残光の旗   作:∀キタカタ

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幻旗はるかなり(2)

「……ガトーと、もう一度話がしたいものだ」

「このまま、ゆけとでも命じるのかい? お前の屍を乗りこえてでも?」

「ゆくなと命じて、ゆかぬかどうか。最後に、それぐらいは、試したい。出来れば、詫びもしたい」

「お前が詫びて、納得する男かい、あれが。困惑するだけさ」

 ガトーは、きっと、そうだろう。詫びる必要など、何もないのだ。ただ命じればいい。そしてそれがどんな命令でも従おうとするのが、デラーズの知っているガトーなのだ。だが知らぬガトーの姿も見たい。そういう思いもデラーズにはある。

 グワデンが揺れた。砲撃。デラーズにはそう感じられた。実際は、グワデンを撃つような真似をする相手がここにいる訳はなかった。しかし、やはり、砲撃だった。もしくは、火薬庫の事故。腹の中から食い破られたという感覚。

「……なにごとだい」

 シーマが通信モニターを開く。グワデンはシーマ艦隊の部下により、制圧された形を取っている。部下たちには、穏便に籠もるか退去するよう命じてあった。だから、騒ぎなども起きようはずがない。

「格納庫内で、ドムがバズーカを。ガトー麾下の機体です」

「のこのこ何をやらせてんだい、さっさと制圧するんだよ、ここでグワデンと心中させられたら、博打もなにもありゃしないよ」

 シーマが焦りを見せていた。

 デラーズはそれがおかしかった。この女は、何かと、不運に見舞われる。

 ガトー麾下のドムというなら、カリウスか。よりによって、ガトーに純粋培養されたような部下が、モビルスーツ付きでここにいるとは。デラーズは別に、このまま墜とされても構いはしない。ガトーの部下がそうするというなら、尚のこと文句はない。

 外の騒ぎ。大きくなってきた。銃声と爆音が響いている。

 ドムを降り、白兵戦で来る気か。そうまでして話がしたいのか。ことを、見極めたいのか。ガトーに何かを伝えたいとでも、言うのか。何を、伝えようと言うのか。

 謁見室の、巨大な扉。開いた。電子ロックはない。外から、蹴り開けられた。

 硝煙に巻かれて、血塗れのカリウスが、アサルトライフルを抱えて飛びこんでくる。その背後でまた、爆発音と、爆風。手榴弾をばら撒いて突破してきた様子だった。カリウスは、デラーズの傍で、拳銃を提げたシーマを見て、激怒していた。

「……やはり貴様か、シーマ・ガラハウ。獅子身中の虫め」

「ガトーみたいな口調でさかるんじゃないよ」

 シーマは素早く、デラーズに銃口を向けていた。デラーズはそちらを見ずに、カリウスの、血塗れの顔だけを見ている。デラーズを盾に取られたことで、カリウスは銃を撃つのを躊躇っていた。流れ弾もある。シーマに当てても、勢いで、デラーズのことも撃ってしまう可能性に躊躇っている。

 同時に、シーマもデラーズは撃てない。まだデラーズを始末するところまでは、シーマは腹を据えきれていない。そしてシーマが明らかに、撃つ、という行為自体を躊躇っているのも分かる。モビルスーツは撃てても人を直接撃つのは躊躇う女なのかもしれない。それに、撃ってしまえば、カリウスもまた、撃つ。

 結局、誰も自分を、撃てはしないのだ。

「……さっきの撤退命令で血が上ったかい、軍曹。いいからとっとと引き下がって、ドムにでも乗って何処にでも帰りな、ここはね、お前みたいな下士官が首を突っ込む場所でも時でもないんだ」

「閣下、ご決断を。ご命令を」

 自分ごとシーマを撃て。そう命じてやっても良かった。自分を殺し、シーマも殺し、そしてグワデンまで墜とせ。そう命じる自分を考えると、デラーズはガトーに何かしらのことをしてやれる気がした。

 だがそれではカリウスもまた、死ぬかもしれない。心の傷にもなりかねない。

 それこそガトーに申し開きが出来ない。

「カリウス軍曹。命令だ。ガトーに必ず伝えよ。あのコロニーはジャブローには落ちん。儂はそうせんと決めていた。それは間違いなく儂の意志で、そうしたのだと」

「……一体、何を仰っているんですか、閣下。ジャブローに落ちぬなどと」

「恐らく、それ以前に、連邦のソーラシステムがあのコロニーを焼き尽くし四散させるだろう。その後のことは、お前の思うようにせよと、そう伝えろ。儂という枷を気にする必要はもうない。自分の旗を見つけよと。その旗の下へ、ゆけと。意地を通せと」

