ゲヘナの愛する裁判長   作:このアカウントは削除されました

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憲法問題に若干触れます
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校則第九条

 ゲヘナ新校則第9条第1項『ゲヘナ学園は正義と秩序を基調とする学校間平和を誠実に希求し、学校権力の発動たる戦争と武力による威嚇または武力の行使は学校間紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する』。第2項『風紀委員会は学校秩序維持に専念し、警察権と自衛権のみに武力を保持し、侵略目的の学校外侵攻は認められない』。

 ゲヘナの法律関係に携わる者なら誰もが諳んじられる条文。平和と戦争放棄を謳った校則はゲヘナしか持っていない。美しい校則である。

 マコトは風紀委員会の力を削ぐために、ヒナちゃんは純粋に力の抑制を願って、私はゲヘナを変えるために、草案を作成した。各々の企みはあるが、制定された。連邦生徒会長もにっこり。他学園もにっこり。これで雷帝の不安が消えた。その代わりゲヘナの保守派から反対が多かった。特に卒業していった生徒ばかり。つまり、私達の先輩。

 

 そして、これが破られるのも時間の問題だろう。連邦生徒会長の失踪とともに、ゲヘナとトリニティの仲がより悪くなった。正確にはゲヘナvsパテル分派だが。

 それに託つけて、争いを企む者がひっそりと操る。それが今のゲヘナだ。

 

 

 

「何? 風紀委員会が他校に侵略?」

 

 今日も今日とて書類日和。せっせとサインをしたり、判子を押したり、ヒナちゃんグッズを眺めたりしつつ、平和な日を願っていた。法務執行部部長室。書記官から報告を受ける。書記官は調査官でもあるのだ。

 

「はい。まだ実行に移しておりませんが、確かな情報が入りました」

「調査部からか」

「その通りです。風紀委員会はどこかに侵攻する計画を立てています」

 

 調査部。正確には裁判所調査官をひとまとめにした呼称であり、実際にそんな部活動は存在しない。というのは表の題目で、私が秘密裏に設立した部活。正確には同好会と言うべきものか。非公認かつ秘匿性の高い法務執行部の下部組織。裁判所長官のみ知る存在。

 もともと万魔殿の羽沼マコトが持つ情報網に対抗するため設立された。表に出さないがマコトやヒナちゃんも知っているだろう。

 潜入調査が得意そうな者を集めて私が鍛えた。キヴォトス人特有の物理的耐久度によって前世のスパイや特殊部隊より任務遂行能力が高い。短い期間だが、風紀委員会やトリニティの正義実現委員会、ミレニアムのC&Cから情報を盗んだ実績がある。私が鍛えただけのことはある。段ボールは最強。

 

「ついでに、どこの学校に侵攻するか、判っているのか?」

「それは、まだです」

 

 考える。ヒナちゃんが他校に侵攻を企てている。これはあり得ない。9条違反を態々犯すような人ではないし、そもそも正義の人だ。武力で解決しようとするのは耳を傾けないゲヘナの犯罪者達だけ。聞き分けのある生徒なら対話で紛争を解決しようとする人だ。頭ゲヘナではない。

 最近のヒナちゃんはエネルギッシュというかつやつやしている。休憩がしっかり取れている証拠かもしれない。おそらく、たぶん……。

 そういえば、この間も徹夜したとか。それでも元気に執務と犯罪者取締を行っている。エデン条約も迫ってきている。他校に侵攻する暇がないはず。

 そもそも他校侵攻ではない可能性もある。

 コーヒーに口を付けてから、質問をする。苦味。えぐ味。もはやコーヒーの味ではない。そうなるように淹れてもらったが、相変わらず再現度の高い泥水コーヒーだ。

 

「どうして他校への侵攻を企てている、と判断したんだ?」

「担当した調査官によると、風紀委員の間で以下のような会話があったそうです」

 

 行政官が兵力を集めている。どこかに演習する予定だそうだが、風紀委員長には内密という話。

 

 考える。ヒナちゃんに内緒、というのが怪しい。だが、それだけでヨコチチハミデヤンが他校に侵攻を考えているというのは飛躍が過ぎる。

 

「いつの話だ?」

「一昨日ですね」

「しかし、他校侵攻とは思えない」

「もう一つ証拠として、以下の盗聴内容を提示しています」

 

 書類を受け取る。内容を読む。そこにはヨコチチハミデヤンと火宮チナツ救護担当との会話を書き起こしたものだった。

 

火宮チナツ救護担当:行政官、どういうことでしょうか?

