でもギリ月一更新ってことにすればおっけーか
■
三後の文化祭を週末に控えた、水曜日の夜。
「…………」
机の上に広げた二枚の招待状を見つめながら、俺は頭を抱えていた。
三後の文化祭は招待制だ。
歴史と伝統のある女子高らしく、一般客は生徒一人につき二枚しか配られない招待状を受付で見せる以外、文化祭を見学する術はない。家族だろうが親戚だろうが、招待状がなければ容赦なく弾く鬼のセキュリティである。
つまりこの招待状は、いわば三後という秘密の花園への入場チケットというわけだ。
なので価値もそれなりに高く、学校側が転売対策として招待状に招待する生徒の名前の記入を義務付けているくらいだ。もちろん在校生の名前が記入されていない招待状は無効扱い。そんなバカはいないと思うが、万が一在校生の名前が記入されたチケットが転売サイトに出品されたら、当該の生徒は停学を喰らうだろう。
そんな貴重な招待状が今、俺の目の前になぜか二枚もある。
「誰を誘えって言うんだ……」
実を言うと、これらは舞香から渡されたものではない。
舞香は前から。俺と親父に招待状を渡すと決めていたのだ。
鞄にしまってあるサイフにも、ちゃんと舞香から渡された招待状が一枚、息を潜めている。
では、ここにある二枚の招待券は誰のモノかというと。
『はい、これ。アンタに渡しとく』
『三後の文化祭の招待状? なんで俺に……』
『だってアンタ、うちの文化祭くるつもりなんでしょ? それないと入れないよ?』
『いや、そういう意味じゃなくて……そもそも俺は舞香からもう貰ってるぞ』
『あー……冷静に考えてみたらそうか。あのお嬢様がアンタに渡さないワケないもんね』
『だから俺には必要ない。かなたが招待したい相手に渡してやれ』
『……だとしてもアンタに渡しとく。てか、アンタ以外に渡したいヤツとか思いつかないし』
『おい』
『捨てんのもアレだし適当に使っといて。あ、転売しようとか考えんなよ?』
いつも通りゲームセンターで遊んだ後、半ば強制的にかなたから受け取ったものだ。
その時は断り切れずに押し付けられたが、後々になって事の重大さを思い知ることになった。
使わずに捨てることも考えたが、既にかなたの名前が記入されているそれをむやみに捨てるわけにもいかないだろう。名前と学校名しかチケットには記入されていないが、それでも充分な個人情報だ。なので下手に処理せず、この二枚の招待状はきちんと使って学校に返却したい。
しかし、そうなると俺は二人の人間を三後の文化祭に招待しなければいけないわけで。
「まず、佐伯さんは確定として……あと一人か」
佐伯さんを誘うことは、既に自分の中で決めていた。
舞香とかなたも既に面識のある一人、招待する相手としてはこれ以上ない人選だ。
だが、もう一人がどうにも決まらない。
というよりは、誰も誘いたいと思える人間がいないといった方が正しかった。
「……うーん」
天井をぼーっと見上げながら、数少ない友人たちの顔を思い浮かべる。
小枝は絶対にない。あいつにかなたと一緒にいるところ見られたら卒業まで毎日からかわれることが確定しているからだ。とはいえ付き合いも長いから招待してやりたい気持ちもあるが、残念ながら今回は見送ることにする。
久我もダメだ。俺とかなたが一緒にいるところを見ても何も思わないだろうが、あいつは口が軽いから絶対に小枝に話す。そうなれば結果は小枝を誘った時と同じだ。なので久我も早い段階で候補から外れる。
あとは……いや、いない。
俺の頭に浮かんだ友人の顔は、その二人だけだった。
「……………………」
自分の友人関係の狭さに辟易とする。これが今まで人間関係の構築をサボってきた報いかと思うと、自然と眉間に力が入った。こんな時に気軽に誘える人間がいないなんて、俺はどこまでつまらない人間なんだろうか。
……いけない。一人でいると、またすぐ自己嫌悪に陥ってしまう。
