残光の旗   作:∀キタカタ

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幻旗はるかなり(4)(完)

 アサルトライフルの銃口は逸れようとしない。同じくヘルメットが外れている、カリウスの顔。乾いた返り血で、酷く汚れているのが今頃分かった。白兵戦を繰り広げてきたという顔だった。それは敵の返り血には違いなかったが、カリウスの心が流している血なのだとも、ガトーは思った。既に乾いていても、それは一度は、心の傷から流した血には違いなかった。

「ガトー少佐、ノイエジールにお戻りください。お願いします。自分と二人で、このまま、アクシズへ」

「ふざけたことを言うな、カリウス。このコロニーは穀倉地帯に落ちるのだぞ。三年待ったのだ。もはや決戦しかあるまい。それが兵糧攻めのような戦を仕掛けるというのか? しかも相手は、軍人ではなくなるのだぞ、そんなことで我々の義が立つとでも思っているのか?」

「デラーズ閣下は、そうお考えでした。自分も、少し前までは少佐と同じでした。しかし、自分は、そのデラーズ閣下を撃ってしまったのです。ここに来るまでに、自分の背中には、デラーズ・フリート全員の亡霊が貼り付いたようになっていました」

「……ジャブローに進路を向ける。そう言ったら、撃つのか、カリウス」

「撃ちます」

「貴様は、そこに大義が見いだせるのか? 背中に亡霊が貼り付いただと? 何という、言い草だ。貴様は礼節すら忘れたのか。何人が散ったと思う? なにゆえに命を賭けたと思う? これが決戦であると思ったからだ。だからこそ、どこでどう命が潰えても構わぬ、そう信じて戦っていたのだ。それを、穀倉地帯だと? では最初から穀倉地帯に、核弾頭を撃ち込めば良かっただけではないか。違うか、カリウス軍曹。少佐である私に、何か意見具申できるというなら、発言を許す。言ってみろ」

「……それは、デラーズ閣下への抗命ではないのですか」

「今度は、閣下だと。それが一人前の男の台詞か、カリウス?」

「自分は、デラーズ閣下の志を継ぎます。それが自分の、責任です。大局的にものを見ろ。少佐がいつも教えてくれた、お言葉でもあります」

「……利いた風なことを。貴様は、苦しくなって、他人の旗に逃げ込もうとしているだけの、ただの弱兵ではないか。旗色の良い方に向かいたい、と言うだけの男が、言うに事欠いて、なにが、大局だ」

「本当に撃ちますよ、少佐」

「撃ってから、言え」

 跳んだ。ライフルの銃弾。まばらに、追ってくる。カリウスに躊躇いがあっただけ、飛び退くことはできた。だがそれは初撃を躱したと言うだけに過ぎない。何より、コンソールパネルから、引き離された。

 カリウスが入れ替わりに、パネルに取り付いた。

 そのまま居座られれば、進路を変更させることは出来ない。手の中の銃。それで、部下を、撃つのか。

 部下に撃たれる分には、見逃してやることも出来る。

 撃たれた自分に咎があると、反省も出来る。

 だが、上官が、部下を撃つのか。

 右の脇腹から、不快感が広がってくる。痛みでもなく、そして怒りすらなく、ただ、不快なだけだった。一発、当てられている。どの程度の傷なのかも、よく分からない。ただ、すぐに死ぬような深手ではない。

 カリウスを撃ち殺し、パネルを奪い、コロニーの進路を変え、ジャブローに。

 虚しさが湧き上がってきた。

 何のための、三年だったのだ。こんな場所でこうして、最も信頼していた部下と銃を向け合い、殺そうとする、そんなことのための、三年だったのか。

「……閣下は、何か仰っておられたか。お前に伝えられた気がするが、忘れてしまった。もう一度教えてくれ、カリウス」

「自分の旗を見つけろと。意地を通せと」

「それだけか。そしてお前が見つけた旗は、閣下と同じものか」

「自分にも少佐にも足りなかったものを、閣下は持っておられたのです。それが失われた以上、閣下の遺志を、いや意地を継ぐことこそが」

「聞いちゃいられねえな、カリウス。やめちまえよ、もう」

 横からの声にカリウスが反応し、銃口をそちらに向けた。すかさずガトーの銃から吐き出された弾が、アサルトライフルの銃身を見事に叩いていた。

 ケリィが、横から、カリウスに飛びついて、銃身を片腕で抱え込み、そのまま力ずくで取り上げている。引き離されたカリウスが、咄嗟に、パネルに手を伸ばした。セキュリティロックをかけている。

