一
まるで阿吽の呼吸であった。
デラーズ・フリートが退くのと同時に、地球連邦艦隊が新手を繰り出してきていた。ここまで、計算されているとは、デラーズも思っていない。たまたま、こうなったのだろう。だから、少し、笑ってしまっていた。
目の前にいるシーマは、いつものように扇を持ってはいない。ただ、立っている。自分は、相変わらず座ったままで、こうなっても少将と中佐の関係なのだな、とデラーズはまた、笑っている。
巨大な、光の旗がモニター越しに見える。
連邦の掲げる旗だ。無数の鏡が織りなす十字の旗。
かつてソロモンを焼いたソーラシステム、その後継改良型が、呪いの旗となって輝きを整えつつある。阻止限界点を超えたコロニーでも、完全に破壊してしまえば、地表への打撃は看過できる代物となる。
あの巨大な鉄柱を、そう簡単に破壊できる訳がない。
そう、思っていた。
これはデラーズも、想定していなかった。シーマもだろう。連邦の誇るソーラシステムは太陽の光を集中させるだけのごく単純な代物だが、最適化された焦点温度は太陽の表面熱にも達する。照射範囲にコロニーを収めていれば、コロニー外部の融解は勿論、内部からの膨張大気圧だけでも充分に自壊せしめる代物であった。
広すぎる、謁見室であった。
天井は高すぎ、壁は遠すぎた。デラーズの座す椅子は大きく大袈裟に過ぎる。
その椅子の背後に、ギレン・ザビの胸像が掲げられ、演説中と思しきその姿は、声なき演説を今も続けているようであった。もはや何も聞こえぬギレンの声を、デラーズだけはただ一人、まだ耳に木霊させている。
シーマには、聞こえないだろう。生前であっても、聞いていなかっただろう。
「……一つ訊く。貴公はコロニーを落としたいのか、落としたくないのか」
「どっちだっていいんだよ、どっちだってね。こっちの算盤の上でやられる分にゃあ、なんの不都合もなかったさ。故さえあれば、どうだって」
「しかし、得られなかったか。ソーラシステムを引っ張り出してくるとまでは、流石に思わなかったか」
「そうだねえ、しかしそれを言えば、ジャミトフなんてのを引っ張り上げる手助けをしちまったことが、歯がゆいかね。ワイアットの観艦式にも参加せずに息を潜めていた連中に、のこのこ顔を出させるとはね」
「それはこちらも同じことだ。そもそもガトーにやらせたことだからな」
「こちらとかそちらとか、お安くないじゃないか、少将閣下」
「はて、貴公は我が艦隊麾下ということで、まだ良いのかな?」
「まさか。今はお前が我が麾下だ、エギーユ・デラーズ」
「形ばかりでも貴公を昇進させて貰えていれば、儂も素直に納得したのだがな。アクシズめ。言葉一つで良い物を」
シーマが担っていた役割は調整役だった。
連邦との、書類も明言も交わさぬ調整役を担っていたのが、シーマだった。シーマは、デラーズ・フリートに参戦したその時から、連邦と、月と、そしてアクシズと、全てに目を走らせ調整を続けていた。
アナハイム社のオサリバンを少しばかり、締め上げすぎた。追い込みすぎてしまったのが、シーマの失敗だった。オサリバンは保身を考えるあまり、盤外から駒を用意してしまっている。ジーン・コリニー大将とその側近、ジャミトフ・ハイマン准将である。
特に立場上、今や実戦を総指揮するであろうジャミトフの存在は『星の屑』作戦において当初、全く顧みられていなかった存在だった。コーウェン中将を取り込もうとしたシーマの目論見は間違ってはいない。
ただ、そのジャミトフが一枚、上だったのだ。この土壇場でソーラシステムを引っ張り出してくるというだけで、その決断力と判断力が分かる。
シーマは連邦の官僚主義構造と軍閥化を甘く見ていた。蚊帳の外にいたが故に、ジーン・コリニーとジャミトフ・ハイマンは、この密約まみれの出来レースを無視して自分たちの都合のいいように幾らでも叩きのめせるのだ。その方が都合がいい、となれば、デラーズ・フリートどころかアクシズまで戦力を向かわせかねない。まさに漁夫の利と言える。
自分なら、どうしただろう。デラーズは思う。
ああした手合いのやり口は一年戦争で見ている。ギレンはデギンを殺したのだし、そのギレンはキシリアに殺された。そうやって、権力が入れ替わったが、やはり骨肉の争いというものは、その機会が感情的になるまで訪れないところがある。その点、連邦のそれは政治そのものだった。冷静なままで、機を見る。そして訪れたなら動く。
