残光の旗   作:∀キタカタ

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フォン・ブラウン(4)

 モビルアーマーは、人の形をしていない。機動性も火力も、選択の制限なく詰め込める。開発者がモビルスーツという、人の形をしたものに拘る必要は、分かっていた。直感的な操作のためだ。手足があるから、分かるのだ。モビルアーマーは余りにも兵器として割り切られすぎている。

 飛んだ。同じモビルアーマーのビグロに乗っていた時の記憶より、圧が高い。ビグロの時は、すぐに馴れた。こんなものか、とだけ思った。ヴァルヴァロは、こちらを試してくるように、ビグロとは比べものにならない、意気込みのようなものを感じさせてくる。

 負けはしない。存在しない左手で、コンソールを調整出来る。ウラキの用意したサイコミュ式のユニットが効果的なのが、すぐに分かる。左腕が戻って来た。そう感じるほど、スムーズに操れていた。

 曲乗りのような動きを繰り返す。ついてきていた。

 この程度か。ヴァルヴァロの声。機動性には、全く問題はなかった。気に入って乗っていたビグロが、まるで鈍重な動きだと判断出来る。

 ヴァルヴァロの方こそを量産していれば。

 過ったが、これは性能が先行しすぎている。操れるていどの腕を持つ、パイロットの数が量産の数に合わなければ、何の意味もない。エースパイロット級で漸く操れるようなものは、逆に量産には、向かないのだ。癖に対応出来る技量がなければ、無駄使いにしかならない。そしてそれは、かつて、戦いは数だと言い切ったドズルにしてみれば、ギレンに足下を見られる理由にもなって不快だっただろう。

 動ける。御せている。自分の、手柄だけではない。ウラキという小僧がいなければ、ここまでは操れなかっただろう。少しだけ、癪とは思った。

 片腕しかない自分に、御しきれる。

 それをヴァルヴァロは、認めざるを得なかったようだった。

 モビルアーマーの一機をこうして操れることに対する昂揚。ジャンク屋の親父に収まっていれば忘れていたであろう、昂揚。自分はやはり、片腕を失ったとしても、本質的には、パイロットなのだ。それでも、気付かずにいなかった方が、良かったのかもしれない。

 ラトーラが、自分のこの気づきに不機嫌どころか露骨な苛立ちをぶつけてくるかも知れない。なんとか、いなすしかなかった。それほどまでにヴァルヴァロは、ケリィの心を掴んで離さなかった。

 動きに問題はない。装備を調えれば、戦場でも通用する。

 そういう自分を、ラトーラはよく思わないだろう。それなら出て行ってくれと、言うかも知れない。だがヴァルヴァロとラトーラでは、比較対象としては比べるべきではなかった。

 ガトーなら間違いなく、女を捨てるだろう。

 それが、軍人だからだ。そしてガトーは生粋の軍人なのだ。三年前なら、躊躇いなく、自分もそうしたかも知れない。やはり、三年の月日は長すぎたのだのだ。

 ヴァルヴァロの動きに問題はない。ウラキの造ったユニットにも、問題はない。

 これで武装を施せば、戦える。

 そうしていいのか。迷いは色濃く、ケリィの心中に蟠っている。それは他人から見れば、黒々とした蟠りかも知れなかった。

「どうだ、ヴァルヴァロ。満足、したか? 俺を認めてくれるか?」

 返事はなかった。ヴァルヴァロは実戦を求めている。

 実戦。機会は、目の前にある。だがそこに参加したいと思うなら、それは自分の意志ではなかった。ヴァルヴァロがそれこそを求めているのが、分かった。兵器なのだ。宇宙遊泳に付き合わされて満足する訳がない。

 帰投した。テスト飛行で片付けて貰える程度の中で収めた。月管理局の職員にも、特に小言は、聞かされなかった。

 悪くは、なかった。ヴァルヴァロがではない。自分がだ。

 シーマは、まだ立っていた。ヴァルヴァロに興味があったのは間違いないだろう。モビルスーツ乗りだというなら、尚更だ。そしてジオンの兵だったというなら、どんなものを見せられてもソロモンを思い出すに、決まっている。

