残光の旗   作:∀キタカタ

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星の海(2)

 通信を切ってもよろしいか、と問われたが、待てという理由も、デラーズにはなかった。

 ノイズの混ざったモニターに映っているシーマは、余分な若さを削り落とした美しさを、それに加えて威圧と、威厳というものを兼ね備え、遠慮なく放ってきている。気。それを、デラーズはモニター越しにも、強く感じている。

 直接会えば、油断すると飲み込まれる。そんな気を纏っている。

 通信が切れた。シーマ艦隊の旗艦ザンジバル級は、ガトーを乗せて帰投する艦の、真後ろに位置しているという。ザンジバル級ならば、追い越すのは容易だ。宇宙空間である。上からでも下からでも、ガトーを避けて追い越せば、それで済む話だ。

 だがシーマはそうしないだろう。無駄に、競るに決まっていた。

 道を空けろ。ガトーを、そう煽るに、決まっていた。

 ガトーではなく、自分が、からかわれている。その考えを、デラーズは振り切った。こんな細かいことで不機嫌になっていたのでは、あの女を飼い慣らせない。

「多少、無茶な動きをしています。艦同士で接触があったと思われます、閣下」

「ガトーは不機嫌になるかな」

「それは、そうだと思われますが」

 自分と比べていた。ガトーはまだ、不機嫌さを露骨に出せる。だが、シーマの前では、出さないようには耐えるだろう。伝わってしまう程度には不器用だろうが、それこそ、シーマは気にせず、むしろ面白がる、とデラーズは思った。

 何にせよ、大した問題にもなるまい。そこまで好戦的な女ではなかった。ここで好戦的になる理由も、ない。単に、そういうことをしてしまう性格の女なのだ。

「肝が冷えます。少佐が譲らなかったら、激突していました」

 ガトーの乗る、宇宙での運用を目的に設計された旧型のムサイ級に比べ、シーマのザンジバル級は、地球上でも運用できる、汎用性を持たせた、言わば新造艦であり、そもそもの質量も堅牢性も、違いすぎる。ぶつかれば、ムサイ級では、それだけで沈んでもおかしくはない。意地を張って、少しでもガトーが競り合っていれば、ぶつかっていただろう。

 事故。そう処理しただろう。サイサリスがそれで失われていれば、話はまた、違ってくるが、ガトーだけが死んでいれば、という仮定をするなら、その上、更にシーマを処断するのは、意味がない。ガトーには諦めて貰うしか、なかった。幸い、そうはなっていないのだ。上司の無茶をいなすのも、また下の者がやらねばならぬことには、違いなかった。

 悪趣味な、いたずらに過ぎない。シーマもガトーが避けるぐらいは織り込み済みだろう。当たったら、それまでのことだ。コロニーの残骸と見誤ったとでも述べれば、それで終わりにするしかなかった。

 シーマのザンジバル級が茨の園に入港してから、かなり遅れて、ガトーのムサイ級が帰投した。むきになって速度を上げるような真似は、していなかった。

 癖の強い他艦隊を引き入れれば、このぐらいの摩擦はある。ないというなら、それはただ、兵力の数が、増えたというだけの話に過ぎない。そんなことを望んで、シーマ艦隊と接触したわけではない。

 デラーズは、そう思った。

 

          ※

 

 広すぎる、謁見室に入ってきたガトーは、やはり不機嫌そうだった。

 気にしてなど、いられなかった。気配りなど、ガトーも望んではいないのだ。ただ、不機嫌である、というのを隠そうとしても、隠し通せていない、というだけのことだ。

「大義であったな、ガトー少佐。見事な手際と言っておく」

「光栄であります。些か、不覚はとりましたが」

「儂が責めるような不覚ではない。むしろ、計算内に収まったのではないか」

 迂闊なことを言ったか、とデラーズは思った。ガトーは、何人もの兵士を死なせて、ここにいるのだ。ガトーのような軍人にとっては、責められた方が気が収まるだろう。だがそこまで気を遣う気もまた、デラーズにはなかった。

 少将と少佐の関係である。自分が、下に降りていい関係ではない。

「途中で手荒な歓迎を受けましたが。相手はザンジバル級でありましたから、不本意ながら譲りました。友軍であろうと思ったが故です」

「そう、怒るな。一応はお前の上官なのだ。相手は中佐であるからな。道を譲った。その程度で、納得して欲しいものだ」

「閣下がそう仰るなら、責めはしませぬが。どなたかは存じませぬが」

「貴公が離れている間に、合流した。シーマ艦隊の、ガラハウ中佐だ」

 やはり、ガトーは眉を顰めた。素直な男で、こんな些細な腹芸もしない。それはデラーズ相手には、しなくても良い、という判断なのだろうとデラーズは思った。

「……以後、お見知りおきを」

 部屋の隅、天幕のように分厚い儀礼じみた、纏められたカーテンの陰から、女の声が割って入ってくる。引き合わせようとは思っていたが、割って入ってこられたのではたまらぬと、デラーズは思った。

