【完結】空飛ぶ雛と飛べない鳥~ヒナの親友だった少女が狂い彼女の敵になって壊れる話~   作:詠符音黎

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7.友達の条件

 私にとって“友達”というのは特別な憧れがある関係性だった。

 まず小さい頃、私は体が弱くて同い年の子と仲良くなることができなかった。

 みんなが物心と一緒に友達というものを覚えていく中で、私はベッドの上で絵本やテレビを見ているなんて日が多かった。

 幸い、大きくなっていくと体も頑丈になっていったけれど、その頃には既にみんなと少し友達作りにおいて経験値の差ができていた。そこに加えて、生来の引っ込み思案な気性も関係して、他の子達が友達グループを作っている中で、私はうまく友達を作る事ができなかった。

 だからなおのこと奮起して私は遅れを取り戻そうと頑張ったのだけれど、そこで何度も“間違い”を犯した。

 それらの“間違い”の中でも、とりわけ今でも強く頭に焼き付いている二つの出来事がある。

 一つは小学校の頃にあったクラスメイトの誕生日会。

 その日の主役は、クラスでもとりわけ友達が多くて人気の子だった。家も広くていろんな子が彼女にプレゼントを渡そうと集まっていた。

 彼女の人気の一つとして小学生にしてはだいぶ人当たりの良い子だったのがある。細かいところに気が回って人の悪口も言わない、ちょっとトゲのある言い方をすると世渡り上手とも言える子だった。

 そして例に漏れず私も数少ないやり取りの中で彼女に優しくしてもらって、私も彼女の友達なんだと思っていた。

 こんな人付き合いが下手な私にも優しくしてくれる彼女に私もお礼をしたい。

 そう思って私は、彼女にプレゼントを渡す時間になったとき、いの一番で彼女に私に行った。

 それが、“間違い”だった。

 

『はは……ありがとう』

 

 彼女は珍しく、下手な作り笑いで私に感謝を述べたのだ。

 そして、戻ったときに回りから感じた目線が、冷たかった。「空気が読めない子」だってみんなが言葉にしないけど言っているのを、私は感じた。

 そのとき、私はやっと気づいた。彼女にとって私はお情けで優しくしてもらっただけのクラスメイトに過ぎなかったんだって。いっつも一人でいたから気にかけてもらったけれど、別に親しみは持たれていなかった、その程度の存在だったんだって。

 自惚れという“間違い”を自覚したあの顔と視線は、私の頭に強く焼き付いている。

 そしてもう一つ、私が犯した“間違い”として心に大きく残っているのは中学校のときにあった体育祭での経験だ。

 中学校でも私は周囲から浮いた子だった。

 あの誕生日会の日から他の子との距離感がよく分からなくなり、距離を取りすぎたり逆に近づきすぎたりを繰り返して結局良好な関係性を築けない、そんな連続だったから。

 でも私はそこで歩みを止めたくなかったから、そのときの体育祭はチャンスだと思った。

 ここで私が活躍すれば、みんな私を認めてくれて一気に友達になれるって、そう思ったから。

 だから私は、参加する事になっていたサッカーの練習を頑張った。

 元々運動は苦手だったんだけれど、毎朝ランニングをして体力をつけて、放課後遅くまでグラウンドで練習をした。

 私がクラスを優勝して、人気者になって、友達いっぱいの楽しい学校生活を送るなんて夢を見ながら。

 でも、現実はそううまくいかなかった。

 確かに、私のサッカーの技術はそれなりのものになっていた。しかし、私は私が活躍したいという気持ちが先走りし過ぎてチームメイトとの連携を怠ってしまった。一人でボールを持ったら、パスをせず一人でゴールを狙い、防がれる流れを何回もしてしまったのだ。

 サッカーはチーム競技だ。いくら一人が頑張ってもそれだけじゃ勝てない。

 結果として、私のクラスは初戦で敗北。

 

『あいつがいなかったら勝てたのに』

『ちょっと上手いからって調子に乗ってさ』

 

 グラウンドから去るときに聞こえてきたそんな言葉が、私の胸に今でも突き刺さっている。

 人との関係において自分を出しすぎるというのは“間違い”なのだと、私はその日学んだ。

 “間違い”を積み重ねた私の心はどんどんと情けなくなっていった。

 友達が欲しいくせに誰かと関わるのが怖くて、自信が持てなくて、どうすればいいのか答えが出せなくて、駄目で弱い、まともに喋ることもできない、地羽クイナという少女が形作られていった。