「良かったじゃないか」

「当たり前だ、ヴァルヴァロだぞ」

「お前がだよ。乗りこなせていたのは分かるからね」

 乗りこなせて良かったな。シーマはそう言っている。左腕がないことは、確かに、操作する上では忘れていた。どうしても片腕では無理があるのも、分かった。

「……どうだい? 私が誘ったら、来てみるかい? 実戦もやりたくなったんじゃないのかい、レズナー大尉」

「元、大尉だ。俺がその気になったとしたって、デラーズ・フリートに迷惑をかける気はない。テスト飛行が巧くいっただけで、戦えるとは思ってない」

「左腕がなくなった直後に、出ようとした人間の言うこととは、思えないね」

「昔の話だろう、それは」

「三年も過ぎちまったら、それも、分かるけどねえ。機体も人間も、放っておきゃ錆び付いて動かなくなっちまうもんさ」

「俺は、錆びきっちまっている」

「ヴァルヴァロは錆び付いちゃいないじゃないか」

「磨いたからな」

「お前も磨けばいいんじゃないかい、また、光る」

「……そんなに俺をデラーズの戦争に、巻き込みたいのか? モビルアーマーが一機とパイロットが一人。増えたところで、何がどうなると思っているんだ?」

 ガトーにも、誘われた。色の良い返事はしなかった。

「デラーズじゃない。私の、戦争さ。シーマ艦隊に誘っているんだがね」

「小回りの利く、兵士が一人か」

 ガトーが誘いに来た理由と、シーマがこうしてからかうように粉をかけてくる理由は、似ているようで違っていた。ガトーは心意気の話で、恐らくシーマは、使い道を用意して、こうして話をしている。どちらが心地いいか。気持ちだけなら、当然、ガトーだ。だが、ガトーに失望されるようなことになっては気が滅入る。

 時もある。誘ってくるのが、ガトーは早すぎた。

 シーマは、それを得ている。

 心は少し動いたが、少しだけだ。それでもガトーの時は、全く、動く気配がなかったのだ。デラーズが演説を打ち、宣戦布告をした、今、来るべきだったのだ、ガトーは。あれでは、ただの同情だった。

「私はね、ヴァルヴァロじゃなくお前を買いたいのさ。支度金を用意したっていい」

「わざわざ片腕の男を、買うのか?」

「手足がないくらい、なんてことはないと思うけどねえ。お前だって、いつかはそう思って戦場に戻ろうとしたんだろう? それに本当に問題がないのも、見せて貰ったことだし」

 シーマはまたサングラスをかけた。

「……使いの者をそのうち、やるよ。代金も持参させる。ま、その時にまた、考えるこったね。忘れないで欲しいのは、私は使い道を考えてこんなことを言っているってことさ。商いは、同情でやるもんじゃないからね」

「ここにも、商いで来ているのだろうしな」

「戦略ってのは商いと似たようなもんさ。経営とでも言うのかね。現場で働く人間が持たなくてもいい、目線だよ。アナハイム社のオサリバンてのが、そういうことを考えて会わなきゃいけない相手でね。なんとも、肩が凝って仕方ないのさ」

 シーマはそのまま、歩き去って行く。分かったようなことを言う、女だ。勝手でもある。ただ、不快ではなかった。自分に値札を付けるようなことを、言っている。ケリィは自分に、他人から値札を付けられることなど、もうないと思っていた。

 目を、閉じた。

 ガトー。お前は今、何をしている。

 ケリィは、そう思った。

 

 

     ※

 

 

 しばらくは、何も起きなかった。

 あれだけの演説をデラーズが打ったあとだと思えば、平和すぎるぐらいだった。目に見えて戦争前夜だという空気は、少なくともフォン・ブラウンには漂ってはいない。アルビオンもまだ、出航していないようだった。