 シーマ・ガラハウが、歩を進めてくる。ガトーは明らかに、不機嫌になっていた。

「哨戒中に見かけたものでねえ、新参者の挨拶代わりとでも受け取って貰おうかね」

 ガトーは不機嫌な顔のまま頭を下げている。不機嫌な顔、はもはや隠す気がないようだった。ただ階級が上の者に、不満を口にしなかっただけの、話だった。ガトーは、直接の上官には不満を抱かないが、そうでなければ、階級が上でも、この程度の不機嫌さは見せる。

 頭を下げた後は、臆することなく、睨み付けている。シーマも、全く臆していない。このぐらいでちょうどいいのだと、デラーズは思った。

 気まずい、硬直した空気を、入電が破った。デラーズの指示で、報告が、壁に据えられたモニターに転送されてくる。レーダー図の中で、連邦の艦が三艦、赤い点となって点滅している。

 三艦、までは分かるが、編成までは、察知できない。

 アルビオンだろう、とデラーズは思っている。間違いなかろう、とも思っている。サイサリス強奪からの、追跡なのだ。中心になってやらねば、ならぬだろう。

 木馬と呼ばれた一年戦争時の、ジオンにとっては、鬼子のような、ペガサス級ホワイトベースの改良型だという。因縁じみたものは、感じた。ただその因縁で、自ら作戦行動を左右するような真似は、デラーズには許されていない。

 歯がゆい。その思いはある。打ち消した。

「……連邦に当たりを引かれたか。このまま進まれると、やもすればここが見つかるかもしれんぞ、これは」

 相手は『茨の園』を発見している訳ではない。だから、このまま進んでくれば、の話だ。それでも、敵レーダー網の中には入ってしまう。今までも、そんなことは山ほどあった。瓦礫と小惑星に阻まれてか、正確な所在を掴まれたことはない。

 油断かもしれない。見つかっても、放置されていたのかもしれない。所詮は、敗残兵の寄り合い所帯だ。無理をして殲滅を目論む理由は、ない。仮にも休戦協定を結んでいるのだから、尚更だ。

 今は違う。こちらは、サイサリスを強奪している。

 サイサリスという機体が、核兵器の使用を禁じた、南極条約違反の機体だと言うなら、こちらは休戦協定に違反している。しかもサイサリスは、実戦配備された訳でもないのだから、理で言えばこちらが不利だった。

 相手に、こちらを、攻撃してくる理由はある。見つかればだ。まだ、デラーズには、こちらの所在を公にする利は、何一つない。

 逸らすべきだろう。そうデラーズは思った。

 横合いから、攻撃を仕掛ける。小競り合いていどのものなら、連邦も、本腰は入れてこないだろう。本腰を入れるのを、躊躇っている気配もある。もう一度、戦争を始める、という覇気は醸造されていない筈だ。ガンダムを強奪されたことすら、大して問題にはしていない可能性すらある。所詮、試作機ではないか。核弾頭を撃てるから、何だというのだ。

 南極条約。連邦は、その条約を破られるということを、不思議と想定しない気配は、一年戦争を通して常にあった。

 地球上で、核を使われることはない、とでも高をくくっていたのか。

 ジオンは宇宙、連邦は地球、という戦場の括りは、無意識にあるだろう。核兵器を使用されることに対する危機感は、地球連邦政府こそ持つべきであったが、何故かそれはない、という前提のようなものを、持っている。

 局地的に、核で都市や基地を破壊するという戦略に、余り意味はない。勿論、大規模に仕掛けるというなら、別だが。キシリア麾下のマ・クベはそれをやろうとしたが、失敗した。仮に成功していても、戦局が変わったとは、デラーズには考えられなかった。

 ジオン軍は、コロニーを丸ごと地球にぶつけるという、暴挙とすら言える作戦を、戦争開始とほぼ同時に行っている。それでも、連邦政府は、継戦能力を失った気配など、微塵も感じさせなかったのだ。

 通称『コロニー落とし』は、核兵器など比べものにならない破壊力を持つ。当然のことだ。あれだけの大質量を地表に落とせば、地軸がずれた、と言われても、デラーズは納得する。あの作戦だけでも、連邦は引き下がっておかしくなかったが、戦争には、本腰を入れ始めた。