ヨコチチハミデヤン:何がですか?

火宮チナツ救護担当:風紀委員長に黙って、演習をするという話です。

ヨコチチハミデヤン:ああ、そのことですか。

火宮チナツ救護担当:そもそも場所も決まっていないという話ではありませんか。

ヨコチチハミデヤン:場所はいずれ決まるでしょう。ただの準備です。心配する必要はありません。

火宮チナツ救護担当:しかし、秘密裏に動かすには、行政官の権限を超えた兵力になっています。

ヨコチチハミデヤン:心配ありません。あなたは従っていればいいのです。

 

 そこで会話が終わっている。確かに怪しい。演習場所は決まっていないのに、先に風紀委員にそれぞれ準備をさせているらしい。それも行政官権限を超える兵力というのはかなり多いし、ただ事ではない。それをヒナちゃんに内緒はクーデターを疑われても仕方ないだろう。まぁ、あのヒナちゃん大好きヨコチチハミデヤンがするとは思えないが。同族嫌悪。

 

「それと、これを」

 

 受け取る。風紀委員会が動かした兵器(主に、銃火器)の移動を示している。これは調査官が独自に調査したもの。それを見ると、行政官指揮直下の部隊に弾丸や爆弾が集中している。その量は、小さい学校なら制圧できそうなくらいのものになっている。

 怪しい。しかし、決定的な証拠にはなり得ない。犯罪者の取締、特に温泉開発部とか相手ならわからないでもない。

 

「温泉開発部の動向は?」

「温泉開発部はレッドウィンターでの活動を計画しているようです。美食研究会は相変わらず行動が読めませんが、今はトリニティにいます。便利屋68はアビダスですね。どこも他校です」

「うーん。犯罪組織とかならわからんでもない兵力だから、と思ったが、当てが外れたな…………。ん? アビダス? どこだそれ?」

「えっと、砂漠地帯のアディダス? 高等学校らしいです」

「……………………………………アビドスな」

「あ、そうそう。よくご存知で」

 

 溜息を吐いて、インスタントコーヒーを啜る。相変わらず泥水のような味。苦いしエグみがあるし、粉が溶けずにジャリジャリしている。それでも慣れた味。心が冷静になる。

 

「アビドス高等学校。ミレニアムが台頭する以前にはゲヘナ・トリニティと並んで三大校として名を馳せていた。近年砂漠化で過疎化。衰退。今では多額の借金がある。それもカイザーローンに」

「いや、ホントよく知ってますね。名前すら今回初めて聞きましたよ」

 

 原作第一部『vol.1 対策委員会編』の舞台。原作の顔・砂狼シロコが所属する学校でもあり、キヴォトス最高の神秘を持つ小鳥遊ホシノが委員長を務める。何より、ヒナちゃんが初めて出てきた話。それに

 

「…………………………………………………………まぁ、隠すことでもないから言うが、私は元々アビドス自治区出身だ」

「え!? ゲヘナじゃなかったんですか!?」

「ああ。とは言っても、幼稚園の頃に見限ってゲヘナに引っ越した。居住していたのはせいぜい5年くらいか。その時にはすでに砂漠化がどうしようもなくなっていたからな……」

 

 正直に言うとヒナちゃんを探しに去った。見限るよりも酷い話。言い訳を言うならその時は夢か死後の世界かと思っていたのだ。現実感がなく、人の感情にも疎かった。転園した先でヒナちゃんに会って幸運だと思ったが、ヒナちゃんが怪我をして現実と知った。裏切りを自覚した。