官僚主義構造と軍閥政治などとは言うが、このような時には、やはり公国制よりは身動きが軽い。上は入れ替わるものという前提で、構造が成り立っている。そして駆け引きさえ巧くやれれば、誰もが自力で上に立てる。いないから下から引き上げるような、ジオン公国とは作り方が違う。
公国制が上回るのは、旗幟の鮮明さだ。何を目指せばいいか、誰を担げばいいかが明確なことだ。だからジオンはまだ、ジオンとして結束していられる。地球連邦が混乱すれば、結束力など見る影もなく消滅し、四分五裂するだろう。少なくとも三年、雌伏を続けたりはしない。
それをデラーズは、シーマよりは、知っている。
自分が、シーマの立場であったなら。
考えるだけ無駄というものであった。デラーズは決して、シーマの立ち位置には、立てない男だったからだ。そこに立つには、志というものが邪魔をする。
「私からもひとつ訊いていいかい、デラーズ」
「なんだ?」
「アクシズが何を考えていたかぐらい、分かっていただろうに。先鋒なんて言えば聞こえがいいし自分を騙せるだろうけれどね。実際には、邪魔な連中を束ねてから死んで来いって話じゃないか。何故引き受けたんだい?」
「貴公は、計算高い悪意で、物事を捉えすぎだな。ガトーと合わぬのも、当たり前だが、冷静でもあると、儂は思う。我々は下命された任務を遂行しただけだ。地球圏、連邦に打撃を与え、出来れば混乱させたい。そのために、命がけで一年戦争の続きをやれと言われただけのことだ。そこには三年、燻らせていた、誇りと志の旗がある」
「そうやって志だ誇りだって言葉で、物事を粉飾するのがやり口ってわけかい。お前にしてみれば、あと何年待機させられようと、構わなかったんじゃあないかい? たかが三年で焦れて暴発しそうだった連中が下にいたってだけで、それを押し付けられただけだろう。三年、三年ってばかの一つ覚えみたいに、どいつもこいつもさ。まだ戦後処理すら終わってないってんだよ、南極条約すら曖昧なままじゃあないか」
「……間違ってはいない。儂はな。最初から、何も」
「こっちが帳尻合わせをやってあげてるんだよ、少しは感謝しな。まあ、お前には別に、私に感謝する謂れはないだろうけどね。本当に感謝しなきゃいけないのは、あのろくに何もしやしないアクシズなのだから」
「言うな。アクシズが導いてこその、ジオン再興ではないか」
「あんな辺境がなんだってんだい、導いてやってるのは、こっちの方さね」
「その辺境に、収まればいいではないか。このまま巧くやれば、貴公も佐官ではなく将官だろうに。儂と、同じようにな。それとも、連邦に寝返るか?」
今や旗艦グワデンはシーマ艦隊の支配下にある。
デラーズに出来る事など、何一つなかった。指揮権も委譲させられている。
アクシズがそう命じたのだ。デラーズ・フリートの一挙手一挙動は、いまや全て、シーマが握っている。シーマが言ったのではみな混乱するから、デラーズの名で撤退命令を出しただけのことだった。
「だいたい、ジオンも連邦も、そんなもんはどうだっていいのさ、私は」
「では何を望んで貴公はここにいるのだ?」
「少なくとも大佐だの少将だの、そんなもんは肩が凝るだけで、欲しくもないね。私はシーマ艦隊のシーマ・ガラハウってだけでいいんだよ。中佐ぐらいで丁度いいってもんさね。それでアクシズの下請けでもやってりゃ、所帯は回るってもんだ。私が収まりたいのはアクシズなんて辺境じゃあない、ザンジバル級の中だけだ」
そしてどのみち、少将だろうと大佐だろうと中佐だろうと、部下はシーマをシーマ様としか呼ばぬのだ。
「……なんだっていいんだよ、私は。うちの所帯が回っていれば、それだけで。ただねえ、私はずっとどっぷりと、ジオンに浸かってきた女なんだ。今更、連邦に抱かれたいって気にもなれないのさ。かといって、ジオンだって好きじゃない。むしろ、憎たらしいぐらいさね」
「貴公も、なかなか苦労はしておるのだな」
「お前の苦労の数倍は、しているね。何が、大義だ、志だよ。単に、アクシズにいいように使われただけじゃあないか。まだ、恥ずかしげもなく、よくそんな言葉を口に出来るもんだよ、少将閣下」
「ジオンの志は、常にある。儂の中に、揺るぎもしない。貴公にも分かって欲しかったというのは、本音で願っていた」
