別の学校のギャル   作:宇宮 祐樹

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 しばらくして、駅前のファミレスにて。

 遠慮せずに商品を頼み続けるかなたの隣で、事の経緯を一から説明したのち。

 

「つまりアンタが佐伯センパイに自分からちょっかい出しに行っただけじゃん」

「……まあ……そうなる…………」

 

 あまりにも簡潔なかなたの要約を、俺はただ受け入れることしかできなかった。

 

「なんていうかさあ……アンタ、他人に優しくするのもほどほどにした方がいいよ? そりゃまあ、アンタの底抜けに優しいトコは、アタシも気に入ってるけどさ。でも、アンタのいちばん危ないトコだとも思ってるからね。だってそうやって誰にでも優しくしてるうちに、いつか自分が損してそうだもん」

「それは……まあ、そうだな。俺も自分を優先するべきだとは思っている」

「自覚してんならさっさと治した方がいいよ。特にそのツラで誰にでも優しくしてると、勘違いするバカ女がうじゃうじゃ湧いてくるだろうし。いつか自分でも覚えてない女に背中刺されても、アタシ知らないからね」

 

 運ばれてきたフライドポテトを次々と口に運びながら、かなたが忠告じみた言葉を俺に浴びせてくる。その内容には否定したいところが多々あったが、今の俺にそんな資格などあるわけがなかった。

 そうして説教を喰らう俺を眺めていた佐伯さんが、チョコケーキを食べながら、ぽつりと。

 

「えっと、かなたちゃんはもしかして今、私の話をしているのかな……?」

「いえ、今のは自己紹介でしょう。勘違いするバカ女、という自己分析ができていて何よりです」

「なんだとコラ……!」

 

 震えた拳を机に叩きつけながら、かなたが二人を睨みつける。そこに介入できる立場ではないことは自覚していたが、このままかなたを放置するとコップを投げ出しかねないので、破滅を覚悟で止めに入ることにした。

 

「かなた、落ち着いて……」

「大体アンタね、アタシとブラコンお嬢様抱えてるくせに他の女に手ぇ出してんのはどういう了見なの? 今日はアタシたちに付き合うつもりって自分で言ってたよね? なのに、なんでただゴミ捨ててくるだけで女一人釣って来てんの? なに、ゴミと佐伯センパイ交換してきたの? どんなリサイクルだよ?」

「別に釣ろうとかそういうつもりじゃ……」

「しかも『スタジオで二人っきり、秘密の練習♡』みたいな予定まで立ててきたよね? 何をどうやったらあの短時間でそこまで女の懐に入れ込めるんだよ。佐伯センパイが死ぬほどチョロい脳味噌スカスカのアホ女か、アンタがよっぽどの女誑しかのどっちかじゃないと辻褄会わないんだけど?」

「……佐伯さんはそんな人ではないと思う」

「じゃあアンタがよっぽどの女誑しってことでいいね?」

「だから、そういうつもりじゃないって何度も言ってるだろ」

 

 そうやって最後に反抗をしてみるけれど、ついにかなたは聞く耳を持ってくれなかった。俺の言葉を意図的に遮断したかなたが、明後日の方向を向きながらメロンソーダをストローから啜っている。

 どうにもなくなって舞香と佐伯さんの方へ視線を投げるが、二人は俺を助ける素振りを見せず、話を進めていた。

 

「ところで佐伯様は、我が社のスタジオを借りて練習されるとのことでしたが」

「うん。片桐くんが話つけてくれるって言ってたから、それに乗っかっちゃおうかなー、って」

「でしたら、私もご一緒してよろしいでしょうか?」

「え、舞香ちゃんが?」

 

 首を傾げる佐伯さんへ、舞香が話を続ける。

 

「私も軽音楽は多少なりとも嗜んでおりますので、佐伯様のお力になれるかもしれません。それに片桐颯真と片桐舞香がプライベートで使用する、とスタジオの方に話を通せば、ある程度の融通は利くと思いますので、佐伯様にとっても悪い話ではないかと」

「え、それってつまり、スタジオ貸し切りにできるってこと? うわすご、ホントにお嬢様って感じ……。でも、いいの? プロの人ならまだしも、私ってまだ楽譜も読めないような初心者なのに、そんなことしてもらって」