 そういえば、ホシノちゃんはどうしているだろうか? 原作の『小鳥遊ホシノ』はどうなっているか知っているが、私の知る『小鳥遊ホシノ』がどうなっているか判らない。いや、調査官を派遣したり自分でも遠目で確認したりしたが、実際にホシノちゃんと関わってはいない。内面なんてわかる訳がない。

 原作を知っている身としては、苦しんでいるのだろう。逃げた私のせいでさらに絶望していないといいが、こればっかりはわからない。自分の影響を過大評価する訳ではない。しかし、過小評価でも判断を誤る。バタフライエフェクトというのもある。より苦しんでないとよいが……。

 それでも選択は間違っていなかったと思う。アビドス在住は原作に影響を与え過ぎるおそれがあった。原作崩壊はキヴォトスの終焉に繋がり易い。個人的にも何かできたとは思えない。だから、これも一つの選択だ。見捨てるのが正しいとは思わないが。

 

 しかし、アビドスか。そう言えば対策委員会編が近い。正確な日付はわからないが、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eが初めて取り掛かった依頼だ。……ん? まさか……

 

「書記官、先生の動向は?」

「え? 先生というと最近噂の先生ですか?」

「そうだ。調査官に調べるよう以前言っておいただろ?」

「はい、そうですが……それが今関係ありますか?」

「とりあえず、訊いてこい。話はそれからだ」

 

 書記官が首を捻りながら執務室から出た。私は原作ノートを取り出す。対策委員会編を調べる。予想が正しければ、先生はそろそろアビドスに向かっているはず。それならヨコチチハミデヤンの行動もなんとなく意味がわかるかもしれない。

 

 

 

 書記官が戻った。興奮したように扉を開閉させる。

 

「裁判長!? 先生はアビドスにいます!」

 

 予想通りだった。私は立ち上がる。

 

「阿留野ハミ裁判所書記官。調査部部長の調査官であるあなたに指令を出す」

「は、はい!」

「先生の支援に回れ」

 

 書記官は目を瞬かせる。

 

「えっと、まず、お訊きしたいことがあります」

「なんだ?」

「どうして、先生がアビドスにいるとわかったのですか?」

 

 原作知識です、とは言えない。原作崩壊に繋がりかねないからだ。原作介入はある程度仕方ないと割り切っている。それでもバッドエンドになるような崩壊は望む所ではない。ヒナちゃんの幸せを願うなら、そこは重要だ。

 その上で、誰に話すかも慎重に判断せねばならない。難しいが、基本的に黙っているのがよいだろう。言って、広まって、ベアトリーチェらへんにバレるのが一番最悪だ。

 今は書記官に理由をでっち上げなければならない。さてと、どうするか。コーヒーを飲む。苦い。

 

「シャーレは政治的特異点だ。先生の動きだけで今までのパワーバランスが崩壊する。こういった場合、政治では2つの行動パターンが見られる。静観か排除か。行政官はどちらかと言えば後者の部類だろう。それにエデン条約も近い。あの条約は風紀委員長の悲願。風紀委員長好きの行政官としては不確定要素を取り除きたいのだろう」

「なるほど……」

「他に質問は?」

「えっと、先生を支援する理由です」

 

 原作が崩壊するからです、とは言えない。本来であればヨコチチハミデヤンの暴走はヒナちゃんが止める。だがしかし、現在はエデン条約関係でゲヘナにいない。その隙を狙ってヨコチチハミデヤンは軍事侵攻を行うだろう。そしてそして、ここからは原作崩壊なのだが、

 

 ヒナちゃんの有休消化義務日が近付いているのです! よって、一切の仕事ができなくなります! はい! 最悪! ヨコチチハミデヤンを止める人がいない……。

 

