【完結】空飛ぶ雛と飛べない鳥~ヒナの親友だった少女が狂い彼女の敵になって壊れる話~   作:詠符音黎

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18.劇場を覆う帳の裏の怪物

「お待たせしました、錠前サオリ様。これが本日分の支払いでございます」

「ああ、ありがとう」

 

 日も暮れてきたブラックマーケットにあるテナントビルの一室において私、錠前サオリはクライアントのロボからバイト代の支払いを双方まあまあ質の良いソファーに座りながら受けているところだった。

 今日のアルバイトはブラックマーケット内では中堅規模にあたる企業内で起きた内輪揉めへの対処で、争い合う二つの派閥に対しより上の人間の指示でそれぞれに痛手を与える……つまり子分の喧嘩の喧嘩両成敗をしろ、というものだった。

 依頼の内容に関してはとりわけどこかの生徒に大きな不都合が出るようなものではなかったし、契約書の内容も先生に言われた通りの見方で確認し、特に気になる点もなかったので取り掛かった。

 だが、双方の戦力は私が思っていた以上に多く、随分と苦労をさせられてしまった。

 ここに関しては双方の派閥が秘密裏に他に助っ人を頼んでいたので純粋に私がターゲットについて調べ足りなかっただけだ。相手の戦力を過小評価してしまった私の落ち度だろう。

 ……以前、バイト絡みで先生に助けてもらったときも似たような事はあったなと、ふと思い出してわずかに苦笑した。

 

「……と。では私はこれで」

 

 少しクライアントに情けないところを見せてしまったかもしれない。幾分か気まずさを感じ、私は早々に去る事にして立ち上がった。

 

「はい、それでは……と、サオリ様。どうか帰り道はお気をつけください。何やら最近妙な噂が流れていますから」

「妙な噂?」

 

 クライアントがそんな私に思い出したように言ったので、私は足を止めた。

 

「ええ、なんでも最近のブラックマーケットには『妖怪』が出るとか」

「……妖怪?」

 

 なんだか急に変な話が出てきたな……冗談か何かだろうか……。

 しかしクライアントの口ぶりは場を和ませる笑い話というわけではなさそうだった。

 

「変な話でしょう? でも事実でして。ブラックマーケットでは最近無差別な襲撃事件が起きているらしいのです。被害者は企業所属の兵士、PMCの傭兵、スケバンにヘルメット団と統一性なく襲われているため、逆にどこかの思惑が絡んでいない者の犯行かと」

「ふむ……このブラックマーケットでそんな無法を働いているのは、確かにどこかの後ろ盾がある者には逆に無理だな」

 

 ブラックマーケットは非合法の取引が横行する場所だが、だからといって完全な無法地帯というわけではない。アウトローにはアウトローの(ことわり)がある。

 真に制約がなければお互いあっという間に滅んでしまうし、勝手なことをし続ければ周囲のすべてを敵にして自滅に陥る。

 故に企業から個人に至るまで、みな落とし所などをわきまえて行動している。

 私もそこはこのブラックマーケットでいろいろとアルバイトをしていく中でいろいろと学んでいった。例外があるとすれば給料が未払いにされたときぐらいだ。

 

「そうなんですよ普通は。ですがまた少し話がややこしいみたいで……襲撃された者の中の何人かは『以津真天(イツマデ)』にやられたと証言しているんです」

「……以津真天(イツマデ)? 知られている名なのか、それは」

「らしいですね。なんでも少しは名のしれた傭兵の名前だったとか。で、その名前が妖怪から来ているのでいつの間にかブラックマーケットに妖怪が、なんて噂が広がったんでしょうね」

「ふむ……」

 

 確かにややこしいし妙な話だな、と私は思った。

 襲撃者が本当にその以津真天(イツマデ)という名前がある程度通っていた傭兵ならばもちろんブラックマーケットの“法”については熟知していたはずだ。

 そうでなければ名前が通る前に潰されている。私は幸いそうなる前に先生や尊敬できる先達のおかげで回避できたが、加減を間違えブラックマーケットにいられなくなった者も多いだろう。