「……私はね、言わなきゃならなくて仕方ないってとき以外に、ジーク・ジオンなんて口にしたこた一度もないんだよ。なにが、ジーク・ジオンだい。だったらなんで、お前の後ろには、ギレン・ザビが飾られているんだい」
「ジオン総帥ではないか」
「妹に殺された、元総帥じゃないかい。そいつがスペースノイドの自治とやらを、戦いで勝ち取ろうとしたものだから、私らはえらい苦労をしょわされたんだ。ジーク・ジオンなんて言いたけりゃ、ジオン・ダイクンの血筋を立てるのが当たり前だろうに。アクシズですらまだザビ家の忘れ形見を抱え込んでるってんだから、お前らはみんな、筋違いなんだよ、やっていることがね」
「ジオン・ダイクンの血筋は、絶えたではないか。今更、理想論を言って、何になる。我々にとってはアクシズが、そこにいる最後のザビ家が、志となり、旗となって掲げられるのだ。そうでなかったら、三年の雌伏など、不可能ではないか」
デラーズがアクシズの命を受け、決起したのは、やはり三年の雌伏に多くの兵たちは最早耐えられまいと思ったからだった。休戦協定が偽りであると信じたのも、嘘ではない。ギレン・ザビが戦死と扱われて暗殺されたのは、事実なのだ。その無念を汲む。それだけでも、義はそこにあり志はそこにあり、そして旗は立っていた。
連邦の一大穀倉地帯を壊滅させる。
作戦目標はそこに収束する。
間違いなくそれは妥協であり、デラーズは、ジャブローに落としても構わなかったのだし、むしろ望んでいた。しかしそればかりは、そもそも、アクシズが許さない。
だが、それだけを明確に旗にしたのでは、雌伏し続けたジオンの軍人たちに、誇りは取り戻せない。戦い、そして撃破する。戦線をくぐり抜け、撃破し、撃破され、そして轟沈させ轟沈させられる。そういう動きを誘発できなかった。
そしてそれは最後の落とし所でもある。
デラーズがそこにどれだけ近づけるか、という話でしかなかった。
「……何より、儂はジオン・ダイクンに仕えた記憶がない。儂の旗は常に、ギレン総帥であったのだ。筋というなら、引け目は感じぬ」
だからこそデラーズもギレンの遺志という旗を見ていられた。
旗。それがあって初めて、戦える。耐えられもする。
部下たちに、ここがジオン反撃の好機、一年戦争の屈辱を返す時なのだと、そう、信じ込ませるだけの旗もまた必要だった。そうすれば、もう耐えられぬとなった残党は次々と集まり、デラーズ・フリートとして命を賭し、そして敗れても満足して死んでいける。
待機命令に疲れ切った兵たちに、死に場所を与える。
デラーズの大局的な物の見方には、当然、それも含まれる。
アクシズがデラーズに下した命令は、とても簡単なものだった。
今はまだ時を、稼ぎたい。そしてやがて来る時に、備えたい。
デラーズに、不満分子を取りまとめて、適当に死んでこいと言っているに等しい下命であった。それをデラーズは、アクシズがそう命じるのであればと承知したが、ただ無闇矢鱈と、玉砕する気はなかった。むしろ、ここでこそ、燻っていた志を、権限を持って大きく、旗として掲げ振れるのだと思った。
その程度の事はさせて貰う。
それは、はっきりと、アクシズにも伝えてあった。シーマ艦隊を誘い入れたのはこちらだが、アクシズもまたシーマに含みは入れていた。デラーズがやりすぎるのを、牽制するためだ。
デラーズは全てを巧くやりすぎた。軍人としては、評価されて然るべきとも思う。
だがアクシズの思惑を遥かに超えて、やりすぎた。そこは、デラーズにとっても、意地があった。シーマが、連邦のグリーン・ワイアットや、アナハイム社のオサリバンを引き入れて調整さえ成功できていれば、ここまではさせて貰えなかったかもしれない。グリーン・ワイアットにもオサリバンにも、それぞれ利があって成り立っている、茶番に過ぎない決起だった。
そして運が邪魔をした。
連邦には幸運を。ジオンには不運を。
そんな法則が出来上がっているのではないかというほどに、シーマは八面六臂の活躍をしたにもかかわらずデラーズの意地を止めることは出来なかった。
一年戦争の時が顕著だった。
デラーズはたまに、運というものを全て平等に、両軍に振り分けたとき、ジオン独立戦争に勝利していたかどうか、考えることがある。しかしそうなれば、物量の差が顕著に出てしまう。ジオン公国の落としどころは、有利な条件での停戦合意であったのは間違いない。そこに運はいらない。だが運は常に、ある。平等にある筈だ、というなら一年では帳尻を合わせることは出来ない。
