ゲヘナの愛する裁判長 作:このアカウントは削除されました
セリカを攫ったヘルメット団をスコープで追う。レティクルは十字に円。
さて、裁判長からは監視だけでよいと言われた。しかし、助けなくても良い、とは言われていない。職務執行の上で重要なのは言われたことだけを忠実に遂行すること。しかし、期待値以上を狙うなら、言外の目的を達成する必要がある。
私は最初セリカを助けなかった。それは先生の指揮能力を確認するため問題を見逃したのもあるが、セリカと先生の仲を良好なものにするには先生が指揮してセリカを助ける必要があった。まぁ、セリカの性格上それでコロッと落ちる気がするのだ。先生もジゴロだからたぶんそれで仲良くなる。そう、直感が告げた。
こういった任務において大切なのは直感を大事にすることだ。そう習った。だから、助けなかった。
しかし、実際に先生が間に合わなければ意味がない。それくらいの足止めはする必要がある。
先生の情報収集能力がどのくらいか不明だ。よって、最悪戦闘音を響かせなければならないかもしれない。
とりあえず、と引き金に指を置く。セリカが運搬されている装甲車のタイヤを狙う。迷いなく、撃つ。破裂。停車。わらわらとヘルメット団員が集まる。戦車も周囲を伺う。これで少しは時間が稼げるはず。夜中。それも500m先のためバレることもない。安全圏で戦うのが私の得意とする戦法であり、いざとなったら逃げられるのが利点。
タイヤを修理しているヘルメット団。しかし、根本から拉げているので意味はないだろう。監視するのも暇で、アビドス高等学校にスコープを向ける。灯り。メンバーが集まっているようだ。読唇術でちょうどセリカが帰っていないという話をしていた。先生とホシノがいない。おや? と思うと二人が入ってきて、セリカの場所を見つけたらしい。早い。というかセントラルネットワークだと!? S.C.H.A.L.Eって、先生って、どんな力を持っているんだ……。
これは裁判長に伝えないといけない。
スマホを取り出して、連絡を取る。が、出ない。「お掛けになった電話番号は電源が切れているか、電波の届かない所にあります」、と出る。首を傾げる。
今までそういったことはなかった。裁判長は報連相を大事にする。出られない時でも留守電にするか、数コールで切る。電源が切れているというのはあり得ないし、電波が届かない所などゲヘナではそうそうない。違和感を覚えながら、スコープを覗くとホシノと目が合った。ぴえん。逃げた。
後日。セリカは元気に便利屋68と楽しく会話していた。なぜに?
便利屋68。自称社長の陸八魔アルを筆頭としたゲヘナの非公認部活動。ゲヘナではテロ組織として取り扱われている。銀行口座は法務執行部権限で凍結済み。
構成員は室長の浅黄ムツキ、課長の鬼方カヨコさん、平社員の伊草ハルカ。肩書はすべてアルが付けた。形から入る人らしい。
このタイミングで来たということは、アビドスを襲っているヘルメット団と関係があるのかもしれない。背後にいる者に雇われたのか? しかし、その割には柴関ラーメンで意気投合している。主にアルが。カヨコさんとムツキは何か小声で話し合っている。もしかしたらアルは彼女達がアビドス生だと気がついていない? それなら何となくわかる。いつもそんな感じだし。
鬼方カヨコ。以前、裁判長が情報部に所属していたみたいなことを発言していた。間近で風紀委員長の実力を見てきた者の一人。かなり頭がキレる。戦術家と言っても良い。行政官とライバル関係とかなんとか。
しかし、これは手強い相手。アビドスは耐えられるのか? 便利屋はギャグみたいな失敗が多いが、それでも実力者集団。あの風紀委員長から逃げ切っている。なかなかできることではない。ついでに、私も風紀委員長と鬼ごっこをしたことがあるが、もう二度としたくない。
裁判長に電話した。当然のように出なかった。昨夜から電話に出ない。何も返信もない。モモトークでメッセージを送っても既読が付かない。流石に心配になる。
アビドスと便利屋が柴関ラーメンから解散する。私はすぐにアビドス高等学校校舎正門を監視。案の定、便利屋がアビドスを襲撃、傭兵を雇っている。アビドスの危機が更に深まる。助けるべきか、助けないべきか、それが問題である。
