【完結】空飛ぶ雛と飛べない鳥~ヒナの親友だった少女が狂い彼女の敵になって壊れる話~   作:詠符音黎

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20.這い回る凶鳥の穢れ

「……クイナ、が?」

 

 日が傾いてきたのもどんよりとした黒雲に隠れて分かりづらい夕方、シャーレのオフィスにて、突然サオリからかかってきた電話に私は言葉を失ってしまった。

 最初はたちの悪い冗談かとも思ってしまった。

 でもサオリはそんな事を言う子じゃないのはよく分かっているので私はすぐさま考えを改め、詳しく話を聞いた。

 聞けば聞くほど、クイナがそんなことをするとは信じられなかった。

 確かに最近彼女は学校を休みがちだったようだし、なんだか当番の日の態度もどこか違和感は覚えていた。なんというか、口数が少し減ったというか考え事をしているタイミングが増えたというか、そんな小さな変化が見えたから。

 とは言えそこから具体的に聞く程の深刻さも見せていなかったし、なんでもかんでも生徒の事情に踏み込むのはお節介が過ぎる悪い癖でもあるよねと自重もしていたところだった。

 そんな矢先に今回のサオリの話であったが、やはり話だけでは「あのクイナが」という考えを捨てられなかった。

 けれども、ブラックマーケットの出来事とはいえ大きな騒動だったゆえに写真を撮ってSNSに上げた生徒もいて、確認としてその画像を見るにどうやら本当にクイナはブラックマーケットで凶行に走ったようだった。

 画像に映っていたその姿の髪の長さや翼、あくまで画像から分かる程度の雰囲気は変わっていたがあの顔つきに細い紫六角形のヘイローは間違いなくクイナだった。

 

「……ありがとう、サオリ。助かった」

 

 私は今、深く眉間に皺を寄せてしまっているし目つきも鋭くなって、だいぶ怖い顔になってしまっているだろう。

 電話で良かった。こんな顔をサオリに見られていたら、彼女に余計な心配をかけてしまっていただろうから。

 

『いや、いいんだ。良くない事が起こっているのは間違いないし、それに……私も、何かできたわけではないからな』

 

 電話越しにでもサオリの辛そうな声が伝わる。

 確かにサオリとクイナが初めて会ったときの事を考えると、今回彼女の口から聞いた再会はサオリにとって色々と苦しいモノがあっただろう。

 なのに私まで俯いていてどうするんだ。きっとサオリの気持ちが私に伝わったように、私の気持ちも彼女に伝わってしまっているんだろう。

 大人として子供を不安にさせちゃいけない。だから私は少しだけ目を瞑り、そして開くと共に、サオリには見えてないとしてもしっかりと微笑みを作って彼女に返す。

 

「大丈夫だよ、サオリ。気にないで。サオリはそのときの自分にできることをやって、そして私にもこうして連絡してくれた。これは、サオリがちゃんと前に進めている証拠だよ」

『…………先生。……ああ、先生が言うならそうなんだろうな。ありがとう』

 

 今度は彼女が礼を言ってきた。

 先程と比べると少し言葉に硬さが抜けたように思えた。もしかしたらこちらの勘違いかもしれないけれど、それでも私の気持ちも少しだけ彼女の声で明るくなった。

 

『それと先生……私が言えたことではないが、どうか……彼女の事を頼む。きっとあのクイナという生徒は苦しみの中にいる。なんとなくだが……そんな気がしたんだ』

 

 サオリのクイナを気に掛ける言葉に、私は少しだけ驚き、そしてずっと嬉しくなった。

 やはり彼女は不器用だけれど、根は心優しい子なんだと、そう思った。

 

「うん、分かった。じゃあサオリもゆっくりと体を癒やしてね。もし治療を受けたかったらこっちに来てくれれば私の方でなんとかするから」

『ああ、了解した。だが問題ない、ブラックマーケットにも良心的な闇医者はいるからな。では』

 

 サオリとの電話はそこで切れた。

 本当ならちゃんとしたお医者さんに見てもらって欲しいなと言いたかったけれど、彼女の今の立場もあるし今回はいいだろう。

 

「…………さて」

 

 私は少しだけ間を置いてから立ち上がる。そしてテーブルに置いていたシッテムの箱を持つ。

 