「しかし」

「伝えたぞ。伝令は戦場で何よりも優先される」

 カリウス。こちらをずっと見ている。やはりガトーの部下は清すぎる。直視出来ないほどだ。それを直視するのも、上官の務めなのだろう。

「……すまんな、ガラハウ中佐」

 シーマにだけ聞こえるように言ってから、椅子から腰を上げた。シーマはきちんと気付いていた。気づいて動ける余地を、ちゃんと用意してやった。

「敵を討て、儂ごとにだ」

 叫び。カリウスがライフルの引き金を引いて、弾丸をばら撒いた。二発、デラーズの腹に入ってくる。上げかけた腰が、それでまた、椅子に落ちた。シーマ。逃げている。シーマを追って横薙ぎに撃った弾丸がデラーズを巻き込んだ。事前に合図していたシーマは生きている。無傷だろう。汚れ役を、最後に被せた。そのぐらいはシーマも、舌打ちぐらいで済ませるだろう。

 カリウスが駆け寄ってくる。広すぎる謁見室にいるのが、落ち着かなくなった。

 背後にある、ギレン・ザビの胸像。

 それすらも、背中にのしかかってくるようだった。

「閣下、申し訳ありません、あの女狐めを逃がしました。閣下に、当ててしまったというのに、私は」

「構わん。軍曹、お前の役目は、伝令なのだ。すぐにこのグワデンから離れ、ガトーに儂の言葉を届けよ」

「シーマ・ガラハウの命、必ずや」

「ガトーに言葉を届けたあとで、良い。そして、ガトーに従え。カリウス軍曹、最後に儂をブリッジへ。ここは、寒々しい。息も、苦しい。背中が、重い」

「手当を、すぐに。動いてはなりません」

「命令だぞ、軍曹」

 カリウスは従うしかなかった。

 司令室デッキには、人の気配がなかった。シーマが手早く、撤収させてしまっている。監禁されていた、部下がいる。総員撤退で解放しただろうか。そこまではもう、デラーズには気が配れない。

 司令官の椅子に、座った。血が、止まっていなかった。

「もうゆけ、軍曹。儂はここで、星の海を見ている。ガトーのことも、お前のことも」

 軍人である。デラーズの傷がもう手遅れなのは、撃ったときから、分かっていただろう。すぐに救護班でも呼べれば別だが、シーマに掌握された艦だ。すぐに呼べるのか、まだいるのかも、分からない。

 カリウスは諦めて、一礼して去って行った。

 ちょうど良く、死ねる。ガトーに話をせねば、という義務感をちょうど良くかき消せてほっとしている自分もいる。自分を、笑うしかない。

 三年待った。

 三年待って、こうして、グワデンの司令官として死んでいける。

 元から、死ねと命じられただけのことだった。ならば出来るだけ派手に、出来るだけ、ギレンのような真似をして、散りたかった。デラーズの旗。かつてはギレンが振っていた、旗だった。

 艦橋から星の海が見える。

 光を凝縮した、連邦の十字の旗。それも見える。黒々とした巨大なスペースコロニーの前を遮るように、まだまばらに、しかし確かに十字に交差し配置された、連邦最大の武器が輝いていた。

 だがコロニーはまだそこにあるのだ。

 何も、終わってはいない。グワデンの周囲で、戦闘の気配があった。カリウス軍曹に鼓舞されたガトーの麾下が、シーマの部下とやり合い始めているのだろう。

 ここに来て、内ゲバか。元より、同士だとも言えぬ関係だった。

 阻止限界点。

 超えた。

 もう戻ることは出来ない。

 ソーラシステムの輝きが、増してきている。あとはガトーの好きにすればいい。

 ジーク・ジオン。

 言おうとして、やめた。言いたいことを言わぬぐらいの我慢は、自分に強いた方がいい。身勝手極まりないと自覚しながら、デラーズはその言葉を飲み込んでいた。

 ふと、思いついた。苦笑がこぼれた。

「……コロニーレーザーを使わせて貰えていたらな」

 そうすればガトーによる核攻撃など、必要なかった。観艦式など、容易く蹂躙出来ていた。それを、させて貰えていたら、ギレン・ザビと同じようなことが出来ていた。同じことをしてみたかった、という思いだけが、ある。

 サイサリスを地上に留めたまま、宇宙ではコロニーレーザーを。

 そこまでは考えた。それ以上は許して貰えなかった。

 光芒。突き刺さってくる。何処の誰が撃ったかも分からない、ただの流れ弾。

 操舵もなく漂っていただけのグワデン。艦橋。爆散する。

 連邦の、旗。

 やっと、見えなくなった。

 