 地表を幾ら削ろうと、さほど意味はない。少なくとも連邦は、作戦行動に支障を来した、ていどのこととしか、受けとめなかっただろう。南極条約は単に、人類の倫理観を保護するという、精神的な感覚での締結であった、とデラーズは思う。

 どちらかと言えば、強奪されたという面子の問題だろう。それが試作一号機ゼフィランサスだったとしても、連邦にとっては、同じことなのかもしれない。サイサリスの核弾頭装備は、あくまで技術試験としての、試作機そのものとしか、受けとめていない。それは情報として、掴んでいた。

 だから、サイサリスを奪ったのだ。その意味が連邦には、重大事とはまだ、受けとめられてはいないのだろう。船団ひとつを差し向けてでも、徹底的に、デラーズの所在を探し、殲滅しなければならない事態なのだと、分かっていない。

 三艦、ということにガトーは少し、気を急いていた。敵戦力の話なら、さほどのことはない。三艦となると、それだけ、索敵網は広がり、精度も高くなる。こちらの所在を掴まれる可能性は、充分にあり、まだ掴まれたくはない、という判断を、ガトーは下している。間違っては、いない。

「閣下。ここは、お任せを」

 ガトーが、言ってきた。そうだろう。所在を掴まれる可能性は、それこそ運のようなものだったが、あてどもなく行っていたであろう索敵行動が的を得ていた。

 運。それが連邦側に傾いている。ひっくり返すに、超したことはなく、ガトーは実戦で、その必要性を、理屈ではなく肌で理解している。

 行かせれば、逸らすどころか、殲滅させかねない。運が、相手に傾いているというなら、そこまでするべきである。それはデラーズも、理解している。

 それで構わぬ、と言うべきか、どうか。

 むしろ、そうすべき時なのかもしれない、とデラーズは判断しかけていたが、今、ガトーを差し向けるかどうかは、迷った。やはり、ガトーでは、やりすぎるであろうと、デラーズは思った。

 アクシズに打診して、ガトーを少佐に昇進させたのは、デラーズの配慮である。それで少しは、違う物事を考えられるかもしれない、と期待もしていた。やがては、そうなるかも知れない。だがまだなのだ。

 激しすぎる。その手綱を握るのが、自分の役目だ、とデラーズは思った。

「いや、ここは私が出よう。合流したものの手土産も用意していない」

 シーマが、そう割り込んできた。

 デラーズにとっては、有り難かった。

「良かろう。シーマ艦隊の実力、噂以上のものを見せて貰いたいものだ」

「では早速に」

 ガトーが、耐えきれなかったのか、抗命に近い言葉を、言いそうになったのが、分かった。既にガトーは、シーマを、充分に嫌っている。別に、麾下の全てが、仲間意識を持って仲良くせよ、などと言う気はない。反発や、嫌悪。そういうものがあって、むしろ当たり前なのだ。

 退室する前に、シーマは、ガトーの前で歩みを止めた。

「少佐、これからは楽をさせてあげるよ。ガンダムでもしっかり磨いておくんだね」

 挑発というよりも、圧である。中佐が、少佐をどれだけ露骨に挑発しても、相手が乗ってこないのでは、挑発した甲斐もなかろう。嫌味を言った。端的に言えば、それに近い。そういう圧を、気まぐれのように、シーマはかけてくる。

 それも、悪いことではなかった。民間企業ならいざ知らず、軍隊である。上から下への圧力は、軍全体の底上げには、必要なものでもあるのだ。それがあるから、兵士は皆、功績を挙げようと思うのだ。軍隊とは、そうやって成長していくものでもある。

 シーマが退室すると、ガトーはデラーズに向き直った。相変わらず、不機嫌な顔を崩すのを忘れている。

「納得ゆかぬ顔だな、ガトー」

「いえ。閣下のご判断ですから、私が意見するようなことではありません」

「あれでモビルスーツも乗りこなすというのだからな。少しは納得してやれ。貴公のおらぬ間に陣営に引き入れたのは、同意も得ずにと考えればすまぬとは思うが」

「そのようなことは」

 ガトーも少しは、嫉妬心もあるだろう、とデラーズは判断していた。シーマも、やはり、歴戦の叩き上げだ。昇進の理由は、モビルスーツパイロットとしてばかりではなかったが、それでも、中佐だ。

