自分にまだ役割があれば。
それを誰かに訊きたいのは、シーマの方だった。だがそれを誰にも訊けないのが上官というものだ。下の者が果たすべき役割を考え、指示する。こうしろと。ああせよと。アゴで使わなければならない。そうやって所帯の面倒を、苦労して見てやらねばならない。
周囲を、掃討した。
ヴァルヴァロは、錨の千切れた船のように漂っている。
「……月に帰れ、そう言ってやりたいところなんだがな」
「なんですと?」
「それで少しは私も格好がついたかもしれないがねえ、それはラトーラにやめてくれと言われているのでね。あの女、お前を宇宙で死なせてくれと言っていたさ。ずっと宇宙に、帰りたがっていたと。だから今度こそ、帰してやってくれと、私にな」
戦争で死ねなかったことをずっと悔いている。ケリィ・レズナーはそういう男だった。誇りや志にまみれて、死にたかったのだ。それなのに、その意志をもぎ取られた男だった。左腕ごと、根刮ぎに。
「ラトーラがそんなことを」
「そんなこととは何だ。女の意地だぞ。お前を、宇宙に放り出して捨てたのさ、あの女は。お前は捨てられただけの男だ。だから私が、拾ってやると言っているんだよ。……リリー・マルレーンの直掩に回れ。お前が帰る場所は、月ではない。あそこだ」
「承知しました。……しかし、リリー・マルレーンとは、その……ザンジバル級のことで良いのですか?」
「やかましい、私の趣味じゃあない。あのザンジバル級は、さっき、そういう名前になったんだよ。そこは私の、帰る場所でもある。しくじるなよ」
ヴァルヴァロが、リリー・マルレーン目がけて疾駆する。その背後を守って、シーマはビームマシンガンを乱射する。
連邦の、光る旗。
ソーラシステムの光は、まだ完成していない。あとほんの数十秒で、完全な光であっただろうに、未完成のままその旗は振られ、光の束が阻止限界点を超えたスペースコロニーを直撃した。
巻き込まれて、コロニーの周囲にいたデラーズ・フリートのモビルスーツ隊と艦隊が溶けて歪んでいく。太陽の表面温度にも匹敵する熱が、全てを焼き、溶かす。スペースコロニーはもうもうたる煙に包まれ、視認できなくなった。
機、であった。
リリー・マルレーンを完全に退かせるのであれば、ここが絶好の機。
全軍の指揮権はシーマに移譲されている。それがアクシズからの言質。だからアクシズ先遣艦隊まで辿り着ける位置まで退かせれば、ガトー麾下といえども攻められない。
ヴァルヴァロを駆るケリィを直掩に回している。その背後を、シーマ自らが守っている。ガトーの麾下は、今ここでは、統率する頂点を欠いた、群れに過ぎない。自分と、ケリィの二人であれば、なんということはない。
退き場所。
デラーズの誇りにも、ガトーの意地にも、付き合う心算は、毛頭ない。
ただ、ただ、退き場所を確保し、そしてまた、シーマは生き延びる。生き延びた先でも、アゴでいいように使われる、武運に恵まれぬ生き方しか、なかろうと分かっている。そんなものは、馴れたものだ。
裏切りなどと。
そんなことは、した試しがない、とシーマは誰かに言いたくなった。ただ命じられた通りのことをしただけで、それが、裏切りと呼ばれる行為だなどとは、知らなかっただけだと、怒鳴りたくもなってくる。
スペースコロニー。連邦のソーラシステムに焼かれ、四散する。
デラーズ・フリートは敗北する。観艦式での打撃など、連邦にとっては、軍閥政治の主権争いに利用される程度のものでしかない。そんなものに付き合って、命を賭そうなどと、ばかばかしいにも程がある。
私は、こうやって生きてきたのだ。
その自負がある。これからも、その自負と共に生きていく。逆境と、不運にまみれていても、シーマにも、掲げられる、目指すべき、誇りのある旗は自分にもある。それはデラーズやガトーにとっては、裏切りの繰り返しに思えるだろうが、男どもが戦場で生きてきたのと、女である自分が生きてきたのとでは、比べるべくもないのだ。
ソーラシステムの照射。完璧な照射体勢を整える前に、無理に放っている。
