残光の旗   作:∀キタカタ

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星の海(1)

  一

 

 少将の肩書き。

 重いと思ったことは、ない。

「……ガトーはもう、来たか? カプセルは」

「回収地点まで来ています。現在、順調に回収作業中です、デラーズ閣下」

 エギーユ・デラーズは一息ついた。最初の段階は、過ぎた。それなりに乱れはあったが、そんなものは織り込み済みだった。自分は、些末を気にしていられる立場ではない。実際に、気にしてはいなかった。

 結果が全てで、結果は出たのだ。

 ガンダム試作二号機サイサリスとやらは、回収した。強奪と呼ぶべきか。やはり、どちらの呼び方でも、デラーズにはどうでも良かった。

 そしてガンダムですらどうでもいい。

 デラーズが欲しかったのは、Mk82核弾頭である。

 それこそがデラーズに新しい光をもたらすのだ。それだけを、考えるべきだった。些末に溺れることが出来るのは、下の者だけが持つ特権で、自分にはもうそんな特権はないのだ、とデラーズは思った。

 モビルスーツに乗っていた頃は、たまに懐かしい。余り長い時期は乗っていなかったが、専用機は用意していた。それでも、自分が出ることはもうないだろう、とデラーズは思っていた。エリートと言えば、そうなのだろう。

 戦術よりも戦略の手腕をドズルに見込まれた。戦術では、役に立たぬと思われたのかも知れない。それでもドズルは、自分を切り捨てはしなかった。ドズルの傍にいた時期も、やはり短い。短い期間で、出世を果たした。

 上が見る間にいなくなっていた。それほどまでに、ジオンは押し込まれていた。

 お陰で、とは流石に言えなかったが、グワジン級の旗艦と、大規模と言える部隊を指揮できるようにはなっていた。死のうとする将校も、言葉で引き留めることができた。ガトーが、そうであった。デラーズの専用機に乗りこもうとしていた。

 機体は、機体ではないか。誰の専用機であろうと、他になければ遠慮などしない。

 そういう軍人が、欲しかった。だから、引き留めた。

 旗艦グワジン級グワデンで自分がいる部屋は、広すぎた。天井は、高すぎる。壁は、遠すぎる。座している椅子は、大袈裟に過ぎる。全てが、別に気にはならなかった。背後には胸像があり、それはジオン総帥ギレン・ザビの胸像であった。

 演説をしている姿を模していた。それが、心地よかった。見るたびに、ギレンの声が聞こえてくるようだった。

 心酔していた。信仰かも、しれない。どちらでもいい。

 自分が心酔できる、上の人間。その頂点。

 ザビ家の中では、ドズルでは物足りなかった。ギレンであった。だから戦死したと聞かされた時も、すぐに暗殺されたのだと分かったのだ。その手を下したのがキシリアだとも、すぐに分かった。

 それは政治の話だった。そして自分は、政治を考えなければならなかった。

 ア・バオア・クーが陥落するというときにギレンの死を聞かされ、デラーズは戦うべきときを失ったと思った。雌伏。それを選んだ。キシリアへの復讐心は、それほどなかった。直後にまたキシリアも死んだのだと聞かされても、目的を失ったとは、思わなかった。

 やるべきことは、ギレンの志を継ぐことで、それはいつしか自分の志となっていた。そうでなければ、雌伏の月日を耐えられなかったのではないか、ともデラーズは思った。

 ア・バオア・クーから離脱し、暗礁空間に身を潜めた。麾下の部隊で連れていけるものは丸ごと率いていた。暗礁域とは言え、多くは破壊されたモビルスーツやコロニーの残骸であったから、敵の索敵からも逃れられた。

 そこを選んだのもまた、自分の判断と指揮であり、一介のモビルスーツ乗りには判断出来かねることだっただろう。それなりに、多くの艦とモビルスーツも、持っていけたのだ。

 潜伏した基地は一年戦争中に作りかけだった拠点で、基地として完成させるのにそれほどの手間はかからなかった。基地としてはかなりの規模で、戦艦もモビルスーツも充分に収容出来ていたし、修繕も可能だったからデラーズとしては申し分のない場所であった。自分の判断出来る中にこのような施設があったことは、僥倖であったと言える。

 かき集めた残存兵力をひとつの軍として機能するようには、整えた。仮に連邦に発見されたとして、戦えるていどには準備は出来ている。そこで漸く、デラーズは行動を開始することが可能となった。基地は作りかけの骨組みが四方に伸びて刺さりあっているようにも思え、それは茨のようであったから、何の気もなく『茨の園』と名前を付けたが、実のところ名前などどうでも良かった。

