別の学校のギャル   作:宇宮 祐樹

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 秋も深まってきて、つまりは文化祭の時期になった。

 うちの学校もそれなりに学校行事には力を入れていて、この時期になると学校の至る所で文化祭に向けた準備をしているのを見かけた。俺に近いところの話だと、今年はうちのクラスの数名がバンドを組むらしくて、今日の昼休みにもいくつかのグループがそのことを話題に上げていた。

 いいな、バンド。俺も付き合ってくれるやつがいたら、スタジオを借りて一度、遊んでみたい。

 そんなことを考えながら授業を受けていると、いつの間にかホームルームの時間になって。

 

「じゃあ今日の目玉、文化祭の出し物決めやりまーす!」

 

 委員長の西園が声をかけると、クラスが一丸になって声を上げる。

 もちろん俺も拍手したし、何ならこれが今日の一大イベントだと思っていた。

 何やるんだろう。やっぱり二年だから模擬店とかも案として出てくるんだろうか。

 

「つーか去年の文化祭、俺達のクラスって何やったんだっけ?」

 

 案を出すために一度、クラスメイトたちが思い思いに話している中、前の席の久我(くが)が振り返って聞いてくる。

 

「確か……教室まるごとスゴロクにしたんじゃなかったか?」

「ああ、そういやそうだったな。いわゆる”守りの一手”ね」

「何から何をどう守るつもりなんだ」

「いや、スゴロクの当番シフト制にしたから、クラス全員に文化祭回る時間が出来たんだよ」

 

 ……ああ、確かに。全員の自由時間を死守したのか。

 当時を思い返してみれば、忙しくもなく色々なところを回れたような気もする。

 

「でも、物足りなかった感はあるんだよなー、やっぱ。他のクラスのヤツ見てると、なんかやってみたい気持ちもあるわ。具体例はないけど。いや、やる気はあるんですよやる気は。自分なんでもやりますよ」

「一番何も任せちゃいけないヤツになってないか」

「ま、特にやりたいことないしなあ。別に文化祭自体が面倒ってわけじゃなくて、とりあえずみんなでやるなら俺も頑張ろう的なノリっていうか。つーか、そういう颯真はなんかやりたいヤツあんの?」

「うーん……」

 

 久我から視線を外して、黒板を見やる。既にいくつか定番の出し物は揃っているようで、演劇やメイド喫茶などとりあえずで出された企画がだんだん斜めになりつつ並んでいた。

 

「……あ、お化け屋敷とか。面白そうだしいいんじゃないか?」

「あー、確かに? 教室の準備とか、仮装とかでやり甲斐はありそうかも?」

「それに人員もそこまで割かなくてもよさそうだし、全員の時間も確保できる」

「じゃあ俺達それに入れるか。他のクラスと被るだろうけど、うちは独自性で勝負しよう」

「なら今のうちに他と差別化できるアイデア考えておかないとな」

「今日びそんな文化祭楽しみにしてんの、あんたたちだけやと思うよ?」

 

 後ろの席の小枝(こえだ)が、いつもの丸眼鏡の掃除がてら俺達に混ざってくる。

 

「そりゃまあ、俺達ってそれくらいしか楽しみが無いからな」

「悲しすぎひん?」

「勝手に俺まで巻き込むな」

 

 久我が勝手に俺を巻き込んで話を進めて、小枝がまとめて俺達に苦言を呈する。番号順で近かったから、というだけで二年目に突入した、いつもの光景だった。

 

「うちはメイド喫茶やりたいねんなあ」

「小枝がメイド?」

「あ。久我やん、ちょっと想像したやろ?」

「おう。今メイドバニーかメイドビキニにするか迷わせてるところ」

「変態さんやねえ。なんでも足し算すればいいってモンじゃないで?」

「でもプリンに醤油かけたらうまいだろ。……あれ? プリンにソースだったっけ?」

「どっちでもええよ。ゆっくり悩み」

 