ガトーが、ノイエジールで突っ込んでいる。だが、それで阻めるものか。相手は、かつてソロモンを焼いた光なのだ。しかしそのシーマの読みは、他ならぬガトーによって外されることとなる。アクシズが、ガトーに下賜した、ノイエジールというモビルアーマーは、シーマの想像以上の機体であった。
ソーラシステムの、照射能力が、見る間に落ちて行く。それが分かった。
ガトーが単騎で、ソーラシステムの細かい鏡を、手当たり次第に破壊している。
ガトーという、いわば身内の、生粋のジオン。その存在に、今は運が転がっている。では何故、自分には、それがないのだ。そして、それがないのが、自分なのだとも、分かっている。
ソーラシステムに巻き込まれて、ガトーを援護しようとしていた麾下の部隊の方が、皮肉にも次々に撃墜され轟沈する。もはやリリー・マルレーンに回す戦力など、殆どガトー麾下にはない。僅かには残っていたが、シーマとケリィが、それぞれ二機で役割分担を明確にし、戦い続ける限り、防げるはずだった。
ケリィ・レズナー。
ことが終わったら、私の男にしてやろう。思うだけだ。いつだってシーマは、そういうものに、本気になれない。その癖に、そういう概念を、弄ぶ癖がある。
直接そんな、露骨なことは言わないのだ。ラトーラは自分よりも、そういうシーマの方が、相応しいと身を退いた。ラトーラには、ケリィの死に場所を、用意してはやれない。
だがここは死に場所ではない。
自分とケリィの二人がいれば、この局面すら乗り超えられる。
見事な、ものではないか。この我々二人の組み合わせは。死ぬ気がしない。ヴァルヴァロに追いすがる後続を、シーマが墜とす。直掩に回ろうと、前の道だけを確保しようとしているヴァルヴァロ。ガトー麾下も、構う必要はない、と分かるだろう。向かう先は、一応は友軍であり、今や全軍の旗艦となっている、リリー・マルレーンだ。
そして守りが堅い。
必然的に、砲火はシーマに、集中し始める。
ガーベラテトラの装甲を、アテにしても良かったが、シーマは自然に、躱し続けている。モビルスーツ乗りとしての矜持が、シーマにもある。躱せるものならば、全て躱し、そして、次々に撃ち斃していく。周囲ほぼ全ての敵が、シーマに向かって放つ攻撃を容易くいなし続け、片っ端から撃破していく。ガーベラテトラの性能はこれほどか、とシーマは驚喜した。昂揚が、額で音を鳴らし続けている。
ヴァルヴァロの前には、ガトー麾下が、ほぼ残っていない。やりあうなら、単発のメガ粒子砲一つで、充分だった。間に合う。期待を確信に変えるに、充分な動き。
そしてシーマの期待している、本当の時。来た。
スペースコロニー。爆煙の中から、姿を見せる。
なんら、変わっていなかった。ソーラシステムでも爆散させられなかった。
ガトーの、仕業。ガトーは、そのノイエジールで、連邦が、あと少しというところで、ソーラシステムによるスペースコロニー爆散の可能性を、潰していた。運。連邦に、常に転がっていた、運。それが今はジオンのエースパイロット、ソロモンの悪夢とまで称されたジオンという理念そのものの具現化に、完全なまでに、転がっていた。
コロニー落としは、完遂される。連邦最大の切り札であるソーラシステム。それが、満足な効果を発揮させて、貰えなかったのだ。
アナベル・ガトーとその愛機、ノイエジールの力で。
そしてガトーの、意地と誇りが、それに拍車をかけていた。
ガトーが負うべき代償は、完全な照射力を失ってなお、まだ充分な、光学兵器としての破壊力を有するソーラシステムの打撃が、自らに向けられること。そんなものは、ガトーは気にも留めない。そういう男だからこそ、コロニーを守り切れたのだ。
ソーラシステムの余力が、腹いせのように、ノイエジールに向けられている。
ジオンの魂の具現化。それは焼け焦がされ、融解されて破壊されていく。
これで終わりだと、そう思った。ガトーを失えば、麾下の者もまた士気を失う。ザンジバル級。リリー・マルレーン。自分が退ける場所が、そこにある。帰れる場所が、ある。
エマージェンシーコール。上からの砲撃。
自分に向けてではなかった。
シーマは自機にも、リリー・マルレーンの情報が、常に伝わるようにしている。
交戦宙域を逃れ、アクシズ先遣艦隊への合流が可能になったリリー・マルレーン。シーマを回収しようと、ガイドビーコンを、輝かせていた。