 器用な奴だ、とガトーはそう思った。

 カリウスの操作で、コロニーの軌道修正が面倒になった。出来なくはないが、ロックを破る一手間が追加された。

 パネルにしがみ付いていたカリウスは、ケリィに投げ飛ばされている。

 片腕で、よくやる。またガトーはそう思った。

 一人だけ、妙に、乖離しかけていた。疲労の極みがやってきている。現実ではなく夢を見せられているような浮遊感があり、何処かそれは居心地が良かった。その夢の中で、ケリィが怒鳴り散らしている。

「……カリウス、さっきから聞いてたが、デラーズ閣下をグワデンごと撃墜したのはお前か? ガラハウ中佐を仕留めたビームキャノンを撃ったのは、お前なのか? 閣下も中佐も、横から押されて、死んだようなものだ。さも、お前が首を取った風に述べるな。ガトーを、真っ正面から撃てもせんやつなのだ、お前は」

「……しかし、自分は」

「だからもう、やめちまえと言っている。さっさと、アクシズに退け。お前にどうこうできる男なものか、ガトーが。どれだけの人間が、世話をしようと思ったかわからん。何が出来ると思ったのだ、お前は。諦めて、一人で生き延びろ。好きな場所で好きな旗を振っていれば、いいだろう。それとも、一人では、何も分からんか」

「もういい、ケリィ」

 ガトーは銃を下ろしていた。カリウスの、汚れた顔を見る。

 意地。誇り。志。何一つ自分の中からは、出て来ないという顔だった。デラーズを撃ったという、その負い目が、カリウスを困惑させている。戦場でも、迂闊な真似をしたあとに、反省するよりも思い切ったことをして、帳尻を合わせたがるところがカリウスにはあった。部下としてなら、それでも良かった。

「……デラーズ閣下の旗は、もうどこに、はためいているのか、分からん。分かるというなら、カリウス。お前が、追え。そして私は、もうお前を部下だとは思っていない。お前も、私を上官だと思わなくていい」

「閣下も、そう仰っておりましたよ。自分をもう枷にするなと」

 カリウスは、それだけを言って立ち上がり、ガトーとケリィを見た。一礼もせず、去って行った。一礼もせず去って行くカリウスを見るのは、初めてだった。

「……何故ここにいる、ケリィ?」

「行くところが、なくなったからな。お前と一緒にいてもいいかと思った」

「月に、帰ればいいではないか」

「女に、捨てられたらしくてな、気付かなかったが。だから月は俺の帰る場所じゃない。ガトー。新しく旗でも振ろうってんなら、俺が最初に従ってやったっていい。ここから、何が出来るってのか、見当も付かんが」

「コロニーの軌道修正も、私には無理だ。ロックを外せるほど、ものを知らん」

「俺なら、やれるかもしれん。そう頼むなら、そうしてやったっていい」

 コロニーの落着予想ポイント。ジャブローではない。軍事施設でも何でもない。ただの穀倉地帯。ガトーにも、おそらくケリィにも、それは納得のいかない戦略であった。軍人でもない連中を殺すことになる。だがその逡巡もまた、欺瞞のような気がした。

 居場所がない。この戦略をもって決着とするなら、ガトーにもケリィにも、そこには居場所というものが存在しないのだ。ただ、それだけが、癪なだけなのかもしれない。

「……よそう。このまま、放っておくべきだな。これがデラーズ閣下のやりたかったことなのだから。我々がやりたいかどうか、口を挟むようなことではない。邪魔するべきでもない。ましてやもう、閣下は戦死なされているのだから。我々が出しゃばらずとも、閣下のあとに続くものはいるだろう」