 ガンダム試作一号機ゼフィランサスが、月面でテストを繰り返しているという。前回の交戦では、かなりやられ、撃破されていてもおかしくなかった有り様だったという。パイロットの問題だろう、としかケリィには判断出来ない。

 バーニア装備をかなり追加したようだった。宇宙戦仕様に換装したのかもしれない。ガトーが奪ってきたという、試作二号機サイサリスは、その図体を動かすために、元からバーニアは過剰に用意されている。デラーズの演説で映し出されたサイサリスは、まるでモビルアーマーのようだった。

 気にかかる、機体だった。バーニアで強引に、地上戦をさせるような真似には無理がある。何か違う装備を施されているという気がする。ただ、流石にケリィにも、ガンダムの具体的な仕組みなど、推察しようがなかった。

 分かっているのは、核弾頭装備というだけだ。それも、わざわざモビルスーツに搭載させる意味はあるのか、と思っていたが、考えたところで分かるはずがない。アナハイム社と関係の深いような顔を見せていたシーマなら、何か分かるのだろうか。

 訊けば、シーマは教えてくれる。そんな気がした。

 ガトーは、教えないだろう。本人が知っているかも怪しい。命令に疑問や好奇心は挟まないたちの軍人だった。

 何にせよ、試作機には違いない。完成して量産ラインに乗り、ロールアウトされている訳ではない。

 そして試作機を実際に試すのは、軍人の役割だった。

 そんなことを考えながら、飯を食べている。ラトーラの顔は、不機嫌を通り越して泣き顔のようにすらなっていた。何も、言っていない。どうするのかも、実は決めていない。

「……仕事、最近、しなくなったのね」

 ラトーラがぽつりと言った。

「手の汚れ。随分薄くなってるわ」

「またどうせ、汚れる」

「どうしてジャンクをいじらないの。仕事でしょう、あなたの」

「しばらく休む。一緒に何処かに、気晴らしにでも行くか?」

「ここにいなきゃならないんでしょう? 留守には出来ないって顔してるわ、あなた。知ってる?」

「何をだ?」

「あなた、私に、嘘だけはつかなかったこと」

 そうだっただろうか。そうだったとしても、何かの意志で意図的に、そうしていた訳ではない。たまたま、そうだっただけだろう。嘘をつく理由がなかった。今までずっと、そうだっただけの話だ。

「行ってしまうんでしょう、あなたは。宇宙に」

「それは」

「答えて。嘘を、つかないで」

 飯が喉を通らなくなった。幸せにしてやっていた、という気はない。迷惑ばかりだっただろう。いてくれと言った覚えは、ある。それでも、いつだって見限って出て行けた筈だ。

「宇宙に行く。デラーズに合流する。そう言ったら、いいのか?」

「それがあなたらしいわ、ケリィ。嘘は言ってないんでしょうから」

「決めている、わけじゃない」

「誰かが迎えに来るんでしょう。きっと、あのアナベル・ガトーが」

「ガトーが、来るものか」

 誘いは一度断っている。重ねて請うような男ではない。こちらの事情を勝手に慮ってしまう男だ。それに、ガトーの誘いは、もう一度同じ夢を見ようというような、曖昧なものでしかなかった。

 もう一度来たとして。二度、三度と来たとして。ガトーが夢や志という言葉を理由に誘う限り、ケリィは何度でも断っただろう。

 シーマは違う。即物的で、そしてケリィを部品として認めている。そこにいて戦況を眺めていてくれ、という誘い方では、なかったのだ。使い物になる部品、と認めて貰うことの方が、ケリィには大切だった。

 家屋から、出て行く。ガレージに入ったが、甲高い金属音は、鳴らしていない。工具類は整頓されて、棚と工具箱にしまわれている。ジャンクの山も、崩れそうな場所を整えただけで、漁ってはいない。重機もアームが折り畳まれていた。そしてガレージの中には、今にも飛び出しそうな有り様で、完全に修復されたヴァルヴァロが蹲っている。

