【完結】空飛ぶ雛と飛べない鳥~ヒナの親友だった少女が狂い彼女の敵になって壊れる話~ 作:詠符音黎
先生がゲヘナ、トリニティ、そしてアビドスのみんなと手と手を取り合いアリウス分校の憎悪に打ち勝ったあの日。
私だけが、空を見上げず地面を見下ろすように生きていた。
それからも先生は多くの活躍を見せていった。数多くの学校の生徒達と関わり、あの日自分のお腹に銃弾を撃ち込んだアリウスの子達にすらお願いを聞いて手を差し伸べたとか。
あの人は本当にお人好しで、お節介で、だからこそみんなに好かれる大人なんだなって、話を聞くたびに思う。
みんなから慕われる先生の姿は、私にとってなりたい姿そのもので、理想の未来の光景の体現者だった。
でも私じゃ絶対に先生のようにはなれないって、私は気づいてしまった。心のうちに損得の計算を持って他人に近づく三下じゃあ一生かけても辿り着けない姿だ。
ヒナがそんな先生に惹かれるのも当然の話と言える。
だから私がヒナの一番にも、先生の一番にもなれないのも当たり前なわけで。
分かってる、分かってるはずなのに。
その事を考えるとどんどんと自分が惨めに思えてきて、胸が苦しくなってきて、泣きたくなってきて。
現実を受け止めているはずなのにこんな現実、嫌だって毎日部屋で頭を抱えている、そんな日々を送るようになってしまっていた。
ただこれをヒナや先生に勘付かれたくない。だから私は、彼女らの前では“いつもの地羽クイナ”であろうと努めた。
「あ、おはようヒナ。大丈夫? 昨日は夜寝れた?」
「ええ、昨日はいつもどおり三時間は眠れたわ」
「ヒナ……それはちゃんと寝られた範疇には入らないんだよ……」
朝も帰りも、ヒナには学校でたわいない話で笑いかけて。
「先生、まーた無駄遣いしましたね? ユウカさんに怒られても今度は巻き込まないでくださいよ」
「んー、しかしロマンとエロスが……」
「それでメシが食えたらなんたらかんたらですよ」
当番の日にはできるだけ笑って先生に尽くして。
そうして前と変わらない“いつもの地羽クイナ”の仮面を被った。
彼女達は優しいから、私がくだらない事を気に病んでいてもきっと心配してくれる。でも、私は彼女らに心配されたくなかった。
こんな些事でヒナや先生に余計な事を考えさせたくなかったし、なにより、私の惨めな心がそれでより劣等感を感じて汚い気持ちを抱いてしまうのが分かっていたから。
結局は、ここも自分本位なのだ、私は。
「不快だ、不快だ、不快だ、お前の存在が、不快だっ……!」
いつの間にか私は、一人のときに自分自身をこんな風に責め立てるようになってしまった。
とにかく物に当たり続けたせいで、当たり一面に本や映画のBDなど様々な私物が散乱しすっかり汚部屋のようになってしまった自室の中で、私はベッドに背中を預けて床に座り込みこうして自分を咎め続けている。
「思い上がるな、この弱虫め……! お前が何かを成したことなど、一度もない癖に……!」
自分の言葉で自分の心を傷つける、まったくもって馬鹿げた行為。
こんなことをし始めたきっかけも一体なんだったか。確か、物に当たっている中で声に出して自分に怒ったのが始まりだったと思う。
それがいつしか自分自身を責め立てる習慣となり、日課のような繰り返しとなってしまった。
自分を罵倒したところでどうにもならないことは分かっている。
でもこれをしないと、私はまた勘違いをしてしまいそうで怖くて、こうしてしないと気が休まらないのだ。
またヒナの隣にいれるんじゃないかって、分不相応な望みを抱いてしまう、そんな勘違いを。
私の人生は“間違い”の人生だ。私はもう“間違い”は嫌で、少しでも何かしていないと不安に殺されてしまいそうだった。
「お前には、そんな価値なんてない……いい加減認めろ、地羽クイナっ……!」
私は私という愚か者を詰り続ける。