「行政官の暴走を止められるのは風紀委員長しかいない。しかし、風紀委員長は昨日から明々後日の夜までエデン条約の詳細詰めでトリニティにいる。さらにその後3日間は有休消化義務日。よって、今回の軍事行動を止められるのは約1週間後から。それまで先生及びアビドスの面々が倒れないように支援するのが必要、と判断した。書記官の能力ならできるはずだ」

「……期待されている所、悪いのですが、無視する、というのはどうでしょうか?」

 

 無視。原作崩壊待ったなし。よって、却下。

 

「書記官としてあるまじき発言だな。明白な9条違反だ。それ以外に介入する理由が必要か?」

「ですが、先ほどアビドス担当の調査官からもらった資料によると、アビドスの大半の土地はカイザーが握っています。よって、他校侵攻というより、演習としても言い訳ができます。それにアビドスには便利屋68もいるため、犯罪者捕縛として対応しているとも言えます。公務になるかと」

「無許可だと予想される。そこは調べないといけないが、……とにかく上官命令だ」

「ですが、無理です。ヒナ委員長が目立っていても、風紀委員会は風紀委員会です。ゲヘナの正規軍。私一人が介入した程度では抑えきれません。……裁判長も来てくれるのなら話は別ですが」

「……」

「それか他の調査官も動員するとか? 廷吏を動かすとか?」

「調査官は本来戦闘に向いていない。お前は特別だがな。廷吏は秘密裏に行動するには適していない。裁判所の治安維持組織だからな。そして」

 

 私だが、行けない訳ではない。用事はあるが、明日に回せる程度の内容。政治的にも先生と接点を持っておくのは有益だ。積極的に会いに行くのは問題ないだろう。

 しかし、行きたくない理由が3つある。

 一つはゲヘナ学園の三大組織のトップが出向くのは不味い。ヒナちゃんは自身の組織の尻拭いとして対応できるが、他組織の私はあまり介入するのはよろしくない。もちろん9条違反としてしょっぴくのはできる。しかし、ヒナちゃんの立場が悪くなる。それは私の望む所ではない。書記官は遠距離攻撃ができるので、顔を見せることなく支援ができるが、私はそんな芸当できない。

 二つ目はホシノちゃんに会いたくない。どの面下げて顔を合わせればいいのかわからない。少なくとも今は会いたくない。怖い。会うのが怖い。責められる勇気ができるまで保留にしておきたい。

 そして、三つ目。先生に会いたくない。ヒナちゃんの想い人に会いたくない。というのもあるが、外から来た人、というのが前世を思い出させて怖い。あまり関わりたくない。

 しかし、それを書記官に言う訳にもいかない。何か言い訳を……。

 

「私は……行政官を直接説得しようと思う。あの行政官もヒナちゃんの立場を盾に責めれば止めるだろう」

「うぅ……無理ですってば……。逃げるのは得意ですが、戦うのは苦手なんですよぉ」

「……すまない。命令だ」

 

 書記官は天井を仰いで、目を瞑った。覚悟が決まったのか、諦め顔で頷くのだった。

 




アコちゃんの罪状が増えた気がする……

校則はお察しの通りです
最初悩んだんです。憲法問題は繊細な問題です
でも、他に参考になる法律を私は知りません
まったく新しい法律を作ってみようと最初思いましたが、挫折。みなさん一度は「ぼくのかんがえたさいきょーのけんぽう」を作ろうとしてください。良い経験になると思います
ゲヘナは所々、ドイツを意識した描写があります
そのため、ドイツの憲法たるワイマール憲法を使おうかと思ったのですが、……その他の法律群がさっぱり。憲法解説のサイトもよくわからない。それと今のドイツはドイツ連邦基本法というのでなんか色々変わっているらしい。と言った理由で避けました
もうね、拙い。設定が脆い。矛盾ばっかり。
それでも良いという方は、これからもおつきあいください

それとハミが派遣された理由。ハミは納得できているのだろうか?
そこだけが、私の不安事項です

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