織である風紀委員会のトップ。

 そして先生は超法規的組織のシャーレそのものといっていい人。

 彼女らの立場を考えたらむしろいないほうが不自然だろう。

 しかし、そういった政治の話には私には関係ない。私は、二人が同じ場所にいる。それだけで胸がより気持ち悪くなって、いてもたってもいられなくなって。

 結果、私は古聖堂の前までやってきていた。

 

「……こんなところに来ても、私は何をするっていうの? バカみたい」

 

 見物人でごった返している中で、私はポツリと言った。

 ここに来て、どうこう私にできる事はないのに。

 私が……大好きなのにもう私以上に仲良くなってるであろう二人の間に入る事なんて、無理なのに。

 

「……帰ろう、かな」

 

 古聖堂の前まで来て、でも結局その中に入る勇気は出なくて、そして今、私はこうして逃げ帰ろうとしてる。

 なんて、なんて惨めな姿――

 

「――……あれ、は?」

 

 そんなときだった。

 私は、空から何か耳障りな轟音が聞こえてきて、空を見上げた。

 

 ――悪意が降り注ぐ姿を、私は見た。

 

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