「いえ、むしろ音楽に触れたことのない佐伯様だからこそ、より良い環境を提供したいのです。音楽に触れる機会をあらゆる人に提供するのが、我が社の掲げる信条ですので」

 

 自信に満ちた表情で話す舞香に、佐伯さんが、おー、なんて言いながら手を叩く。

 確かに舞香も一緒ならスタジオの都合もつきやすいだろうし、経験者も増えることになるから、佐伯さんはかなり練習しやすくなるはずだ。自分で言うのも何だけど、贅沢すぎて次からの練習が物足りなくなるくらいだと思う。

 そうなると後は、楽器の割り振りだけど……。

 

「佐伯さんはドラムで決まってるとして、舞香はどうする? いつも通りキーボードか?」

「そちらの方が色々と埋め合わせもできるので便利なのですが……今回はできるだけ佐伯様のバンドメンバーに合わせる形がよろしいかと。お手数ですが佐伯様、バンドの構成を教えていただけますでしょうか?」

「えっと、ドラムは私として、ギターが二人とベースが一人の四人。キーボードはいないんだよね」

「でしたら、私は今回ベースを担当します。お兄様がギターで構いませんよ」

「いいのか? 確か、この前も俺にギター譲ってくれたし、今回は舞香がやってもいいんだぞ」

「いえ、私はお兄様のギターを聞きたいのです。なのでベースで構いません」

「……わかったよ」

 

 俺としてもギターが一番自信あるから、ありがたい話ではあるんだけど。

 ……舞香の方が確実に上手なんだし、遠慮しなくてもいいのに。

 

「あとは練習する曲だな。何をやるのかさえ教えてくれれば、あとはこっちで練習しておくよ。さすがに細かいところまでは手が回らないだろうけど、最低でも通しで弾けるようにはしてみる」

「では、日程はいつにしましょう? 私は直近だと土曜日の昼過ぎであれば、二時間程度は空けられますが」

「俺も土曜日で問題ない。佐伯さんは? バンドメンバーとの練習と被らないか?」

「ううん、それは大丈夫だけど……え、土曜日って明後日だよ? 二日で何とかなるの?」

「……まあ、形にはなるんじゃないか?」

「ええ、何も問題はありませんよ」

「すごいなー……」

 

 よっぽど尖ったギターソロとか、変な奏法とかがあった場合はその限りじゃないけど、文化祭で発表するような曲なら大丈夫だと思う。とはいえさすがに暗譜は難しいから、逐一コードの確認とかは挟むかもしれないけど。

 とにかく、そんな風にスタジオ練習の予定も思ったよりすんなり進んで行って。

 

「じゃあ、当日の時間とか集合場所は後々決めるとして、ひとまずは土曜の昼からってことでいいな?」

「はい。私は都合がつきそうなスタジオを探しておきますので、見つかり次第ご連絡します」

「な、なんだか大掛かりな話になっちゃたなあー……」

「佐伯さんは気にしなくていいよ。そもそも俺が佐伯さんに口出ししたのがきっかけだし。それに、久しぶりにギターも弾けるみたいだから、実を言うと俺もそこそこ楽しみに……」

 

 なんて佐伯さんの言葉に答えようとしたところで。

 すごごごごごご、と空になったメロンソーダを啜る音が、隣から聞こえてくる。

 

「……………………」

 

 ゆっくりとそちらの方に振り返ると、俺を睨みつけるかなたと目が合った。

 

「よくもアタシを無視してそこまでペラペラ話ができるね?」

「別に無視してたわけじゃ……」

「じゃあ何? さっきからスタジオの話してる時、一度でもアタシのこと考えてた?」

「……いや、それは……」

「はい時間切れ~。罰ゲームね」

 

 そうやってかなたが携帯を取り出すと、そのままメニューを手当たり次第に注文していく。まるで今日の夕食どころか明日の朝食までここで済ませると言わんばかりの勢いに、俺は制止する意思よりも驚きの方が勝っていた。

 止めさせないと、ということに気づいたのと同時、かなたが携帯を机に投げる。

 表示された画面には、デザートを中心とした夥しいほどの注文履歴が映っていた。

 