こんな時にかなたがいてくれれば、また適当に俺の悩みなんか笑い飛ばしてくれてるんだろうな。
そうやって自然とかなたの顔を思い浮かべたところで、気恥ずかしくなった。
「明日、考えよう」
面倒事を後回しにした俺は、鞄に二枚の招待状をしまってベッドに横になった。
■
翌日の放課後。
「というわけで、三後の文化祭の招待券がここにある」
「おー、ホンモノ初めて見たかも」
文化祭の準備のために教室に残っていた佐伯さんに、一枚目の招待状を渡す。
「時間さえ合えばどうかな。きっと舞香もかなたも喜ぶ」
「うん、ぜひぜひ。バンド練習とも奇跡的にかぶってないから行くよー」
「ありがとう」
よかった。佐伯さんもバンド練習で忙しいからどうなるかと思ったが、なんとかなった。
となると問題はやはり。
「もう一枚の、誰に渡そうかな……」
「久我くんか小枝ちゃんじゃないの?」
「いや、あいつらにかなたと一緒にいるところを見られたくない」
「ああー……いや、結構時間の問題だと思うけどなあ」
「だとしても、俺は最後まで足掻いてみせる」
「主人公みたいなこと言うね」
とにかく。
「この際、佐伯さんの知り合いでもいいから。都合の良さそうな人、誰かいないか?」
「ん~……どうだろう。パッとは出てこないかもなあ」
むむむ、と腕を組みながら佐伯さんが考えるが、しかしすぐに答えは返ってこない。
確かに自校の文化祭を控えたこの時期、そもそも誰かを遊びに誘うこと自体が難しいのだろう。
「まあ、うちのクラスは他と比べてそこまで忙しくないから、来れそうな人は多いけど」
「……できれば当たり触りのなくて、口の堅い人がいい。それに舞香とかなたの二人を前にしても屈しない、メンタルの強い人だと俺も安心できるな。でも男子の大半はダメだ。三後の空気に当てられて鼻の下を伸ばす様なやつに、この招待状は預けられない。これを渡せるのは、強靭な忍耐力と口の堅さを持ってる奴だけ……」
「スパイの面接してる?」
なんて佐伯さんと一緒になってうんうんと悩んでいたところで、ふと。
「佐伯さんに片桐くん? 最近あなた達仲いいわね、何かあったのかしら?」
おそらく文化祭に関する書類の手伝いを探していたのだろう、数枚の書類を手にした学級委員長の西園が、通りがかりに俺たちに声をかけてきて。
「……いた」
「いたー!」
「え、なになに!?」
突然声を上げた俺たちに困惑する西園を佐伯さんが捕まえ、そのまま流れるようにさっきまで自分が座っていた椅子へ西園を座らせた。そして俺は別に示し合わせてもいないのに、西園さんの前の席に座る。まるで取り調べのような状況に西園は混乱したままだったが、その方がこちらとしては都合がいいため、そのまま話を始めた。
「西園、いきなりで悪い。今週末の土曜日って空いてるか?」
「土曜日? ……内容によるわね。私だって色々と忙しいんだし、半端な用事じゃ……」
「実はここに、三後の文化祭の招待状が一枚ある。西園さえよければこれを譲ってもいい」
「え、ホントに!?」
「もちろん俺も佐伯さんも一緒だ。この三人で遊びに行かないか?」
「行く! 絶対に行くわ! だって私、もともと三後が志望校だったし!」
「それならよかった。だけど、この招待状を渡すにあたって一つだけ条件がある」
鞄から取り出した三後の招待状を見せながら、西園に話を続ける。
「条件って?」
「三後の文化祭に俺が行ったことを、小枝と久我の耳に入らないようにしてほしい」
「え、久我くんと小枝さんに? どうして? あなた達、すごく仲いいのに……」
「俺があの二人にこの招待状を渡していない時点で、ある程度の事情は察してくれ。要は三後の文化祭で、あの二人に見られると厄介なことが起こるかもしれないんだ。だから西園は、三後で起きたあらゆることを誰にも言わないでほしい。もっと具体的に言うなら、小枝の耳には絶対に入らないように」
「……いいわ。よく分からないけど、その条件は守ってあげる」