シーマは、自分が、常にジオンの中で戦い続けながら、そのたびに掴まされていた不運が、よりによってこの時に、覆せない大きさでぶつけられたと悟った。
コッセル。私に、心酔しすぎだ。だからシーマ様などと呼ばせることを、大目に見るべきではなかったのだ。コッセルではなく、ケリィが、リリー・マルレーンを預けられていたら、絶対にガイドビーコンなど出さなかっただろう。
ケリィは自分を、ガラハウ中佐ときちんと呼ぶ、部下だったのだ。
上からの、野太い光芒が長距離から、宇宙に突き立った光の柱のように伸びていた。その柱は、撤退行動に移っていたリリー・マルレーンをまともにぶち抜いている。ヴァルヴァロの直掩が間に合っていたとしても、あんな馬鹿げた火力を、どうにか出来たとは思えない。
ガンダム試作三号機デンドロビウム。
ケリィによって半壊同然とは言え、その長大なビームキャノンは健在だった。
ザンジバル級。
リリー・マルレーン。
ただ一発のその一撃で、間違いなく、轟沈するのが分かった。
帰る場所。退き場所。ただこの一撃で、全て失われた。
「……やってくれたねえ」
吐き捨てた。ソーラシステムによってコロニーが爆散していれば、その衝撃を以てして戦場は、いったんは止まる。爆散せずとも、それでも尚、撤退余地は残されていた。それを奪われた。だが、何故、ガンダム試作三号機が単機で突出し、リリー・マルレーンを叩き壊したというのだ。理由が、分からない。単に、隙だらけだったからか。ガイドビーコンをここで出すようなへまにつけ込まれたのか。
最初の、交戦か。
リリー・マルレーン一艦で、交戦した。あの時からアルビオンにいる連中は揃いも揃って、シーマの旗艦を無条件に敵だと認識しているのか。グリーン・ワイアットの時も、漠然と索敵していたのではなく、はっきりとシーマのリリー・マルレーンだけを探していたのではないのか。
だが、だからといって。この状況でまだ、執拗に狙うほどのことか。
あの時、素直にガトーに、先鋒を譲っていれば。虚しい、仮定だった。
何処の誰だか知らんが、お前はどっちの、誰の敵なのだ。
歯がみを振り払うように、叫んでいた。
ガトーも、その麾下も、どうでも良くなった。
あれほどまでに墜とせなかった、ガンダム。今ならば、墜とせる。このガーベラテトラはシーマの手足となって戦い続けている。もはやこの機体がガンダム試作機の幾つ目かなどと、微塵も気にしてはいなかった。
「……仕留めてやろうかい、今度こそ」
ガーベラテトラを、デンドロビウムに向けた。シュツルムブースターを全開にする。シーマですら圧倒される反動が襲ってくるが、距離はみるみる縮んでいく。推進剤全てをここで使い切る気でいた。
加速しながらの、ビームマシンガンの連射。当たる。当たる傍から、デンドロビウムが破壊されていく。気分が良かった。これこそが戦いだった。当てているのに通じないなど、許されていい話ではない。今は、きちんと、命中した攻撃が相手を破壊できている。
墜としてやる。それしか、頭になかった。
それ以外のことは考えの埒外にあった。
ケリィにやられたであろうダメージが見て取れる。赤い棘が一本、刺さったままだった。プラズマリーダーを仕掛けたらしい。ではあのコンテナもそうそう、中身は使い物になるまい。ならばあとは、押しまくればいい。
長大なビームキャノン。たった一つだけ残っている、最後の槍だった。
その槍が、こちらに向けられている。真っ正直にまっすぐに、こちらに。当たるものか。私を、舐めすぎだぞ。推進剤。残り全部がなくなっていくのが、分かる。そして、槍を目掛けて自ら猛加速していく。ガーベラテトラを全力で加速させ、その勢いのまま懐に入ろうとする。至近距離での連射ならば、どれだけ装甲に定評のあるガンダムだろうと、宇宙の屑に変えてやれる。
デンドロビウムに残された最後の兵装。長大なビームキャノンの銃口。そこから放たれるであろう野太い光すらが、ゆっくりと見える。
容易く、躱せる。そんなものを、このガーベラテトラが躱せないわけがないという確信が、シーマの、モビルスーツ乗りとしての矜持が、音を立てて、また額で一瞬、走る。