監視を続ける。アルのスナイパー。カヨコさんの的確な指示。ムツキの爆撃。ハルカの突撃。あいかわらず連携のバランスがよい。これで風紀委員会にでも入っていればエースチームになっていただろう。
だがしかし、アビドスと便利屋。戦線が拮抗している。これなら私が出る幕はないかもしれない。楽観視していると、傭兵が先生へと向かう。銃口を向ける。セリカが間に入る。先生に怪我はない。しかし、セリカの持ち場を空けた隙間にハルカが突撃。シロコが後退。アルの狙撃。狙いはノノミ。爆発。ノノミが吹き飛ぶ。面制圧のノノミが抜けたことで、防御面が崩れる。便利屋が前線を進める。
私は射撃した。ハルカと他三人の間に大きな穴ができる。後ろ三人は立ち止まる。ハルカは進む。ハルカと他三人の距離が開く。支援ができない。そこを突いてホシノがハルカにシールドアタック。私が空けた後ろの穴にハルカは足を取られる。ショットガン同士の撃ち合いは当然のようにホシノの勝利。ハルカはカヨコさんの指示で後退。アビドス勢も牽制のみで校門付近のバリケードに戻る。
撃ち合いが止まり、膠着状態。さて、私は警戒されている。顔も不明の誰かの狙撃。アビドスも便利屋も辺りを見回している。
そこでチャイムが鳴った。
『定時なので帰ります』
傭兵達が解散していく。笑った。スコープ越しにホシノと目が合った。泣いた。逃げた。ビルを降り、住宅街を駆け、砂を巻き上げる。角を曲がると、便利屋も逃げていた。
向こうもこちらを見て、あんぐり口を開けた。カヨコさんだけ溜息。
「やっぱり、あんただったのね……」
「やっぱり、ってえ? なんで?」
「あの狙撃、威力、考えられる限りではあんたしか思い当たらなかったのよ」
「そ、それでも、他校の生徒の可能性が……」
「あんたみたいなバケモン他にいて欲しくないよ……。対戦車ライフルを精密に遠距離から撃てるのはあんただけ」
「犯罪者に言われても……う、嬉しいとか、そんなこと思ってませんから!?」
「褒めた訳じゃないんだけど……」
アルが叫ぶ。銃を向ける。私は手を挙げる。この人数差で勝てる訳がない。
「ほ、法務執行部が何の用よ!? も、もしかして裁判長が!?」
「……アビドスの件は政治的問題を含んでいます。裁判長直々に出向くのは危険です。よって、秘密裏に私が動いているだけです」
「政治的?」
「いえ、聞かなかったことにしてください」
「もしかして、ゲヘナの政治が関係しているわけ?」
「うぅ……これ以上は裁判長に怒られますので、勘弁ください。カヨコさん……」
カヨコさんが溜息。ハルカが銃を向けて口を出す。
「わ、私が殺して、口を割らせましょうか?」
「ピエ」
「ハルカ。そこまでしなくていいよ。それより私達も逃げている最中だから……社長逃げるよ」
「え、ええ、そうね」
「それじゃ、ハミちゃん、じゃあね~」
「し、失礼します!」
そのまま嵐のように立ち去った四人。私は命拾いした。思い出して、私も逃げる。便利屋と逆方向に。小鳥遊ホシノ怖いよ。
裁判長と連絡が取れない。こんなに長い間指示をもらえないのは初めてだ。2日間。裁判長になにかあったとしか思えない。
もちろん指示待ち人間になるのはよくない。だがしかし、相談もできない状況ではどうしてよいかわからない。悩む。風が冷たい。砂が痛い。夜が怖い。ゆったりと何かが近づいてくる、ような気がして、周りを見渡す。ホシノ恐怖症。まさしくこれに極まれり。
……そういえば、先生。先生はアビドス高等学校校舎にいるのだったか。ビルの屋上でスコープを覗く。夕方。アビドス生が各々の家へと帰っていく。先生は校舎の1階に泊まっている。他の生徒はいない。先生のみ。
裁判長の指示では、先生とアビドス生を支援する、という方針だった。それに従えば今の先生は無防備と言えるだろう。そのままでいいのだろうか? 護衛しなくてよいのだろうか?
それに、バレないように、というのは風紀委員会にバレないようにということが念頭にあったはず。もちろん裁判長の感情的に小鳥遊ホシノにバレたくないというのもあるだろう。しかし、先生にバレてもよくない? という訳だ。先生にだけ打ち明けて、アビドス生徒には黙っていてもらうとか?