「ありがとう」
未だに釈然としない様子ではあったが、西園は俺の頼みを快く引き受けてくれた。
「じゃあ、当日は駅前に集合しよう。待ち合わせの時間とか、諸々は追って連絡する」
「ええ、分かったわ」
「おっけー」
三人で顔を見合わせながら頷く。佐伯さんと西園という手堅いメンツなら、俺とかなたとの関係も小枝にバレることはないだろう。改めて、西園が偶然声をかけてくれてよかった。
「……ところで、西園はどうして俺たちのところに?」
「ああそう、文化祭の書類を記入しないといけないんだけど、いつも通り片桐くんにチェックをお願いしてもらおうかと思って。別に佐伯さんとの話を邪魔するつもりはないから、お願いしてもいいかしら?」
「いいよいいよー、私もそろそろ帰るところだったし。あとはお二人でごゆっくり~」
鞄を持ちあげた佐伯さんが、軽い足取りで教室を後にする。
その後ろ姿を眺めていた西園が、思いつめた様子で。
「もしかして私、あなたに頼りすぎてる?」
「まあ、うっすら思ってはいる。だけど別に頼られるのは嬉しいから気にしてない」
「底抜けに優しいわねあなた……」
できる限り西園を傷つけないよう答えたつもりだが、なぜか彼女は怪訝な表情を浮かべていた。
■
そして迎えた土曜日、私立三後女子高等学校の校門前で。
「え、ヤバ。なんかめっちゃかっこいい人いる。誰かの彼氏さん?」
「顔面つよ……。そりゃ文化祭で連れ回したくなるわ、あんなん」
「てかあの人前も来てた人じゃん! ほら、うちの校門に立ってて話題になってた」
「あー、あの時の! やっぱりうちに付き合ってる人いるんだって……!」
校門で客引きをしている三後の女子たちが、俺を見ながらひそひそとそんな話をしている。俺はもう慣れたというよりは諦めているので、できるだけ真顔を保ちながら受付までの道のりを静かに歩いていた。隣から向けられる西園からの訝し気な視線も気にせず、一直線で受付を目指していた。
しかし受付には長蛇とまでは言わないほどの列ができていて、俺の歩みは止まってしまう。
そうして隣に並ぶ西園が、前しか向かない俺の顔を覗き込みながら聞いてきた。
「……随分と人気者じゃない、片桐くん」
「本意ではないです」
「なんで敬語になってるのよ」
「自分の立場が弱いことを自覚してるからじゃない?」
俺の後ろに並んでいる佐伯さんが、代弁して西園に答えてくれる。
「というか片桐くん、何度か三後には来たことあるのね?」
「数えるくらいだけどな。三後には知り合いが二人いるんだ。一人は友達で、もう一人は妹」
「あ、そうだ。この前聞きそびれたけど、片桐くんって妹さんいらっしゃるのよね」
「めっちゃかわいい子だよー。ホント、いかにもお嬢様って感じの」
「そうだな。俺なんかとは大違いの、自慢の妹だよ」
「溺愛してるじゃない」
「ああ、もちろん」
恥ずかしいことではないので、西園の言葉に力強くうなずく。
「でも、片桐くんがお兄ちゃんなのは結構納得できるかも。だってあなた、頼りがいあるもの。というより、頼まれても断らないイメージがあるっていうか……こう、全身からひしひしと苦労人のオーラが漂っているというか」
「わかるー。なんか急におうち泊めて~って言ってもぜんぜん許してくれそうだよね」
「……………………」
偶然なのか意図的なのかわからないが、佐伯さんがものすごく現実味のある例え話をしていて、俺は思わず口をつぐんだ。これ以上何を話しても墓穴を掘ることにしかならなさそうなので、今は沈黙することが唯一の正解に思えた。
「妹さんがいる、ってことは納得できるけど……どちらかというと、もう一人のお友だちの方が気になるわね。あなた、女子高に知り合いなんていたの? あ、もしかして中学からの知り合いだったりするのかしら?」
「そろそろ俺たちの順番が回ってくるな。二人とも、招待状の用意してくれ」
「あ、話逸らしたー」
