残光の旗   作:∀キタカタ

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燎原の陽(2)

 そのまま、躊躇いもなくコクピットに乗りこんでから、ハッチを閉じてやった。外で慌てたように何か言っているようだが、まるで聞き取れない。聞き取ってやる気も、ガトーにはなかった。

 事前のマニュアル学習も、一通り目を通した、というだけだったが、機体を動かすのに何の支障もなかった。造りにそれほど変わりはないのもあるが、それ以上にインターフェイスが直感で理解出来る。ジオンのモビルスーツは、新しい機体に乗ると一瞬、戸惑いがある。考える時間が出来てしまう。

 連邦のモビルスーツがどれだけ優れているかは、火力や装甲、機動性ではなく、この分かりやすさにあるのだ。戦場で迷いを起こさせないだけの直感操作が可能な点。

 だからジオンでは、いつまでもザクやグフに乗る者が多かった。仮にドムであれば、最初から最後までドムだけに乗っていた者が多かった。性能面では全てが上回るはずのゲルググをあれほど実戦配備したというのに、無駄だったのではないかとガトーはたまに思う。

 ザクならば避けられたビームが、下手にゲルググだったから避けられなかった。そういうことはないだろうか。

 ガトーですらもたついたことはある。やはりジオンのモビルスーツは癖が強すぎるのだろう。メカニックにはたまらぬ玩具かも知れないが、乗る方の身になれば、喩え、幾ら飾りだと言われても手足は着いていて貰わなければ勝手が違う。人の形に拘らないモビルアーマーだというならいざしらず、モビルスーツは手足がある人の形をしているから操作が直感的に可能なのだ。

 サイサリスの起動は重苦しかったが、トルクはよく出ていた。

 鈍重極まりない巨体はカタログデータからしても地上で運用するなど正気とは思えなかったが、それなりの出力はきちんとストレスなく確保されている。

 見る間に、機体の温度が上昇していく。

 巨大な盾。機体全面が隠れてしまうほど大きく分厚い盾から放熱させている。ドック内の気温は一気に上昇しただろう。カタログ上からもこの「盾」が冷却を兼ねることをガトーは知ってはいたが、本体との連結部分の少なさは笑ってしまうほどだ。盾自体の熱すら、上昇している。

「……そこから降りなさい、今ならまだ……!」

 通信で入る女の声。その繰り言が、今度は煩わしかった。爪を立てられているような苛立ちがあった。何故かは、やはり分からない。

 どのみちガトーは軍人の叱責でなければ聞く耳を持たない。

 腰から、ビームサーベルを引き抜き容赦なく展開させた。ドック内の気温。まだ上がっていく。

 この機体と、核弾頭。頂いていく。それだけだ。

 このアナベル・ガトーはこそこそと盗みはしないのだ。正面から強奪していく。

「……ジーク・ジオン」

 それだけ言うと、相手は黙った。察しただろう。

 自分がジオンの者だとすら察していなかったかもしれない。それとももう、そんな連中がいたことすら、忘れてしまっているのか。だからこれほどまで、ここは手薄なのか。

 ジーク・ジオンのかけ声さえあれば、ガトーは何も考えずに済む。そして聞いている相手も、すぐに察するだろう。

 音。火。爆ぜている。

 トリントン基地に向けて、外から砲撃が加えられた衝撃が伝わって来る。

 何の合図もなく、ぴったりのタイミングでだ。オービルからの連絡ぐらいはあっただろうが、細かい阿吽の呼吸は、互いの動きをきちんと想定してなければやれない。

 満足感がある。勿論、こちらが奪取に手間取った場合、その手助けにもなったという、そういう見事なタイミングであった。

 ビームサーベルでドックの壁を切り裂き、外に出た。

 既に一面、何処を見ても爆音と火で占められている。上出来であった。緩みきっていたトリントン基地が緊張の頂点を迎えつつあることがガトーの肌に伝わって来る。貴様らも模擬戦ばかりでは、面白くもなかろう。そうガトーは思った。

 砲撃はあくまで支援であって、それだけでトリントン基地、全面を制圧できるものではない、とガトーは思っていた。

 トリントン基地の外壁には、配置したザメルが砲撃を加え破壊している筈だ。680mmカノン砲を装備している。基地の外壁がどれほどのものかまで、こちらには漏れていた。下手をすれば一撃で破壊できる代物だった。

