残光の旗   作:∀キタカタ

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U.C.0083

 左腕を失った。

 かんがえていても仕方のないことだ、と思っていた。ケリィ・レズナーは今、左腕がなくとも生活に何の支障もない。若いやつと殴り合いだって出来ると、そう思っている。だが時たま、不意に、左腕はもうないのだ、としみじみと心に押し寄せることがある。

 負傷で戦線を離脱し治療を終える頃には、一年戦争は終わっていた。

 自分が失ったものは左腕ではなく、あの戦いなのだ。益体もなく、そう思ったりもする。左腕を失って、戦いも失って、死に場所も失った。幾多の友人達も失ったのだし、目をかけていた部下も、気に食わないと思っていた上官も、みんないなくなってしまった。

 月にいる。

 ジャンク屋で、ケリィは生計を立てていた。

 戦線から離脱したタイミングが良かったのか、ジャンク屋は引く手あまたであった。ア・バオア・クーが墜ちるという一か月前には、連邦のモビルスーツもジオンのモビルスーツもモビルアーマーも一緒くたとなって回収され流れ込み、それらを分別してジオニックなりアナハイムなりに流せばそれだけで充分過ぎるほどに儲かった。

 それは一年戦争が終わってからも同じで、戦後など余りある残骸をただただ流せばそれで良かったのだ。ジオニックは解体同然で、アナハイムにほぼ吸収された状態だったから窓口も一つである。左腕を失っていても、関係がなかった。自分で、直す必要など、何一つなかったのだ。

 地球と月の間、月の周回軌道の内側には、星の屑よりも多い残骸が浮遊しており、それらが全て稼ぎに変わった。ジャンク屋というよりはサルベージ屋だったが、左腕を失った体を鍛え直すにはちょうど良かった。

 仕事に打ちこんだ。

 戦争などなかったのだ、と思い込もうとした。実際に、忘れることが出来た。

 半年もすると、サルベージはそれほど儲からなくなった。要するに星の屑ほどの数はなくなり、奪い合いとなっていたし、市場での値も戦後すぐの値の半分ていどに落ち込んでいた。

 金にこだわる理由は何もなかったが、サルベージ屋からジャンク屋にはなりたい、と思っていた。屑鉄を、元に戻すか、せめて動くようにするか。勿論、一人で機体一つを起こすような真似は難しい。

 パーツごとに修復し、そのパーツを売りさばいた。左腕を失っていることを、その時だけ少し、思い出したが、思い出しただけで支障はなかった。

 生活はずっと安定していた。

 ラトーラという女と、何となく知り合い、ともに暮らすようにもなった。一年戦争で生まれた屑鉄も行き場を失ったものだけが残り、ケリィはそういったものを好んでガレージやジャンクヤードに運び込ませた。

 生きていくのに支障はなかったし、金もあり、女もいた。

 それを認識するのに一年以上かかった。時折、耳にする、一年戦争の戦後処理は余り聞かないようにしていたが、それを耳にするのにも抵抗がなくなっていた

 左腕が戻らないように、自分がかつていた場所も戻らないのだ。

 ア・バオア・クーにはそれほど関心はなかった。一年戦争を決したその戦場ではなく、その前にあったソロモンの話が出るときだけ、ケリィは反射的に、ニュースであればそれを消したし、文字を目にすれば見ないようにした。

 ソロモンさえ耳に入れなければ、目にしなければ、ケリィは道楽でやっているようなジャンク屋生活で隠遁できていた。ジオンに大尉として属して終戦後も生きている人間としては、上出来なほど恵まれている。負い目を感じていた時期すら過ぎた。

 そんな時、フォン・ブラウン市の小金持ちから話を持ちかけられた。終戦のドサクサで連邦に全財産を賭けて勝った、そんな印象の相手だった。サルベージしたジャンクの買い取り手としては、顔は知られていたし、ケリィも知らぬ仲ではなかった。

 ただ、好きではなかった。それは相手に問題があるというより、自分に問題があるのだろう、ともケリィは自覚していた。他人を好きにならないどころか、積極的に嫌おうとしている自覚さえある。そのくせ、ラトーラとはなりゆきで一緒になったのだから、他人を寄せ付けないストイックさすらないのだと恥じてもいた。

「困っているのですよ、実は」

 困りごとを持ちかけられてもどうも出来ん、と思ったが、要するに金の話だった。金の話を浅ましいとは、思わない。ただ、やはり、他の用事で、他人には尋ねてきて欲しいという身勝手な感情もやはりある。

 浅ましいのは、俺だ。そうも思う。

「どうにも、捌けませんでね、このデカブツが」

「こういうのが好きな、好事家というのは、いそうなものだがな」

「好事家というのはやはり好みにうるさいもので。何かと、分かりやすい、箔や看板でもあれば別なのですが、だれそれの専用機であった、ですとかね」

「機体が赤いではないか。赤いから、で押し切ればいいだろう」

「それで押し通せるような人間は、銭も払わないのですよ」

 モビルアーマーだった。懐かしさが蘇ってくるのは、一年戦争で似たようなコンセプトの機体に乗っていたからかもしれない。ジオン側の機体は、ドムだろうとザクだろうとゲルググだろうと、今やケリィには金に換えられる鉄屑でしかなかった。