 真面目に熟考する久我を見て、小枝はからからと笑う。このまま二人ともブレーキを踏まずに直進し続けるのは見え透いていたので、変な方向へ話を進ませないためにも割り込んで問いかけた。

 

「なんで小枝はメイド喫茶やりたいんだ?」

「だってウチのクラス、それはそれは面の良いイケメンさんがおるからなあ。その人にあれこれ着せ替えさせれば、お客さんもぎょうさん来て、最低でも経費の元は取れるんちゃう?」

「……俺を客寄せに使うつもりなんだな?」

「もちろん。そんなかっこいい顔してるのが悪いんよ。はー、眼福眼福。今年も颯真くんと同じクラスになれてよかったわあ。冬休みの間に神社巡りした甲斐があったよ、ほんまに」

 

 すりすりと手をすり合わせる小枝には、もう話を投げないようにした。

 

「颯真に仮装させるならお化け屋敷でもいいんじゃないか?」

「そうやねえ……ドラキュラとかもええなあ。つけ八重歯とかでメイクして、がおー、ってしてみたらどうやろ? きっと女の子もイチコロやし、何なら自分から首見せにくるんちゃう?」

「しないぞ」

「いけずやわあ」

 

 不満そうに口を尖らせる小枝を受け流して、そのまま話を続ける。

 

「つーかそもそも俺、当日はクラスにそこまで長い時間いられないかもしれないし」

「え、何で?」

「今回の文化祭、自由発表の手伝いしに行かないといけないんだよ」

「手伝い? なんで片桐が」

「体育館とかで使ってるスピーカーがうちの商品だから」

「ああ、そういうこと」

 

 片桐グループは音楽業界でもトップのシェア率を誇る有名企業だった。

 俺の曽祖父の代で起業した会社は、祖父の代で既に全国へと展開する大企業へと成長し、今の代表である俺の父は現在、海外へ向けた企業展開に尽力している。そんな一族纏めて日本の音楽業界に多大な貢献を果たした片桐グループの跡取りが、片桐颯真と片桐舞香の二人というわけだった。

 普通なら長男の俺が父の跡を継ぐのだろうが、こと俺達の家族に関しては俺と父の関係が悪く、そのうえ舞香の方が現時点で業界の人間や子会社の社長との繋がりもあるので、俺よりも舞香の方が跡継ぎとして相応しいという声の方が多い。もちろん、俺もその声を上げているうちの一人だった。

 とはいえ当の本人は、俺の方が代表に相応しいと駄々をこねているが。

 

「大企業の息子さんやとそういうのも頼まれるんやねえ。かわいそうやわ」

「いや、普通なら断るんだけど、今回は萩本先生が困ってそうだったから」

「あー、今年の自由発表って萩本先生が担当なんだ」

「もう定年近いのによう働いとるなあ。うちも大人になったらああなりたいわあ」

「楽しかったなー、去年のクラス」

 

 そんな風に三人で、去年萩本先生が担任していた自分のクラスのことを思い出す。初めての高校生活で不安も募っていたが、あの人が担任してくれたお陰で、久我や小枝とこうして長い付き合いになれたと思うと、感謝してもしきれなかった。たぶん本人は、別にいいよ先生ってそれが仕事なんだもん、みたいに謙遜しそうだけれど。

 まあ、そういう故もあって今回、手伝いを自分から名乗り出たというわけだった。

 

「そんでも、自分の親の会社の商品だからって具合とか分かるもんなん?」

「一応な。中学の頃、遊びでギターとかやってたから、そこら辺の知識も自然とついた」

「英才教育ってやつか」

「いや、楽しいからやってただけだよ。最近はやってないけど」

「ええなあ。ギター弾いてるところ見せてや今度」

「機会があったらな」

 

 なんてだらだらと話をしていると、企画の集計をしていたはずの西園が、いつの間にか俺達の近くまで来ていることに気が付いた。

 