 適当であっただけに、素が出た、という気もする。名付けに少女趣味なところがあるのではないか、と自分を笑ってしまったから、麾下にこっそりとそう噂されても、怒りはしなかった。ただ、自分の中にそういう部分があるのだと、初めて気付かされたのは、何となく釈然としなかった部分はある。

 麾下で見込みのありそうな者を、各地に散らせた。月であったり、地球であったり、コロニーであったりした。雌伏は、薄くとも広い方がいいのだ。

 デラーズだけではなく、そこら中にジオンの残党と呼ばれる集団はいた。

 まめに連絡を取り合う、ということはしなかった。せっかくの、茨の園が伝わってしまう可能性がある。あくまで部下にやらせていたし、立案する作戦概要も全てを伝えてはいない。察している者はいるだろうが、あくまで察しているだけだ。

 機会を、待った。

 何かが起きる、という具体的な待ちではなかった。勝利は、必ずその相手を緩ませる。その隙をじっと待っていた。時間をかければかけるほど、それは必ずやってくる。勝利した側は、終わったのだと思う。戦争は終わったのだと。だが敗者の側は、いつまでも気を張っていることが可能だった。それが、敗者側の日常であった。

 連邦が緩むのを待って三年が過ぎた。緩んだだけでは行動を起こすのに足りない、ともデラーズは思っていた。局地戦では戦果を挙げられるだろうが、巻き返すまでは至らないのだ。

 デラーズが密に連絡を取っていたのは、アクシズであった。ジオンの残党と呼ぶには多すぎる兵力を有している。アクシズはそれを賄える大きさの小惑星である。資源も豊富に備蓄していた。マ・クベが地球から送った資源の多くがそこにある。それでも、小さな勢力には違いなかった。だからこそ、連邦はその存在を黙認していたとも言えるだろう。

 合流すれば、とは何度か思った。それでも、秘やかな補給を受ける、というていどで距離はそれ以上、縮めなかった。自分が合流すれば他も続く。そうなれば、アクシズの戦力は膨らみ、連邦も看過はしないだろう。

 連邦が再び戦力を差し向ければ、恐らくは負ける。まだ保持すべきだった。それを邪魔するべきではない。

 やはり、政治だった。戦略であった。

 そこに怯懦がないかと言われれば、デラーズは恥じることなく、ある。と答えるだろう。怯懦もまた、必要であった。それを持たずにいて許されるのは、戦場で前線に配置されるものたちに許された、特権でもあった。自分に、それは許されないのだとデラーズは思った。

 ザビ家の忘れ形見もいるという。ドズルの娘だった。ギレンの娘なら、もう少し、デラーズは急いだかもしれない。それほどまでに、自分はギレンに心酔し、信仰していた。だからこそ、待てた。

 月は、自分に好意的だった。元々、ジオン勢力下だったこともある。勝ち馬に乗ってはいたが、心情的にジオンに肩入れする者も多く、散開させた部下の多くも、そちらに潜ませた。細々ながら補給も提供されたし、何よりも情報の多くは月から齎されるものが多かった。

 三年。それで漸く、連邦は大きく緩んだのだと伝わってきていた。月面基地グラナダも、地球の連邦基地の多くも、平和のぬるま湯ですっかり緩んでしまっていた。仕掛けるなら、今だろう。

 だが決め手に欠ける。このまま、アクシズの動きを期待するべきかとも思っていた。あと何年か待ってもいい。麾下の多くは焦れていたが、デラーズは全くと言っていいほど、何の焦りもなく、待てた。

 グワデンで数隻を伴い、星の海を何度か駆けさせている。

 緩みは、敗者が待つ間も僅かながら襲ってくる。だが駆けさせるていどのことで振り払える、緩みだった。こればかりは、どうしようもない。やはり三年という月日は、麾下にとっては長すぎるのだろう、とデラーズは思った。

 自分が緩まなければ、それでいいのだ。緩みを許さない部下もいれば、充分だった。アナベル・ガトーはその一人だった。アクシズに打診し大尉から少佐に昇進させたのも、実利というより、褒美だった。本人はさほど喜んではいなかったが、いずれ大規模な戦闘になれば、権限の大きさを自覚するだろう。

 今はまだ、大尉であろうと少佐であろうと、さして変わりはない。デラーズ艦隊はその内部においては、政治は発生していなかった。肩書きは、極端に言って、どうでもいいとさえ言える。指揮を誰が取るかがはっきりしていれば、それで事足りる。

 兵力は少なかった。だがアクシズを通じての昇進は、自分たちがまだ軍に所属しているのだと自覚させる。緩みも、それで紛れる。それでなければ、軍が荒むことさえ、珍しくはない。それは上がどうにか出来ることではなかった。