 ラトーラに、察するな、という方が無理だっただろう。

 もうヴァルヴァロの整備で、手を汚すこともない。ジャンクすら、もう一度触るか分からない。シーマの使い。何処かでやはり、それを待っていた。何も手に着かなくなっている。

 ラトーラと、床を共にしなくなった。向こうも、抱いてくれとはせがまない。ケリィはただ、一人になりたかった。一人である自分を、取り戻したがっていた。何処かで、ラトーラが自分から家を飛び出して行ってしまうことすら期待していた。

 シーマが、何も、寄越さなかったら。

 頭を過らなかった訳ではない。そうしたら、もう、ジャンク屋すらやめようと思っていた。蓄財の余裕はある。ラトーラと二人で、何もせずに暮らしていける、金があった。そして同時に、何もせずに暮らしていくことなど、ケリィは一つも求めていなかった。

 ラトーラ。

 何故、俺に惚れたのだ。俺は、何故、惚れたのだ。

 何度も自分に問い返し、そして答えは一つも出て来ない。苦しさの余り、ラトーラを無理に追い出してしまえばいいと、何度も思った。最悪の男になれれば、それでいい筈だった。金だって、無理に渡してやれる。

 何も出来なかった。

 会話はない。ただ、飯は作ってくれる。自分の分のついでに、という訳ではなく、きちんと二人分、ラトーラは用意していた。

 未練。それはラトーラとヴァルヴァロの両方にある。

 自分の意志では、どちらかを投げ捨てることが、ケリィには出来なかった。

 ガレージの中でまた、ヴァルヴァロに話しかけることが、多くなっていた。俺はどうしたらいいんだと、ずっと問い続けていた。ヴァルヴァロはただ、何も言わずに、そこにいるだけだ。

「俺とお前で、何か出来ることがあるらしい」

 ケリィはヴァルヴァロにそう言う。

「お前が、決めてくれれば、いいのにな。そうしたら俺は、それに従うだろうに」

 甘えるな。

 そう言われた気がした。

 待っていたのは、十日ほどに過ぎない。シーマの使いは、それぐらいで来た。永遠に、待ち続けるのかと思っていた。

 小柄な男だった。左目に小さな傷がある。クルトと名乗った。

「こちらを、とのことで」

 トランクを渡された。中に、金の延べ板が、六枚。支度金にしては、多すぎる。不愉快さが走り、突き返してやろうかと顔を上げた時、銃口がこちらを向いているのが見えた。

 銃弾。掠めた。延べ板に見入っていたら、即死だった。

 銃口。まだ、突きつけられている。硝煙。まだ、たゆたっている。ケリィは幾らでも、それに対処出来た。危うかったのは最初の一発で、それはもう、凌いでいた。あの不愉快さは、勘のようなものだった。

「……何の心算だ、貴様は」

「シーマ様には、機体だけ買い取ってきた、と伝える気でね。宇宙に出ないというなら、その金でヴァルヴァロを買い取ってこいとも言われている。あんたは、宇宙に出ないと、俺にそう、言ったんだ」

 銃口。躱しきった。弾丸が一発。上着の左袖を貫いていた。

 右手で拳を固め、クルトの顔面に叩き込んだ。いい一発だった筈だが、倒れない。拳銃を捨てたが、素手で来られる方が厄介だった。蹴り。腹に入る。倒れない。顔から血を流しながら、クルトは打撃を、二発、三発と手数を入れてくる。

 モビルスーツ乗りだろう。一発が強くない代わりに、殴られても、ものともしない。

 ケリィに左腕はない。殴り合いになれば、手数は劣る。防げるものも防げなくなる。何発も、いいのが入って来た。ケリィも、倒れない。だが、間違いなく、息は上がっていた。持久力が、落ちている。クルトは現役だろう。