にやにやと笑う佐伯さんを無視して、招待状を財布から出して用意する。
「次の方、どうぞー……。え? うわ、かっこいい……」
受付の担当する生徒が、俺の顔を見て小声でそんな言葉を漏らした。
面と向かって言うのはだいぶ失礼なんじゃないかと思ったが、言っても仕方がないことは目に見えていたので、そのままぽやっと俺の顔を見上げる彼女へ招待状を手渡した。
「招待状の確認をお願いします」
「あ……ありがとうございます。招待を受けた生徒の名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「後ろの二人も連れなので、纏めてでもいいですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「じゃあ、片桐舞香と楠見かなたの紹介で来たんですけど」
「承りました。片桐舞香と、楠見かなた……え、ウソ、かなちゃんの招待!?」
俺がかなたの名前を出した瞬間、受付の生徒がいきなりそんな声を上げた。
その声を聴いた周りの生徒も、一斉にこちらへ視線を向ける。
「もしかして、あなたがウワサのそーまさんご本人ですか!?」
「かなちゃんがちょくちょく家に泊まってるっていう、あの!?」
「いっつもかなちゃんが話してるせいで徐々に人となりが明かされていく、あの!?」
「この世界で唯一かなちゃんをメロつかせられるという、あの!?」
俺のプライバシーは、もう三後では保証されていないみたいだった。
とにかく受付で人だかりができるのは避けたいので、早く手続きを終わらせるよう生徒に促す。半ば興奮して鼻息が荒くなっている生徒は、しかし慣れた手つきで作業を進め、すぐに入校許可証を三つまとめて渡してくれた。
「こちら、入校許可証です! どうぞお受け取りください!」
「ありがとうございます」
「かなちゃんのクラスは1-Cですからねー! たぶんあの子、メイド服着て待ってるんで!」
そうして受付から離れたところで、受け取った入校許可証を二人に渡す。
佐伯さんはすぐに受けってくれたが、西園は怪訝な目を俺に向けながら許可証を首にかけた。
「……私、まだ軽く混乱してるんだけれど。説明してくれるかしら?」
「いや、ここまでひどい事態になってるとは思わなくて……」
「私は何となく予想ついてたけどねー」
改めて自分の個人情報がかなたを通して筒抜けになっている事態に頭を抱える。あいつが三後の中だと有名、というか悪目立ちしていることは、舞香の話からして何となく察してはいたが、まさかここまで影響力のある奴だとは思わなかった。
というかそもそも、かなたが俺のことを学校の生徒に話してること自体も意外だった。
てっきり俺との関係を公にしたくないと思っていたから、認識の差があるのかもしれない。
「それで、どういうことなの?」
「……佐伯さんの口から聞いた方がいいと思う」
「え、そこで私に振るんだ」
「俺から話すと主観が混じって変になりそうだし」
佐伯さんは、「まあ確かにねー」なんて軽く納得してから、話を始めた。
「えっとね、実は片桐くんが三後のギャルとお友だちで」
「え……片桐くんが? ちょっと意外かも……」
「ねー! 私も最初はびっくりしたもん」
その時点で佐伯さんに説明を任せたのは失敗だと痛感したが、ここまで来てやっぱり引き止めるなんてこともできないので、そのまま佐伯さんの話を粛々と受け入れることにした。
「楠見かなたちゃんって子なんだけど、その子と片桐くんが、それはもうたいへん仲がよろしくってねー。二人の間で何があったのかは私も知らないんだけど、片桐くん曰く『一方的に大事にしたい』って言えちゃうくらいの人らしくって。何とは言わないけど、もう結構秒読みって感じにはなってるかな」
「へえー……。でも、さっきの生徒さんたちの反応を見る感じ、三後だとかなり有名な人なのね?」