「お前、これ……本当に全部食べるつもりか?」

「当たり前でしょ。どうせアンタが払うんだし、食べられるうちに食べとかないと損じゃない?」

「……いや、そうじゃなくて。これだけ食べると流石に太るんじゃないか?」

「アンタってホントにアタシの神経逆撫ですんの上手だよね?」

「待て待て待て待て……!」

 

 頬をひきつらせたかなたが、俺の胸倉を掴む。

 続く言葉を放ったのは、かなたでも俺でもなく、俺達のやりとりを眺めていた佐伯さんだった。

 

「さっきから気になってたんだけど、かなたちゃんと片桐くんって結局、どういう関係なの?」

 

 ………………………………。

 

「そ、っ……れは……どういう、意図の質問なん、だ……?」

「え? あ、違うよ!? 普通に気になっただけっていうか、片桐くんの別の学校で、しかも女子の知り合いがいるって意外だったから。どういう経緯で知り合ったのかなー、って思っただけで」

「ああ、まあ……確かに、気になるよな。えっと、かなたは俺の……」

 

 そうやって答えようとしたところで、言葉が詰まる。

 ……俺にとって、かなたがどういう存在か?

 そんなの、友達……とは、少し違う気がする。こんなのを友達だとは思いたくない。

 だけど、友達以下だとも思えない。そう思っていたら、俺はかなたを家に泊めてはいない。

 なら、自分と同じ境遇の人間? いや、それも少し違う。少なくともかなたの方がよっぽど酷いんだと思う。それは俺の憶測でしかないけど、それでも同じ境遇と言うのが憚られるくらい、俺と彼女の距離はあるはずだ。

 仲間……ではない。少なくとも、かなたは俺にそこまでの信頼を置いているとは思えない。そして俺自身も、かなたの仲間だと胸を張って答えられるほど、彼女のことを知っていない。

 だったら、俺と楠見かなたは一体、どういう関係なんだ?

 …………………………。

 

「……?」

「ちょっと、フリーズしたんだけどコイツ」

「佐伯様、お兄様に難しい質問を浴びせるのはやめていただけませんか?」

「今のってそこまで答えにくい質問だったかなー……?」

「いや、佐伯センパイじゃなくて人間関係終わってるコイツが悪いでしょ」

「……ちなみに、かなたちゃんは片桐くんとどういう関係なの?」

「サイフとその持ち主」

 

 ……いや、まあ、おそらくそれがお互いに一番正しいと思う答えなんだろうけど。

 それを自分で答えるのは、さすがにどうかと思うから、やめた。

 

「楠見かなた……また、貴女はお兄様のことを……!」

「何、なんか文句あんの?」

「あるに決まっているでしょう! 今すぐお兄様に対する認識を訂正しなさい!」

 

 声を荒げる舞香に、かなたがふと静かになって。

 

「……でもさ、別にアンタにコイツとの関係を言われる筋合いなんてなくない? そもそも周りの人間とどんな関係になってるか、ソイツから言われない以上、自分で勝手に決めるしかないじゃん。もしかしたらコイツもアタシにサイフ扱いされて気持ちよくなってるかもしれないよ?」

「そんなはずが……!」

「ま、さすがにアタシもそれはないと思うけどね。だけど、完全に否定もできないでしょ。……人間関係なんてそんなモンだよ。蓋を開けるまで、お互いが勝手に思い込むしかないの。そこでお互いの認識が合ってたら、よかったねー、で終わり。合ってなかったら、そこに軋轢が産まれて問題になる。みんながお互いの認識をすり合わせにいくのは、それが怖いからでしょ?」

 

 つらつらと語るかなたに、舞香は静かに口を閉ざした。

 ともすれば、かなたの意見はかなり的を射ているのかもしれなかった。俺もそうやって他人と軋轢が産まれるのが怖くて、出来るかぎり相手との認識をすり合わせて、問題を起こすことを回避するような人間だったから。

 自分が無いとは言わないけど、主体性がないと言われるとそうかもしれない。

 

「でも、それだとかなたちゃんは片桐くんと軋轢が産まれてもいい、ってことなのかな? だって片桐くんはかなたちゃんにサイフ扱いされてるのは……まあ、慣れてはいるんだろうけど、受け入れてるようにも思えないし。それで結局、片桐くんとの関係が終わっちゃうかもしれないのに、それでもいいの?」