 腹。入ってくる、拳。ケリィの動きが、止まった。

「おとなしくジャンク屋の親父で終わるんだな。金なら、そこにある」

 無理をして、右腕で殴り返したが、読まれている。躱されていた。左腕。失われているのが、これほど歯がゆく思ったことはなかった。

「こいつには、俺が乗る。お前が宇宙に出ないのなら、そうしろとシーマ様は仰っていてね。あの方に気に入られたいのは、お前だけじゃないんだよ」

「……気に入られるだと? おい、もう一度言ってみろ。気に入られたくて、俺がここにいると、思っているのか?」

「何が違う?」

「俺は、役目を果たせると思うから、待っている」

「お前の役目は、ジャンクを磨いて、コイツに不備がないか確認することだ」

 クルトはケリィの体を、蹴り倒していた。完全に、呑まれている。先に、疲れ果てたのが自分だ、ということがよく分かった。クルトは床から、また拳銃を拾い上げていた。

「さてどうするね? 撃ち殺されるより、譲った方が、いいだろう? 役目なんぞ、あるわけがないだろう、片腕の男に」

 ある。役目は、ある。それを掴み取れる。右腕一つで。

「ヴァルヴァロに乗りたいのか? ヴァルヴァロだぞ」

「何をご大層に。たかが試作機のモビルアーマーが一機」

「お前を乗せると思うのか、ヴァルヴァロが」

 クルトの銃。素早く横から払いのけ、銃口を逸らしていた。がら空きの顔面。額。叩き込む。何かが潰れた。何かは、分からない。ただ無心に何度も、打ちこんだ。

 クルトの右手。指先はまだ、引き金にかかっている。躍起になって、こちらに銃口を向けようとしている。構うものか。意識。先に飛ばしてやる。

 どれほどの時間、そうしていたか分からない。

 糸の切れた、人形。クルトが膝から崩れ落ちた。

 ガレージの外に目を向ける。女が二人、立っていた。

 ラトーラと並んで、シーマが立っている。ヒールもあるが、そうやって並ぶと背丈は段違いで、ラトーラはやはり少女のように見える。ヒールを鳴らしながら、シーマがガレージに入ってきた。

「すまないね、大尉。うちは出しゃばりなのが、多い。余計なおせっかいを焼くような奴は、嫌いだと常に言ってあるのにねえ。伝わらないもんさ」

 大尉と呼んだ。それだけが頭にこびりついていた。

 シーマは、しゃがみこんでクルトの髪の毛を掴み、顔を引き上げた。後退したクルトの髪は、引き抜かれて全てなくなりそうだった。平手打ちをすると、クルトが目を覚ました。目の前にいるのがシーマだと分かり、言葉が出なくなったようだった。

「……何故、ここに、シーマ様が?」

「お前みたいな奴がいるからだよ、そんなに私に気に入られたいかい?」

「シーマ様、私は」

 言葉。続かなかった。

 シーマの唇が、クルトの口を塞いでいる。舌をねじ込んでいる。唾液を、流し込んでいる。代わりにシーマは、クルトの鼻から吹き出している血をすすり込んでいる。血と唾液の糸を引きながら、唇は離れていた。

 クルトが、恐怖で震えている。必ず死ぬ、毒。それを呑まされた。そういう震えだった。シーマは、口の中に溜まった僅かな血を、吐き捨てている。

「クルト。焼きが回ったねえ。でも焼きが回った男は、嫌いじゃないのさ。私は今、お前の事が、とても好きになった。私の男になって貰うことにするよ。だから、受け取って貰いたいものが、あるんだけどねえ。とてもいい、モビルスーツさ。ヴァルヴァロにも劣らない奴さ」

「シーマ様、シーマ様、お許しください、お許しを」

 その声からは、口づけを受けたという喜びなど、微塵もなかった。

 極刑と同義の扱いを受けたのだ、という恐怖にしか支配されていない。

「当たり前だよ、今、お前は私の男なんだから、許すに決まっているじゃないか。受け取って欲しいものは、補給港にあるんだよ。あれは今から、お前専用の、ザクだ。私の男なんだ、それで連邦の目を引くぐらいは、して貰わないとねえ」