「今、最後の集計するためにグループごとに聞き取りしてるんだけど……あなた達は何かある?」

「何もなし!」

「ないで~」

「特に何も……」

「相変わらず主体性のない三人ね……」

 

 いつも通りの調子で答える俺達に、西園が呆れたような溜息を交えて答えた。

 

「ならもう、どの企画に投票するのか教えてくれるとありがたいわね」

「じゃあ俺と片桐はお化け屋敷で頼む」

「うちはメイド喫茶~」

「あら、そこは割れてるのね。それに小枝さんがメイド喫茶なんて、意外かも」

「だって考えてみ? 颯真くんみたいなイケメンさんにメイドの恰好させられるんよ?」

「…………」

 

 え、なんで無言に……。

 

「…………いや、ダメよ。片桐くんが嫌がるかもしれないし」

「自分、今ちょっと想像したやろ?」

「とにかく! 三人の投票分はもう持ち帰るから! 文句ないわね!?」

「ああ、頼んだ。ありがとう、西園」

「どういたしまして!」

 

 まるで突きつけるような勢いのまま言葉を返した西園が、また別のグループへと聞き取りに行く。

 そんな彼女の背中を眺めながら、小枝がぼそりと。

 

「委員長さんもむっつりやなあ」

「ま、俺ほどじゃないけどな」

「張り合うなよそんなことで」

 

 また何も考えずに話し出した久我にいつも通り二人で付き合っているうちに、ひとまず全員の集計を終わらせたらしい西園が、黒板の企画に正の字を書き連ねていく。

 どうやらクラスの面々もメイド喫茶かお化け屋敷どちらかに概ね固まっているらしい。というより、メイド喫茶は男子の強い要望によって、お化け屋敷は女子の抵抗によって、それぞれ票を獲得しているみたいだった。

 

「頼むでほんま……メイドやメイド……颯真くんのメイド以外ありえへん…………」

「こいつ仮にメイド喫茶に決まった場合、自分も着なきゃいけないこと忘れてないか?」

「忘れてへんよ。てかうちのメイドなんてご褒美やろ、ありがたく思い」

「……まあ、これだけ自信があるならいいんじゃないか?」

「甘やかすなよこんなやつ」

 

 そうこうしているうちに、集計も終わって。

 

「じゃあ今年の出し物はお化け屋敷にひとまず決定で! どんな風にするかとかはおいおい決めていくとして、みんなで協力して絶対に成功させるわよ!」

 

 西園の号令に主に女子からの拍手が起こる中で、隣の小枝だけが悔しそうに机を叩いていた。

 

「なんでや……イケメンのメイド姿が、どうして……!」

「そこまで見たかったのか?」

「当たり前やろ! かわいそうに思うんやったら今度プライベートで撮らせてや……!」

「嫌だ」

 

 既に出し物の練習をしているのだろうか、小枝は俺に向かってそんな怨嗟の声を上げていた。

 それを断固として拒否していると、一仕事終えた西園が、俺の隣の席へ戻ってくる。

 

「お疲れ西園ー」

「ええ。なんとかメイド喫茶は阻止できたわ」

「なんてことをしてくれたん……?」

「え、小枝さん本気で泣いてる?」

「そっとしておいた方がいい」

 

 あまりの小枝の形相に困惑した西園に、首を振ってそんな言葉を渡した。

 

 

 今日は珍しく、学校が終わってもかなたからのメッセージが来なかった。

 まあ、ここのところ毎日だったので、流石に向こうにも疲れが溜まっているのだろう。それに向こうにも一応、予定というものがあるはずだ。そう考えれば珍しいとは思えど、別に変だとは思わなかった。

 とはいえ部活に所属していない俺は他にすることもないので、同じく暇を持て余している久我と小枝と一緒に、文化祭の書類を作成している西園に付き合うことにした。

 