この言葉が私から出ているのか、それとも知らない私が私じゃなくなって言っているのか、今の私にはもう判断がつかなくなってしまっていた。
でも、時間は個人の苦痛なんて待ってくれずに流れていく。
やがて時は流れ、キヴォトスの空が赤く染まって滅亡の危機だの連邦生徒会の会長代行が変わってまた戻っただのと大きな事件も訪れたけれど、先生と彼女が信頼を置く生徒達がいつの間にか解決もしていっていた。当然、そこに私は参加する勇気なんてなくて部屋に引きこもっていたんだけれど。
みんなが頑張っているのに私だけ頑張らなかった事実が、また己への嫌悪感を高めた。
私の心の内から湧き出てくる自分への侮蔑で行動ができなくなり、それが更に行動を抑制する自家中毒のループの輪を、私は転がっていた。
ともかく、私がこんな無為な時間の消費をする中でいろいろな出来事が過ぎていった。
自分で自分を痛め続けていた私はもう……私は限界が近づいていた。
◇◆◇◆◇
「………………あれ……もう……こんな時間……」
スマホを開くと、時刻は午後十六時四十七分。夕方真っ只中だ。
私はその時刻をベッドのタオルケットの中、下着姿でスマホを開いて見た。私は、昨日の昼頃からこの時間まで寝ていたのだ。
今の私には生徒らしい規則正しい生活習慣すら崩れていた。本来は学校に通う事で整えているはずのものなのだが、最近の私は学校に行く事すら時折サボってしまうようになってしまっていた。
勉強だけは真面目にやっていたのが私の数少ないまともなところだったのに、もはや私にはそれもない。
「…………あ……ヒナから、モモトーク来てる……」
スマホのロック画面に浮かぶ通知に私の未だ残っていた眠気は飛んで顔を歪めてしまう。
私は体を起こしてスマホのロックを解除し、モモトークを開いた。
〘クイナ、体調は大丈夫?〙
〘最近体調を崩しがちだけれど、病院には行ってみた?〙
〘私にできることがあるなら言ってほしい。時間を作ってなんとかする〙
ヒナはまだ、私の事情を知らない。必死に嘘を並べ立てて隠してきたんだから当たり前だ。
先生は生徒に対しては察しがいいから若干勘付いているかもしれないけれど、今はまだ「ちょっとおかしい」ぐらいで誤魔化せているはずだ。
しかし、私のサボりが増えてきたこの状況ではいつ怪しまれてもおかしくない。
なんなら既に異常に気付かれていてもおかしくないぐらいなんだけれど、なんだか二人はまた大きな事件にぶつかり、そして乗り越えたようでそれが時間稼ぎになったようだ。
二人揃ってアビドスで病院送りになっていたとかなんとかでアコちゃんがだいぶ怒っているところを見かけたし、彼女らが共有する秘密がまた増えていたらしい。
そのおかげで、ギリギリまだ私が“いつもの地羽クイナ”じゃなくなってしまったことはバレてないで済んでいた。
……また、私の知らないところで、ヒナは。
ああ……クソ……また、こんなことを……こんな浅ましくおぞましく醜く浅薄で気色悪い感情が、私を醜悪な肉袋に変えていく。
考えろ、考えろ、考えろ。
この私を排除する方法を。自らの道を正す標の見つけ方を。二人を心から祝福して身を引く術を。
彼女らの幸せのために、私ができる最善を。
「……お腹、空いた」
今日は自己嫌悪の渦に落ちる前に空腹を感じた。きっと丸一日寝てたからだろう。
いつもだとずっと考えを巡らせすぎてからお腹が減ったのでとりあえず家にあるものを食べる、なんてするサイクルでの生活になっていた。
つまるところ、頭を動かすだけでも体力を使う、みたいな話だ。結局、人である限り空腹からは逃げられない、食べるだけまだ私は余裕がある、そういう事なのだ。
つまり結局はこの精神的な自傷癖すら私が半端者の証拠なんだ。
「えっと……なんか残ってたっけ」
もう分かりきっている事を反芻しながら私は台所を漁る。