  二

 

 ガトーの麾下が執拗だった。

 カリウス軍曹が煽っているのもあるが、その目の前でグワデンが轟沈したのが決め手となって、容赦なく襲いかかってくる。ガトー麾下こそがデラーズ・フリートの本隊とさえ言えるのだ。シーマ艦隊だけで支えきれるとは、言い切れない。

 ガーベラテトラ。手にするのは、改良型ビームマシンガン。

 面白いほどに、容易く相手が墜ちる。ムサイ級も、ついでのように墜とせた。

 連続射出される光弾は相手を何カ所か貫き鉄屑に変え、背後に別の機体でもあれば、それごとに潰せそうな出力を持っていた。シーマの得意とする、相手の盾を奪うやり方も、全く必要ない。ただ撃てばいい。当然、立ちまわりも変わってくるが、それすらもすぐに馴れた。

 間違いなく連邦用の機体だった。素人がマニュアル片手に乗っても動かせるという、インターフェース。そして武装も整っている。

「……オサリバンめ、最初から渡せば良いものを」

 シーマが吐き捨てた。そうすれば、最初の交戦で試作一号機は、墜とせていた。そうすれば、グリーン・ワイアットとの密談を邪魔されることも、なかった。別にオサリバンとて悪意があった訳では、ないだろう。ただあの男は、自分がやれることを矮小に見せることで相手を焦らし、商談を進めるようなところがあった。

 だがそのせいで、オサリバンの立場も追い込まれるはめになっている。

 グリーン・ワイアットとの密談さえ成り立っていれば、わざわざ、一度、月に目がけてコロニーの進路を取らせることは、必要なかった。もっとすんなりと、出来レースが成立していたはずだった。コロニーすら落とす必要もなかったかもしれない。グリーン・ワイアットは全てを承知した上で、自分の派閥に有利に働くよう、盤上を整えたはずだ。

 それがご破算となっても、シーマはまだ矢を放った。アルビオン越しに、今度はコーウェンを目がけて。連邦の派閥を刺激することに腐心した。

 だがそれすらも、オサリバンに突き崩されていた。ジーン・コリニーもジャミトフ・ハイマンも、シーマ・ガラハウという女のことなど、一顧だにする価値もない。

 それでもまだシーマは足掻いた。アクシズは、ハマーン・カーンは、デラーズではなくシーマに指揮権を委譲すると合意した。それもデラーズがいればの話だ。本人が、部下に言うから、従うのだ。いきなり指揮する者が変わったからといって納得出来る者が、多いわけがない。

 殺したのは、カリウスではないか。

 それも、通らない。完全に、シーマ艦隊は、デラーズ・フリートの中で孤立して、敵と認識されていた。撤退命令も途切れている。まだ迷っている者も、グワデンの撃沈という絵を見せられれば、迷いは吹っ切れるだろう。

 この最中であれば、シーマの後ろ盾となるのは、本来はアクシズだ。アクシズが、強く停戦せよと、シーマに従えと言うべきなのだ。それならば、みな、納得する。何のための先遣艦隊かと思う。

 だが先遣艦隊を仕切るユーリー・ハスラー少将は、デラーズに同情的だった。

 アクシズにしてみれば、シーマもいなくなった方がいい。そうすればデラーズ・フリートは消滅したとして扱える。わざわざ、シーマを生かしておく理由が、アクシズにはもうないのだ。

「……さんざんにアゴでこき使っておいて、用済みとなりゃそれかい。まあ元から、期待はしてなかったがねえ」

 ここを、乗り切る。幸い、粘ればソーラシステムがもうじき照射される。

 そのあとから、連邦の持つ後続艦隊も、雪崩れ込んでくるだろう。何枚も連邦には切るカードがある。ジャミトフ・ハイマン麾下の何者かが、艦隊を率いて切り込んでくる。オサリバンがどう話を通しているかは知らないが、保身を考えれば、まだシーマを切り捨てていない。で、あれば連邦は取りあえず、シーマ麾下は狙わないはずだ。

 何としてでも、粘る。

 シーマはザンジバル級から、ありったけのモビルスーツ部隊を出させ、周囲のデラーズ・フリートに突っかけさせている。乱戦となれば、シーマの麾下は強い。それにここには、ガトーもいない。来るとしたら、カリウスが連れてくる時だろう。