 そこから、脱出する手筈になっている。

 その位置にはドム・トローペンも一機、配置してある。ザメルが外壁を簡単に破壊できればよし、手こずるようならドムのジャイアント・バズも使って破壊する。穴が開けば、そこからドム・トローペンは侵入しガトーの支援に回り、サイサリスに群がってくるであろう連邦を横合いから叩き攪乱する。

 基地の中は既に、半壊したような騒ぎになっている。

 逃走用として沖合に待機しているユーコン潜水艦からは、基地全面に砲撃を加えて貰っていた。ろくに、迎撃も出来ず落着させている。本当にここは基地なのか、と疑わしくなるほどだった。兵站のみの仮拠点だとて、ここまで緩くはない。

 ドム・トローペンの配置は無駄だったか、と笑った。もう一機用意出来ると言われていたが、パイロットが自分の部下ではないのを理由に固辞した。連れてきていたら、本当にトリントン基地を壊滅させるか、木馬型の轟沈ぐらいは望めた可能性すらある。

 混乱の最中、ゲイリーの駆るドム・トローペンが滑りながら接敵し、模擬戦でなぶられていた、連邦に鹵獲されたと思しきザク一機を容易く両断しているのが目に入る。

 やらねば、自分がやっていた、とガトーは思った。

 その分、足を止められただろう、とも思った。部下達は、自分の気持ちをきちんと分かってくれている。無駄足を踏ませるような真似はしない。

「……ゲイリー、見事だが少し熱いぞ」

 通信。繋がっている。連邦の周波数に合わせているゲイリーの声。

「見るにしのびませんでしたのでね、あんな色のザクは」 

「あまり執着するな、今から、撤退する。素早くな」

「そのデカブツ、思った以上です。機動性能に問題はありませんか?」

「あるまいと期待している。そういうところは、連邦は器用であろう」

 問題はない。ガトーはそう思った。

 この巨大な機体を、連邦は、重さも感じさせぬような出力を配置して、機動可能にしてあるに違いなかった。試さずとも分かることはある。それが分かるから、ガトーはエースパイロットとして生きてこられたのだ。

 爆煙。

 何かが動いた。大きな、影。人の形。

 大袈裟な動きで空中から、目の前に降り立った、人の形。

 ガンダム。そういえば、もう一機いたな、とガトーは思った。

 モニターに映るそれは一年戦争の時の白い悪魔と似ていた。恐らく、自分の駆るサイサリスよりもよっぽど似ているだろうとも思った。

 試作一号機ゼフィランサス。

 そしてそれがガンダムであることに間違いはない。

 一年戦争ではついぞ、矛を交えることのなかった相手。あのときのガトーが覚えていた歯がゆさが、少しだけ、薄れていく。

「……漸く会えたな」

 そう言っていた。ゼフィランサスは肩からビームサーベルを抜き、展開している。だがガトーは何ら圧力を感じなかった。誰が乗っているのかなどは、知らない。だが目の前のゼフィランサスの動きが、士官学校上がりの小僧じみて視えた。そういう相手に先ほど、声をかけたのを、思い出している。

 あれから寝なかったのか。そして自ら、前線か。鼻で笑った。

 これは会いたかったガンダムではないのだ、とガトーは思った。

「邪魔をするな、小僧」

 ビームサーベルの一閃で叩き付けるように、殴った。斬り合う、という気持ちでもなかった、纏わり付いてくる小僧を払いのける。そんな気持ちだった。

 受けとめられたときに、小癪な、とガトーは思った。

 鍔迫り合い。弾き飛ばす。バーニア。跳躍。蹴り飛ばし、そしてのし斃した。

 イオンとミノフスキー粒子の匂いがする。宇宙では感じないものが、漂ってきて、感じられる。不快だった。

 ゼフィランサスはまだ食い下がってきていた。生意気な新兵が食ってかかってきた、としかガトーは思わなかった。調練ならば、相手が反吐を吐いて死ぬまで付き合ってやってもいい。だが作戦行動中だった。

 連邦の通信チャンネルのままだ。

 敵の通信が筒抜けだった。

 相手のパイロット。ウラキ。コウ・ウラキ少尉。

 少尉か、とガトーは笑う。戦も知らぬ小僧が、少尉とは笑わせる。ましてや、モビルスーツパイロットとして自分の前に立ち塞がるなど。

「……小僧。名があるのかも知れんが、私にとってお前は、ただの小僧だ。未熟に過ぎる、小僧なのだ」

 実戦だった。未熟な小僧に付き合う義理は、何もない。

 飛来した支援砲火に合わせて、ガトーはサイサリスのバーニアを全て開放し基地から離脱する。まるでそのバーニアに直接焼かれたかのように、砲撃が再びトリントン基地に火を放った。