 ガトーは本来、大尉である。デラーズが少佐に引き上げたのは、ただの都合だ。それもガトーは、分かっているだろう。シーマが気に入らない、という気持ちと、歴戦の叩き上げという軍人の部分を認めねば、という気持ちが、ガトーの中で相反しているのも、デラーズには分かる。

「必要なのだ、あの手合いは。儂は嫌ってもおらん」

 自分が嫌っていない、と言えば、ガトーは、自分の気持ちを、こちらにぶつけてきたりは、しない。何を言いたいのかも、おおかた、察しは付く。

 初見であっても、ガトーはかなりの割合で、人物を見抜く。

 シーマは、生粋の軍人ではない。だからこそ、中佐にまで上り詰めた。肩書きではなく、そうしたものを元から宿した、あるいは宿してしまった者もいる。その腹には、ガトーにしてみれば嫌悪するにたる黒々としたものは、渦巻いているだろう。

 自分にも、それはあるのだ。それは仕方のないことだ。ガトーにはなるべく見せたくはなかった。有能な部下という以前に、デラーズは、ガトーという軍人を、人間的には気に入っている。

「この宇宙に光をもたらすには、あのような者も必要なのだ」

 ガトーは何も言わなかった。

 汚れなき、清流。ガトーの言葉は、いつもそうだ。それは志でもある。汚れてしまっているデラーズにとっては、心地よいとも思える。あとは、使い方さえ間違えなければ、それでいい。

「……ガトーよ。ア・バオア・クーを覚えておるか?」

「忘れようがありません。この命を、閣下に拾われたのですから」

「そうではない。儂の誘いを断らなかった時、貴公は散ることを選ばず留まったのだ。私に言わせれば、貴公はその時、生まれ変わったのだ。であるから、少佐に引き上げもしたのだ。もはや大尉ではなくなったのだ」

 言葉一つで、階級が上がる。

 ガトーは、その物言いを嫌うかと思ったが、不機嫌な表情は消えている。自分に、心酔している。デラーズは、罪悪感が僅かに沸き立ってきたが、無視した。

「それが、大義だ。志である。ガトーよ、それが貴公に生まれたのだ」

「はい。承知しております。相応しき感謝の言葉もありません」

「心を広く持つのだ。嫌いな、気に食わない上官がいたことなど枚挙に尽きまい」

「閣下。そう言って頂けるだけで、心、洗われます」

「この作戦も実行段階である。やれることは、儂は全てやらねばならん。三年の月日はこのためにあった。この時のために、待ったのだ」

「分かっております。私は、死すまでお側を離れぬ心算です」

 またしても、入電。回せというまでもなく、直接モニターからの報告だった。

「閣下。ガラハウ中佐が、単艦で出撃を」

 笑みが、デラーズにこぼれた。余裕のあるような素振りをみせながら、シーマも何処か、他人に力を見せつけるのだという、我欲がある。

「レーザー通信の準備はどうか?」

「整っております」

「では、ゆくか。ここから先は枯れ野に火を放つ。我々が表に出る時だ」

「その言葉を、お待ちしておりました」

 始まるのだ。

 三年の月日を耐え忍び、遂に、始まるのだ。

 サイサリス。ガトーが奪ってきた、ガンダム試作二号機。それが、口火となる。口火とするためだけの奪取であって、他に用はない、と言われても、ガトーは眉一つ動かさず、了解するだろう。

 シーマが、意のままに動かぬことは、デラーズも分かっている。

 ガトーは、意のままに動く。動こうと、自ら判断するだろう。だが、それだけでは、三年の月日を覆すに、足りぬのだ。雌伏の時を終わらせるという時である。デラーズは、誰とでも手を結び、協調しなければならないのだ。

 星の屑作戦。

 敗残兵が地球連邦に戦いを挑める、作戦行動の開始。

 お前のお陰だ、とデラーズは言いたくなった。言わなかった。

 ガトーは、その言葉を望まぬだろう。

 デラーズは、そう思った。

 




小僧ども、第二章「星の海」の二回目だ。ここでは三人のやつらが顔を合わせる。だがこれはまだ、原作通りの話をなぞっているにすぎない。些か、それは、不満かもしれないな。しかしこの三人は終盤まで出て来るやつらだ。描いておくのもまた、必要なのだ。下準備。そう思ってくれれば有り難い。読むやつにとっては、原作とは何かと違う、という感じも伝わるかもしれないが、それもまた些細な事だ。ここから、少しずつ、話を曲げて、俺の男の誇りを見て貰おうと思っている。俺の、勝負。まだ始まらない。だが少しずつ、始まっている。ここからを期待してくれれば、俺は嬉しい。小僧ども、まだまだ物足りないぜ。
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