同時に背筋が緊張した。だが相手の動きなど、酷く緩慢で単純にしか見えない。
回避行動など大袈裟にする必要は無い。すり抜けて、懐へ。モビルスーツ乗りとして中佐にまで上がった、自分。舐めるなよ、とまた呟きかけた。このガーベラテトラを、舐めるなよ。そう呟きかけていた。
回避行動。阻害された。
横合いからの、打撃。やはり機体に対するダメージはない。それはどうでもいい。
動きを、阻まれていた。
ドム。ジャイアント・バズ。ガトー麾下。直属の、部下。
カリウス。
虎視眈々と機会を狙っていたのか。デラーズを殺し、そして、自分も殺すのか。
自身ではとどめを刺さず、死地に押しやるような形でか。
「……大したエースパイロットぶりじゃないか、軍曹」
ジャイアント・バズの一撃を横合いから受けて、動けなかった。
あの背筋に走った緊張を、もっと、深く受け止めるべきだったか。
退くべき、退ける場所。もうそれはない。シーマにも最早、行くべき場所も帰るべき場所もない。こうやって、ここでまたしても、不運を拾う。仕方がなかった。それが結局、自分の運命なのだ。抗おうと、ずっと、やってきた。抗えていると、思っていた。
だが結局は、こうなのだ。
自分は、負けたのだ。
最初から、ずっと負け続けていたのかもしれないと、そうシーマは思った。
猛烈に加速したままのガーベラテトラは、デンドロビウムの、長大なビームキャノンの銃口に自らぶち当たった。
長大な、槍のような、ビームキャノン。
ガーベラテトラの体当たりでそれはへし折ってやった。それは、奪えた。リリー・マルレーンを墜とし、今、自分をも殺す、その槍を。
ガンダリウム合金の鎧は健在だが、中にいるシーマの体が、保たなかった。
シーマは、自分の体が、完全に毀れるのが分かった。
ガーベラテトラの四肢は、その衝撃で引きちぎれた。
ゼフィランサスの左腕を、思い出した。
千切ってやった。どんな装甲でも、巡り合わせのようなもので、それは毀れるのだ。
今は、そんな巡り合わせはなかった、というだけだ。そしていつでも、自分はそうだったではないか。
自分に転がる運など、たかが、左腕一本分を毀せるていどに過ぎない。
ビームキャノンが折れるよりも先に、その銃口が光を放っていたのも分かっている。ゼロ距離での、ビームキャノン。ビームライフルよりも遙かに強大な、光の槍。
シーマの思考が白く染まると同時に、ガーベラテトラは木っ端微塵となって四裂し、そして、原形もとどめぬ星の屑となって砕け散っていった。
三
凪いでいた。
連邦のソーラシステムに競り勝った。際どいところで、コントロール艦の破壊に成功していた。爆煙の中で健在を保っていたコロニーが、正面に展開していた連邦軍そのものを破壊しながら落下していく。
カリウスが何か言っていたような気がする。ガトーは、あまり、覚えていない。
伝令など、今は、どうでも良かった。思考に一筋の汚れでも濁りでもあれば、ソーラシステムの破壊には成功できていない。その後も、ノイエジールが動く限り、周囲の連邦軍を掃討し、撤退させている。コロニーの存在そのものが、コロニーがそこにあるのだという状況が、ガトーの武器として機能していた。ソーラシステムで爆散出来ると考えていた連邦軍は、完全に算を乱していた。ノイエジールで突き崩すなど、訳もない。
そのソーラシステムの照射はノイエジールにも影響していたが、機体は耐えていた。損害の多くの部分は装甲の溶解や剥落で、機動性能自体には、それほど影響はない。
ジオンの魂。その具現化。ソーラシステムなどに蹂躙されていいわけがなかった。
凪の宙域で、コロニーは誰にも止められず、全てを押し倒し蹴散らしながら落ちて行く。落着する、その先。
思い出した。
ノイエジールでコロニーに、取り付いた。まだやることが残っている。
南米ジャブロー基地ではなく、北米の穀倉地帯に落とす。それだけは、ガトーは、どうしても納得がいかなかった。それでは、ガトーの誇りが立ちゆかなかった。デラーズの考えも、分かる。だが自分は、分かる、などといって納得してはならないのだ。恐らくデラーズも、そう思っていただろう。だから、自分には、教えなかったのだ。