「久我やん、ガチャ代行お願いしてもええ?」

「任せろ。パチンコ屋さんくらい光らせてやる」

「おー、光る光る。相変わらず久我やんはラッキーマンやなあ」

「だろ?」

 

 携帯を二人して覗き込む二人をよそに、西園の書類へと目を通す。

 

「まず飲食じゃないって時点で、申請するものがそもそも少ないのか」

「そうね。それにメイド喫茶とかに比べて演出とか仮装に必要なものもある程度自費で賄えるし、そのあたりは楽で助かったわ。まあ、その分工夫しないといけないけれど」

「あと気になるのは買い出しの際の申請だけど……まあ、変に遠いところさえ選ばなければ問題ないんじゃないか? というより、引っかかるならキャストのメイクあたりになると思う。頭髪とか、過激すぎると問題だろ」

「そのあたりは実行委員会に聞かないといけないから何とも言えないわね。まあ、うちの女子は色々と隠れてやってるみたいだし、その子たちから上手いやり方でも聞き出してみようかしら」

「そういうものなのか」

「男子は気づいてないかもしれないけど、意外とみんなやってるのよ?」

 

 そうやって一緒に書類の確認を一つ一つ行っていたところで、隣の小枝が急に俺達に混ざってくる。

 

「颯真くんが直接聞けばみんなホイホイ教えてくれると思うで?」

「そうなのか」

「そらこんなイケメンからメイク教えてほしいって言われれば、なあ? ゾノちゃんもそう思わへん? こういうイケメンを自分好みに仕立て上げて、そんでキャーキャー言われてるイケメンの後ろで腕組みたいやろ」

「私、そういうの何ていうか知ってるわよ。厄介オタクって言うんでしょ」

「ムキー!! こンの(アマ)ァ!! (どぅおれ)が後方彼氏面しかできない芋女やァ!!!」

「落ち着け小枝! 事実だろ!」

 

 急に暴れ始めた小枝を、久我が慣れた様子で羽交い締めにした。

 関わるとまた逆上しかねないので、小枝は久我に任せて西園と話しを進める。

 

「とにかく、これで一度、実行委員会の方に提出してみるわ。手伝ってくれてありがとう」

「いや、俺も時間は余ってたし。西園の助けになれたなら、よかった」

「気遣いありがとう。さて、それじゃあ提出してこようかしら」

「せっかくだし、俺もそこまで付き合おうか。小枝と久我は……」

「することないし行くわ!」

「いい加減落ち着けって」

 

 下校する準備を軽く終えてから、なぜか用がある西園ではなく、ずかずかと大股で歩く小枝の後を追って、俺たちは教室を出た。そうして職員室まで行く途中の二階渡り廊下を歩いていたところで、ふと。

 

「……なんか、外の方が騒がしくないか?」

「え?」

 

 久我の言葉を受けて窓の外に目をやると、何やら校門にまばらな人だかりが出来ているのが見える。もっとよく様子を見るために窓を開けてみると偶然、渡り廊下の近くを通りがかる生徒の話し声が聞こえた。

 

「校門に人集まってるけど何アレ?」

「なんか三後の生徒さんがうちに来てるみたいだよ」

「え、三後のお嬢様が? なんで?」

「さあ? うちの学校に彼氏さんでもいるんじゃない?」

 

 ………………。

 

「お前んトコの妹か?」

「……多分?」

「うちの学校で三後に関係あるの、颯真くんしかおらへんやろ」

「え、片桐くんってお兄ちゃんなの?」

 

 西園には悪いが、ひとまずそれは今更なことなので置いておくことにして。

 

「別に舞香から連絡はなかったんだけどな……?」

「あんな、年頃の女の子は突然の『来ちゃった♪』に憧れるモンやねん」

「それにしてはだいぶスケールが違う気がするけど……」

「とにかく言ってやれよ、颯真。妹さん待たせるのも悪いだろ」

「まあ、そうだな。じゃあ悪いけど、俺はこのあたりで」

「ほなね、颯真くん」

 