「……ザク一機で、何をしろと……」

「さあ? それは自分で考えるんだね、私の男なんだから。ただこれから、このヴァルヴァロを、ザンジバル級に搬送しなきゃならなくてね。それなりに隠しはするが、気付かれると厄介だ。そうだ、きっとお前は、役に立ってくれるだろう。とても愛しているよ、クルト」

 クルトの膝が震えている。失禁しそうに見えた。這々の体で、立ち上がり、よろよろと走り去っていく。死ぬ気で、やるだろう。何をするかも指示されず、それでも何かを、死ぬ気でやる。シーマの機嫌を取り戻すためなら、どんなことでも、クルトはするのだろう。そうしなければ、どのみち、殺されると思っている。

 そして恐らくは、死ぬ。死ぬために出るだろう。

「……すまないね。あれで露払いぐらいには、役に立ってくれるさ。落とし前はつけて貰わないとねえ」

「……自ら、ここに来たのか?」

「うちの所帯は、私が自ら動くことで、成り立ってるもんでね、全く、少しは楽をさせて貰いたいもんさね。さて、それで? やっぱり、宇宙には来ないのかい? このシーマ・ガラハウがお呼びでないというなら、それでもいい。ただ、ヴァルヴァロは、譲って貰うよ。ここにいたって、面白くないだろうからねえ、あのモビルアーマーは」

 シーマの背後に、ラトーラが立っていた。

 目の前にいる、二人の女。どちらを選ぶのか。それだけの話だった。

「ラトーラ。すまん。俺は」

「帰ってくるの、ここに?」

 ラトーラの目。逸れていない。悲しげでも、不機嫌でもなかった。怒ってすら、いなかった。ただじっとケリィの視線をはね返していた。

「ここには、もう帰らん。お前のところにも」

「なら、いいの。あなたは嘘をつかないものね、私には」

 シーマが、不満げに鼻で笑っていた。

 愁嘆場に付き合う自分を笑っていたのかもしれない。

「すまないね、嬢ちゃん。さっき話した通りだよ。今からお前の男は、私の配下だ。それで本当にいいんだね、元大尉」

 さっきの話。何かシーマとラトーラは、話をしたのだろうか。女同士の、話だ。何を話したのかなど、どうでもいい。男が口を挟むことではなかった。

「構いません、ガラハウ中佐」

「私をきちんと、そう呼ぶ部下が、前からとても欲しくてね」

 シーマが楽しげな顔をする。

「……今よりケリィ・レズナー大尉は我が麾下とする。戦争の準備をせよ、レズナー大尉」

 それだけを告げ、シーマがガレージを出て合図をすると、巨大なトレーラーが入って来た。ヴァルヴァロを乗せられる、ケリィが補給港に運ぶのに使ったのと同じタイプの、トレーラーだった。ヴァルヴァロには幌が被せられ、赤い機体は見えなくなる。

 シーマのあとに続いて、ケリィは歩き始めた。

 ラトーラのことは、もう振り向くまいと決めていた。女は、捨てた男のことなど翌日には忘れている。シーマの言葉だ。そうしてくれればいい。

 俺は、星の海に戻るのだ。

 それだけを、ケリィは考えている。

 他のことは、何も考えてはならないのだと、そうケリィは思った。




小僧ども、これで「フォン・ブラウン」は終わりだ。次回からは違う章へと入る。我ながらこの展開はいいと思っているぜ。俺がいいと思っていることこそが正しい、そう言い切ることこそが二次創作だ。覚悟さえあればいい。これで俺が死ぬという覚悟だ。そしていつだってそう思って当たっていけ。これで死んでも悔いはないという気持ちで、やるんだ。ここからは本当に本編からぐいぐい逸れていく。それでも最後まで読んでくれるのなら、俺の志も伝わるだろう。次回「ふたたびの、悪夢」に期待してくれ。小僧ども、まだまだ物足りないぜ。
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