【完結】空飛ぶ雛と飛べない鳥~ヒナの親友だった少女が狂い彼女の敵になって壊れる話~ 作:詠符音黎
私達の楽しい放課後ライフデビューがふいにされた翌日。
それでも当然というかキヴォトスでは日常茶飯事というか、ともかく日々の暮らしには影響はないのでみんな気にせず学校に通う。
自分も当然その一人なわけで、昨日は大変だったな……とは思いながらも特に引きずる事はなく登校している。
ただ、ヒナと友達になってからはできるだけ早めに家を出るようにもしていた。
理由は簡単で彼女との朝のおしゃべりを少しでもしていたいからだ。
友達と少しでも長く一緒にいたいと思えるようになるなんて、夢は見ていたけれどいざ本当になるとなんだか妙な感覚である。
でもヒナ、私ができる範囲でいくら早く家を出ても絶対先に教室にいるんだよね……。
どんだけ早く家を出てるんだろう……。
と、そんなことを思いながらも校門前に着く。すると、なんだかいつもと様子が違っていた。
ゲヘナ学園の校門前はいつもだともっと賑やかで、悪く言えば治安の悪さが漂っている。
なのだけれど今日はみんな静かで気まずそうな顔になっていた。
「ん? あーなるほど」
その理由を、私はすぐに理解する。
校門の近くに、風紀委員会が立っているのだ。
彼女らは黒い風紀委員会の制服を身にまとい、まばらに校門から登校口までの道に立っている。
さすがに彼女らを前に悪さをしようという気にはみんなならないのだろう。
しかし、彼女らも彼女らで何をしているんだろう?
見たところ目を光らせているだけで生徒の身だしなみなどといったところに口出ししてくる気配もない。
昨日の事件があったから警戒している、というわけじゃないのも分かる。まだ入学して一ヶ月も経っていないけれどそれなりにあった事件後にそんなことをした事はなかったし、しても意味はないだろうから。
とすると、本当にただ立って生徒達を監視しているとしか言えないのだけれど、本当に何故なのか……。
「……まあ、いいか」
少し考えてみたがはっきりとした答えに行き着かないために、私は一旦置いておくことにした。
とりあえず彼女らがいることで不利益はないどころか、落ち着いて登校できるのはメリットなんだし。
「それよりも、早く教室に入ってヒナに会わないと」
昨日はちょっと消化不良で終わってしまったから、今日こそちゃんとした放課後ライフを送るのだと私は思っていた。
今度は猫カフェにでも誘ってみるつもりだ。ヒナから動物が嫌いという話は聞いたことはないし、アレルギー持ちでもなければちょっと動揺するけどそれなりには楽しめると思うし、何よりお互いそういうところに行ったことがないから二人でまた初めての体験を作りたい。
私はそんな事を考え、話しかける内容を脳内でシミュレーションしながら教室に入った。
「……あれ?」
でも、教室にヒナはいなかった。
いつもなら教室に入ってきた私にひっそりと手を振ってくれるのに。
なんなら机の横にも彼女のカバンはなく、どうやらまだ登校していないようであった。
「まあでも……そういうこともあるかも、だよね?」
ヒナだって一人の女の子なのだ、ロボットじゃない。
たまにはうっかり寝過ごしたり、何かトラブルがあって出発が遅れる事もあるだろう。
もしかしたら横断歩道を渡れない老人の手助けをしてるとか、そういうベタな事をやっているのかもしれないし。
だからただの偶然で、珍しい日。私はそう思って自分の席についた。
でも、教室にクラスメイトが増えて賑やかになってきても、ヒナはやって来なかった。
ホームルームまでの時刻が刻々と迫って来ているというのに、彼女の席は空白のまま。
「ヒナ、大丈夫かな……」
私はさすがに心配になってスマホを出してヒナにモモトークを送る。
〘ヒナ、大丈夫? 何かあった? 怪我とかしてないよね?〙
送ったモモトークには、思っていたよりもすぐに既読がついた。
でも、返信はなかなか返ってこない。ヒナはこういうところもわりと豆というか早めに返してくれる子だから、私はさらに不安になる。
〘問題ない。すぐに教室に行く〙
と思っていたら、端的な返信が返ってくる。
私はホッと胸をなでおろした。この感じなら、怪我したとかじゃなさそうだ。
いやまずヒナが怪我をするような出来事が思い浮かばないけれど。