でも、冷蔵庫にも台所にくっついている棚にも、何も残ってなかった。
「はぁ……買ってくるか」
面倒だなと思いながらも私はとりあえず制服を着て財布とスマホ、そして愛銃の対戦車ライフル《シアターカーペンター》を持って外に出た。
寝癖でボサボサになった髪や汚い顔はそのままだけど、さすがに下着姿で外に出るわけにはいかないし。
外は曇り模様で夕日も隠れ、既に夜に近い暗さをしていた。
ただでさえ治安の悪いゲヘナであるが、夜ともなれば危険度はさらに上がる。
戦闘能力のない住人や、常識寄りの感性を持つ生徒はあまり夜のゲヘナをうろつこうとはしないのだ。
でも、今の私にはそこらへんはどうでもいいので暗くなろうと関係はない。
私がどうなろうと、誰がどうなろうと、別にどうでも――
「なっ、なんだお前らッ!? やめろ!?」
突然、通りかかった道の脇のビルとビルの間にある狭い路地道から困惑の悲鳴が聞こえてきた。
つられてみると、そこには一人のゲヘナ生徒が倒れている姿、そしてもう一人生徒が尻もちをついて怯えていおり、その視線の先には嫌でも見慣れた複数人の機械の兵士の姿があった。
「あれは、カイザーPMC……? でも、どうしてこんなところに……」
私はさらに目を凝らすと、近くには黒いバンがあって後部座席が開いていた。
そしてそこにはワイヤーなども遠目からだが確認できて、これはおそらく人さらいの現場なのだと察した。
つまり、また彼らが性懲りもなくロクでもない企みを企てている、という事なのだろう。
「……だからって、私に何ができるっていうのよ」
私はヒナじゃないし、先生でもない。なんなら風紀委員会でもヴァルキューレでもない。
ただの力のない一般生徒だ。
あの程度のカイザーの兵士、倒せるだろうけど他にも敵兵が潜んでいて迂闊に手を出したら厄介な事になるかもしれないし、自分から事件に首を突っ込む必要なんてない。
そうだ、それこそ、ヴァルキューレに連絡したり風紀委員会が異変に気づいたら後から証言する程度の役割が私にはお似合いなんだ。
ああ、そうだ。ここは誰か他のちゃんと力を持っている人に任せて――
「――がぁっ!?」
「……あれ?」
そんなことを思っていたはずなのに、気づいたときには、私はカイザーの頭を《シアターカーペンター》で撃って体を丸ごと吹き飛ばしていた。
「えっ!? だ、誰……?」
「いいから早く逃げて! そこの子も一緒につれて走って!」
私は先程まで怯えていた子に叫ぶ。彼女は私の言葉に応えてすぐに倒れていた子を抱きかかえて走り出した。
「逃が――ッ!?!?」
彼女の背中を撃とうとしたやつの胸を私は撃ち抜き、一撃でノックアウトさせた。
――何をやってるんだ私は。こんなの見て見ぬ振りをすればいいって心の中で結論を出していたのに。
そうしているうちに私の横を襲われていた子が駆け抜ける。どうやら、私は彼女を助けられたらしい。
だが私はそれに目もくれず、やはり見えないところに存在していて後方から続々と現れて来た敵兵を撃って注意を私だけに惹きつける。
「何を企んでるか知らないけど、このゲヘナで勝手な事して……! ヒナに面倒をかけるなんて、絶対許さない……!」
そうだ、私はやっぱり、彼女のためになりたいんだ。
自己満足だっていい。それが彼女を利用した薄汚い欲望の結果だっていい。私はヒナのためになれる事をしたいんだ。
「だって私は、ヒナの友達で……親友でいたいから! だからこんな事……見過ごせない!」
ああ……結局、簡単な話だったんだ。
どんなに動機が不純でも、自己本位で汚れていても、私はそれを承知してなお、ヒナと並べる間柄になりたいんだ。
だから自己嫌悪をし続けていた。考えることをやめたくなかったから、努力を止めたくなかったから。