 だがしっかりとブラックマーケットを知っていて仕事を得ていたその傭兵が急に無差別通り魔になるとは考えづらい。

 ならば彼または彼女の名前と姿を騙り暴れているというのが妥当か。

 だが、その目的が分からない。どこかに所属もしていない一個人の傭兵の名前を騙る事で得られるメリットはなんだ? 後ろ盾が絡まない名前で凶行に走ったとしてもせいぜいブラックマーケットをピリつかせることにしか繋がらないというのに。

 まったく意図が読めず、不気味さすらある。

 

「……なるほど。故に正体不明の恐怖――妖怪ということか。よくできている」

 

 前にふらっと遭遇した先生と雑談したときに妖怪とは分からないモノ、理解できないモノを理解できる存在にするために作られた概念だと教えられた事があった。

 つまり、今ブラックマーケットに恐怖をばらまいている以津真天(イツマデ)の行いはまさに妖怪の姿そのものと言える。

 ……まあ、先生は「それはそれとして妖怪は実在するんだよ!」と目を輝かせながら言っていたが、先生がたまにおかしくなるロマンというものについてはよく分からないので踏み込まないでおいた。

 

「ともかく了解した。私も気をつけるとしよう」

「そうしてください。あなたの能力は私も買っています。優秀なビジネスパートナーを失うのは勘弁願いたいですからね」

 

 彼のリップサービスに軽く頷きながら私はビルのテナントを後にする。

 外は曇り模様で昼過ぎだというのに暗く、空気も湿気が高くぬるい気温と相まって気持ち悪い。

 そしてクライアントの話を聞いて周囲を見てみると、確かに企業の兵士や巡回しているマーケットガードもどこか警戒心を強くしているようだった。

 本格的にというわけではないため、業務連絡の中で伝達された程度なのだろうが……なんだか、嫌な予感がしてならなかった。

 だから私はすぐさまブラックマーケットの銀行に向かって今回の報酬から弾薬を購入する分の現金を多めに手元に残し、後は入金した。

 そしてそこからすぐさま弾薬を買うために歩を進める。今、私の手元の弾薬はとても心もとない。

 装填したマガジンに残っている残弾はチャンバーに入っているのを含めて六発。

 他にフルで入っているマガジンは二つ、合わせて残弾は三十六発。そして他にはスモークグレネードとフラッシュバンが一つずつ。

 ある程度の戦闘はできるだろうが、急に強敵と会敵することになれば苦戦が想定される。

 以津真天(イツマデ)と呼ばれている謎の襲撃犯の戦闘能力を把握できていない以上、用心に越したことはない。

 今月の出費を考えると懐が苦しいが、身を守れなければ意味はない。ゆえに、私は多めに弾薬を揃えようと進んでいた。

 しかし私がガンショップへと通じる片側二車線の十字路に差し掛かった、そんなときだった。

 向こう側の道路に停車してあった装甲車が、急に爆発した。

 

「なっ、なんだ!?」

「襲撃だ! 全員防御陣形を――ガッ!?!?」

 

 襲撃されたのはマーケットガードの装甲車だったようだ。搭乗していたマーケットガードの兵は全員意識を喪失、後続していたマーケットガードが防御を固めている。

 

「ガアッ!?」

「チャーリーダウン! はやく回収を――グガッ!?」

 

 マーケットガードが次々と倒されていく。

 どうやら相手はスナイパーのようでおそらく狙撃地点は私の前方斜め前にある建設中の高層ビル、更にその上にあるクレーンの上だろう。

 あの位置からならこの十字路は完全に俯瞰できる。……つまり、私すらも。

 

「……チッ」

 

 私はとっさに近くにあった飲食店の中にガラスを割って飛び込む。一番近く狙撃ポイントから身を隠せる場所はそこだったからだ。

 店内にいた客達は驚いていたが、そこはブラックマーケットで食事を取っている人間らしくすぐさま状況を理解し、それぞれ武器を出しつつもテーブルを蹴倒し遮蔽物にして様子を伺い始めている。さすが、手慣れているな。