 ソーラシステム。シーマの狙い通りなら最後の賭け。ガトーの駆るノイエジールが、ソーラシステムの光目がけて、凄まじい勢いで疾駆し始めている。

 あれを見れば、潰すだろう。潰さずにはいられないのだ、ガトーは。

 かつてのソロモンを焼いた光だ。一年戦争の続きという悪夢から醒めない男が、もう一度、あの悪夢を目にして、手を拱いている筈がない。

 しくじって、ソーラシステムの照射にでも巻き込まれてくれれば、手間が省ける。

 ガトーは自分を許しはすまい、とシーマは思った。デラーズが生きて虜囚にでもなっているというならともかく、もういないのだ。むしろ枷が外れたようなものだろう。しかもやる理由がガトーの私怨だというなら、尚のこと、あの男は考えずに済む。

 ソーラシステムに拘ったガトーが潰えるかどうかが、シーマの最後の賭けだった。

 前方にガトー麾下のゲルググ。四機。乱れ撃ちに撃ってくる。

 シーマは自分の額で、音を立てて何かが一瞬、光った気がした。ビームの隙間を容易く、縫って全て躱せている。間隙。馳せ違った。後方で四機がほぼ同時に爆散していた。相手は、何が起きたのかすら分かっていなかったに違いない。

 ガーベラテトラ。これほどまでの性能か、とシーマは浮き立っている。

 銃口を薙ぐように撃ち、さらに二機墜とした。

 執念深く、群がってくる。アクシズが退けと強く言わないまでも、戦況を考えれば退いてもいい頃合いだったというのに、圧力が増してくる。

 ガトーだ。ガトーがソーラシステムに向かったのを、皆、見ている。それさえなければ、もう少し、退いたかもしれない。カリウスが何を言って回ったところで、所詮は軍曹の話だ。部隊を動かすまでの力はない。

 ガトーがいるから、まだ残っているのだ。

 そしてソーラシステムを破壊すれば、後続の連邦艦隊と戦うという義も見いだせる。撤退しろとは、また、三年待てという話なのだ。これ以上は待てぬという者はガトーに、ここにいる意味を見いだせる。

 今やガトーが、デラーズ・フリートの旗であった。あのノイエジールにみな、付き従う。少なくとも、この場では。そしてシーマにとっては、この場を凌ぐことこそが、今の最重要課題なのだ。

 通信。コッセル。

「……シーマ様、艦にお戻りを。単騎では敵の勢いに呑まれかねません」

「私ゃまだやれるさ。残存するムサイ級からは総員退艦、オートパイロットのまま放棄してデコイにしな。全モビルスーツは敵一機に対して二機で当たらせろ。撃墜しなくてもいい、遠距離武装だけ無力化。ぶっ壊されちまったやつは無理せず帰投。くだらん気合でどうにかなると思わせるな。片腕が千切れてもまだやるってのがいたら、最低限でも使い物になるモビルスーツを与えろ。私のゲルググマリーネは、誰も乗るな。なんなら、ぶん投げて、そっちもデコイにしちまっていい」

 惜しんで、言っているわけでもない。デコイとして、役立つとも思えない。

 癖が、強すぎる機体だ。突然乗せても、無駄死にになりかねない。

 それもまた、癪だった。ガーベラテトラがもっと早く回ってきていれば、見込みのありそうな者に、乗せて馴れさせるということも出来ていた。この局面での追加戦力として使えないのが、腹立たしい。張り子の虎も同然の代物だった。

 見込みのありそうな者。クルトの顔が浮かんで、盛大に舌打ちをする。

「……とにかく、ザンジバル級だけでいい、先遣艦隊の位置まで移動させるんだ、退き場所だけは、絶対に確保するんだよ」

 言いたいことは言った。そんな気がする。

 いや、言い忘れたことが、ひとつ。

「コッセル。……そのザンジバル級は、今から『リリー・マルレーン』って呼びな」

「……はっ。いや、しかし……」

「私の趣味で言ってるんじゃあないんだよ、勘違いするな。少将閣下の遺言だよ。有り難く頂戴しておこうじゃないか」

 コッセルが黙った。どうでも良かった。

 せっかく、デラーズがくれた名前だ。そう名付けてみるのも悪くはない。そう、思っただけだ。そして、それどころではない今の状況に、些かでも、過剰な緊張感を解く、という意味もある。コッセルは極度に張り詰めている。

 張り詰めすぎれば、必ず、失態を犯す。

 失態を犯さなかった、というのであれば、それは結果論としての、ただの僥倖でしかないのを、シーマは誰よりも分かっている。

 時の運というものを、シーマは元から計算に入れない。デラーズとそこだけは合意できる。絶対に運に期待はしない。この手で抗えるだけ、抗っておく。そう決めていた。

 ガーベラテトラの、機動性能。改造したゲルググマリーネと比べても、桁違いだ。敵の攻撃は、容易く避けられる。たまに流れ弾が当たっても、無傷も同然だった。ガンダリウム合金の装甲。やはり、使われているのかも、しれない。お陰で、被弾するのを、それなりに、無視出来る。かつての、ゼフィランサス以上に自分が、動けているのが分かる。シーマ好みというなら、確かにオサリバンは的確にシーマの心を掴んでいる。