 だけど、それでも私は諦めたくなかった。

 今の自分ができることを頑張って、何が正解なのかを考え続けて。

 目標に向かって歩む足を止めることは、したくなかった。

 何度怯え、失敗し、遠回りしても、とにかく歩き続けたい。それが私の意志だ。

 だから、私は今回だって頑張りたい。

 今回はついに友達ができたんだ。ヒナという、可愛らしくて、強くて、ちょっとズレてて、頑張り屋で、かけがえのない友達を。

 私はそんな彼女と友達で有り続けられるなら、どんな事だって頑張れる。

 どんな苦しみだって耐えられる。どんな悲しみだって、我慢してみせる。

 

「――クイナ……私、風紀委員会に入ろうと思うの」

 

 だからこの胸が、いくら痛みを感じたって私はそれを表に出しちゃいけないんだ。

 もう“間違い”を起こさないために。

 

 

  ◇◆◇◆◇

 

 

 先輩から資料をもらい、それを精査し、そして自分なりに調査をしてから数日。

 彼女の言っていることに嘘がないということを、私は確認した。

 今のゲヘナ、そしてキヴォトスは『雷帝』という異名を持つ暴君に脅かされている。

 彼女の魔の手は巧妙に隠されており、こうして情報を提示されなければ私も実際に事が起きなければ気づく事はできなかっただろう。

 だが、こうして知ってしまった以上、私にはなんとしてもゲヘナを彼女の手から守りたいという気持ちが湧いていた。

 私の好きなゲヘナを、そしてなにより、私の大好きな友達の、クイナを。

 友達付き合いというものを半ばあきらめていた私の友達になってくれて、その素晴らしさを教えてくれたクイナ。

 まだ一ヶ月ぐらいしか経ってないけれど、私の中で彼女はかけがえのない存在になっている。

 できればクイナにも今の私の状況を教えてしまいたい。だって友達に隠し事をしているのはとてもよくない事だと思うから。

 でも、そうしたらきっとクイナにも危険が及ぶ。彼女の日常が壊れてしまう。

 彼女の日常を守るためなら、私はなんでもする覚悟ができていた。

 例えそれが、友達に嘘をつくことでも。それでいくら、この胸の奥が痛みを感じようとも。

 でも……さすがに風紀委員会に入る事は伝えておかないと。対外的にも公に所属する事になるわけだし、それまで黙って入るのはよくないだろうと思うから。

 なので私はその日の放課後、西日が眩しい二人だけの帰り道の途中で彼女に告げた。

 

「クイナ……私、風紀委員会に入ろうと思うの」

 

 ああ、一体彼女はどんな反応をするんだろうか。

 

 ――びっくりされるかしら、それとも困惑するのかしら……。ともかく、今までこの相談を一言もしてこなかったわけだし、クイナの心を傷つけてしまったでしょうね……。

 

 そう考えると、私は心がきゅっとした感じになって、少し俯いてしまう。

 今クイナがどんな顔をしているのか、ちゃんと見れなかった。

 

「……そっか。うん、ヒナが決めたことだもんね。私、応援するよ!」

 

 しかし、そんな私に返ってきたのは、いつもと変わらない優しいクイナの声だった。

 

「えっ……?」

 

 むしろ私がびっくりして顔を上げる。

 私に笑いかけてくれるクイナの顔が、そこにはあった。

 

「あの……今更こんなことを言うのは変だとは分かっているけれど……いいの?」

「え? 何が?」

「いえ、だって私、風紀委員会に入ろうとしている事を今まで黙っていたわけだし……つまりは隠し事をしていた訳だから、怒られてもしょうがないかな、って……」

「ふふっ、なんだそんな事? 大丈夫だよ、私はヒナが口下手な事知ってるし、それに風紀委員会はヒナがやりたい事なんでしょ? だったら友達としてそれを応援して上げるのが“正解”だって、私はそう思うから。だからヒナ、そんなの気にしなくていいんだよ」

 