「たとえば、カリウスとかな」

「見込みのあるやつだ。大局的にものを見ようとしている。雲外蒼天の兆しもあろう」

「いつか本当に見られれば、いいんだがな。……それで? その傷は、死ぬ傷か?」

「いや。弾は抜けているが、そもそも腹の中までほじくられた訳ではない」

「では、また何かやって、別で死ぬのか、ガトー?」

「どうするかな。外は、どうなのだ? まだいるのか、ガンダムは」

「いるよ。あいつが、シーマ艦隊を一人で壊滅させたようなもんさ。もっとも、身内同士でやりあってたんだ、数で劣ってたんだから遅かれ早かれだっただろうが。お前の身内もそうは残っちゃいない。カリウスの奴だって、今から出て、アクシズの先遣艦隊に拾って貰えているかどうか、怪しいもんだ」

「負け戦かな。これは」

「俺たちはな。デラーズ閣下は、勝ちだろうさ。現にコロニーは、ここにあるのだから」

「……この戦で、我々の側に勝利者などいると思うか、ケリィ?」

「俺の本音で良ければ、勝利者などいないとしか言い様がないな」

 ガトーはノーマルスーツの上から、銃創に手当を始めている。

 応急処置そのものではあったが、今、動けるようになればそれで良い。

 コロニーの微振動が、少しずつ、大きくなっていく。このまま、コロニーと運命を共にするのが、恐らく、一番、楽なのだろう。それは、したくなかった。ここは、息が詰まる。閉じ込められているようだ。

 三年、閉じ込められていたのだ。最後ぐらい、宇宙に出たい。

「ではせめて、ガンダムだけでも墜としておくか」

「放っておいてやれよ。ガラハウ中佐が、あのばかげた鎧は剥いでから死んだ。何処が違うんだか一見分からない、ガンダムみたいなもの、が単騎でいるだけさ。ウラキまで巻き込んで死んだんじゃ、後味が悪い。わざわざ、俺に言葉を届けに、単騎で乗りこんでくるような小僧だぞ。軍人になんぞ、そもそも向いちゃいないんだ、ありゃ」

「……最後まで揺らがぬ義が、あったのだろうか、あのウラキには」

「どうだかな。青臭さじゃこっちも負けちゃいないと思ったが、本当に若い相手じゃ分が悪い。全く、三年ぶりに、また負け戦とはな」

「三年前は、はっきり負けたわけではあるまい、ケリィ。戦線を一時離脱しただけだ」

「お前は、待機命令に従っただけだしな、ガトー」

「お互い、何も終わっていなかったのだな」

「終わらせるなら、俺も連れて行け。帰る場所はどのみち、ないからな」

「そうするか。他のものの帰り道ぐらいは、造ってやろう」

 ガトーはケリィに支えられるようにして、揺れるコロニーの中を移動した。

 ヘルメットを被り直すと、また意識が、引き締まってきた。傷の痛みも、失血の眩暈も、ガトーは感じなくなってしまう。

「……そういえば、ここに来るまでに、ウラキが言っていたのだがな。あの試作ガンダム三号機の開発責任者、女だったそうだ」

「男も女も、関係あるか」

「連邦の士官に撃たれて亡くなったらしい」

「……軍人が、民間人を撃ったのか」

「ウラキは、怒っていたよ。俺にしつこく、そんなことばかり、通信で」

「懐かれているな、そういうのは苦手かと思っていたが」

「苦手だよ。あいつは、怒っていたからな。小僧の怒りっての、どうにも、ぶつけられると据わりが悪くなってくる。……なあ、俺たちは、殺す相手が軍人か民間人かに取りあえず拘っているだけで、やる必要があるというなら、撃ってしまうだろう。戦争なんだからな。当たり前の話さ。だがあいつは、ウラキは結局、そもそも戦争なんかしたくないって小僧なのさ。メカニックかテストパイロットにでもなればいいものを」

 コロニーの落ちる先がジャブローならば納得する。そういう自分が、そもそもおかしいのだと、ガトーは責められているような気がした。だがそれは、青臭いのも確かだ。小僧の戯言なのだとも、ガトーは思った。