「うん。私も二回しか会ったことないけど、あーそりゃ女子高だと人気出るわー、って子だったし。なんて言うんだろうね? 守ってあげたくなる不良生徒かな?その、ギャルって言ってもみんなと群れてる感じの子じゃなくて、一匹狼タイプっていうか……いや、猫ちゃんだね、うん。片桐くんにだけ懐いてる子猫ちゃん」
「そんな認識だったのか」
佐伯さんのかなたに対する言及に、西園よりも先に俺がそんな声を漏らした。
「そんな三後の一匹狼さんと、片桐くんが……ふぅん?」
「西園が何を考えてるかは知らないけど、俺とかなたはただの友達だから」
「ホントかな~。私から見た感じだと、少なくとも”ただの”友達じゃないように見えたけど?」
「確かにお互いに共通点がいくつかあって、そこに親近感を覚えていることは認めるよ。でも、そのことを誰かに教える義理はない。少なくともこれは、俺とかなたの間だけで解決するべき問題だと思う。だから佐伯さんと西園には悪いけど、今はかなたのことをただの友達としか紹介できない」
「……仕方ないわね。色々と気になるけど、今はそれで納得してあげる」
「ありがとう」
そこには若干の呆れも混じっているのだろう、溜息をつきながら頷いた西園が、続けて話した。
「ひとまず、教室まで行きましょうか」
「ああ、そうだな。西園も本人を見れば何となく俺の言いたいことも分かってくれると思うし」
「そういえば片桐くん、かなたちゃんと舞香ちゃんに連絡入れなくていいの?」
「確かに」
佐伯さんに言われて、入校したのにまだ何の連絡も入れていないことを思い出す。
どうにも受付でひと騒ぎあったせいで、すっかり忘れていた。
携帯を操作してかなたにメッセージを送ると、三秒と経たない間に既読がつけられる。
『学校に着いた。お前の教室って1-Cで合ってるな?』
『え、意外と早かったじゃん。そうそう、西校舎の三階ね』
『今すぐ向かっても大丈夫なのか?』
『いいよ。今ちょうどお嬢様もアタシも教室いるし』
『わかった。すぐに向かう』
『あ、来るときついでに自販機で飲み物買ってきてよ。自販機そこら辺にあるでしょ?』
『何がいい?』
『センス。あとお嬢様のぶんも買ってきてあげて』
いつものこちらにリアルな指をさす猫のスタンプで、やり取りが終わる。
「かなたちゃん、教室にいるって?」
「ああ。舞香も一緒らしい。タイミングよかったな」
「じゃあ早速向かいましょうか」
「その前に自販機だけ寄っていいか? かなたが飲み物欲しいって」
「おっけー。いつものパシリね」
「え? 片桐くん、あなたその子にパシられてるの……?」
「……………………」
違うとも正直に言えないので、無言を貫くことしかできない。
そのまま自販機で適当な炭酸飲料と天然水を買ってから、俺たちは西校舎に入った。
■
三後の文化祭は二日間に渡って行われる。
内訳は多くの高校にある通り、一日目は校内のみでの開催日で、二日目が一般公開日だ。
その一般公開日となる今日、校内は大勢の一般客で賑わっていた。
「すごい人だねー。さすが三後の文化祭」
「招待状の件もあって、一般客の数はある程度制限されてるはずなんだけどな」
「だって土曜日の午前中だし、人数が集中しちゃうのは仕方ないわよ。それに今日は二日目なんでしょう? 生徒たちも一日目で文化祭はある程度楽しんでるから、今日は大抵の人が裏方に回ってるんじゃないかしら」
「あー確かに。意識高いなー、三後の人たち」
飾り付けられた階段をのんびり歩きながら、そんな会話を交わす。
三階に上がると、その意識の高い三後の生徒たちが客の呼び込みをする声が聞こえてきた。
「1-E、ネイルの無料体験やってまーす! 今日だけうちの学校そういうのオッケーなんでご心配なく!」
「手作り香水のワークショップあります! 男女ペアならめっちゃ割引するんでカップルさんは是非ー!」
「うちはガチのお嬢様たちが同席するお茶会の体験やってるよ! 担当の子も指名できるんで!」
「す、すごい……! さすが三後……!」