それが例えどんなに回り道で、結果として後退だったとしても、歩く足を止めたくなかったんだ。
「まったく……私って、馬鹿なんだから」
思わず自嘲する。でも、悪くない自嘲だった。
「こいつ……ゲヘナの風紀委員長である空崎ヒナと知り合いだぞ!? 絶対に返すな! ゲヘナにいる全軍を出せ! 我々カイザーの復活をこんなところで邪魔されてたまるか!」
私の言葉を聞いてまだ元気だった冷静な敵兵がそう言った。
直後、彼の言葉を受けて別のところにいたであろう兵士が連絡したのか、すぐさま複数の黒いバン、更には何台もの装甲車までやって来て私を取り囲んだ。
絶対に私を逃して返さないつもりだ。
「やれっ! 相手はスナイパーだ! 数で押し潰せ!」
「……上等!」
私は囲んで襲ってくるカイザーの兵士達に反撃する。
おそらく、数にして二個小隊――細かく数えて八十人程度――と言ったところだ。
いいよ、ヒナに並ぶための戦いなら、これぐらい対処できないとね。
「はあああああああああっ!」
私は孤軍奮闘する。
囲まれながらも二十ミリの対戦車弾でワンショットワンキルを続ける。
キヴォトスの生徒ですらこの一射に耐えられるのはそれなりの耐久力が必要なのだから、カイザーの兵士など生きてるだけ御の字とも言えるだろう。
さらに交戦距離の問題もひたすら動き続ける事でカバーする。このミドルレンジからショートレンジは明らかに対戦車ライフルの射程ではないが、敵に照準を定めさせない事により条件をできるだけ対等にしていく。
また、私の《シアターカーペンター》は装弾数は十発であり、リロードをするにはレシーバー横のハンドルを回し、その後逆回転させ、マガジンを差し込んだら前に出たボルトを引いて戻して撃つ、なんて面倒な工程を踏むため明確に弾切れが弱点になるのだけれど、それはもう割り切って敵の弾を我慢して行うことにした。
ヒナならこれぐらいの銃弾の雨、痛くも痒くもないだろうから。
私はこうして身を削って戦闘を続ける。
それにより、確実にカイザーの兵士は減っていく。
「な、なんだこいつ……! なんであんなでかい狙撃銃を持って一人なのに俺達が圧されているんだ……!?」
結果、圧倒的に数や武器で勝る彼らに対して、私の勝利は目前となっていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
当然、私だって相当な消耗をしている。カイザーの連中は私を化け物でもみるような目で見ているけれど、正直今立っている事が奇跡だと自分でも思っているぐらいだ。
おそらく、緊張の糸が途切れたらもう私は動けなくなるだろう。
でも、あと少しだ。
あと五人まで追い詰めた。数にして分隊程度。さらに敵は完全に気後れしている。大詰めだ。ほぼ弾切れだが手段はないわけじゃない。気を抜かず、確実に対処していけば、私は――
「――がっ……!?」
けれども、刹那、私は後頭部に強烈な一撃を貰って、地面に倒れた。
「遅いぞ! それでもSOFか!」
「間に合ったからいいだろう。それよりなんだこのざまは。たった一人相手にここまでやられたのか。いや、あの風紀委員長の友人ならそれも納得か」
「ク……ソ……」
「ん? まだ意識があったか。本当にしぶといな」
完全に動けなくなってしまったが、私は私の頭を撃ってきた奴になんとか顔を向けて睨みつける。
そいつの手に持たれているのはショットガンのようで、あの感じはきっとスラッグ弾だろう。
次に頭に喰らったら、いよいよ私は終わりだ。
「よし、こいつを連れて行くぞ。これぐらいしぶといなら、いいサンプルになってくれるだろうさ」
カイザーの兵士は私の顔面にショットガンを突きつける。
私はそれでも諦めず、なんとか抵抗しようと倒れたときに落としてしまった《シアターカーペンター》に手を伸ばし――発砲音とマズルフラッシュで、すべては途切れた。