ゲヘナの愛する裁判長   作:このアカウントは削除されました

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ピンク色の封筒

 ヒフミさんが帰った。

 帰るべきか、残るべきか。どちらが正しいのか私にはわからなかった。拠点に戻って荷物整理をした。夕方。西日が陰となって、拠点のビルを闇に包んだ。

 

 アビドス側は、自分達で解決する、と言った。裁判長は、アビドスを助けろ、と言った。

 法律的には、ホシノさんの言い分が正しい気がする。もちろん今のアビドスの土地はカイザーが支配している。それでも連邦生徒会憲章の庇護下で守られるべきだろう。

 組織的には、裁判長の言い分を実行するのが正しい。上司の指示、というより軍隊の上官命令に近い。法務執行部というのはそういう組織だ。嫌なら辞めれば良いだけ。

 

 どちらが正しいのか私にはわからない。

 

「あ、ハミちゃん。ここにいたんだぁー」

「いや何でここが分かったんですか!?」

 

 怖いんだが。ホシノさんの前では逃げも隠れもできないらしい。魔王か何かか? どっから湧いてきた。というか突然過ぎ。

 

「ん? ハミちゃんが隠れそうな場所を1つずつ回っただけだよぉ」

「…………もしかして、最初の襲撃時も?」

「そだよ〜。いつもの見回りで、怪しい所はチェックしてるんだぁ」

 

 不良に住み着かれたら嫌だからね、とホシノさん。

 1つ謎が解けた。拠点が次々と見つかった理由はそれだろう。

 

「毎回、スコープ越しに目が合っていたのは? 銃身やレンズは反射が少ないものを使っていましたが……」

「それは、警戒していたからね。スナイパーっぽかったから狙い撃ちされそうな方角を時々確認していたんだよ」

 

 右手で拳銃の形を作り、バンッと撃つ真似。聞くとそんな所だった。紐解くと結構納得。当然練度が高いのは事実だが、それでも風紀委員長ほどの化け物感はない。

 

「そういえば、校舎に侵入した時の話ですが、確かに家に帰ったのを確認しました。あそこから学校まで距離があります。あの短時間でどうやって戻ったのですか? そもそもどうして戻ってきたのですか?」

「…………………………うへぇ」

 

 ふやけた顔で誤魔化された。やっぱり化け物だ。そう直感が告げた。怖い。

 

「と、ところで、どうして私を探してたんですか?」

「…………………………いやぁ、世間話でもしようかと思ってね」

 

 怪しい。というか目が笑っていない。ハイライトが消えて、ちょっと目が鋭くなった。冷や汗が自然と垂れる。

 

「……その、サバキの……ううん、獄寺サバキちゃんの話を聞きたくて」

「? 裁判長のですか? ……ああ、そう言えば、裁判長もアビドスでしたね」

「!? それってサバキちゃんが言ってたの?」

「え、ええ、まぁ……お知り合いでしたか?」

 

 ホシノさんは遠い目をした。どこか忘れ物をしたような、大事なものを落としたような、そんな哀愁ある苛立った顔をした。目が濁っている気もする。怖い。

 

「おじさん、サバキちゃんとは、幼稚園が一緒だったんだ」

「な、なるほど……それでアビドスを見限った裁判長を恨んでいる、と」

「誰がそんなこと言ったのかな?」

 

 底冷えする声で言われた。硬直する。アビドスメンバーと一緒にいる時は絶対にしない顔をしている。ホシノさんが続ける。

 

「サバキはね、ちょっと空想気味な娘だった。明るくてほわほわした感じの娘だったよ。いつも、架空の女の子を好きだと言って、いつも楽しそうに嬉しそうにその娘のことを話していたよ」

 

 ヒェッ。口調が変わっている。裁判長のこと呼び捨てだし、粗野だし、底しれぬ闇を感じる。ホシノさん、怖いので止めてもらっていいですか?

 

「そんなサバキのこと()は好きだった」

 

 うん。すごく後悔と理不尽と寂寥と。いろいろな感情がるつぼで溶かされ交じり合ったような表情をしている。怖い。怖いけど、気になる。気になるけど、怖くて訊けない。何があったんですか、って。

 

「けど、ある日、突然行方不明になった」

 

 怖い怖い怖い。ショットガンミシミシ握らないでください。あなたの愛銃でしょ? 『Eyes of Horus』が潰れちゃう。(Eyes)だけに。

 

「最初は事故か事件に巻き込まれたのかと思って探した。けど、自宅でこの手紙を見つけたんだ」

 

 ポケットから取り出したのはピンク色の封筒。少しクシャクシャになっているが、大事に保管されていたのがわかる。年季を感じさせるものの、ボロボロになっていないのがその証拠だ。

 

「手紙には、『ヒナちゃんに会いに行くからホシノちゃんとはお別れ! また会えたらお話しよ! 絶対だよ!』って書かれてたんだ」

 

 ……。……え。…………え? ………………え!?