 最初から、こうであれば。何度でも、そう考えずには、いられない。

 ザンジバル級が、リリー・マルレーンが、この宙域から脱出して、後方に控えるアクシズ先遣艦隊に、合流する。

 さすがに、そこまでやれば、ガトー麾下も、躍起になって轟沈させようとは、思わないだろう。だが、それが今は難しい。させて貰えるかは、微妙だった。

 しかし、このまま踏ん張っても、仕方がない。リリー・マルレーンの巨体は、小回りが利かない。この乱戦ではいい的だ。

 モビルスーツ一機に、二機で当たらせている。全体として、こちらの数が少なくとも、確実に、相手の手数をまず削り落としていく。時間を稼げれば、それでいい。

「……ソーラシステム照射まで粘るんだよ、コッセル。照射のタイミングで、絶対に隙が出る。そこで後退するんだ、それまでは何としても耐えな。ヘタにビビってたら、逆にここで死んじまうよ」

「承知しました、必ずや。では、ご武運を」

 通信が切れた。

「……何がご武運だい。私ゃそんなもんに恵まれた試しがないんだよ」

 吐き捨てた。さすがに、コッセルには言わない。八つ当たりが過ぎる。

 恵まれぬ中でずっとやってきた。それが自分の生き方だった。

 だからここも、しのぐ。武運などあてにせず、しのぐ。このガーベラテトラは無傷である。故に、この宙域にあるモビルスーツでは、恐らく、最高の機体である。それだけを運と思うしかなかった。

 ソーラシステムの輝きが増していた。鏡の展開はほぼ終わっている。照射まであと何分何秒もあるまい。連邦も、暢気にはしていられなかった。地球の何処にであろうと、コロニーなど落とされては堪らないのは、間違いないのだ。

 レーダーの反応で、シーマは、ソーラシステムから意識を曲げられた。

 こちらへ、近づいてくる機体。ヴァルヴァロ。ケリィ・レズナー。月で拾った、元大尉。そして今は、少佐。自分が、引き上げてやった。だから自分のものだ、と言ってもシーマは咎められる謂れはない。

 シーマ。ガーベラテトラ。まだ複数の敵と絡み合っている。

 絡み合いながらでも、ケリィと話せる余裕が、充分にある。

 ケリィは巧く立ち回っていた。被弾せぬように、それでも手を出さない、という動きだった。墜とすより、難しいだろう。そしてケリィも、その中で会話が出来る余裕があるに違いなかった。

 通信。

「レズナー少佐。例のガンダム試作三号機ってのは、どうしたい?」

「しくじりました。ですがまだ、自分は生きています」

「なるほど。……ところで、レズナー少佐。お前は今、一体、どっちの味方だい?」

「自分に何かまだ役割があるというのでしたら、ご下命を」

 ガーベラテトラにも、ヴァルヴァロにも、まだ余裕がある。シーマが容赦なく周囲のモビルスーツを墜としていくのだ。会話をする余裕など、みるみるうちに広がっていく。

 デラーズ・フリート全体の作戦行動としては、撤退である。そして今、シーマ艦隊を狙って攻撃を仕掛けて来る、ガトー麾下の連中は、軍令違反ということになる。ましてや、友軍であるシーマ艦隊に、襲いかかっている。

 今ここにあって軍令も下命も、それほど意味はなかった。

 撤退が、アクシズから取った言質なのである。であるから、ケリィもまた、素直に撤退すればいいだけのことだった。

 周囲にいるガトーの麾下を殲滅せよ。そう命じるのは、容易かった。シーマも少しは楽になる。だが素直にそうするだろうか。軍の規律で言えば、ケリィがその命令に従わない理由を探す方が難しい。周囲で動き回っているのは、いわば反乱兵なのである。




小僧ども、更新だ。今回はエギーユ・デラーズという男が終わる。あの男を俺は徹頭徹尾「ギレンマニア」として描いた。なんでそんなにギレンが好きなのか俺にはよく分からないがな。あとシーマの額でPlaZma的なものが走っているようだが、小僧ども、騒ぐな、あれは気合の表現だ。決して他のものではないぜ。勘弁してくれ。俺はまだ斬首されたくないからな。小僧ども、あと二話だ。やつらの行方を見届けてくれ。頼んだぜ、友よ。まだまだ物足りないぜ。
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