【完結】空飛ぶ雛と飛べない鳥~ヒナの親友だった少女が狂い彼女の敵になって壊れる話~ 作:詠符音黎
あまりにも勢いが過ぎたなと、私は学校近くのコーヒーチェーン店に向かう道中で既にまあまあ後悔しつつあった。
ヒナとお近づきになりたい、という気持ちは確かにあった。
あったけれども「お礼をさせてください」じゃなく「お茶してください」は言葉選びを明らかに間違ったように思える。
慎ましさのカケラも感じられない……厚かましさが凄い……私の駄目なところは、こういうところなんだと自己嫌悪が起きる。
「…………」
なんなら隣にいるヒナもずっと無口、無表情だから怖い。
きっと不機嫌に違いない。
こういうときは私から話題を振るべきなんだろうけど対人関係でことごとく失敗してきた私に軽妙なトークをできるデッキなどあるわけもなく。
「…………」
「…………」
結果として私達は目的の店まで沈黙のまま歩いていっているのである。
ああ、やっぱり失敗したかな……。
ぐるぐると頭の中で回る後悔で重い気持ちになりつつも、私達は目的のチェーン店に入店する。
ずっと黙っていたため思っていたよりも少し早めに到着した。
「いらしゃいませー、何にしますかー?」
「あ、えっと……じゃあ期間限定のホワイトシロップココナッツブランモカチップヴァイセビアンミルクフラッペにホイップ多めをトールで……」
店員のロボットが無料のスマイルで聞いてくるので、私はもうこうなったら飲みたいものを飲んでさっくり帰ろうとなって最近いつも頼んでいる期間限定品を注文した。
私はわりとこのチェーン店に通い慣れている。
メニューが横文字だらけで呪文みたいだし雰囲気がオシャレだから無理なんて言う子もいるけれど、チェーン店なんでどこも一緒だからむしろ陰キャの味方だと私は思っている。
少なくとも個人経営のお店なんかよりずっとハードルは低いだろう。
「お連れのお客様は何にしますか?」
「…………えっと、その」
と、そんな私の横でヒナが少し困ったような顔を見せて言葉に詰まっていた。
さっきまでの堂々とした雰囲気はどこへやら、なんというか年相応……というかそれ以上に可愛らしい見た目相応に不安そうな目になっている。
いや待て……これはきっとそれどころじゃない。
「あ……もしかして空崎さんこういうお店とか苦手だった? それともコーヒーが駄目とか……ごめんなさい、私、いっつもこういうところで間違っちゃって……」
ああ、また私は間違ってしまったらしい……。
ちゃんと彼女の好みを聞いておけばよかった。
自分が通い慣れているからと言って、さっき考えてたようにヒナがその無理なタイプだということを考慮していなかった。
私は、どうしていっつも――
「――いえ、違うの……私、その……こういうお店、全然来たことなくて……」
私がいつもの自己嫌悪に陥る前に、彼女は頬を赤らめながら言ってきた。
彼女の目は軽く左右に揺れていて、私はその動きを自分の経験としてどんなものか知っていた。
あれは、恥ずかしくて目のやり場に困っているときのソレだ。
「そもそも、私、えっと……外で飲食とか、全然なの……だから注文とかもあまり詳しくなくて……というか、さっきのは何なのかしら……? 暗号か何か……?」
心配を滲ませながら上目遣いで聞いてくるヒナの姿は、一言で言えば『可愛い』に尽きた。
庇護欲に駆られるというか、たった一週間ちょっとでもひしひしと彼女から感じていたオーラとは全然違う一面というか。
とにかく、等身大の同い年の子が、そこにはいた。
「……分かった。じゃあ、空崎さんはコーヒーは大丈夫?」
なので私はゆっくりと聞いた。
他人とこんな落ち着いて話せる自分もいるんだなと、ちょっと驚くぐらいに。
「ええ、まあ……よく眠気覚ましに飲むけれど……」
「眠気覚ましと言うなら、ブラック?」
「そうね……別に甘くてもいいけれど、よく飲むのはそうよ」
「量は普通でいい? 少なめにも多めにもできるけど。あとホットとアイスだとどっちが好み?」
「どれくらいの量かは分からないけれど、じゃあ普通かしら……温度は……最近あたたかいし、アイスで……」
「うん……分かった。すいません、一緒にドリップコーヒーのトール、アイスでお願いします」
私は彼女の意見を参考にしてとりあえず一番安いコーヒーの普通サイズを頼むことにした。
どうにもそこまで味に頓着しないようなので、お財布に優しいのを優先だ。
すると店員さんは無料スマイルのまま私達のオーダーを確認し、整理ナンバーが書かれたレシートを渡してくれる。
ヒナの話を聞いている間には客が来なかったぐらいの空き具合だったのもあって、私達はすぐに飲み物を手に取って向かい合う二人席に座ることにした。
「ありがとう、地羽さん……凄いのね……あんなに簡単に暗号文で会話するなんて……」
「い、いやあれは暗号じゃないから……」