「……まあ、愛着はあるから、それなりに手元に置きたいって思ってる。それにコイツもアタシと一緒にいると居心地いいみたいだしね。メッセも無視してゲーセンにも来なければいいのに、毎回律儀にやってきてお金くれるんだもん。もしかするとそういう趣味なのかもね」

「楠見かなた、これ以上のお兄様に対する侮辱は許しませんよ」

「つーか、そもそもコイツがいつまで経っても答えないから、アタシがサイフ扱いっていう都合のいい関係を提示してあげてやってんだよ? でも同意しないってことは別の答えがあるってことでしょ? それを言わないコイツに責任があるじゃん。アタシ詰めたって何も意味ないよ?」

 

 冷たい目で睨みつける舞香に、しかしかなたはひらひらと手を振りながら答えて。

 

「で、どうなの? 結局アンタ、アタシとどういう関係だと思ってるの?」

 

 続けざまにかなたに問いかけられた俺は、もう一度考えを巡らせた。

 ……勝手に思ってるだけ、か。

 確かにそうだ。俺も親父とは仲良くやっていけると勝手に思ってた。だけど、それは俺の勝手な思い込みで、親父はそうじゃなかったから今、俺は家を出ることになった。かなたの言う通り、人間関係なんてそんなものだ。

 だったら別に、俺もにかなたに合わせる必要はないのかもしれない。

 さっき答えが出なかったのは、出来る限りかなたに押し付けや強制をしたくなかったからだ。だけどかなたが俺に勝手な関係を押し付けてくるのなら、俺もそれに応えるように、勝手に思っている関係を提示するべきなのかもしれない。さんざん彼女に言われた自分のことを話す、そのことを求められているような気がした。

 俺がかなたに思っている、勝手なこと。

 その質問に対する答えはすぐに見つかった。

 

「俺が……一方的に、大事にしたいと思っているから……そばにいる、だけ……?」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 沈黙が流れる。

 数秒にも数時間にも思えるそれを破ったのは、かなたが勢いよく席から立ち上がる音だった。

 

「帰る」

「え? か、かなた……?」

「じゃあね」

「いや、お前……おい、デザート来るのにどうするんだ!」

「甘いモンいらねーよもう!」

 

 声を荒げたかなたが、そのまま逃げるように店から出て行ってしまう。

 それと入れ替わるように、注文したデザートが次々とテーブルを埋め尽くしていく。

 

「……いやー。片桐くん、その顔でアレはちょっとよくないよ」

「そ、そうか? 俺としては、日頃から思っていることを答えたつもりだったんだけど……」

「なおのことダメだね」

「いえ、お兄様は何も悪くありませんよ。非常に不愉快ではありますが、お兄様の回答は完璧なものでした。ただ、楠見かなたが勝手に勘違いする脳味噌の詰まっていないバカ女だったというだけのことです」

 

 淡々と答えた舞香が、ちゃっかりフルーツパフェへと手をつける。

 疑問は残るままだったが、とりあえずアイスクリームを食べてから考えることにした。

 

 

 それから二日が経ったあとの、スタジオ練習当日。

 

「テンポずれてるよ。もっとキック意識してみて」

「ひー! 追いつけないってー!」

「……大変なら最悪ハットは四分でいいよ。元の曲に寄せるんじゃなくて、自分がテンポキープしやすいように演奏して。ドラムの役割はバンドの足並みを揃えるところだから、そこだけは崩れないようにしよう」

「わかりましたあー!」

 

 元気よく返事をして、佐伯さんが再び曲に集中し始める。

 そうして八回目の通し練習が終わると、ついに佐伯さんはぐだっとドラムの上に崩れ落ちた。

 

「つ、つかれたあ……」

「お疲れ様。じゃあ、休憩にしようか。飲み物はスタジオ出てから飲んでね」

「はーい……」

 

 佐伯さんがのそのそとドラムから離れていくのを見送って、俺もギターを肩から降ろした。そうして椅子に座ったところで、同じようにベースをスタンドにかけて休憩を始めた舞香へと声をかける。

 