「……ガラハウ中佐は今、何処に?」

 傍の者に訊いた。

「掴めません。こちらから、常に確認している訳ではありませんが」

 かぶりを振るような、おずおずとした返事。デラーズはそちらを見ていない。目を合わせると、相手が恐縮する。そうでなくても、声は緊張している。

「ガトー少佐が戻ってくる。引き合わせねばならん。何とか、通信しろと伝えろ」

 短いが敬意のこもった返事を残し、去って行った。

 シーマ・ガラハウとは最近、連絡を取り合うようになった。合流を申し出る形は取ったが、階級からすればほぼ、命令のような形だった。シーマは特に、不満げな様子はなく従った。ただ、それを素直と呼ぶのを躊躇わせる、得体が知れないところはある。

 歴戦の女だった。とうがたった部分は隠せないが、若い頃はすれ違った男が振り返るような容貌だっただろう。それほど、歳で容貌は変わってはいないのだろうが、今はすれ違う時にみな、目を逸らすほどに威圧を纏っていた。故に歴戦だった。

 最初から、そういう女なのかは分からない。

 有能の一言に過ぎる女だった。モビルスーツ乗りとしてもエース級、艦隊指揮の才もあり、人の心をよく掴む。外連味が過ぎるのか、万人の心を掴むという形ではなかったが、掴んだ相手を離さないし、相手も離れようとはしなくなる。

 そういう女に、なったのか。一年戦争は充分に、人を変える。

 シーマ艦隊の旗艦はザンジバル級だ。その周囲に、ムサイ級が数隻従っているが、何隻従っているのか正確なところは分からない。パプア輸送船も、曳いている。

 何処かに身を寄せるでもなく、星の海を放浪することで居所を掴ませていないふしがある。そうなると問題は補給だが、それも巧いこと回しているようだった、恐らくは、月だろう、とデラーズは思った。

 シーマはアクシズとさえろくに連絡を取らず、補給もさほど受けていなかった。たまの連絡でもモビルスーツや物資などはねだらず、金や貴金属の要請が多いという。補給網を、独自に金で構築している。それが出来る相手は、やはり月だろう。地球にも網を張っているかもしれないが、集めるのは情報ていどのものに違いなかった。

 性格は、激しい。だがその激しさを潜めることも出来る。実際に、デラーズとて苦労している商いを伴う補給を、シーマは簡単にこなしている。

 戦略と戦術を兼ね備えているというなら、シーマはデラーズよりも上かもしれない。だが、シーマ艦隊には少し、荒んだところがある。それは傍目の印象だけで、優れた一団には違いなかったが、傍目の印象は内側から漏れるものを隠せない、ということでもある。

 だがシーマはやはり、デラーズとガトーそれぞれに欠けた部分を併せ持っている。その上で、率いている一団の力も強い。連邦が緩みきり、Mk82核弾頭の奪取を計画した時から、手を組むならシーマ・ガラハウだろう、とデラーズは判断していた。

 戦力を確かなものにするためには必要だった。

 そしてシーマは、意外にあっさりとそれを了解した。やりとりは、ガトーが離れて作戦行動中に片付けていた。だから、引き合わせるなら早いほうがいい。あの二人は、合わぬだろうからだ。そして機嫌を取るのは、ガトーは容易いがシーマは難しいだろう。頭ごなしもしたくない。

 シーマが中佐なのが幸いだと言える。ガトーは階級が上の者に、あからさまに反発などしない。いままさに戦っている最中というならともかく、平時のことだ。

 シーマ艦隊の動きは隠密行動と呼ぶに相応しいもので、それが、デラーズ艦隊と合流すれば露見する。今でもまだ、こちらにすら居所を掴ませにくくするところはあったが、癖のようなものだろう。いずれ、そうもいかなくなる。

 今までとは違う戦場に引っ張り出すようなものだ。さほど迷った風もなく肯んじたのは、自分の階級が、そうさせたのか。本心では、今の暮らしを続けたかったのか。そうではあるまい、とも思っている。流浪の軍では、補給が回っているとは言え、荒む。傍目だけではなく内側から荒んでいく。基地に拠って立つデラーズ艦隊でさえ、そうなのだ。落ち着ける場所は、欲しているだろう。

 シーマにどれほど、ジオン中興の執念があるのかは、分からない。だがそれがないのなら、とっくに寝返っているだろう。デラーズがそれをしないのは敗戦の屈辱もあるが、ギレンへの信仰心にも似た情熱が故と言っていい。まだデラーズは、ギレンに仕えているのだ。