驚くヒナに私は苦笑しながら返す。
だが、そう言っても彼女は私に少し熱が入った視線を向けてきてる。
「でも、やっぱり凄いわ。さっきも言ったように私、外食の経験が全然なくて……というかまず、こうして誰かと二人っきりでお話なんて、そもそも初めてなの」
「えっ? 空崎さんも?」
今度は私が驚いた。
彼女が凄い生徒なのはこの一週間程で十分確認していた。
教師から当てられてもスラスラと淀みなく答えるし、体育の授業はいつも一人だけ動きのキレが違う。態度は誰にも臆する事はなく、かといって偉ぶったりもしない。そして極めつけはさっき私を救ってくれた心根の綺麗さ。
文武両道、質実剛健、清廉潔白。
そんな良いところしかない彼女に仲良くしている相手がまったくいないなんて信じられなかった。
「“も”、って……地羽さん、も? そんな、信じられないわ……」
「い、いやいや……私の方が信じられないよ。だって空崎さん、いっつも頑張ってるし、さっきはあんなにかっこよかったのに」
「そんな……私はただ、私なりに常に頑張ってるだけだから……。それを言うなら、地羽さんだってこんな気軽に私をお茶に誘ってくれて私が困っていたのを助けてくれたのに、そういう経験がないなんて信じられないわ……」
どうにも彼女はさっきの軽いやり取りで随分と私を買い被っているようだった。
私もまた「そんなことはないよ」と言って軽く眉を下げながらも笑った。
「私……いっつも間違ってばかりだから……学校の勉強も、日々の生活もうまくいかなくて、当然友達作りも失敗ばっかり。もちろん、私も私にできる努力はしているつもりなんだけど、大切なときにどうしても失敗しちゃってさ……」
私はジャンクな甘さに満ちたフラッペを軽くストローで飲んで一旦間を置く。
うっかりあれこれと自分語りをしそうになったが、こうやって己をクールダウンさせたのだ。
そういう失敗も私は経験があるから。
「さっきは、自分でもどうしたんだろうって感じかな……。その、えっと……実は、空崎さんの事は、ちょっと気になってて。それで助けてもらったときに、それが暴走しちゃってお礼じゃなくてお茶のお誘いになったの……ごめんね、混乱したよね、いきなり」
やっぱりさっきの私は性急過ぎたなと、しみじみ思う。
自分で自分が慎重なのか大胆なのかこういうときに分からなくなる。一つ言えるのは、いつもそこで選択を間違える事だ。
「……いいえ、そんな事ない。私はむしろ、凄く嬉しかったの」
「嬉しかった……?」
すると、再びヒナから意外な返事が帰ってきた。
私がオウム返しで問いかけると、彼女はコクリと頷いた。
「ええ……私は、できるだけ正しくありたいし、私が好きなゲヘナのために頑張りたい。そのために一人でいろいろやってみてるんだけど、そのせいで逆に近寄りがたい感じが出ちゃってるみたいで……だから、友達と一緒に遊ぶとか、知らない世界だった」
そこで彼女は、少しだけ頬を緩めた。
やっぱりこの子は笑うと可愛い。改めて私はそう思った。
「昔からずっとそうで、高校に上がってもそれは変わらなくて、もう自分とは違う世界なんだと少し諦めていたのだけれど……その矢先、あなたがお茶したいって言ってくれた。だから、私は嬉しかったの」
「なるほど……そうだったんだ」
ここまで聞いて、私はなんとなく思った。
私達はちょっとだけ似た者同士なのかもしれない、と。
どういった風に似た者同士なのかは、本当になんとなくそう感じただけでうまく言語化できない。
でも私は、今のやり取りで本当に彼女と友達になりたいと、そんな気持ちが湧いてきた。それはきっと、間違いじゃないはずだ。
「えっと……その、今更なんだけど……すっごく厚かましいかもだし、嫌だったら断ってもらって全然構わないんだけれど……」
私は“その一言”を言う前にとにかく予防線を貼った。
これは私が今まで重ねた間違いの積み重ねのせいだろう。これまでの人間関係において私の言動で壊れたものは沢山あるから。
「私と、その――」
「――ねえ、地羽さん……よかったら、私とお友達になってくれるかしら……?」
だが、私がなんとかひねり出そうとしたその言葉を、目の前の彼女が言ってきたのだ。
ヒナが少し俯いて少し自信なさげな声で言った、本来の私のセリフ。
それを聞いた私の胸は、とても暖かくなった。
「……うん! なろう! お互い、友達になろうよ、空崎さん!」
「ええ……そうね、良かった、言えて……これからよろしく、地羽さん……いえ、せっかく友達になれたんだし、下の名前で、いいかしら……?」
ヒナのまた怖ず怖ずとした、しかし嬉しさが確実に出ている顔で出てきた言葉に、私は頷いた。
「うん……! じゃあ、これからよろしくね、ヒナ」
「ええ……よろしく、クイナ」
私達は、こうして微笑み合った。
少なくとも私にとって、こんな風に笑い合える友達ができたのは初めての経験だった。