「……佐伯さんのドラム、舞香はどう思う?」

「最初の演奏より、遥かに上達したかと思われます。お兄様の指導の賜物ですね」

「というよりは佐伯さんが意外と理論派で、教えればすぐに動けるからな気もするけど」

「それも含めて、お兄様の指導が素晴らしかったということでしょう」

 

 そうなのかなあ。

 ドラムは本職じゃないから、どっちかというと楽器全般の基礎的なことしか教えてないけど。

 でも、確かに佐伯さんの上達には目を見張るものがあった。ゲームセンターで難易度イージーに苦戦していた頃に比べれば、見違えるほどに成長した。これなら今日のうちに一曲は完成するだろう。

 そうして一曲通して弾けるようになれば、その経験を活かして二曲目も三曲目も流れで演奏できるようになるはずだ。そのあたりは本来のバンドメンバーとの練習で完成させればいい。

 

「できればあと四、五回は通しで練習したいんだけどな」

「私もそれくらいで時間ですし、ちょうどいいのではないでしょうか」

「だな。佐伯さんもまだ体力ありそうだから、もう少し頑張ってもらおう」

「……ええ、そうですね。佐伯様は問題ないでしょう。ですが……」

 

 舞香と俺の視線が、ミキサーの近くの床へと向けられる。

 果たしてそこに見えたのは、マイクを握りしめながら力尽きた、かなたの姿だった。

 しばらくその様を観察していると、かなたが震えた手でマイクを口元に持っていって。

 

『こんなに大変なんて聞いてなかったんだけど……?』

「最初から飛ばしすぎなんだよ」

「ペース配分を考える頭すら足りていないのですか?」

 

 舞香の言葉に反論する力もないのか、かなたは中指を立てるだけだった。

 

「……違和感がなかったから聞かなかったんだけど、なんで今日はかなたもいるんだ?」

「ファミレスで予定を立てた翌日、楠見かなたも私たちの練習に合流したいと言い出したので、ボーカルパートを任せることになったんです。ボーカルが欠けていたところで練習的に問題はないのですが、佐伯様のためにもできるだけ実際のバンドメンバーと人数を揃えた方がよろしいかと思いまして」

『タダでカラオケ歌いに来るつもりだったのに……同じ曲ばっかり永遠に歌わせやがって……』

 

 だからあんなに最初から機嫌よく歌ってたのか、こいつ。

 

「喉がきついなら水分補給しろ。スタジオの外に自販機あるから」

「……金出して」

「ああもう、分かったから。好きなの買ってこい」

 

 面倒なのでサイフごと渡すと、かなたはずるずると身体を引きずりながら出口へと向かっていく。

 すると入違った佐伯さんが、床に伏せるかなたを見て小さな悲鳴を上げた。

 

「わ、かなたちゃん!? 大丈夫なのそれ!?」

「佐伯センパイ……自販機どこ……?」

「えっと、出てすぐ左の方にあるけど……え、そのまま行くの? 手伝おうか?」

「お願い……」

 

 せっかく戻ってきたのに、かなたに付き合わされてもう一度部屋を出ていく佐伯さん。

 そんな二人を眺めていた舞香が、大きなため息を吐いた。

 

「まったく……あの程度で音を上げるなんて、情けない女ですね」

「そう言うなよ。俺達に比べたらスタジオ練習なんて慣れてないだろうし、疲れるのも当然だろ」

「お兄様は楠見かなたに甘すぎます」

 

 それは、まあ、多少なりとも自覚はあるけど。

 

「かなたに甘いのはお前だってそうじゃないか?」

「……お兄様? 冗談だとしても、さすがにそれは……」

「でも、スタジオ練習にかなたがついてくるのを了承したのは舞香だろ? たぶんそっちの学校でやり取りしてるだろうから、俺達に言わず舞香が断りさえすればかなたがついて来ることもなかっただろうしさ」

 

 そもそも一昨日、同じゲームセンターで遊ぼうとしている時点で、舞香もある程度かなたのことを受け入れていた気はする。かなたが舞香にとって相容れない人間だということは、兄である俺の目から見ても明らかだけど、だからこそ二度もかなたと同じ場にいることを選択したのは意外だった。

 