では四年ではどうか。
まだ連邦に運は、転がり続けるのか。
だが四年をかけても、まだ出目は連邦有利にしか転がらなかった。それでもデラーズはここまで戦況を動かしている。運というものは仕方がないと、最初から計算に入れていなかった。入れられるものでも、なかった。その上で、ここまで。
このまま、アクシズが本腰を入れれば、連邦を敗北させられるのではないか。
そういうところまで、持っていった。だがアクシズは、参戦する気はない。デラーズ・フリートの背後に圧力を持たせている、アクシズ先遣艦隊は、単に暴発分子を引き寄せるためだけの見せ兵であり、事実、後方支援しかしていない。
それでもアクシズ先遣艦隊のユーリー・ハスラー少将はかなり、デラーズに肩入れしていた。同情的でもあった。本格的な参戦が許されていないことを、真摯に詫びていた。だからこそ、ガトーの駆るノイエジールも供給したのだ。
無念である。
謝す言葉を幾ら連ねても詫びようがない。
そういう態度を、ユーリー・ハスラーは滲ませていた。アクシズにも、そういう派閥はいる。だが、アクシズ本体は動かない。ここで一気呵成にデラーズが全てを完璧に推移させたとしても、それでもまだ、アクシズに乾坤一擲を強いることは出来ないのだし、元よりアクシズもする気はない。
ここで仮に、宇宙に展開する連邦軍全てを灰燼に帰し星の屑に変えてしまったとしても、やはりアクシズは動かないだろう。それほどまでに、今のジオン残党には、圧倒的に兵力が足りないのだ。むしろそこまでやって連邦に本腰を入れられてしまえば、それこそ今度こそ、ジオンという存在は消滅させられかねない。
ジオン延命の処置としての、デラーズ・フリートの決起。
まだ待たなければならぬという時期に、もう待てぬという者たちを纏めて切り離す。
非情と言えば、この上なく非情な措置とも言える。
だがここにしか咲かぬ花もあるのだ、とデラーズは思った。だからこその『星の屑』作戦であり、コロニー落としであった。
一年戦争が続いている。戦術上戦略上の撤退は続き、待機命令も続いていた。一年戦争どころか、四年続いていた。あの時、ア・バオア・クーで終わりきれなかった意地を終わらせるというなら、これでも足りないぐらいだ。
デラーズは、これでいい。
だが、得心できぬという者も、いるだろう。
撤退命令を聞いたガトーは承服すまい、とデラーズは思っている。自分の、直接の言葉がいるだろう。放置するにはガトーは強すぎる。せめてもの気持ちとして供出されたノイエジールも、強すぎる。その強さを、無駄に、損なうことになる。
死すことを望んでいるのだとしても、このままではその死に誇りを持たせてやれるとも思っていない。だが、また、あのガトーに対して退け、待て、と言う資格が、自分にあるのだろうかともデラーズは思った。
スペースコロニー。阻止限界点。もう地球から逸らすことは出来ないという最後の線。
だが連邦もソーラシステムを繰り出してきている。お互いに、最大の打撃を撃ち合っているのだ。ここでの撤退命令は、何とも、無念だろう。みな、命など顧みず、コロニーを守っていたいはずだった。
デラーズとてそうしたい。だが既に軍権は、シーマに委譲されていた。
アクシズの指示である。シーマはアクシズの摂政、ハマーン・カーンの言葉を持ってデラーズにその命を突きつけてきた。そしてアクシズが言う限り、デラーズに抗命の余地は微塵もないのだ。
「……ソーラシステムの改良型一発で、形勢をひっくり返そうってかい。しかしこうもきっちりと間に合うとはね。あいつらの運は異常さね」
「その運に、乗ろうとしたのだろう。貴公は」
「その運に抗おうとしたお前よりゃ賢いと思うがねえ」
「それは儂の戦いではない。貴公の戦いに、口を挟む気もない」
「……ま、どのみち、退くなら今さ。コロニー落としなんてのは諦めるしかない。観艦式でぶっ放したんだ、あの辺りまでを『星の屑』作戦としておきゃ、こんなもんは行き掛けの駄賃を貰い損ねたていどのもんだと思うんだね」
シーマもガトーも、それでいいだろう。