地球を飢えさせるために、戦っていたのではない。
軍人でもない相手を殺したくて、戦っていたのでは、決してない。
それが巨視的な戦略上、どれほどの意味があろうと、ガトーには得心出来ない。
デラーズともう一度、話がしたかった。その余裕は、今は、ない。
ノイエジールで、コロニーのエアダクトを破壊し、穴を開けた。機体を固定してからコクピットを開け、ノーマルスーツで外に出て、その穴から、内部へと滑り込んでいく。元より無人だが、戦闘に晒された余波で内部は、破壊された部品が散乱し、自律回転を止めたせいで疑似重力をほぼ失い、無重力に近くなっている。その内部に漂った。
メインコントロールルームへと向かう。
コロニーの推進剤。まだ充分に残っている筈だった。コロニーは宇宙で常に、推進剤による微調整を強いられる。月面からの離脱で使ったメインジェットほどに、派手でなくてもいい。地球には、落とすのだから。
コントロールルームは生きていた。電力も、通じている。ここは無人であっても常に稼働している。それでも、致命的ではなかったとは言え、ソーラシステム照射の直撃を浴びてまだ稼働しているのは、僥倖だったと言っていい。
空調も生きている。ヘルメットを外し、首の後ろにぶら下げた。
そうすると、一気に疲労が押し寄せてくる。膝を折り、座り込みたくなるのを耐えた。そうやってしまうと、ほんの数分、休んだ心算で一時間が過ぎていたりする。そういう疲労だった。今はまだ、自分を、途切れさせるわけにはいかなかった。
手癖のように、銃を持って来ていた。誰を撃つというのだ。そう思っても、手は自然に、銃を携行していた。それを、コンソールパネルの横に置く。両手の指で、パネルを操作する。
コロニーの落着予定地点。やはり北米だった。
修正軌道を算出し、必要な予備ジェットを確認し、自動操作でやれるかどうかを、まず確認する。手間は、かかった。余りこの手のことは、ガトーは向いていない。かつて月に潜んでいたときに、傍に置いていた女は、この手のことが器用だった。
アナハイム社の、開発チームにいたという女だ。よく、モビルスーツのことを話していた。好きなのだろう、と喋らせていたが、ろくに聞いてはいなかった。モビルスーツを乗り継いでいたから、エースパイロットとしての自分に、興味を持ったのだろう。しかしガトーはそのころ、エースパイロットでも、なんでもなかった。ただ、月に雌伏していただけだった。だから、煩わしくなって、捨てた。それも気遣いで、そんな話をしていたのかもしれなかったが、触られたくないところに、触られている。そういう不快感が、どうしても消えなかった。
突然、そんなことを思い出していた。
足音。ガトーは銃に手を伸ばし、身構えた。
アサルトライフルの銃口がこちらを既に向いている。躱すのは、間に合わない。
それでも撃たれはしなかった。
「……カリウスか。どうなっている、デラーズ閣下は。シーマ・ガラハウは」
「亡くなられました」
「閣下が? シーマ・ガラハウもか?」
「どちらも、自分が。どちらもです。自分は、あの女狐を撃とうとしたのに、閣下が、逃がしたようにしか、見えませんでした。撃つべきはむしろ自分なのだと、そう、仰っているようにしか、思えませんでした」
デラーズの死。ソーラシステムに突っ込む前に、カリウスが報せてきたのは、それだっただろうか。何を、伝えられたのか、まるで思い出せない。ただ、ケリィの言葉は、覚えている。コロニーの落着地点。
だから、ガトーはここにいるのだ。
小僧ども、更新だ。今回はシーマ・ガラハウという女の顛末になる。この物語では苦労をさせてしまったな。とことん運のない女、しかし異常に面倒見がいい女として書いた。初恋から蹴躓いている女だ。この女の最大の不運は、ガーベラテトラという機体を最初に供与して貰えなかったことで、或いは中途半端なタイミングで供与されたことに尽きる。最初からなら、或いは乗り馴れているゲルググマリーネのままであったなら、変化があるのは自分だと気がつけただろう。そのように書いた。そして次の話は漸く、最終回となる。俺の物語も、終わる。小僧ども、そろそろ物足りてきたぜ。