 そうやって三人に挨拶を投げてから、昇降口へと向かう。

 ……それにしたって、俺の学校に来るなんてどうしたんだ、一体。

 

 

 校門に集まる人だかりの中央には、やはり三つ子の制服を着た舞香の姿があった。

 少し離れた場所には見慣れた乗用車が停まっていて、傍に立つ運転手の鴨川さんが軽く会釈を渡してきたので、俺もそれに返す。そうして舞香の方へと近づいていくと、人だかりからは、ああ、みたいな納得とも落胆とも取れるような、とりあえず俺が来ることは予想されていた反応が薄く返ってくる。

 集まっておいてそれはどうなんだ、という言葉をぐっとこらえて、舞香へと声をかけた。

 

「舞香?」

「お兄様。お迎えに上がりました」

 

 俺の言葉に、舞香が恭しく頭を下げる。

 

「来るなら連絡してくれればよかったのに」

「申し訳ございません。急遽、決まったことでしたので」

「……何かあったのか?」

「悪い知らせではございませんので、ご安心を。詳しくは車内でお話しましょう。こちらへ」

 

 舞香に促されるまま車の方へ歩いていくと、鴨川さんが俺に頭を下げた。

 

「ご無沙汰しております、颯真様」

「お久しぶりです。いつも舞香の送迎、ありがとうございます」

「とんでもございません。颯真様も何かあれば、いつでもお声がけください」

「俺は大丈夫ですから。でも、もしもの時はお願いするかもしれません」

「その時は是非。さ、どうぞお乗りになってください」

 

 鴨川さんとの挨拶を終えて、後部座席のドアをがちゃり、と開く。

 

「おっせーんだよバカ」

 

 ばたん。

 

「? ……? え?」

「お兄様? どうかされましたか?」

「いや……なんか、いるはずのない人間がいたような……気が……?」

「いきなり閉めてんじゃねーよ」

「うわっ!」

 

 どうやら俺の見間違いではなかったらしい。

 果たして窓を開けてこちらを覗いてきたのは、制服姿のかなただった。

 

「かなた……? どうしてお前がうちの車に……?」

「いいからさっさと乗る。ほら、お嬢様が待ってんじゃん」

「あ、ああ……それなら俺は助手席の方がいいか……?」

「は? アタシの隣がイヤって言いたいわけ?」

「……わかった」

 

 かなたが何をしたいのか、というかそもそもなんで舞香と一緒に俺の学校まで迎えに来たのか、そして何より舞香がかなたを同じ車を乗せるのを許したのか、全てが分からないままだったが、とりあえず言われるがままかなたの隣へ座る。

 

「では鴨川。手筈通りに」

「承知いたしました」

 

 そんな舞香と鴨川さんの会話があった後、車が静かに走り始めた。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 気まずい。

 本来ならば俺をわざわざ迎えに来た理由を聞くべきなんだろうが、ことこの二人が揃っていると、どうにも難しい。そもそも先日の一件は、舞香がかなたのことを鑑みて引き下がってくれたものの、二人の仲そのものは未だに手つかずのままだった。だからこそ、今ここに二人が揃っているのが不思議で仕方ないのだけれど。

 そんな俺達の空気を感じ取ったのが、鴨川さんが運転しながらも俺に言葉を渡してくれた。

 

「颯真様は、学校の方はどうでしょうか」

「今それ聞きます?」

 

 いやまあ話題の提供をしてくれたのは嬉しいけど。

 

「謙遜なしに楽しいですよ。今日は文化祭の出し物を決めました」

「そういえばもうそんな時期ですね。颯真様のクラスは何をされるんですか?」

「お化け屋敷に決まりましたよ。メイド喫茶と僅差になりましたけど」

「つまんなそー」

「そんなことないだろ」

 