様々なバリエーションに富んだ三後の生徒たちの出し物に、西園は目をきらきらと輝かせていた。元は三後を志望していた、と先日に聞いたばかりだが、この様子を見るに割と本気で目指していたらしい。
そんな彼女を連れて、このまますぐ1-Cに向かうのも酷だろう。
なので西園がゆっくりと見学できるようになるべくゆっくりと廊下を歩いていると。
「うわ、めちゃくちゃかっこいい……。かなちゃんの言ってた人ってあの人かな」
「いや絶対アレでしょ! あんなイケメンじゃないと、かなちゃんメロつかないって!」
「そーまさん来た! そーまさん来た! かなちゃんと舞香ちゃんに伝えて!」
廊下の突き当りの方にあるクラス――おそらく1-Cの生徒が、そんな風に騒いでいるのが見えて。
「片桐くん、お呼ばれしてるみたいだけど?」
「……ああいうのに面と向かって応じるのは、ちょっと……」
「今更だと思うけどねー」
なんて三人で話していたところで、ついに1-Cから一人、制服を着た生徒が駆け寄ってくる。
どうやら尖兵として向かわされたらしい彼女は、俺たちの前で急停止すると。
「あ、あの! 片桐颯真さんと、そのお連れさんでお間違いないですよね?」
「はい、そうです。片桐颯真です。片桐舞香と楠見かなたの招待で来ました」
「やっぱり! えっと私、1-Cの高坂美鈴って言います! もしお時間よろしければ、1-Cの教室の方までご案内しますけど、どうされますか? ちなみに今なら二人とも準備万端なんですけど!」
「……それなら、お願いしてもいいですか?」
「わかりました!」
笑顔で頷いた高坂さんの後をぞろぞろと続いて、すぐ目の前の1-Cの教室の前に立たされる。
舞香とかなたから事前に話を聞いていた通り、教室の外観はメイド喫茶を模した飾りつけがされていた。全体的にピンクだったり、装飾がはしゃいでいたり、いかにもといった雰囲気に俺は少しだけ驚いていた。
かなたと舞香が言ってたメイド喫茶って、かなり真っ向勝負のメイド喫茶だったのか。
個人的にはもっと落ち着いた雰囲気で、いわゆる萌え要素ゼロのクラシカルなメイドが出てくるようなものだと勝手に思い込んでいたから、少し意外だった。まさかこんな、秋葉原にあるようなメイド喫茶だったなんて。
というか、舞香がこの装飾に見合ったメイド衣装を……? 本当に……?
「かなちゃーん! 舞香ちゃーん! 颯真さんお連れしましたー!」
震えている俺をよそに、高坂さんがそう呼びかけながら教室の中に入っていく。
それと入れ替わるように姿を現したのは、メイド服姿のかなたと舞香だった。
「はいはーい。お帰りなさいませー、ご主人様ー」
「お……お帰りなさいませ、お兄様」
……………………。
「スカートの丈が短くないか?」
「もっと他に言うことないわけ?」
果たしてかなたと舞香が袖を通しているのは、いわゆるジャージメイドというやつだった。
かなたと舞香、それぞれがピンクと青のジャージにフリルで彩られたエプロンを身に纏っている。上半身はいい。装飾は色々とあるが要は長袖のジャージなので、極めて露出は少ない。だが代わりとでも言うのだろうか、下半身は遠慮のないミニスカートで、膝上どころか太ももの半ばあたりまで見えてしまっている。
男としては喜ぶべきなのだろうが、兄としてはいただけない感情の方が先にあった。
「すごーい! かなたちゃんも舞香ちゃんもかわいい!」
「そ、そうでしょうか……私としては、あまり着慣れない衣装ですから、少し恥ずかしいというか」
「大丈夫だ舞香。お前はかわいい。もっと自信を持て」
「キモ」
舞香へのフォローを入れた俺に、かなたがそんな心無い言葉を浴びせて来る。
「てかまた女連れてきてんじゃん。ホント節操ないねー、アンタ」
「お前がチケット押し付けて来るからだろ」
「だからって律儀に二人も連れてくる? 毎回どこで引っかけてくるんだか……」