「アロナ。簡単にでいいからネットに上がっているクイナの画像をまとめておいてもらえるかな。……これからの話に、必要になってくるから」

 

 私の言葉にアロナは「分かりました……!」とぎゅっと両手で拳を作って答えてくれた。

 気合が入っているのが分かる彼女の言葉に苦笑いしつつも同時に少し気持ちが助けられながら、私はさっきまでサオリと話していたスマホの連絡先を開いて今度は私から電話をかけた。

 

「……もしもしヒナ。ごめん、今すぐ会いたい。直接会って話さなきゃいけない事ができたんだ」

 

 いの一番にこの事を相談しなければいけない子に、私は半ば無理矢理約束を取り付けた。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 風紀委員会の教室から見える窓の外は、すっかり暗くなっていた。

 先程までも太陽は曇り空に隠れて見えなかったけれど、もう太陽そのものが地平線の向こう側に落ちかけていて今は夕方も終わり夜へと移り変わる手前と言ったところだ。

 そんな時間にも私がデスクに座っているのはいつもの事ではある。

 だけれど今日は残った業務を処理するのが目的ではなく、人を待っている状況だった。

 

「それにしても珍しいわね。先生がこんな時間に学園にやって来るなんて」

 

 私は横で立っているアコに向けて言った。

 先生はなんだかんだでこちらのスケジュールは気にかけてくれていてそれほど突然呼びつけたりなんて事はしない。

 まあ、頭の臭いを嗅がれたときは結構突然寄りだったけれど……。

 ともかく、先生が「今すぐ会いたい」なんて頼んできたのは珍しいし、あの声の感じからしても緊急の要件なのは理解した。

 だから私は今こうして待っているのである。

 

「そう、ですね……」

 

 私の言葉に、アコがなんだか歯切れが悪そうに答えた。

 どうしたのだろうか? こういうときはだいたい彼女は何か隠し事をしている事が多いのだけれど、なんだか今回はそうにしても普段と様子が違う気がする。

 

「アコ……あなた、何か知っているの?」

 

 なので私は単刀直入に彼女に聞いてみる事にした。

 

「えっ!? ……そ、その……あ、そういえばクイナさんのその後の様子は聞きましたか?」

「ん? クイナ? ……いえ、一週間程前にしばらく休むと言ってからそれっきりだけれど……」

 

 正確には八日前、クイナからモモトークで「ごめんヒナ! しばらく休むね!」なんてメッセージが急に来たのである。

 どういうことかと思って聞いたらどうにも体調が悪い日が続くので病院に行ったらしばらく休めと言われた、とかなんとか。

 私はその話にビックリしたがクイナは自分の事は気にしなくていいから風紀委員会の仕事に集中して、なんて言われたので彼女の言葉に甘える事にしたのだ。

 彼女がしっかりと静養するならその邪魔もしたくなかったし。

 それもあって状況確認の電話やモモトークもしていなかった。

 もちろん心配な気持ちはあったけれど、私は彼女が大丈夫というのならきっと大丈夫なんだろうって、信じているから。

 しかし、なぜ私の質問に彼女はクイナの事を逆に聞いてきたのだろうか? 誤魔化すにしても話題がおかしい気がする。

 

「そうですか……」

「アコちゃん、やっぱり何か知ってるんじゃない?」

「ええ、もしかしてクイナ先輩と今回の先生の来訪に何か関わりが?」

 

 アコと同じく一緒に先生を待つと言ってくれたイオリとチナツがアコに聞いた。

 確かにここでクイナの名を出すということはそこに思い当たりがあるという事だけれど……もしかして、彼女の身に何か危険が?

 

「アコ……一体クイナの身に何が――」

「――ごめんヒナ。遅くなった」

 

 と、アコを問いただそうとしたそのとき、風紀委員会の部屋の扉が開き先生が入ってくる。

 髪が乱れ気味のその姿はここまで来るのにできるだけ急いで来た事が伺えた。

 

「……まずは先生から話を聞きましょう。きっとその方が早いかと」

 

 彼女の姿を見たアコがわずかに俯いて言った。

 私も軽く首を縦に振ると、先生はすぐに私のところまでよって来て、私の座るデスクの上に彼女がいつも携帯しているタブレットを置くと同時に言った。

 

「悪いけど単刀直入に言うね。……ヒナ、クイナが……無差別に人を襲っている」

「…………は?」

 