 携帯に視線を向けたままのかなたに、思わずそう返す。

 

「というか、三後の方も文化祭近いんじゃないか?」

「はい。私たちのクラスはメイド喫茶を執り行うことに決まりました」

「……舞香と、かなたが……メイド?」

「何、なんか文句あんの」

「いや、文句というか……え、それはかなたも賛成したのか?」

「反対したに決まってるでしょ。接客とかメンドそうだし」

「もちろん私も反対していました。ですが、楠見かなたにメイド服を着せたいという派閥が予想以上に大きく、それに結局押し切られるような形で決まってしまい、このような結果に」

「誰かにメイド服を着せたいヤツはどこにでもいるんだな……」

 

 そうなると俺はかなりギリギリで回避できたのかもしれない。

 あのまま小枝に押し切られたと思うと、なんて身震いしていると、ふとかなたが。

 

「……そんで、アンタ来るの?」

「え?」

「だから、うちの文化祭。来るの?」

 

 携帯から目を離して聞いてくるかなたに、慎重に言葉を選ぶ。

 

「そりゃまあ、前々から舞香に言われてたから、行くつもりだったけど……」

「あっそ。よかったねー、お嬢様。大好きなお兄様がアンタのメイド姿見に来てくれるってさ」

「ええ、この上ない喜びです。特に楠見かなたではなく、私のために来てくださるところが。普段は遠慮しがちなお兄様に、日ごろの感謝を伝える絶好の機会……誠心誠意ご奉仕させていただきますので、当日を楽しみにしていてくださいね、お兄様」

「乗り気になってるところ悪いけどさ、アンタみたいな無愛想なメイドに接客されても嬉しくないでしょ。アンタがやるくらいならアタシがコイツの接客した方がマシじゃない? あ、そーだ。何ならそーまの専属メイドやってあげてもいいけどね? もちろんそれなりにお金は払ってもらうけど」

「……貴女のような粗暴なメイドが、お兄様を満足させられるとでも?」

「別にコイツが満足するかなんて知ったこっちゃないよ。ただ、少なくともアンタよりはマシってだけ。だってアタシを家に泊めるくらいは一緒に居て居心地いいらしいし、ならアタシが接客してやった方がコイツも嬉しいでしょ」

「…………」

「…………」

 

 女子同士のケンカに対して、男子はこれほど無力なのかと思い知らされた。

 気づけば俺の体は出来る限りドアの方に寄っていて、それは二人の口論からなるべく逃げることを選択している本能がひとりでに働いているようだった。ちらりと助けを求めるためにバックミラーの方に目をやると、鴨川さんと目が合ったものの、彼も残念そうに首を横に振るだけで終わった。

 意を決して、わざわざ前と後ろの席同士で睨み合う二人の間に割って入る。

 

「……その、とりあえず文化祭には行こうと思ってるから、楽しみにしてる」

「どちらを? 私の接客ですか? それとも楠見かなたの接客ですか?」

「それは……そっちのスケジュールもあるだろうし、時と場合によるだろ」

「逃げんなよここで」

 

 とにかく。

 

「俺としては今この車がどこに向かっているのかの方が気になるんだけど……」

「ゲーセン」

「なんでだ」

「そこのお嬢様にでも聞いてみれば」

 

 恐る恐る視線を渡してみると、舞香は不満そうな表情のまま答えてくれた。

 

「日頃からお兄様は、楠見かなたとゲームセンターで遊ばれているとのことでしたので」

「無理やりかなたに付き合されてるだけだよ。まあ、俺も楽しんでるところはあるけど」

「であれば当然、私が誘っても問題はありませんよね? まさか楠見かなたの誘いには応じるのに、私の誘いには応じてくださらないのですか? お兄様はまた、私よりも楠見かなたを優先するのですか?」