「いや、悪いって言ってるわけじゃないんだ。むしろ舞香とかなたが仲良くなるのは俺も嬉しいし」

「私としては、楠見かなたがお兄様に不埒なことをしないよう見張っているだけです。それに私は自分のために楠見かなたを受け入れているわけではありません。当然、楠見かなたのためでもありません」

「……というと?」

「お兄様は、楠見かなたを一方的に大事にしたいと思っているようですので」

 

 …………………………。

 

「あれは……その、あまり真に受けないでくれ……」

「私はお兄様の邪魔をするつもりはありません。楠見かなたを愛玩したいということであれば、私はそれを尊重したします。もっとも、楠見かなたが弁えない振る舞いをするのであれば、即座に止めに入るつもりですが」

「愛玩って、そんなつもりじゃ……」

「ですがお気をつけください、お兄様。あれは自分でも言っていた通り、勘違いするバカ女ですから。距離感を一度でも間違えてしまえば、痛い目に合うのはお兄様です。触れ合うなら適度な距離を保つよう心掛けていただければと」

「お前、さてはかなたをペット扱いしてるな?」

「獣畜生という観点では同じでしょう」

 

 そんな、あまりにもな舞香の発言と同時に、スタジオのドアが開いて。

 

「楠見かなた、ここに復活!」

「ひかえおろー!」

 

 聖火ランナーみたいにスポーツドリンクを掲げるかなたと、控えるようにそれについてきた佐伯さんが戻ってきた。どうやら言葉の通り、さっきのゾンビみたいな状況から復活できたらしい。

 

「よかったな。じゃあ練習再開するぞ」

「アンタ少しは気ぃ遣って愛想笑いとかできないの?」

「……ここまでの付き合いで、俺がそんな愛嬌を振り撒ける人間だとまだ思えてるのか?」

「それが一方的に大事にしたいと思っているヤツへの態度なの?」

 

 ……もしかして俺は、かなたにものすごい強力な武器を渡してしまったのか?

 

「そうだよ片桐くん。あんなことかなたちゃんに言った手前、それ相応の態度は取らないと」

「それ相応って……」

「あーあ、なんかアタシ、練習終わりに甘いモノ食べたくなってきちゃったかも~」

「……分かったよ。練習手伝ってくれたお礼に、何か奢るから」

『駅前のカフェのフラッペね!』

 

 わざわざマイクを使ってまで宣言したかなたに対して、舞香がふと。

 

「……人に集るしか能のない獣畜生」

『は? 何か言った?』

 

 また二人の言い合いが長くなりそうだし、最終的にこちらへ矛先が向けられそうなので、俺はさっさと佐伯さんをドラムに座らせて、自分もギターを肩にかける。

 

「……こっちはこっちで始めようか」

「お願いしまーす」

 

 いつも通り口論を始める舞香とかなたをよそに、俺と佐伯さんは練習を再開した。

 

 

 佐伯さんのドラム練習は、おおむね成功という形で終わった。

 一曲目に限った話にはなるが、ほぼ完成したと言ってもいいほどの出来栄えになった。もちろん完璧とまでは流石に言えないが、文化祭のライブ程度なら充分に通用するだろう。

 さすがに二曲目と三曲目はさわりしか練習できなかったが、そこは本来のバンドメンバーとの練習で完成させていくしかない。とはいえ、今日を通して一曲を完成させるための練習方法は身体に染みついたはずだし、それこそ理論派の佐伯さんならすぐに二曲目、三曲目も仕上げられるだろう。

 そうして舞香の時間も来たし、佐伯さんも疲れたので解散という流れになって。

 俺は個人的にギターを弾くためにスタジオに残ったのだが。

 

「そーまってさー、そんなに音楽好きだったんだね」

 

 どうしてか、かなたは俺と一緒に残ることにしたみたいで。

 佐伯さんがいなくなって、空いたドラムをぽんぽんと適当に叩きながら、そう聞いてきた。

 

「意外か?」

「うん。だって、アンタ親とあんまり仲良く無さそうだし、それなら音楽も嫌いなのかなって思ってた」

「……それでもいいんだけどな」

「どういう意味?」

 

 子供の頃にはじめて弾いてからずっと、身体に染みついたリフを奏でながら答える。

 