 先生の言っている事が、分からなかった。

 

 ――何を言っているの? クイナがそんなことするわけないじゃない。彼女はとても優しい子で、自分から誰かを傷つけるような事はしなくて、むしろ人のために頑張れるような子で。

 だからそんな彼女が、ただ無闇に人を傷つけるなんてあるわけない。

 

「……先生、いくらなんでも怒るわよ。そんな笑えない嘘は――」

「――ヒナ、これを見て欲しい。お願いだから」

 

 先生はそう言って机に置いたタブレットを私に近づけてくる。

 それは、彼女が先程の発言をしたのと共に画面が表示されていた。でも、私は目を向けていなかった。

 いや、目には入っていたのだ。ただ、見なかったと思い込んでいただけで。

 だって、そこに映っていたものがあまりにもありえない光景だったから。

 ……そうよ、こんなの嘘よ。

 クイナが、ブラックマーケットで大勢の人間を傷つけて笑っている、なんて。

 こんなものは、ニセモノよ。

 

「……委員長。それは決してフェイク画像ではありません」

 

 すると、そんな私の心の内を読んだのか隣でアコが言ってきた。

 彼女の顔も声も、とても重苦しさがあった。

 

「アコ……?」

「そうか……アコはもう、知ってたんだね」

「はい……実は私、いくつかブラックマーケットに監視カメラを仕掛けていまして……元々は便利屋連中などの動向を探るためのものだったのですが……これを」

 

 アコもまた彼女の持っているタブレットを私に見せてくる。

 そこには、クイナがブラックマーケットで本当に無差別な襲撃と下手をすれば殺しになっていたかもしれない個人への攻撃、そしてあのアリウスの錠前サオリとの戦闘の一部始終が動画として記録されていたのだ。

 

「…………な、んで……? そんな……嘘、よ……」

 

 本当は分かっている。先生もアコも悪意を持った嘘を私に吹き込むような人達じゃない。

 それに私だけじゃなく近くで見ていたイオリやチナツも言葉を失い表情を険しくしているのだから私の認識が歪んでいるなんて事もない。

 この喉が急激に乾いて痛いくらいになって、体から落ちる冷や汗の不快感やクラクラと揺れるような頭の感覚の生々しさも、これが夢ではなく現実だという事を私に提示している。

 

「ありえない……どうして、こんなの、なんで……!?」

 

 でも、それでも私は否定したかった。

 私の隣で笑顔を向けてくれていた彼女が。いつも私の背中を押してくれた彼女が。私がこの三年間、ずっと一番の親友だった彼女が。

 

「彼女が、こんな事する、訳が……」

 

 私はデスクに肘をついて頭を抱えてしまう。

 先生の言葉、そして見せてもらった現実を受け入れるまで、私はそこから随分と時間をかけてしまった。

 その間、先生はただ静かに私の目の前で待ってくれていた。

 

「…………ごめん、なさい。随分と……待たせてしまった、わね」

 

 そうしてしばらくしてから、私はやっと顔を上げる事ができた。

 時計を見ると、三十分くらいそうしていたようだった。でも、先生もアコ達もみんな嫌な顔一つ見せていなかった。

 

「いや、いいんだよ。私だって最初は信じられなかった。それはきっと一番の親友であるヒナなら尚更だろうから」

「……ええ」

 

 神妙な面持ちで言う先生に、私は静かに頷いた。

 こんなときにでも私の事を気遣ってくれる彼女は、やはりこの人はいい大人だなと私は思った。

 

「すぅ……はぁ……」

 

 ならば私もいつまでも動揺しているわけにもいかない。

 私は少し呼吸を整え、思考を切り替えて、言う。

 

「それじゃあ、状況を整理しましょうか。先生、アコ、知っていることを全部教えてちょうだい」

 

 そこから二人が集めた情報によると、どうやらクイナは私にしばらく学校に来れなくなると連絡してきたあの日からずっと、ブラックマーケットで通り魔的犯行を行っていたらしい。

 また、どうやら彼女はブラックマーケットではそこそこ名前の通った傭兵でもあった事、なんらかの外的要因によって異常な戦闘能力を発揮していたこと。

 そして、明らかに精神に異常をきたしているらしい事も分かった。

 

「なるほど……そうだったのね。クイナが、ブラックマーケットに……」

 