じとっとした目を俺に向けるかなたは、そのまま佐伯さんと西園へ視線を向けて、
「それで、ツレが佐伯センパイと……そっちは初めましてだよね?」
「西園沙織よ。片桐くんとはクラスメイトなの。よろしくね」
「よろしくー」
素っ気ない返事を西園へ返したあと、かなたが俺の方へ視線を戻した。
「じゃあ席まで案内するから。ほらお嬢様、いつまでも固まってないで接客して」
「っ、あなたに言われなくとも……! さあどうぞお兄様! お席までご案内します!」
「今アンタ佐伯センパイと西園センパイ無視したでしょ」
「いやー、舞香ちゃんも平常運転だねー」
「これで?」
かなたに小突かれたことでようやくいつもの調子を取り戻した舞香が、彼女を睨みつけてから俺たちに向き直る。そうして舞香に通された俺たちは、1-Cの中に入っていった。
教室の中は外見に負けず劣らず、かなりポップな雰囲気の飾り付けがなされていた。おそらくキャストであろう数名の生徒たちもかなたと舞香と同じメイド衣装に袖を通していて、客へ料理の提供や見送りなどで忙しなく動いている。客足も好調なようで、俺たちが教室に入った時には既に、席が半分以上は埋まっていた。
総じて、かなり完成度の高いメイド喫茶だった。変な話、私立と公立の差を歴然と感じるくらいには。
……うちの高校じゃ、どれだけ頑張ってもここまでの出来にはならないだろうな。
「お兄様、こちらのお席にどうぞ。佐伯様と西園様はこちらへ」
「あ、はーい」
「はいこれメニュー表。決まったら教えて。ちなみにオススメはパンケーキ」
「パンケーキ……これって二人が調理したものなの?」
「いや業務用」
「言うなよそんなこと」
メイド喫茶にあるまじきかなたの発言に、思わず言葉が漏れる。
そうして三人でメニュー表に目を通していたところで、ふと。
「え、あれがウワサのそーま先輩……めちゃかっこいい……」
「かなちゃんいいなー。あんなイケメンさんとお知り合いだなんて」
「それ言うなら舞香ちゃんとかアレがお兄さんでしょ? 男性観壊れるって……」
「前世で何したらあんなのが身内の家に生まれるワケ?」
「いやー……推せるな……年末出す本のテーマ決まった……」
なんて、教室にいる他の生徒たちが、ひそひそと話している声が聞こえてきて。
「かなた」
「何」
「どうしてこの学校の生徒は俺のことを知ってるんだ」
「知らない」
んなわけないだろ。
「舞香は何か知らないのか?」
「楠見かなたが、自慢げにお兄様のことをクラスメイトや先輩方に話していたからかと」
「は? 別に自慢げとかじゃないし。ただ聞かれたことに答えてただけなんだけど?」
「であれば、写真を見せる必要は一切なかったのでは?」
「あれはたまたま見せた写真にコイツが映り込んでただけ……ってか、前にうち来た時から既にコイツ噂になってたじゃん。確かにアタシはそーまの話したかもしれないけど、補足みたいなモンだから。悪いのはうちの校門の前でスカした態度してたコイツと、そんな男にキャーキャー騒ぐうちの世間知らずな箱入り娘たちでしょ」
「この期に及んでまだそんな言い逃れを……。補足と言うのであれば、お兄様の家に宿泊したことや、お兄様から『一方的に大事にしたい』と言われたことまで話す意味はなかったのでは?」
「実際に行動に移したコイツが悪くない? 何ならアタシ被害者って言える立場だからね」
「やめてくれ……」
これ以上かなたと舞香に話をされると、既に深い傷口がさらに重症になりかねない。
とはいえ、三後で俺の名前が広がっている原因は、今の二人のやり取りで何となく理解できた。
……あまり俺のことを外で言うな、って注意をしなかった俺に責任があるのかもしれない。
自責というよりは、かなたのことを甘く見ていたという後悔の方が強かった。
いやだって、こんな……何もかも筒抜けにするか、普通。
「片桐くん、あなた……」
「西園。頼むから小枝には絶対にかなたのことを話さないでくれ」