それから少し、ヒナはホームルームが始まるギリギリの時間に入ってきた。
クラスメイト達も珍しいものを見る目で彼女の姿を見る。
一方で私は、分かってはいたけど特に怪我をしたり制服が汚れたわけでもない彼女の姿を見て一安心をした。
本当はすぐにヒナのところにいって事情を聞きたかったけれど、彼女のすぐ後に担任が入って来たので私は席を立つこともできなかった。本当にギリギリだった。
私は朝のホームルームを早く終わらないかな、とソワソワしながらも待ち、そうしてホームルームが終わって次の授業の合間の小休憩のタイミングで、私はすぐさま立ち上がってヒナの元に駆け寄った。
「ヒナ! 心配したんだよもう。何かあったの?」
私は少し早口気味になりながら彼女に聞いた。きっと困っている人を助けていたとか、猫を見ていたとか、そういう温かい話でも聞けるのかななんて気持ちもあった。
「…………」
でも、彼女が返してきたのは、沈黙だった。
「……ヒナ?」
私達の会話がうまく繋がらず沈黙が入ることはしばしばある。でも、こういった導入で、しかもこんな暗い感じに黙る事はなかったはずだ。
だが今のヒナは、僅かに俯きながら瞼を少し閉じている。
何か悩んでいる、そんな風に取れた。
「……あの、えっと……その」
私はどうしていいか分からず、ちょっとしどろもどろになってしまう。
何か悪い事でもしちゃったのかな、私……。
そんな不安が急に襲ってきたからだ。
「あっ……いや、大丈夫よクイナ。特に問題ないわ。ただその……トラブルがあっただけ。それだけよ」
そんな私の様子を察したのか、ヒナもまた取り繕うように私に言ってきた。
彼女のその言葉と、様子を見て私は分かった。
ヒナは今、私に隠し事をしているのだと。
私は人とのコミュニケーションは苦手だけれど、人の
そして、今のヒナにはそれがあった。
私には話したくない事がある、そんな気持ちが。
「……そっか、ならしょうがないね」
だから私はヒナに、そう
こういうときは、笑って踏み込まないでそのままにする。
今までの経験で私が身につけた処世術の一つだ。
……ヒナにこれを使う事になるなんて、思っていなかったけれど。
「じゃあ私、席に戻ってるから。また、授業の後でね」
私は笑顔のまま、席に戻っていく。
何もなかった事にするのにも、私は慣れている。
「うん……分かった」
ヒナは申し訳なさそうに私に笑って頷いた。
そこから見ても、きっと私に悪意を持って隠し事をしているわけじゃないのだろう。
彼女が遭遇したトラブルが、本当に面倒で私を遠ざけようとしている、それぐらいまである話なのかもしれない。
でも……そこまで考えてみても、私の胸にはモヤモヤとした重みが渦巻いていた。
――そこで、私には打ち明けられるほどの信用がヒナからはないんだ。
幼馴染でも姉妹でもなく、まだ出会って一ヶ月もない間柄なのから当然な話だろう。
そもそも友達同士だから隠し事はナシ、だなんてのはせいぜい中学生で卒業する考えだ。
……理屈ではそうだと分かっているのに、私は落胆する気持ちを振り払う事ができなかった。
そのせいで私は、この日ヒナに放課後の誘いをすることができないまま、一日を終えた。
◇◆◇◆◇
――朝、登校時刻。ゲヘナ自治区のとある路地裏。
「……ハァ……面倒臭い」
私、空崎ヒナはため息混じりにそうこぼした。
だってそうも言いたくなるでしょう。
本来ならば私は教室についていて後から来るクイナを今か今かと待ちわびて、来たらまた色々とするだろう話の内容を考えている頃だ。
でも私は、今は学校から少し離れた路地裏にいて、目の前にはゲヘナ風紀委員会情報部長と名乗る、鬼方カヨコ先輩が鋭く目を光らせているのだから。
「……それで、一体どういうご要件でしょうか先輩。手短に済ませてほしいのですけれど」
私は不機嫌を隠すことなく彼女に言う。
そんな私の態度に対しても、彼女は強面な表情を崩すことがない。表情から感情が読みづらい。
「そうだね、じゃあ単刀直入に言う。空崎ヒナ。風紀委員会に入って、私の下についてほしい」
「……そんな話だと思った。……ハァ」
私はもう何度目か分からないため息をまたついた。
「だから昨日、ヘルメット団を煽動して私達がいたショッピングモールを襲わせたんですか?」
「……やっぱり勘づいてたんだね」