 私は顔の前で組んだ手をそっと口元に当てる。

 クイナがひっそりと訓練を積んでいた事は知っていた。あのアビドスの砂漠で一緒に戦ったときも昔と比べて明確に強くなっていたし。

 でもそれがブラックマーケットでの経験だったなんて。

 

「……私は、彼女の事を何も知らなかったのね」

 

 風紀委員会での忙しさを言い訳に、クイナにちゃんと向き合っていなかった事にやっと私は気づいた。

 思わず、唇を噛んでしまう。

 

「こんなの……友達失格ね、私」

「ヒナ……あまり自分を責めないで。クイナはヒナのやりたい事をやればいいって言ってくれてたんだよね? ならそれはきっと彼女の気持ちであったことは間違いないよ。それに今はクイナがどうしてこんなことをしているのか、今どこにいるのか、それを突き止めるときじゃないかな」

 

 私の手に、そっと先生が手を重ねて言ってくれる。

 彼女だってクイナとはよく一緒に笑い合っていたから辛いはずなのに、私に優しい微笑みを見せてくれるその姿に、私は気持ちが少し楽になった。

 

「……ええ、そうね。本格的に調査を行いましょう。今日はもう夜も更けていてこの時間にブラックマーケットに踏み込んでも下手に企業や住人を刺激してしまって逆効果でしょうから行けないけれど、明日(あす)、日が昇ったらすぐにブラックマーケットに調べに行くわ」

 

 私はなんとか気持ちを切り替えて言った。

 そんな私を見て、先生も静かに手を離した。ただ面持ちは微笑みながらも、確かな私への気配りが感じられた。

 

「アコ、イオリ、チナツはここに残って私の不在は隠して。私がゲヘナを離れた事がバレたらまた面倒事が起こりそうだから。先生、明日は一緒に来てくれるわよね?」

「うん、もちろん」

 

 先生も、アコもイオリもチナツも力強く頷いてくれた。

 私は周囲の人間に恵まれているなと感じ、そしてそこに一緒にいたはずのクイナの事を考えると、強く胸が痛んだ。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 翌朝、私は言葉通り先生と一緒にブラックマーケットに繰り出していた。

 ブラックマーケットの人間は私の姿を見ただけで驚いて道を開けていった。まあ当然の事だけれどゲヘナの風紀委員長である私の顔はここにも知れ渡っているようだった。

 

「さて、ここが現場ね」

 

 私達は二人で昨日クイナが暴れたという十字路に着く。

 さすが騒動慣れしているキヴォトスの中でも治安が悪いブラックマーケットの道路ゆえか、わりとほぼ元通りになっていた。

 

「復興が早いのはいいことだけれど、これじゃあ証拠らしいものは見つからなさそうだね」

「ええ、そうね……こうなったら地道に聞き込み、となるかしら。先生、私のそばを離れないでね」

「うん、もしものときは頼んだよ」

 

 先生は相変わらず優しい笑みを見せる彼女に、こういうところはやはり大人としての姿だなと、私は感じた。

 ただ、そこから一日中調べても特に成果は得られなかった。

 誰の話もクイナの具体的な現状に至る情報はなく、調べ方をまた考えなければいけないなと私は思い直していた。

 

「もう空が暗いね……ヒナ、今日はこの辺にしておこうか」

 

 先生の言う通り、ブラックマーケットには妖しく光るネオンやライトが点灯し夜の顔を見せている。

 先日もその危険性から夜の調査は避けたし、それこそ一度また状況を整理したかったため私は彼女の言葉に頷いた。

 

「そうね。調査方法をまた検討しないといけないわね。……ん? ごめん先生、先にこっちの通信が来たから出るわね」

 

 そのタイミングでアコから連絡が来た。

 風紀委員会で使っている通信だ。何かあったのかもしれない。私はすぐさま出る。

 

「どうしたのアコ? 何かトラブルでも――」

「――委員長! 先生! 早く戻ってきてくださいっ!」

 

 通信を開いた瞬間、アコの非常に焦った声が入ってきた。

 緊急事態なのがすぐに分かる狼狽ぶりだ。

 そしてそれに続いた彼女の言葉で、私も先生も、目を見開いた。

 

「ゲヘナの自治区で……クイナさんが暴れています!」

 




追記:次回更新は諸事情により時間がズレ込む可能性があります。ズレこまなかったらこれ消します。
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