「ほどなく全部バレちゃうと思うけどなあ」
「てか早く注文してよご主人サマ」
当の本人のくせに、そろそろこの話題にも飽きてきたかなたが、俺たちにそう急かしてくる。
「ねえねえ舞香ちゃん。このパンケーキに秘密のおまじないってあるんだけど」
「そちらは、その……いわゆるこういった飲食店における恒例サービスのようなものでして」
「ちょっと、夢のないいい方しないでよ。『パンケーキがおいしくなるおまじない』ね。たぶん佐伯センパイが想像してるヤツで合ってるよ。ちなみにアタシかお嬢様かのどっちか指名できるけど、やる?」
「やるやる! せっかくだし、舞香ちゃんにしてもらおっかなー?」
「承りました。誠心誠意、サービスさせていただきますね」
「なら、私もパンケーキをお願いしようかしら。指名はかなたちゃんで」
「はいはーい。知り合いじゃないから逆に気楽でいいわ」
なんて、逆に不自然にも思えるほど自然にそれぞれの注文が決まっていて。
「片桐くんはどうするの?」
「ね、片桐くんこの状況でどうするんだろうね?」
「お兄様? ご注文はいかがなさいますか?」
「さっさとしてよご主人サマ」
「なんでそこまで連携できてるんだ? 西園とか二人と初対面だよな?」
美しさすら感じさせる俺への追い詰め方に、思わずそんな声が漏れる。
「これ、二回注文すれば二人指名できるとかないのか?」
「お店回さなきゃいけないし一人一回だけど」
「俺、今日はまだ昼食は摂ってないから、たぶん二食ぶん普通に食べれるぞ」
「申し訳ございません、お兄様。こちら当店のルールですので」
「……あ、えっ、そういうこと? ごめん片桐くん、私今気づいちゃった」
「大丈夫だよゾノちゃん。こっちの方が面白いもの見れそうだし」
俺の足掻きも虚しく、どんどん逃げ道が塞がれていく。
つまり俺は今、かなたと舞香どちらかを明確に優先させなければいけない状況なわけで。
「……じゃあ、パンケーキを」
「はい。それで、指名はどっちにすんの?」
鋭い視線と共に、かなたから言葉が渡される。
可能なら二人とも指名したい気持ちはある。
どちらかのサービスを受けたいからとかそういうわけではなく、せっかく来たんだからサービスは最大限受けたいという気持ちの方が強かった。俺は初めて入った飲食店で、とりあえずオススメのメニューを頼むタイプだ。
だが、今回のそれはオススメのメニューとかそういう話ではない。『死』か『死』の二択だった。
兄としては舞香を選びたい。学校で舞香とこうして触れ合う機会なんて、滅多にないから。
友人としてはかなたを選びたい。個人的な感情だが、かなたとはもっと親交を深めたいから。
そうして長い思考の末、ついに俺は決断を下した。
「舞香にお願いしてもいいか?」
「……ふふっ」
俺の言葉を聞いた舞香は、そうやって一瞬笑った後、かなたの方を一瞥して、
「これで分かりましたね、楠見かなた。お兄様は貴女ではなく、私を選んだのです。いくら頭の出来が悪い貴女でも、これがどういう意味なのか分かるでしょう。……私に敗者をいたぶる趣味はありませんので、貴女を罵ることは致しません。ですが楠見かなた、貴女はこの事実を受け入れ、これからの振る舞いを弁えるように。選ばれなかった者として自覚を改めることをお勧めします」
「あっそ。アタシからしたら、こんな程度で優越感浸ってる方が相当惨めに見えるけどね? むしろよかったじゃん、今回は選択肢の中にお嬢様がいて。普段は選択肢の中にすら入れてないんだからさ。せいぜい今だけはイキっときなよ。この先、そんな機会なんてめったに巡ってこないだろうし」
「は?」
「なに?」
「早く料理持ってきてくれ。普通にちょっとお腹空いてるんだ」
いつもみたくやり取りを始める二人に、俺はため息をつきながらそう零した。
■
筆が乗れば今月中にもう一話いきたい
最低でも月一での更新は頑張るのでよろしくお願いします