 ザメルは基地の外から砲撃を加え続けている。ユーコン潜水艦からも支援は続いていた。近距離ではなく、海上からの長距離射撃だ。さすがに迎撃されることが多くなってはきているが、既に手遅れだ。そして指示せずとも、ユーコン潜水艦は無駄弾と判断すれば支援はやめる。トリントン基地を破壊するのは今作戦の目的ではない。サイサリスの奪取だ。ザメルは適時、状況を見ながら撃つだろうが、それでも機を見て距離を取る手筈になっている。

 この基地は、離脱する自分を引き留めるような能力はない。飛び出してきたガンダムなど、周囲の状況に呆然としたように、追撃も忘れて棒立ちになっている。

 こんな奴らに敗れたのではない。

 ガトーは再び、そう思う。

 こそ泥のような真似で盗み出されたというなら、まだ分かる。これでは、戦での掠奪ではないか。その戦を前にして為す術もないとは、軍人すらこの基地にはいないと言っても良かった。エンジニアと、メカニックと、そして士官学校上がりの少尉。そんなものに、任せておけるとでも、思っていたのか。

 離脱するサイサリスの背後にドム・トローペンが随伴する。追ってくる敵がいればジャイアント・バズで足止めする。撃破ではなく、あくまで足止めで良かったから、随伴したまま散発的な威嚇に徹している。ビームライフルの類いを撃たせる余裕は与えていない。

 ザメルの破壊した外壁から二機とも抜けた。そのあとから、スブレーガンを満足に使わせて貰えないジムが二機、接近戦を狙って必死になって追いかけてくる。

 馬鹿か、お前らは、とガトーは叱責したい気持ちにすらなっていた。

 敵の造った脱出口に、素直に着いてくるとは。しかも強引に破壊したのだから、隘路だ。ジム二機は重なったように出てこざるを得ない。二機とも纏めて爆散する。ザメルの680mmカノン砲が絶好の距離で直撃していた。

 そこからは徒歩だ。

 モビルスーツ三機が合流して移動する。絵面は何とも暢気に見える。

 ドム・トローペン。ザメル。

 それぞれパイロットはゲイリーと、ボブだ。

「……少佐、あっけないもんでしたな、やはり」

 ボブの言葉に、ガトーも苦笑した。

「支援では尚更そうであっただろうな。現場にいたとて容易かった、どうだ、ゲイリー?」

「もう一体、おかしな色のザクを見ましてね。少佐がもう少し遊ぶようなら、そっちを潰してやる心算でした」

「遊ぶのもやぶさかではなかったが、あれを、ガンダムとは呼びたくない」

 興が乗った部分はあったが、すぐに覚めた。

 コウ・ウラキ。小僧の名前。

 なんとなく、覚えてしまったのが癪だった。だがあの局面で、上意下達を待つことなく咄嗟に、そこにあった一号機を起動させてこちらを逃がすまいとしてきた判断にはやはり小癪なものがあった。

 そういう士官を育てたという部分では、まだ連邦にも期待できる。連邦が育てたわけではないのだろうが、ともガトーは思った。自分で自分を育てられる者。それを抱え込め、またそうさせている。緩みは余裕でもある。

 咄嗟の判断で軍律を無視する者には、自分の出世を考える者と、勝利への最適解として選択する者がいる。ガトーは無論、後者を讃えたいが、戦はそう簡単でもない。立身出世の我欲、私利私欲が目的であろうと、勝利に導く者もいる。

 軍人が、ほんとうに軍人でいられるのは局地戦だけなのだろう、とガトーは思った。大局に立ってものを見なければならない。少佐ともなれば、尚更そうかもしれない。ガトーは自分の階級が少し、疎ましくも思った。少尉の抗命と少佐の抗命では、やはりその重みも、違ってくるのだろう。

 通信が入った。やはり連邦の周波数。こちらのサイサリスに合わせている。

 大気圏に突入したコムサイ。迎えの船だ。

 このサイサリスと核弾頭を宇宙に運ぶための船。

 命じられた作戦行動は、サイサリスをコムサイに積み込めば、ひとまずはそれで終わる。次の戦場を、ガトーは待つことが出来る。

 物足りぬという思いがないわけではなかったが、軍人の言うそれは常に、作戦行動の不備や不測を伴う。そして何処かで自分は不備や不測の事態を望んでいるのだ、とガトーは思った。

