【完結】空飛ぶ雛と飛べない鳥~ヒナの親友だった少女が狂い彼女の敵になって壊れる話~   作:詠符音黎

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19.狂い鳥の地鳴き

「うん、自己紹介ありがとう。サオリちゃんね、改めてよろしく!」

 

 とてもフレンドリーな口調と顔で言う地羽クイナ。

 彼女がこの十字路で起こした惨劇と私が彼女に銃を向け続けている状況でなければ朗らかなワンシーンであっただろう。

 だが実際はいつ彼女が襲ってくるかも分からない、緊迫した状況だ。

 

「で、サオリちゃんは私とやる気? いいじゃん別にサオリちゃんには関係ないんだし。ただ弱い奴が強い奴に殺される。そんなの普通じゃないのさ」

 

 まるで簡単な計算問題の答えを口にするかのような言い方の彼女に、私はぎゅっとライフルのグリップを握りしめた。

 

「……悪いが、今の私はそれを肯定する気はない。そういう生き方を変えるために私は今自分探しの旅をしているところだからな」

 

 先生が私達を助けて開いてくれた道を私は歩かせて貰っている。それを無駄にしたくないし、ここで彼女の言葉に首を縦に振ってはあのマダムと何も変わらない。

 私はそんな風にはなるつもりは毛頭なかったし、過ちを犯した昔に帰るつもりもなかった。

 

「ふーん……随分と都合のいい事言うんだね。あのとき、私とヒナ、ゲへナにトリニティ、それになにより先生を力で壊そうとした、あなたがさ」

「ッ……!? 確かにあのときは――」

「――はい隙あり」

「っ!?」

 

 真顔で言った彼女の言葉により私が過去の罪から湧いた罪悪感で思わず言葉が出てしまった瞬間、彼女は瞬時に笑顔に切り替わって私の胸に対戦車ライフルを撃ち込んできたのだ。

 

「がっ……!?」

 

 対戦車ライフル弾の直撃はさすがに堪える。私は思わず膝をついてしまう。

 

「ごめんねぇサオリちゃん。私はあのときのこと責める気なんて実は全然なかったしむしろ事情があったんだよねぐらいに思ってるんだけど、こう言えばきっと揺らいでくれるかなって。だって先生が救った子なら悪い事をしちゃってもちゃんと更生して前を向いてるはずだしね」

 

 いやらしい笑みを浮かべながら地羽クイナは言った。

 やられた……彼女は最初から私の隙を作るのが目的だったのだ。私を責める気がないというのはきっと間違いない。

 もし感情のままだとしたらあの射撃はあまりにも冷静過ぎるのだ。表面上は感情的だが攻撃における動作に煩雑さがない上に私の隙の突くタイミングは見事と言えた。諸々が感情をコントロールできている証拠だ。

 言動も行動も常軌を逸しているが、戦闘に関してはむしろ落ち着いていて計算高く、狡猾さを感じる。

 戦いに勝つためなら、心にもないことを平然で吐ける戦いに特化された思考の形。

 

 ――こいつは……厄介だな。

 

「チッ……なぜだ。なぜ、こんなことをする……?」

「はい?」

 

 未だ痛む胸を手で抑えながら、私はなんとか立ち上がって言った。

 

「お前はあのゲヘナの風紀委員長、空崎ヒナの友達なのだろう? それにあのときは空崎ヒナを自らを投げ出し守る程の高潔な行いをしたし、先生とも交流は深いと見える。ならば、どうしてお前がこんな蛮行を……」

 

 あの人の近くにいて長く関係を持っているなら、多かれ少なかれ良い影響は受けるはずだ。

 少なくとも今回のように他人を気分でいたぶり殺しかけるなんて事はするはずがない。

 だが、疑問を投げかける私に彼女は銃口を向けてきた。

 

「!?」

 

 私はすぐさま横に転がって銃撃を避け、今回は弾に当たらずに済んだ。

 すると、私の回避動作からの体勢を戻す間に彼女はそのまま流れるようにリロードに入った。

 彼女の扱う銃は面倒な手順をしているが、その動きはとても洗練されていてすぐさまリロードが終わっていた。

 直後、彼女は変わらぬ笑みで口を開く。

 

「なんでって、それが“正解”だからだよ?」

「は……?」

 

 意味が分からなかった。

 人を無差別に襲い、傷つけ、ただ感情のままついには殺しまでも行おうとする。

 そこのどこに正しさがあると言うのか。

 