 微笑みながら言ってくれるクイナの姿に、さっきまで痛かった胸の奥が急に楽になって温かくなっていくのを感じる。

 これが友達というものなんだなと、私は今感じ入っていた。

 

「ありがとう、クイナ……。私、あなたが友達で良かった」

 

 嬉しくて少し泣きそうにまでなってしまっているけれど、さすがにそれは大げさ過ぎるから我慢して私が笑いかけて言った。

 すると、彼女も私にニッコリと笑みを見せてくれる。

 

「うん、そうだねヒナ。私もヒナが友達のままでいてくれるのが、本当に嬉しいよ」

 

 クイナがそう言ってくれるなら、私はこれから気合を入れて頑張らないと。

 大事な友達を守るため、私は戦う。

 風紀委員会の空崎ヒナとして、ゲヘナの治安を守る。

 私はそう覚悟を改めて決めながらも、今なお笑いかけてくれるクイナにこちらもまた歯を見せて笑い返した。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 ヒナが笑ってくれている。

 しかも、私が友達で良かった、なんて言ってくれて。

 

 ――ああ……やっぱりこれが“正解”だったんだ。彼女のために自分の気持ちを抑える事。これが友達としての“正解”なんだ。

 

 ヒナは何かを隠していて、でもきっとそれは正しい事で、私がそれに個人的な感情で水を差すなんて事はしちゃ駄目だ。

 あの誕生日会のときも、あの体育祭のサッカーのときも、それで失敗したんだから。

 今度は私は間違えない。あくまで私は、ヒナが自由であれる選択をする。それで私が不自由になろうと、些細な事だ。

 だって、それでヒナは私の友達でいてくれるんだから。

 

 ――……でも、もしも私が、もっと頼りがいがあって、強ければ、彼女は私にちゃんと秘密を打ち明けてくれたのかな。

 

 ……やっぱり、駄目だな私は。

 今こうして“正解”にたどり着いたのにそんな事を考えてしまう。

 けれども……もしかしたら、と考える気持ちは止められない。

 なら、ヒナのために気持ちは抑えながらも、いつか彼女の隣にちゃんと並べるように私も努力すればいいのかもしれない。

 銃の腕前、パニックになっちゃう癖の克服、戦ってるときの思考の最適化。

 ヒナはとんでもなく強い。きっとその道は茨の道だ。でも、だからといって頑張る事をやめる気はない。考える事を休むつもりはない。

 常に考え、頑張り続ける事が、私に唯一できる事で取り柄なんだから。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 それから、あっという間に時間は流れていった。

 風紀委員会に入ったヒナは、メキメキと頭角を現しゲヘナにたくさんいる問題児達から恐れられる存在になっていった。

 学園も色々と変わっていって、突然生徒会長が変わったり、気持ち的になんだか風通しが良い感じにもなったりした。

 私はと言うと、とにかく鍛錬を続けた。

 一人家に戻ればできるだけ射撃訓練をして、ときにはこっそり不良のたまり場にも行って実地訓練も積んだ。おかげで近づかれても昔よりは比較的慌てる事が少なくなって命中率は上がったし、まあまあ動けるようにもなったと思う。

 もちろん、勉強も疎かにはしていない。ヒナはいつもテストで満点を取っているんだから、私だって彼女の隣にいるには相応しい点数を取らねばと勉強をより頑張った。

 おかげでヒナみたいに毎回満点とまではいかなくても、学年順位で常に上位に入るぐらいをキープしている。

 鍛錬と勉学の両立で私の睡眠時間はだいぶ削られる事になったけれど、理想の自分になるためだから仕方ない。

 でも……ヒナの強さはどんどんと磨きがかかっていき、間が開いていっているのも事実だった。いつしか彼女はキヴォトスでも最強の一角と言われる程になっていて、他の子よりも少し強い程度な私とは雲泥の差があった。

 勉強も変わらず常に満点で、近づけはしても並ぶ事はできない。

 こんな感じで、もどかしい気持ちを抱えながらも二年の時が流れた。

 私達はお互い、三年生となった。

 ゲヘナ学園風紀委員長、空崎ヒナ。

 私はそんな彼女の友達の席に、まだなんとか座る事ができていた。

 けれど、そんなときに、ある大きな変化が私達の元に訪れた。

 

 キヴォトスの外から、大人がやって来たのだ。

 

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