……正直砂漠に埋もれる街の中、独りぽつりといるのは不安がある。それなら先生に指示を仰いでも文句は言われないだろう。そうだろう、きっと。裁判長もわかってくれるはず。メイビー。
思い立ったが吉日。スマホを取り出す。シャーレの連絡先を検索。そこで充電が切れそうになる。ポータブル充電器を取り出す。接続する。しかし、充電が始まらない。首を傾げて、充電器を見る。壊れていた。散弾銃の弾が埋まっていた。ホシノに襲われた時に壊れたようだ。
こういうときのために、予備を用意している。新たな充電器を取り出して接続。さて、一安心。しかし、充電できない。充電器を見る。問題なーし。アダプターを見る。砂が詰まっていた。
「あ、詰んだ」
スマホの充電が切れた。
「あーあ……オワッタ」
独り。砂埃。廃ビル。空き缶が転がる音。風が強い。さらさらさらと砂がコンクリにぶつかる音。独り。誰もいない。それでも物音。
「いや、普通に怖い!」
いつもは裁判長と話して夜を明かすが、今回はそれができない。こうして思うと、裁判長がいない状況というのは稀だったのだ。思い知らされる。裁判長が恋しい。これは恋愛とかではなく、普通に人恋しさだ。
「そ、そうだ。先生でも見ていよう。気が紛れるはず……」
先生の部屋を見る。ちょうど窓辺にいた。カーテンを閉められた。
「いや、閉めないでよ!?」
震える気温。砂漠の夜は寒い。寝袋があるので寒さは問題ないが、やはり心理的に堪えるものがある。そして、植え付けられたホシノが迫る音。家に帰ったのを確認していても、恐怖が勝つ。
「ま、まぁ、仕方ないよね……」
私はアビドス校舎に侵入する決意をした。これは任務。けっして私情を挟んではいない。怖いとか、人が近くにいて欲しいとか、思っていない。
(盗聴器だけ仕掛けたら、帰ろ……)
とりあえず人の声。あるいは人の寝息だけでも良い。何か人の気配がないと怖くて眠れない。それだと任務に集中できない。よって、これは致し方ない行動だ。え? 柴関ラーメンに盗聴器を仕掛けていたが、今は誰もいないので、静か。それだと意味ない。逆に怖い!
(ま、まぁ、先生の声を聴くだけでも良い収穫になるだろう。声紋診断ができる)
折角だし、と正門と裏門にも盗聴器を仕掛ける。壁を飛び越え、玄関にも盗聴器を設置。あとは校舎内だけ。
窓ガラスをガラスカッターで円形に切り鍵を開ける。室内で取り回しできるように、銃種を量産型のアサルトライフルに変えている。愛銃は仮拠点に置いてきた。対戦車ライフルは潜入に向いていない。
まずは最初に入った教室の机下に盗聴器を設置。教壇の下にも設置。そして、廊下に出ようと教室の扉を開ける。次に狙うのは対策委員会室。その次は先生の部屋。こちらが本命だ。盗聴器は秘密裏に設置すればするほど〈調査〉がしやすい。
扉から顔を出した。
コツン
横から銃口を当てられた。
「ちょっと大人しくしててね~。君、一昨日の娘だよね? どうしてうちに来たのかな?」
お、おかしい。確かに帰宅した姿を確認して侵入したというのに。それも先程灯りも消えて寝入ったはず。ホシノ宅から校舎までかなり距離がある。私の移動時間を含めても異常だ。並みの移動速度ではない。
「ん? どうしたのかなぁ~? 黙っちゃって……とりあえず、武器は床に置こっか?」
それだけではない。私に気付かれず扉横でスタンバイする隠密力。冷や汗が流れる。私は銃を地面に置いた。ホシノが蹴飛ばして廊下の端へ。私は両手を挙げる。
「ごめんね~。君の銃蹴っちゃって。でもちょっと話がしたくてね」
頷く、ここで下手に抵抗すると痛い目に遭う。本能でわかった。
「とりあえず、君の名前は?」
迷う。コツンと銃口を軽く押し付けられる。ヒヤッとした。答えようとすると、足音。階段を上がって先生が来た。
「〝ホシノ? どうしたの? その娘は?〟」
ホシノの意識が一瞬先生に向いた。その隙にショットガンを蹴り上げる。そのままアサルトライフルの下へ。後ろから撃たれる。背中にヒット。痛い。肋骨が折れたかもしれない。銃を拾い、先生に向かって撃つ。撃ちまくる。
ホシノは冷静に盾を出した。先生との間に立つ。私はそれを確認。先生の無事を見届け、窓ガラスを突き破って校庭へ逃げる。逃げる逃げる。駆ける。脇目も振らずとにかく逃げた。
ホシノは追って来なかった。それが不気味であった。