「別に好きになりたかったわけじゃないんだ。ただ俺の周りには子供の頃から楽器があって、音楽に詳しい人も大勢いたから、自然とそうなっただけで。もしかすると、気づかないうちに強制されてたのかもしれない」

「じゃあ嫌いなの?」

「さあな。楽器を弾くのは好きだし、誰かの演奏を聞くのも好きだ。それこそ今回みたいに佐伯さんの練習を手伝ってやるのも、俺が楽しそうだと思ったからだし。……まあ、半ば佐伯さんに脅されたフシはあるけど」

「……なら、好きって言えばいいじゃん」

「そうなんだと思う。でも、胸を張って言えない」

 

 自分でも面倒な考え方だとは思う。ただ、それでも自分の中で納得はできなかった。

 それからしばらくは演奏に集中した。それは自分が楽しみたいからなのかもしれないし、あるいはかなたの言葉に対する明確な答えをはぐらかすためだったのかもしれない。ただ確かなのは、ギターを弾いている時だけは何も考えず、居心地よく過ごすことができるということだけだった。

 

「音楽が好きだとか嫌いとか、お嬢様に話したことあるの?」

「ないな。話したところでどうにもならないし、そもそも舞香は音楽が好きだから、そんなやつの前で音楽が好きだとか嫌いだとかを話すのも悪いと思って。……舞香の邪魔にはなりたくないんだ」

「でも、お嬢様はアンタのこと心配してそうだけど」

「早く無駄だってことに気づいてほしいな」

 

 なんて、自分でも卑屈過ぎたな、と反省しながらギターを弾いていると。

 

「……ふふっ」

 

 ふとかなたの口から、そんな笑みがこぼれたのが見えて。

 

「何だよ、そんな変なメロディー弾いてないだろ」

「違うって。ただ、ギター弾いてる時のアンタ、いい顔してたからさ」

「そうなのか?」

「そう。もっと自信持ちなって」

「別にギターに関しては自信ないわけじゃない」

 

 かなたがギターのことを言っているわけじゃないことは分かってる。

 でも、俺は素直に頷けなかったから、そう答えることしかできなかった。

 

「ま、難しいこと考えずにさ。音楽好きで通してもいいんじゃない?」

「できたら言ってる。でも、理由が難しいんだよ。好きに理由を求めることがそもそも、っていうのは分かってるけど、それでも俺の場合は納得できる理由を考えないといけない。でないと素直に好きって言えない」

「ならさ、上手なギター弾くとアタシが褒めてくれるから、ってことにしなよ」

「……褒めてくれるのか?」

「それなりに上手だったらねー」

 

 かなたの言葉に、一度ギターを弾く手が止まる。

 それから頭の中でうっすらと形になっていた楽譜を、そのままギターで弾いた。

 

「……あれ? それ、なんか聞いたことあるかも」

「最近、ショート動画とかで流行ってるやつ。耳障りいいから頭に残るんだよな」

「何、コッソリ練習してたんだ?」

「いや、弾いたのは今が初めてだよ。楽譜は耳コピで頭の中にあったから、それで」

「初めてなのに弾けるんだ。すごいじゃん」

 

 俺からすればそこまで難しくもない、適当な手慰みくらいの演奏。

 多分音も少し間違っているだろう。リズムもうろ覚えで正しいものではないかもしれない。

 だけど、かなたは俺のギターを褒めてくれた。音楽にそこまで明るくない彼女は、聞き覚えのあるメロディーを目の前で再現されたから、という程度の認識でしかなかったのだろうけど。

 ただ、何気ないその言葉は、俺が音楽を好きでいられる理由にはちょうどよかった。

 

「じゃあさ、アレも弾ける? ちょっと前にMV話題になってたヤツ」

「……これか?」

「それ! え、今のでよく分かったね。アンタ、アタシのこと好きすぎじゃない?」

「お前に四六時中付き合わされてるからな」

「それにしても、アタシもいいサイフ拾ったわー。料理もできて、家にも泊まれて、しかも音楽プレーヤーにもなれるなんて。あ、今度カラオケ行くときギター持ってきてよ? アタシが歌ってる時盛り上げてよ」

「……それくらいなら」

「約束だからね」

 

 俺のギターを聞いて、かなたは満足そうに笑ってくれた。

 

 

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