 だが、そういう小僧だというなら、最後の最後で巻き込むのも、確かに気が引けた。

 コロニーから出た。ノイエジールの横にヴァルヴァロ。

 どちらの機体も、歪んで、壊れ、焼け落ちている。

 それでも、まだ充分に戦える。

 コクピットに入りレーダーで周囲の状況を確認する。ガトー麾下のデラーズ・フリート残存兵力がまだ、宙域に展開している。

 残存、と呼ぶに相応しかった。

 連邦側の、網が閉じられつつある。

 アクシズ先遣艦隊は、向こうから迎えに来ることは許されていない。所詮は、先遣艦隊だ、アクシズの本隊ではない。連邦がその気になれば、幾らでも叩けるていどの数でしかなかった。

 デラーズ・フリートの全て、シーマ艦隊も交えての全ての戦力が残っていれば。

 それは、撤退命令が出されたタイミングでのことだった。

 あそこで撤退、と言われた時点で、撤退しなかったのだ。撤退を肯んじることがどうしても出来なかった者だけが、ここにこうして、残存している。そして、目指すべき旗は、導いてくれるであろう大義も、志も、どこにも見えはしない。

 あるのは、誇りだけだった。

 降伏はしないという、誇り。

 キンバライド基地でも、ノイエン・ビッターは同じことを言った。ガトーもやはり、同じことを言う。ノイエンが、隣にいるような気がした。自分が何をするのかを、見ているのだ。何を言うのかを、聞いているのだ。

 何も心配することはないと、言ってやりたかった。

 かつてソロモンでも、ア・バオア・クーでも、ガトーは降伏しようなどと、一度たりとも思わなかった。だから今も、思うことはない。

「麾下全軍に告ぐ」

 言葉を発した。

 導けるのか。導いて、やれるのか。

 この場だけでも、自分は、旗となってやれるのか。

「私とレズナー少佐が、道を開く。全軍、まっしぐらにアクシズを目指せ。敵を斃そうなどとは、思うな。それは私とレズナー少佐の役目だ」

 連邦艦隊。

 アクシズ先遣艦隊との間に、既に展開している。

 容易く、ぶち破ってやろう。

 そう思った。三年前にも、そう思った。今も、そう思っている。

 麾下全軍が、移動を始めていた。自分とケリィが、轡を並べて、先駆している。無数の光が連邦から放たれ、それを掻い潜る。手当たり次第に、墜としていく。ノイエジールの動き。やはり悪い。躱せたはずの攻撃を、何度もくらっている。

 後ろに、部下たちがいる。少佐としての、枷。責任。軍人としての、自分。

 全てどうでもよくなった。ただ前にいる敵を、連邦を砕く。根限り、砕く。

 通信。ヴァルヴァロ。

「そういえば、言ってなかったな、ガトー。誘ってくれて、ありがたく思っている。俺の帰る場所は結局、宇宙しか、なかったのだからな」

「世話を焼かせてくれるものだな、ケリィ」

「お前、そういうことを言うのか、おい」

 ミサイル。躱せたが、躱せなかった。ノイエジールが、追従できていない。いや、カリウスに撃たれた傷も、自分の動きを邪魔しているのか。

 ヴァルヴァロ。そこに、割って入ってきた。そのヴァルヴァロが爆煙に包まれて、見えなくなった。どうなったのか、ガトーは気にしなかった。ただ、前へと、突き抜けていく。連邦の包囲。絶対に、突き抜けられる。

 そこに道を開く。

 ガトーの掲げる旗。

 ガトーが目指すべき、旗。何処かに、ある。あるはずだった。捜そうとした。この包囲を突き抜けたその先に、それはあるのだろうか。いや今も、既に心の中にある。それは言葉にするだけで、自分に、旗を見せてくれる。

「ジーク・ジオン」

 言葉。叫んでいた。ノイエジールを、自分を貫いてくる、無数の、光芒。

 星の光。彼方に、輝いている。

 遠くなり、幻のように消えた。




残光の旗:完
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