「いやいや、なんでそんな顔してるの? 強さこそが“正解”で弱さは“間違い”。この関係において“正解”は“間違い”に対して絶対的に上位であって、正しさを遂行することは何よりも優先される。毎日勉強で頑張ってる生徒なら誰だって知ってることじゃん」

 

 私は、やっと確信した。

 彼女は明確に狂気の中にいるのだと。どうやっても話が通じる相手ではなくなってしまったのだと。

 非常に横暴な理論を常識として語る姿に一切の内心は伺えず、むしろ実直さすら覚える。

 

「そうか……ならば、これ以上のおしゃべりは無駄、という事か」

 

 手持ちの弾は心もとなく、体力も今日のバイトで消耗している。だがいつもベストコンディションで戦えるわけじゃないことは、アリウスの内戦時代に嫌と言うほど味わっている。

 そして状況的にそのまま逃走ができるわけもない。ならば、交戦をしつつどうにか隙を作るしかない、というのが私の経験則から導き出した判断だった。

 だから私はすぐさま銃を構え直し、残った三発の弾丸を彼女の頭に撃ち込んですぐさまリロードする。

 さっき撃ったときのように彼女は少し頭をのけぞらせているだけで効いた様子はない。

 だが、それでいい。私は彼女の注目を引きたいだけなのだから。

 

「むっ、いきなり撃ってくるってマナー違反じゃん! じゃあ私だってさぁ――」

「――ああ、やり合いたいのならこっちに来い、三下雑魚!」

 

 地羽クイナがやる気になったのを感じると、私は挑発的に言い放ち人の少ない方向の道路に走る。

 おそらく、最後の言葉は今の彼女に刺さるはずだ。

 

「……はい? 誰が三下雑魚だって? 今の私は“正解”なんだよ? それが弱っちい三下? ……っざけやがってさぁ……!」

 

 思惑は当たった。

 彼女はあからさまに不機嫌になり、私に向かって走ってきた。

 今の彼女は戦闘において非常に冷静に思考しているが、同時に「強さと弱さ」という概念に異常な執着をしているのも伝わってきた。

 彼女がなんらかの原因で正気を失っているのだとしたら、執着している部分に付け込むだけだ。

 

「私はッ! 私はァっ!」

「ぐっ!」

 

 想定外だったのは、その速度が尋常じゃないスピードだった事だ。

 まともな準備動作もない状況から十数メートルは距離を話していた私のところまで叫びながらすぐさま詰めて来た。やはり、今の彼女は尋常ではない。何らかの法外な手段でドーピングしているのは明白だった。

 

「……喰らえっ!」

 

 私はこちらを掴もうとしていたのか手を伸ばしている地羽クイナの突撃をあえて斜め前に転がり避ける。

 そして、そこから彼女の方を滑るように体を回して向いて、しゃがんだ状態で頭を狙って射撃した。

 私の発射した銃弾は五発。その全ては彼女の頭に当たる。だが、やはり彼女はまるで痛がる様子すら見せていない。

 普通ならこれで倒れてもいいはずなのだが……なるほど、これは確かに妖怪なんて呼ばれるぐらいには化け物だ。今まで襲われた者達の恐怖がよく分かる。

 

「あー……いいね、サオリちゃん。強い、すっごい強いね。イヒヒッ……これは、楽しくなりそうだなぁ……強い相手をさらに強い暴力で潰すのって、最高に“正解”だもん、とってぇもぉ、楽しみぃ……イヒヒヒヒッ!」

 

 先程までの怒りが急に切り替わり、寒気のするほどにいびつな笑みを彼女は私に見せた。

 そのせいで、私が一瞬怯んでしまうくらいには。

 

「はい! また隙ありぃっ!」

 

 すると、再び彼女は私に距離を詰めて来た。しかし、今度の私は回避が遅れ、目の前に彼女の接近を許してしまう。

 

「つーかまえた!」

 

 ニッコリと歯を見せて笑う地羽クイナ。だがその目は瞳孔がキュッと縮んだ四白眼で、おぞましさしか感じない。

 私はそんな“妖怪”である彼女に首根っこを掴まれてしまっていた。

 

「ぐっ……!?」

「じゃあ、一緒にトぼうか?」

 

 てっきりそこから首を締められるかコンクリートに叩きつけられるのかと思って対処しようとしていた私。

 だが、次の地羽クイナの行動はまたも予想外であった。

 彼女はスタンドカラーコートの中から、複数のセムテックスを落としてきたのだ。

 そしていつの間にか対戦車ライフルを手放していた片手には、起爆スイッチと思わしきものが。

 

「まさか――」

「――はいチーズ」

 