 私も同じ様に飲食店内でガラスを嵌め込んでいた壁に背中を預けながら十字路を伺う。

 すると、そこには予想よりもひどい光景が広がっていた。

 謎のスナイパーは、マーケットガードだけでなくその場にいた者すべてを襲撃していたのだ。

 

「にっ、逃げ――ぎゃっ!?」

「スナイパーは多分あそこだ! 誰かこっちにもスナイパーはいないか!?」

「駄目だっ! こちらのは全員やられてるっ! 応戦手段がないし狙撃地点にも入れない! クソクソクソッ!」

 

 状況は最悪だ。

 一方的かつ無差別な狙撃でマーケットガードだけでなくその場に居合わせた企業所属の兵士やヘルメット団もどんどんと倒されていく。

 

「面倒だな……」

 

 今すぐ脱出したいが、下手に体を出せばスナイパーの餌食だろう。相手の明確なターゲットがわからない以上、迂闊に顔を出さないほうが良い。

 しかし、私がそう思っていたところで状況は急変した。

 空から急に人影が降りてきたのだ。高さ数十メートルはあるだろう、高層ビルのクレーンの端から。

 

「――よっと! うーん我ながらナイス着地。さーて、じゃあエンジョイしようか。イヒヒヒヒッ」

 

 そいつは、間違いなく無差別の射撃をしてきたスナイパーだろう。

 手に持っていたのが大きな対戦車ライフルだったのも、威力も相まってそれを裏付けている。

 彼女の格好はまず服装が黒に近い茶のスタンドカラーコートだった。

 身長は私より一回り小さいぐらいなので一六〇センチいくかいかないかぐらいだろう。

 背中からは暗褐色の羽が()()()()()()()()()()()()()()()

 髪は羽よりも明るい茶髪で、()()()()()()()()()()()()だ。こちらには向いているが別の場所を見ている彼女の顔はどちらかというと可愛げのある整い方だったが、その顔で大きく口角を釣り上がらせ、しかし目の下には派手なクマができているために不気味さを感じるモノになっていた。

 明るい琥珀色の瞳は、別にそんなことはないはずなのになんだかギラギラと光っているような怪しい印象を持ってしまう。

 長い髪の毛は顔の前にもかかっており、だらりと垂れた前髪が顔にかかっているのはそれなりに邪魔そうだ。

 でも彼女はそんなことを気にする様子もなく、彼女の視界に囚われたであろう相手を次々と攻撃していく。

 

「あの高さを落ちてきて無傷だと……? それほどの強者がまだこのキヴォトスにいたというのか……?」

 

 いや、ただ強いだけでは説明できない気がする。

 建設中とは言え高層ビルから飛び降りてはキヴォトス最強と呼ばれている生徒達ですらそれ相応の痛みは伴うはずだ。

 だが彼女は平気そうにニヤニヤと笑っている。明らかに、異常だ。

 

「おっ、お前は以津真天(イツマデ)!? ほ、本当にお前が――ギャッ!?」

「はいはい今はあなたに興味ないの。お話はまた今度ねー」

「そうか、やはり彼女が……」

 

 マーケットガードの一人に名前を呼ばれた彼女はよそ見をしながらもマーケットガードを対戦車ライフルで撃った。襲撃時から思っていたがやはり彼女が以津真天(イツマデ)と呼ばれる通り魔らしい。

 だが、最初にマーケットガードの装甲車を襲撃しておいて、マーケットガードには興味がない……? どういう事だ……?