だが自分は違う。あれはただ、局地戦での一勝利に過ぎない。あの一撃をもってしてジオンが再び蘇るというのならそれでもいいが、そうはならない。このコロニー落としを完遂してこそ、デラーズは満足のいく戦が出来たのだと自分に言える。
ソーラシステム。
今からでは、どのみち、こちらの手は届かない。その威力が勝つか、コロニーが、保つか。そこが一つの運だった。そしてやはり、運は常に連邦に転がるのだろう、とデラーズは思った。諦めるより他にない。
「……で、どうするね、少将閣下。選ばせてあげるよ、アクシズに退くってんならそれでもいいが、帰りたくはないのだろう」
「見透かしたことを言うではないか」
「私は男心っての、よく分かるのさ。理解は、してあげられないけどねえ」
アクシズに退く。それはない。それはデラーズの誇りが、許さなかった。
また、待て、などと自分自身にも最早、口に出来ない。
「お前を連邦政府に渡してもいい。そうすりゃ連邦も顔が立つ。アクシズを殊更、追い込んだりはしないだろうさ」
「貴公の保身にもなるだろうしな」
「月で甘やかしすぎた男がいてね。アナハイム社のオサリバンさ。今頃、シーマ艦隊は友軍とか大声で喚いてるに決まっているさ。なんとしても私を友軍に仕立て上げなきゃならなくなってるからねえ。保身なんて言葉じゃ追いつかない。必死さ。どっちかと言えば、お前を連邦に引き渡して首の皮が繋がるのは、オサリバンの方だろうさ」
「一企業の常務ごときに弄ばれるのは、不快だな」
「奇遇じゃないか、私もさ」
オサリバンが、ジーン・コリニーらと接触を図り、保身に走ったからこそ、ソーラシステムなどを、用意できたのだろう。グリーン・ワイアットという馬が潰れた時点で、シーマはコーウェン中将という馬に賭けを切り替えたが、アルビオンの連中によって失脚させられた。オサリバンが賭けた馬が勝ち、結局はこうして、目の前に立ち塞がってしまっている。
弄ばれている、など今更だ。
シーマが、銃をこれ見よがしに提げているのは見えていた。見せているのだ。
デラーズ・フリートの中で恐らく一部の者は、そして間違いなくガトーは、これをシーマの裏切りによるものだと考えるだろう。理屈ではない。その方が、都合がいいからだ。そう信じることで、旗を失わずに済む。
「……このままでは宇宙の晒し者か。死ぬべきかな、ここで」
「勝手に死ねと言いたいところだがね。私が手を貸してやってもいい。何か言い残したいことでもあるんなら、聞いてやるよ。伝えるとまでは言ってやれないがねえ」
「……そうだな。貴公が収まるという、謂わば、帰るべき場所がザンジバル級では、味気があるまい。貴公が艦に名前など付けぬのは分かっているが、儂が代わりに名付けてやりたいが、どうだ?」
「……言ってみな、興味があるね」
「リリー・マルレーンというのはどうだ? いい歌だ」
シーマが、微かに笑った。嘲笑、ではなかった。愉しい、という気持ちを押しつぶしたような、笑い方だった。
「……そりゃ何かに名付けようと用意していたやつの一つかい?」
「他にも幾つかあるのだが、それが良いという気がする。まあ、儂の少女趣味という、やつだがな」
「自分でそういう趣味を認められちゃあ、こっちも、からかい甲斐がなくなるってもんだよ、全く。まあいい。リリー・マルレーンなんて、私が言い出したら、こっちが赤面ものだよ。お前が言い出すぐらいが丁度いいのさ」
戯れ言に過ぎなかった。
こんな戯れ言を、デラーズはシーマと交わしたことがない。もう少し早く、こういう、益体もない会話、を交わしていれば、また、流れは違っていたのかもしれない。デラーズも少しだけ、笑った。何かが、吹っ切れたのだと、デラーズは思った。
遂に最終章だ、待たせたな、小僧ども。この物語もついに終わりを迎えようとしている。そして出ているやつらもまた、それぞれの結末を迎えようとしているぜ。「リリー・マルレーンの名付け親はデラーズ」というのは、なんだか書いていて自分で笑ってしまった一節だ。そういう細かいところで俺は二次創作をしているのだという喜びも感じている。自分の物語にしてしまった、原典とは別のものなのだという充実感も覚えている。楽しいものだぜ。お前たちも機会があったらこういうことをすればいい。きっと糧になるというものだ。その糧が盗んできたものとかそういう言い方はよせ。軒先を借りただけとかにしろ。厳密にはそれも犯罪だがな。連載の残りはあと三話だ。小僧ども、まだまだ物足りないぜ。