「ええ、あのヘルメット団にあんな周到な準備と迅速な襲撃ができるわけないですから。それなりに頭が回る誰かが背後についていたのは分かりました。クイナを襲ったヘルメット団も一人だけ動きが違ったし。それに、妙に早く到着した風紀委員会の動きも」
「さすがだね。こちらが残したヒントを的確に線で繋いで答えを出してる。やっぱり、君はうちで欲しい」
ここまで全部手のひらの上な事に私はまた不機嫌になった。
正直、今すぐ彼女にマガジン全弾撃ち込んで倒してしまいたいぐらいだ。でもそれは風紀委員会丸ごと敵に回しかねない行為。
面倒臭い事になるのは嫌だったから我慢した。
「……何故、私の能力をためすような真似を? 勧誘するなら、ただ声をかけるだけでいいでしょうに」
「そうだね……でも、今の状況を考えると、できるだけ少数で済むぐらいの優秀な人材が欲しくて。それにはどうしても情報が欲しかったんだ。……そこに、君の友達が巻き込まれた事に関しては謝罪する」
「できるだけ、少数で済む……?」
彼女の言葉に、私は引っかかった。
それはつまり、後ろめたい事を一人でさせてもしっかりと仕事を成し遂げる、そんな人材が欲しいと言っているのだ。
まるでクーデターでも計画しているかのような、そんな感じすらする。
「……今、ゲヘナは……いや、キヴォトスは密かに危機にさらされているんだ。うちの学校の、生徒会長によってね」
「え……?」
ゲヘナどころか、キヴォトスそのものが?
突然の話に私は驚いてしまう。確かに入学式に挨拶していた生徒会長はどこか異様なオーラを放っていた。でも、そんな事が……。
「これはまあまあ込み入った話でね……まだ風紀委員会に加入すると決めていない君に渡せる情報は少ない……とりあえず、これを」
彼女はそう言ってA4サイズの紐付き封筒を手渡してきた。
目配せで確認を取ってから軽く中身を覗くと、そこには数枚の資料が。
おそらく、これを見て、資料自体の真偽も含めて己で判断して欲しいということなのだろう。私の能力を信頼しての選択なのが分かる。
「正直に言うなら、これは私達、情報部独断の行動なんだ。現状は風紀委員会にすらアレの手は伸びてて、なんなら私の不在を怪しがってるのも今いるだろうね。だから、私は少しでも信頼できる仲間が欲しい。……どうか、みんなの平和を守るために、私達に力を貸して欲しい」
カヨコ先輩は私に軽く頭を下げた。
根拠があるわけではないけれど、そこには確かに本音の誠意があるように、私は感じられた。
「…………」
どうすればいいか、私は少し逡巡する。
――彼女の言葉に嘘がなければ、このまま行けば何か大変な事が起こるのだろう。そこからみんなを守れるなら、私は惜しみなく力を貸したい。
私はゲヘナが好きだ。そのゲヘナのためなら、私はいくらでも頑張れる。
なんなら風紀委員会には元々興味はあった。しかし今の私は、こうして入るのをためらっている。
まず彼女の言うゲヘナそしてキヴォトスの危機というのが本当なのかはまだ確証が持てないし、逆に彼女らがゲヘナを脅かす可能性だってある。何より風紀委員会に入ったら私の日常は間違いなく制限される。
そうなったら……私と、クイナの、二人の時間は、もう――
ピロリンと、モモトークの着信音がなって私は思案から引き戻される。
送り主は、クイナだ。
〘ヒナ、大丈夫? 何かあった? 怪我とかしてないよね?〙
私を心配する、クイナの言葉。
どうやら、いつまで立っても教室に現れない私の事で、心配になってくれたらしい。
本当に、彼女は優しい。そして、そんな彼女をこんな胡散臭い話は巻き込んではいけない。
これはきっと、踏み込んだら戻れなくなる類の話だろうから。
〘問題ない。すぐに教室に行く〙
だから私は、クイナにそう返信した。
簡単な内容だけれど少し文面を考えてしまったのでいつもより返信が遅れてしまった。
私のそんな様子を見たのか、カヨコ先輩はまた軽く私に頭を下げた。
「……ごめんね、時間を取らせすぎた。返事はまた後で、心が決まってからでいい。ただ念の為言うけど、この話はできれば内緒で。あくまで日常は平穏のままだから、下手に荒立てる必要はないしね」
「……分かりました」
私も彼女の言葉に軽く頭を下げ、背を向けて路地裏から去った。
「……確かに、これはクイナには話せないわね」
一つの、ちょっとした秘密を抱えて。