「え? いや……」

「回りくどいなあ。アタシにお兄様取られて羨ましいなら素直に言ったらどうなの?」

 

 鬱陶しそうに携帯を触りながら、かなたがそんな言葉を投げる。舞香からの返答はなく、ただ冷たい視線がかなたの方へと向けられていた。

 

「可愛げないなー、ホント。普通にお兄様と遊びたーいって言えばいいのに。そりゃまあアタシだって偏屈なトコはあるけどさ。アンタみたいなメンヘラ見てると、コイツよりはまだマシだなって思うよ」

「粗暴な貴女には一生縁がない言葉かもしれませんが、淑女の美徳として奥ゆかしさというものがあります。自らの気持ちを素直に伝えるのも結構だと思いますが、それで相手が迷惑するようなら、それはただ感情を押し付けているだけですよ。尤も、貴女のような下品な人間は、仮に言葉を覚えても実践できないのでしょうけれど」

 

 そんな言葉の応酬のあと、再び車内が険悪な雰囲気に包まれる。

 しかし切り出すには今しかない――というよりはこれ以上この二人に言い争わせたら俺も鴨川さんもどうなるか分かった物ではない――と悟ったので、恐る恐る手を上げながら俺は二人の間に割り込んだ。

 

「……その。二人に言いたいことがある」

「何でしょう」

「早く言って」

 

 思えばこの前もこんな風に促されたし、それはきっとこれからも変わらないのだろう。

 少し肩を竦めてから、俺は先に舞香の方へと向き直った。

 

「まず、舞香」

「はい」

「遊びたいなら全然付き合うよ。ここ最近、舞香も休めてなかっただろうし、息抜きも必要だろ。ただ、そういうつもりなら事前に言ってくれ。舞香がいつも言ってる通り、俺たちは兄妹だろ。遠慮なんてしなくていいから」

「ありがとうございます」

「次にかなた」

「何。アタシ何もしてないけど」

「舞香は可愛げがあるだろ」

「そうだったこいつもシスコンなんだった……!」

 

 俺の言葉に、かなたが頭を抱えて蹲った。

 だけどこれで二人の口論も落ち着いたし、何より二人が俺を車に乗せた理由がなんとなく理解できた。いや、理由が分からなかったら分からなかったでこれはほとんど拉致に近い行為なので、話してもらわないと困るんだけど。

 肩の荷が下りると同時に精神的な疲れを感じて、思わず息が漏れる。

 

「つまり今日は舞香も入れて、三人でいつも通り遊ぶってことでいいんだな」

「そーゆーこと。ま、このお嬢様がどうしてもって言うから仲間に入れてあげただけ」

「私としては、楠見かなたがお兄様に不埒な真似をしないか見張るために同行しているだけです」

「はいはい、それでいーよもう。ぐちぐち聞かされるよりそっちの方がいいし」

 

 なんてかなたが返したのを最後に、また二人の会話が途切れる。

 この時点で既に俺には疲れが溜まり切っていること、おそらく今日一日は二人の板挟みになること、よくよく考えてみれば俺には拒否権がなかったこと、それらを除けば舞香の息抜きにもなるいい機会だと思う。

 ……いや、まあ。だいぶ割を食ってる自覚はあるが、今更言ったってどうにもならないだろうし。

 そうして気まずい空気のまま、ゲームセンターへと運ばれている最中に、ふと。

 

「……思ったんだけど、かなたはよかったのか?」

「何が」

「いや、その……俺と遊ぶときに、舞香がいても。てっきり、断ると思ったから」

「だって電車賃浮くもん」

 

 毎回電車賃出してるの、俺なんだけどな。

 なんて言ったらまたかなたが怒り始めるのは分かり切っていたので、口にしないでおいた。

 




キャラ増やしすぎや いやでもこんなもんか
なんかこんだけの内容で一万文字とか長すぎる気がするんでもうちょい短くして一話当たりの展開増やすようやってみます
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