 シーマは、自分自身に仕えているのだろう。ジオンの残党、と呼ばれて散っている連中は、多くが、そうだろう。死んだギレンを旗印にしているのは、多くはない筈だ。それでも、アクシズに誓う忠誠心に揺るぎはないからこそ、まだ宇宙に散っている。それぞれがそれぞれの旗を、持っている。

 デラーズの旗は、志だった。我欲とは言え意地でもある。

 それはジオンの戦う志でもある。

 スペースノイドの自治権と解放。

 極端なことを言えば、食料の問題でもある。そして金の問題だ。

 食料だけは、どうしても宇宙では限界がある。量の問題ではなく、質の問題が大きい。数が合っていれば満たされるという話ではないのだ。満たされようと思えば、どうしても地球からの輸送に頼らねばならない。それは贅沢をしようというものではない。当たり前に、人類が必要としている心の余裕でもあった。

 その税が、半端なものではなかった。元々、宇宙に住むスペースノイドは、その移住のために世代を跨ぐ借金を抱えている者も多く、それらは生活の負担となる。半ば、飼われているようなものだ。供給を止められれば、それだけでも潰れるコロニーさえ出てくる。食糧自給率の問題ではない。数だけならば、地球に頼らずとも食料は足りるだろう。ただそれが、さもしく思えるというだけのことだ。満足な食事も得られないのはみじめですらある。

 独立自治とは言うが、それらの負担をなくし、通常の商いとして行えば、かなりの部分は済む話だった。こちらには、鉱物資源ならある。木星からは豊富なエネルギー資源も確保できる。ただそれらを交換するのに、極端な負担をスペースノイド側に押し付けるなという話だった。

 そもそもが宇宙を開拓地として開墾しようという話ではない。増えすぎた人口を賄いきれなくなって宇宙に捨てたようなものだ。流刑地や植民地同然のような扱いをやめ、平等に、地球の一部として扱うべきなのだ。

 少なくともデラーズは、本質的には一年戦争という戦いをそう解釈している。

 一年戦争後の休戦協定で、それはある程度の妥協を連邦から引き出していたが、敗者である。対等の取引とは、なっていない。それを含めて、ギレンが目指したものとは違う。だからこそ、デラーズはその志を受け継ぐのだと決めている。

 ソロモンで敗北したときから、デラーズはその志を残すにはどうすればいいかを考え始めていた。ア・バオア・クーが墜ちると決めてかかっていた訳ではないが、その可能性は高く、伏せ手を組まねばという義務感が背中を押した。

 自治、解放というなら、シーマ艦隊は歪ながらももう得ているのかも知れない。シーマが自分自身に仕えている、というなら、尚更だろう。デラーズはギレンの志から解放されていなかったが、手放すつもりもなかった。

 シーマ艦隊は、シーマを失ったら雲散霧消する存在だった。それは、デラーズ艦隊とて同じことである。自分が死んで、志は消えるのだろう。アクシズですら、ドズルの娘を失ったらそこで終わりかもしれない。だがギレンの志は、こうして死んだあとも、少なくとも自分は受け継ぎ、火を灯し続けている。

「シーマ艦隊、捕捉しました」

「分かった、デッキに向かうと伝えろ」

「それが、必要ないと。ガトー少佐の件と了解しているとのことです」

「賢しすぎるのも、無礼ではあるな。通信を切るなと伝えよ」

 不機嫌になった。だが、謁見室と呼んでいるこの広すぎる場所に座っているのにも、飽きた。何より、動き出してしまったのだ。そのままデッキに向かい、通信モニターと対峙する。

 まだシーマは通信を続けていた。自分を、待っていたようにも思える。それが、小癪に感じた。

「必要ないと申し上げたものを」

「必要かどうか決めるのは、儂だ。ガトー少佐の乗るHLVカプセルを回収した。今、こちらに向かわせている。貴公を誘い入れたのは、少佐不在の間だったからな。なるべく早く、貴公と引き合わせたい」

「ではガトーよりも先に帰投する必要がありますなあ、少将閣下」

 含みのある言い方。

 デラーズは、それが嫌いではなかった。

 




小僧ども、第二章「星の海」の開始だ。ここからは終盤まで出張るやつらが現れる。漸く、本筋に入ったというところだ。一章を割いてまでガトーを描く必要があったのか、それはここから先の展開で問われる。そして俺の誇り、俺の命を容赦なく問い糾すがいい。それがこの二次創作の肝心要なところだ。見逃してやるが見逃されたという慈悲を、お前はどう使うのだ? 俺はそれを問われている。そしてこの先の物語で、俺は答えを出さなければならない。俺なりの答えは、用意してある。楽しんでくれたら幸いだ、小僧ども、まだまだ物足りないぜ。
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