 まるでカメラマンであるかのような口ぶりで言った直後、地羽クイナはスイッチを押す。

 私達は共に、爆発に包まれた。

 

「ガッ、ハッ……!?」

 

 吹き飛ばされる私。

 この距離のセムテックスの爆発で意識を保っていられたのは奇跡と言えるのかもしれない。

 だが当然体はボロボロで、全身に激痛が走り至る所から火傷と出血が確認できる。

 しかしそれは彼女も一緒なはず。なぜ、地羽クイナはこんなどうかしている手段に――

 

「――何だ……と?」

 

 私はそれを見て、絶句した。

 なんとか体を起こした視線の先には同じく吹き飛ばされた地羽クイナがいた。

 だが彼女は、平然と立ち上がっている。

 それだけではない。彼女も私と同じく体の至るところから血を流し、火傷を負っていた。

 だが、それらの負傷が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「はー……やっぱセムテックス自爆は効くゥ……グワングワンしてまあまあ痛くて耳に響いて、そして何より私の力強い命を感じられるゥ……イヒヒヒヒヒヒヒッ!」

 

 気味の悪い笑い声を上げる地羽クイナの姿に、私の認識はまだまだ甘かった事に気付かされた。

 あの回復力、硬さ、スピード、常軌を逸しながらも戦闘に特化された思考回路。

 ただのドーピング程度の話ではない。私の知らない、唾棄すべき何かが彼女のすべてを犯し、支配し、変貌させているのだ。

 それにより彼女は、ただ戦うための狂気に身を捧げているのである。

 

「……まさに、狂戦士(ベルセルク)と言ったところか」

 

 ついそんなことを呟いてしまう。

 

 ――これは……私が今持っている手札では、いよいよまずいな。

 

「ああ……さあ、もっとやりあいましょうよサオリちゃん。あなたの実力はこんなものではないのでしょう? もっともっと、ずっとずっと恐ろしい程に強いのでしょう? なら私にそれを見せて? あなたの“正解”を私に――グ、ギギギッ……!?」

 

 とても幸せに満ちた顔で私に語ってきていた彼女だったが、それは急な苦悶の表情で中断された。

 何が起きた……?

 私はなんとか立ち上がりながらも地羽クイナの様子を見る。すると、そこには自らの体を(いだ)いてガクガクと震えだす姿があった。

 

「アッ、アアアアアアアッ……!? 足りなく、なった……!? ガス、私の幸福のガスぅ! キレちゃったぁ……!? なんデ!? 早すぎるッ……! 幸せが逃げちゃうよォ! “間違い”になっちゃうよぉ! ヤダヤダヤダァ! そんなの、やだぁっ!」

「っ、今だな……!」

 

 何が起きたかは分からないが、私はここがタイミングと理解し彼女の足下にフラッシュバン、自分の足下にスモークグレネードをそれぞれ投げる。

 本来ならそれぞれ用途は違うので一緒に投擲することはないのだが、ここは同時に使用するのが最適だと判断したため使用した。

 

「ぎいっ!?」

 

 フラッシュバンで目と耳を封じられ、さらにスモークでしばらく周囲に煙を撒いて私の位置を完全に喪失させる。

 

「アアアアッ!? どこ、どこぉっ!?」

 

 途端にただの獣のような冷静さの欠片もない声で右往左往する彼女。

 目と耳が戻り、煙も消える頃には私の姿は彼女の前にはない。だが私は別に遠くに逃げたわけでもなかった。

 最初に逃げ込んだ飲食店の中にまた隠れたのだ。

 

「グ、ううううううっ!? に、逃げられちゃったよぉ……! 私、逃がしちゃったぁ……! これも、私、“間違い”だからぁ……ガス抜けて“正解”からズレちゃったからぁ……クソ、クソ、クソッォ……!」

 

 地羽クイナは明らかに錯乱した状態で落ちていた彼女の銃を拾い、その場から去っていく。

 私はその背中を、気配と声を殺しながらも姿が消えるまで眺めていた。

 

「……行ったか」

 

 完全にその場からいなくなったのを確認すると、私は飛び出す前に足下に落としていたスマホを持ち上げる。偶然ではあったが、あの自爆攻撃に巻き込まれていたら壊れていただろうから結果的に良かった。

 

「これは、直接連絡した方がいいだろうな」

 

 私はスマホを開いて、登録者が少ない電話帳を開いて番号をタップする。

 これは火急に伝えなければいけない。そう思ったからだ。

 

「……もしもし。私だ、サオリだ先生。緊急に伝えなければならない事がある」

 

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