 

 耳を疑った。

 

「『ヒナちゃん』っていうのは、サバキが妄想した架空の少女のことだよ。まったく、らしいと言えばらしいけど、急にいなくなるなんて……お別れくらい、言いたかったのに」

「……あの、つかぬことを伺いますが、『ヒナちゃん』らしき人物の苗字、なんてあったりしますか? な、な~んて…………」

「うん、『空崎(そらさき)』って言ってた」

 

 ……まぁ、まだ決まったわけではない。可能性はまだある。

 

「えっと、さ、裁判長が、アビドスにいる前とか、って知ってますか?」

 

 ホシノさんが首を傾げた。ホッとする。瞳の色が元に戻った。もう落ちないでくれ、クワバラクワバラ。

 

「? いや、聞いたことないけど……そもそもアビドスで生まれたはずだよ」

 

 スゥ~……。架空の少女がいた、ということであっているのだろうか。なにそれ、新手の都市伝説? 怖いんだが。いやいや、偶然だ。偶然。何かすれ違いに風紀委員長のことを知って、たまたま名前が一致しただけ。奇跡だが、起こり得る奇跡だ。

 

「? どうしたの、ハミちゃん?」

「イエ、ナニモ」

「? それよりハミちゃん。サバキちゃんの話ししてよぉ〜。おじさん、今サバキちゃんが何しているか知りたいなぁ〜」

 

 安心しかけた時の落差!? 怖い怖い! 口調は戻っているけど、目が笑っていない。誰か! 助けて!?

 

「〝あれ? ホシノ? ホシノもいたんだ〟」

 

 救世主現る。

 

「先生! 助けてください! ホシノさんが怖いです!?」

「え!? おじさん!? お、おじさん、何もしてないけどなぁ~」

「〝……ホシノ? 何したの?〟」

「うへぇ~……先生も疑うの?」

「〝疑うというか、ハミがこんなに怯えているから、純粋な質問だね〟」

「……うへぇ~」

 

 何にしてもホシノさんと一対一にならずに済んだ。これはナイスファインプレーです、先生。先生への好感度が1upしました。……何目線? ちょっと調子に乗り過ぎた。申し訳ありませんでした。殺人未遂犯は私です。

 心の中で土下座。先生は首を傾げている。

 

「〝何の話してたの?〟」

「……サバキちゃんの話をしていたんだぁ」

 

 先生に先程の話を掻い摘んで説明した。裁判長の架空の少女が実在した話はしなかった。お二人は風紀委員長と面識がないのだから。

 

「裁判長は、自身がアビドスを見限ってゲヘナに来たという話をしておりました」

「サバキちゃんが?」

「……はい」

 

 そっか、とホシノは肩を落とす。そのまましばらく天井を見上げて、出口へと向かった。

 

「ごめんね、ハミちゃん。帰る準備を邪魔して」

「えっと、ホシノさん。やはり私も参戦した方が……」

「ううん。これはアビドスの問題だから。他校が侵略するなら、アビドスが追い返す。……内政干渉はダメだよ?」

 

 内政干渉。ある国が他国の管轄事項に対して権限を侵犯して介入すること。連邦生徒会憲章に明確に違反行為として記載されている。学校自治の基本。前提。

 

 ホシノさんは微笑んで、去った。先程までの濁った目でも、面倒臭そうな瞳でもない。純粋な覚悟の視線だった。

 ホシノさんの背中を見送り、先生と二人っきりになった。

 

「先生……」

 

 先生はこちらを見る。

 

「何が正しいのでしょうか? ……私は元々裁判長の命令で、ここに来ました。風紀委員会のアビドス侵攻に備えるために。ゲヘナの政治的問題を解決するために。しかし、その裁判長は行方不明。私は独断しなければならない状況です。……私はどうするのが正しいのでしょうか?」

「〝ハミはどうしたいの?〟」

 

 私は首を振る。

 

「私の希望をそこに反映してはいけません」

「〝どうして?〟」

「どうしてって……これはゲヘナの政治的な問題です。個人の思考や感情は排除して考えなければなりません。そうしないと、多くの人が迷います。苦しみます。それは回避しないといけません」

「〝だけど、ハミは迷っているよね?〟」

「……」

 

 黙る。黙るしかできない。

 頭に過ぎったのは、トロッコ問題。多数いる赤の他人と一人の親しい人物。命を天秤に乗せて釣り合うのか、という問題。この場合は、見知らぬ他人と自分。どちらの不都合を選択するか。

 

 先生が続ける。

 

「〝政治とかゲヘナとか、今は脇に置いてもいいんじゃないかな?〟」

「……ですが、その時の責任は、誰が請け負うのでしょうか?」

 

 そう、詰まる所、責任の所在が明らかでない。

 私が責任を負えるのなら、それでいいが、そうはならない。私の上司は裁判長である獄寺サバキだ。私の行動は裁判長の責任問題になる。みだりに大きな行動をすべきでない。裁判長が責任を取れる範囲内でしか行動できない。

 そう、私が裁判長の部下である限りは。

 

「……そっか」

「〝?〟」

 

 私は覚悟を込めて、先生を見る。

 

「先生、お願いがあります」

 

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