 

「あ、いたいた。なんか邪魔そうだからテキトーに回りの撃ちまくったけど、最初から攻撃してりゃよかったかもね。まあいいか別にどうでも」

 

 彼女が笑いながら接近していったのは一人の何の変哲もないスケバンの生徒だった。

 スケバンの生徒は訳もわからないと言った顔を以津真天(イツマデ)に向けている。

 

「な、なんだよお前っ!? 私に何のようだよっ!?」

「え? それはねー、んーと……そうそう、昨日あなたがポイ捨てした空き缶が私にぶつかったからムカついて」

「は!? 私、そんな事してないって!?」

「あれ? あーごめんごめん、それは先週のやつの話だった。えーとじゃあ、ガム踏んでムカついたから撃った……のは一昨日の話か。ヘッドホンで音楽聞いてたのに外音取り込みにしてたせいでうるさい笑い声が入ってきたから騒音対策でボコボコにしたのは四日前ぐらいだから……ああそうだそうだ、さっき私がコンビニで買おうとしたパンを先に取ったのがあなただったんだ。じゃ、そういう事だから」

 

 瞬間、彼女は対戦車ライフルをそのスケバンに向けて片手で引き金を引いた。

 

「――なんだ、あいつは……?」

 

 あまりにも意味が分からなかった。彼女の並べた理由はどれも人を襲うに値しないような日常の不幸でしかない。

 なのに彼女は、それがさも当然のように目の前のスケバンに一発一発撃ち込んでいった。

 もはやスケバンが声も出せなくなっているのに、彼女はニコニコと笑いながら。

 

 ――刹那の事。いつの間にか、私は彼女の頭に三発の銃弾を撃ち込んでいた。

 

「……あ?」

 

 以津真天(イツマデ)が私の方に不機嫌そうな顔を向けてくる。

 だが、私はひるまず彼女を睨みつけた。

 

「もう止めろ。いくらキヴォトスの生徒とは言え、ソレ以上撃つとヘイローにヒビが入って、やがて壊れ死んでしまう。……人殺しになるぞ」

 

 まさかこの私が考える間もなく人助けに入ってしまうとは。しかもこのブラックマーケットで。

 どうやら、先生のお人好しがいつの間にか私なんかにも伝染ってしまったようだな。

 フッ、と、私は自嘲気味な笑いを鼻でした。

 

「人殺し? んー別にそんな気にしては……って、あなた……へぇー、ふーん? うわーっ、すっごい偶然! こんな事あるんだぁ! 運命感じちゃうなぁ、イヒヒヒヒヒヒッ!」

 

 私に不機嫌な顔を向けていたはずの彼女は、急に楽しげに不快感を催す笑い声を上げた。

 あまりにも、わけがわからない。

 

「なんだ、急にどうした……!」

「あー、やっぱり私の事覚えていない? ま、そりゃそうだよねー、あのときの私は塵芥(ちりあくた)にも満たない弱者だったんだから、ヒナの盾になった程度じゃあ印象にも残らないか」

「ヒナの……盾? ……っ!? お前、まさかあのとき空崎ヒナを守った……!?」

 

 忘れたわけではなかった。

 あのとき私は先生を撃ったという大きな間違いを犯したし、ゲヘナの風紀委員長である空崎ヒナを身を挺して私の銃撃から守ったその姿は、あのとき友情というモノを否定したかった私にとって不快感を催した姿だったから。

 そして、先生と同じく謝罪したいと思っていたが巡り会えなかった相手でもあった。

 しかし私がこうして言われるまで気づかななかったのは、あのときとはあまりにも別人に思えたからだ。

 見た目は大きく変わっていないけれど、例えば同じガラスのコップでも水を入れたものと濃い色のジュースを入れたものでは受ける印象は違うとでも言えばいいのか、ともかくまとっている存在感が“別の生き物”だったのだ。

 故に私は、目の前の生徒があのときのゲヘナの生徒だとは気付けなかった。

 

「そうだよー! 私、地羽クイナ! よろしくね! アリウスの、えーっと……お名前は?」

「……錠前サオリ、だ」

 

 銃を向けながらも私は名乗る。警戒は解かないが、ここはある程度話を合わせておいた方がまだ状況は悪化しないだろうと判断したからだ。

 こうして私は、奇しくも再び彼女に銃を向けることになった。あのときとは違い、明確に双方戦闘の意志を持って。

 

「イヒヒヒヒヒ……ふーん、そっか、サオリちゃんかぁ……」

 

 地羽クイナと名乗った彼女は、不気味な笑いを私に向け続けていた。

 

 

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