 それなのに、このモビルアーマーには何処か惹かれるものを感じていた。

 だが、壊れていた。不動のモビルアーマーなど厄介に過ぎる。展示物にするにしたって邪魔すぎるし、知られていないような機体となれば客寄せにもならない。

 何より、マニュアルがない。旧ジオニックは細々と存続しているという噂だが、探し出して問い合わせても、手に入らないかもしれない。一年戦争の頃は科学者や技術者、搭乗する軍人ですらも好き勝手が通った。正式なマニュアルなどない、というものも珍しくはない。

「……つまり、物珍しさに飛びついたものの、お前の金には繋がらなかったわけか」

「恥ずかしながら。それなりに、凝った機体だとは思ったのですが」

「凝っていても、動かぬのではな」

「ソロモンで試験運用された機体のようなのですが、ドズル中将の趣味ですかな」

「あの方の趣味では、ないな。キシリア様であろう。マ・クベどのなどが好きそうな装いという気がするよ、俺は。装備に小細工が多い。ベースはビグロに似ているな。直せぬことも、ないと思うが」

 直したところで、売れるという訳でもない。使い道さえない。

 そんなものを、買い取らないかと持ち込んできている。普通なら、買い取らない。だから普通なら、金にするのは諦める。好事家が目を付けるのを、待つほかになかっただろう。

 だがこの男は、俺に話を持って来た。そう思うと、なかなか、商売上手な部分はあるな、とケリィはつい、笑い出しそうになる。何より笑い話なのは、自分が既に買い取る姿勢を見せてしまっていることだった。

 そういう部分は、実直なのだ。左腕がなくなったところで変わらない。

 他人に見抜かれてしまうほどの単純さだ。

「引き取ろう」

 無意識にそう言ってしまっていた。相場で言うなら。得体の知れない、動かないモビルアーマーなど同じ重さの鉄屑と大して変わらない。実際、提示された額も、ケリィが難色を示すほどの額ではなかった。

 ただ、ラトーラが怒るかな、とはよぎった。

 怒ったから、何だというのだ。ただの鉄屑に過ぎず、同じ重さの鉄屑ならヤードに幾らでも転がっているんだぞ。

 勝手に、説得する口上まで過ってしまっていた。

「ヴァルヴァロという機体のようですな」

「……ヴァルヴァロか。聞いた事がないな」

「あだ花のような機体なのでしょうな、一年戦争の」

「一年戦争のあだ花か。気に入ってきたよ。俺のようだ」

「ケリィどのは巧くやっておられると思いますが」

「あだ花がみじめなものだと、決め付けんことだ」

 そうは言うものの、自虐的であるような自覚もまた、ある。

 自分は戦場を離れてから、すっかり言葉を弄ぶような人間になってしまったのだな、とも思う。

 ドズル麾下の自分が知らぬのだから、やはりキシリア派閥の開発機体なのかもしれない。ドズルとキシリアはそれぞれの管理するモビルスーツやモビルアーマーが情報交換されないことが多いほど、あからさまに反目する兄妹であったが、その理由まではケリィには分からない。仲良くすれば良いのに、ていどのことしか分からない。一軍人である自分にはその程度の理解であったし、それでよかったのだとも思っている。

 それ以上は、政治の話だ。政治に、興味はなかった。

 ヴァルヴァロはガレージ一つを占拠してしまうていどには大きな機体だった。モビルアーマーは大型機体なのが当たり前だが、いざ引き取ってみると日頃から扱っているモビルスーツとの大きさの違いに、些か、戸惑った。

 そんなことで戸惑うほど、ケリィは戦場から離れてしまっていた。

 ラトーラは、意外に、何も言わなかった。勿論、喜びもしなかったが、特段怒る様子もなかった。

 動かない、鉄屑。

 そうであるうちは、きっとラトーラは何も言わない。

 動き始めたら、きっと本当に不機嫌になるのだろう、とも思った。

 正規のマニュアルもない状態での修復は遅々として進まなかったが、別に良かった。完成させて、売りさばく気もなかった。ただ、作業に没頭していたかった。時折、ヴァルヴァロに勝手に話しかけている自分もいた。

 お前は誰を乗せて、どう墜とされていたのだろうな。

 俺が乗っていたら、お前は動けるまま休戦を迎えていたと思うぞ。

 いや、俺が死なぬという保証もないな。

 しかしお前は、凄い機体だな。俺に乗れと言われても、躊躇うかもしれないぞ。俺には、過ぎたる機体という気がする。しかし今は、お前は俺の思うがままだ。我慢しろよ、そのぐらいは。

 独り言に気付かれたときだけ、ラトーラが一層に不機嫌な顔になり、それに気まずさを覚えた。日頃の仕事をこなしながら、手が空けば修復に挑んだ。ラトーラは自分に構ってくれなくなったことを、怒っているのだろうか。