「さすがですな、デラーズ閣下もお喜びになるでしょう」

 コムサイからの言葉は世辞にしか、聞こえなかった。

 よく、ここまで強奪任務のみに甘んじて自分を抑えられたものだとも思う。目の前の敵を砕く。ただそれだけを考えるわけにはいかなかった。それだけではもう済まされない。部下への責任があり、何よりも自分では把握していない大局的な作戦行動の一部を担う責任もある。

 少佐という肩書きを、意識せずとも、それなりに気にはしているのだ、とガトーは思った。階級が枷だとしたら、その枷をガトーに嵌めたのはデラーズであり、そしてガトーは、そうされることをむしろ喜んでいた。

 局地戦。ただ一人。

 そういう場所に放り出されたら、自分は何をしていいのか分からなくなるだろう。それは軍人ですらなくなった自分であり、そんな自分を見たくはない、ともガトーは思った。

 予定合流地点までは、あと少し、というところだった。

 二度と大地から夜空を見上げることもない。

 あの肌に纏わり付く夕日の感覚に晒されることもない。

 ガトーは、やはり自分が地球を好きになれないのだと、そう、思っていた。

 

  二

 

「……少佐。敵モビルスーツ部隊らしきものがいま」

 ゲイリーが通信してきた。コムサイの降下が察知されることぐらいは、織り込み済みであった。このまま逃げ切って、のんびりと宇宙に帰れるなど誰も考えてはいない。それが可能であったなら、最早、あそこを基地と名乗らせておくことすらガトーは許してはおけなくなる。ガトーは脱出など後回しにしてわざわざとって返し、トリントン基地を称した施設を壊滅させていたかもしれない。

 それは、やらずに済んだ。連邦もまだやるべきことぐらいは弁えている。

 夜はまだ明けていない。陽が昇るのも、まだ先だ。怒鳴りつけたいていどには遅いが、索敵ぐらいは出来ている。

 サイサリス。バーニアで先行する。あとにドム・トローペンとザメルが続く。二機とも熱核ジェットによるホバー推進であるから、その気になれば、推進剤を燃やして飛ぶサイサリスなど逆に足手まといの機動性だ。サイサリスにもホバー機能はあるがあくまで地上での近接戦における補助であって、二機に比べると見劣りする。気を遣わせまいと、ガトーはバーニアを開き強引に、先行した。

 そして言わずとも、後続の二機は自然に二手に分かれた。

 追っ手がそこまで遅いとも、ガトーは舐めていない。こちらが指示せずとも動いたのだから、ゲイリーもボブも、舐めてはいない。

 沖に潜水艦を待機させてある。トリントン基地の攻撃にも使ったユーコン潜水艦である。ことが済めば、ゲイリーとボブはそちらで撤退する手筈になっている。自分は、コムサイだ。

 まっすぐに宇宙に帰る。

 その手筈にほっとするほどに、地上は、やはりガトーは好きではなかった。

 大気圏から降下してきたコムサイは既に待機している。

 降下を察知されることは織り込み済みの流れで、時間には余裕がある。

 ここまでは予定通りの流れであったと言える。積み込みが終わってしまえば、ブースター付きのコムサイはあっという間に地上を離れられる。

 僅か、数分もない、この時間がガトーを緊張させる。

 戦は、数分どころか数秒で何が起きるか分からなくなる。ここで、気を緩めるようなら、ガトーは一年戦争で死んでいただろう。ただ、根拠はない。根拠など、いらないのだ。緩めてはならない、と思ったのなら、緩めなければいい。人にそれを語って聞かせる必要などない。

「次があるなら少佐の服を用意してくれよ」

 軽口が漏れた。緩んでいるか。そうではない。

「どちらにせよ、少佐にはジオンの制服がお似合いです」

 少佐。大尉。どちらでも、よかった。

 階級が上がるほど、指示は容易く通るのだろう。

 だから、それだけは、階級というものが便利なのだとガトーは思った。

 




小僧ども、第一章「燎原の陽」の(2)だ。楽しんでくれたら俺も書いた甲斐がある。まさか俺の人生で「ドム・トローペン」とか「ザメル」とか「コムサイ」とかを真顔で文章中に書くことになるとは全く思ってなかったぜ。計算によると、第一章は(4)まで続くことになる。第一章だけで一ヶ月をかける。しかし6000文字前後というのはちょうどいいな。推敲するにしても短いから誤字脱字なども確認しやすい。校正がいないから、自力だ。それでも何かあるかもしれない。見つけたら教えてくれたら助かるぜ。今後も毎週、日曜日に更新する予定だ。小僧ども、まだまだ物足りないぜ。
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