 それも、忘れた。

 仕事も続けた。細かいジャンク品を、それなりに使えるように修復して、卸した。休戦協定から三年近くが過ぎるが、またぞろ、火花が飛ばないという保証など何一つなかったし、備えは皆、怠らなかったから、ケリィの仕事も途切れはしなかったし、忙しかったぐらいだ。

 酒を呑んだときぐらいしか、戦場のことは思い出さなくなっていた。

 それでも、思い出すのは他の何処でもない、ソロモンだった。今ではコンペイトウというふざけた名前になっている。それも、仕方のない話だった。休戦とは言えジオンは明らかに敗北していた。

 それでも残党はまだ残っているとも聞く。ザビ家も絶えてはいないというまことしやかな噂も聞いたが、忘れ形見で何とかなるような話かと一笑に付した。人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになってから半世紀も過ぎるというのに、血筋がどうこうもあるまい、と思わずにはいられない。

 旗などなくても、戦争は出来る。

 血がたぎるかどうかだ。両手両足を失ったとて戦争は出来るのだ。単にケリィには最早、血のたぎりが失われたと言うだけだ。左腕とともに、それが、きれいさっぱり消え失せてしまっているのだ。

 ヴァルヴァロの痛んだ配線を引き直している時だった。

 ラトーラがガレージに客を連れてきた。連れてきただけで、さっといなくなってしまった。愛想や愛嬌というものはラトーラが滅多に見せない感情だが、それでも、まるで嫌なものを扱うように、その客を連れてきた。本来なら、自分を母屋に呼ぶべきだろう、とも思った。

 手にした工具を取り落としそうになって、それは防いだ。

 それだけだった。

 ケリィ・レズナーがアナベル・ガトーを、実に約三年ぶりに目にした動揺はそれだけで、あとは昨日別れただけの友というだけの話になった。友だったと、思う。今でも、恐らくそうなのだ。

「得手勝手な真似をしてすまんな。ビデオレターでも送るべきかと思ったが」

「……それはどちらでもいいが、ジオンの残党が、こんなところにわざわざ」

「実は私は月に、しばらくいたのだ、ア・バオア・クーの直後はな。なので何かと動きは出来る」

「連絡ぐらいしろよ、おい」

「君に負担をかけるような気がしてな。なんとなく、会わぬ方が良かろうと思ったのだ。あの頃は、私も、他人と関わり合いたくはなかったのだ」

「お互い様か、俺たちはそんなもんだ」

「……ふらりと、立ち寄ったわけでもないのだぞ、ケリィ」

「直して欲しい機体でも? それとも、連邦に突き出して俺に賞金でも貰えと?」

「高いぞ、きっと、私は」

「金には、困ってない。トランク一杯の金の延べ板でもくれるというなら別だが」

「それでは、安すぎる」

「では、何の用事だ、ガトー大尉どの」

「その呼び方だが、実は今の私は、少佐なのだ」

 その言い方に、含みがあった。言うまでもなく、戦時中でもなくジオンが解体状態にある今、階級が勝手に上がるはずもない。

 いずれかの組織に属している。そう言っている。

 ジオンの残党。幾らでも話は聞く。そして間違いなく存在している。

 アナベル・ガトーという存在は、ケリィの中で戦死した存在だった。遙か遠くの、自分が失ったもののなかで昇華された人間だった。今まさにその存在が目の前にいることを、ケリィは巧く整理できずにいるのだ。

「……では更に敬意を払うべきですかな、少佐どの」

「阿附迎合とは冗談にしても君らしくもない。私も、望んではいない。……単刀直入に言おう。君の戦線復帰を打診に来たのだ、レズナー大尉」

「今、なんと?」

 血。

 たぎっては来ない。ただ、うろたえただけだ。

 戦場に戻らないかと言われて、うろたえたのだ。

 うろたえた自分が恥ずかしいとも、思わなかった。ケリィではなくレズナー大尉と呼ばれたことの方が落ち着かなかった。ガトーは、少佐と大尉の話し方をしようとした。だが自分は、既に大尉でもなんでもないのだ。それを、大尉に戻れと言っているのか。

「……ご冗談を、ガトー少佐どの」

「冗談ではないのだ、レズナー大尉」

 そうであろうと分かっていた。アナベル・ガトーという男は冗談など滅多に言わない。逆に、相手にとぼけたことを言われると真に受けて正論で返すようなところもある。そういう記憶が、蘇ってくる。

「雌伏雄飛の時が来たのだ。君も是非、ともに参加して貰いたい」

「具体的な話は、まだ聞かせてもらいたかありませんよ。俺だって別に、肝を舐めて暮らしていたわけじゃ、ありませんからね。しかし仰りたいことがあるのでしたら、聞きますぜ、少佐どの」

「もう一度、戦をやる」

 戦。ガトーはそういう言い方をするのだったな、とケリィは思い出していた。

「星の屑となった同胞の命と志を今一度、地球連邦に思い出させる」

 誘われている。

 分かっている。それでも、まだ、血はたぎってこない。

 ケリィの血は、ただ戸惑っているだけだった。

 




本当はタイトルをつけたくなかったがつけないとハーメルンが勝手な文字列を羅列するから、これにしたぜ。これからも応援を待っている。まだまだ物足りないぜ。
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