ゲヘナの愛する裁判長   作:このアカウントは削除されました

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冷たい檻の床下暖房

 牢屋に入れられて、3日目。助けはまだない。通信もできない。閉じこもり。そんな中、休憩としてぼんやりと考えていた。

 

 一人で過ごすのは、久しぶりな気もする。最近は書記官が傍にいることが多かったため、独りというのは感じたことがなかった。

 その前は、ヒナちゃんの傍にいて、孤独はなかった。いつも一緒にいた。正確には私がべたべたくっついた。正直面倒臭いと思われていたのかもしれない。

 その前は、ホシノちゃんが構ってくれた。孤立しがちな私にいつも寄り添ってくれた。なんであんなに世話を焼いてくれたのかはいまだに不明。

 全ては物理的な距離でなく、精神的な一人。

 書記官やヒナちゃんだけではない。法務執行部のメンバーや風紀委員会の委員達。万魔殿ともパイプがある。昔のように、前世のように、殻に閉じこもるというようなことはない。

 

 私の記憶は三段階に分かれている。

 一つが前世。死んで生まれ変わる前の話。正直思い出したくないくらいの泥水啜る悲惨さと、何度思い出しても暖かな気持ちになれる恩師との触れ合い。どちらもが同居する記憶。それが前世。

 二つ目がアビドスでの日々。正確には、この世界がブルーアーカイブだと認識する前の話。失礼なことだが、アビドスという言葉だけでは記憶を刺激されなかった。ホシノちゃんも伏線があったとはいえ、別人だったのだ。わかる訳がない。現実逃避ばかり。他人を見ようとしない。ホシノちゃんがいなかったら、生活すらままならなかっただろう。そして、裏切った。当時は、ふわふわした思考で裏切りの自覚はなかった。情けないことになかった。

 三つ目。ゲヘナでの日々。ヒナちゃんと出会ってからの日々。幸せの絶頂。そして、急落。底辺と接触する勢いで落ちた。それでもヒナちゃんがいたため、持ち直した。ヒナちゃんをサポートしよう。それを生きがいにしよう。しかし、どうやら、サポートしたつもりになっているようだった。

 

 原作のヒナちゃん。原作ではヒナちゃんの睡眠時間は3時間。捻出できた先生とのデート時間が3時間。おそらく、その二つの3時間は同じなのだろう。デート時は徹夜確定だったはず。

 現在、ヒナちゃんは6時間睡眠が可能となっている。さらに捻出する時間も3時間確保できる。合計9時間の余裕。これは私の成果。原作改変の効果。

 

 しかし、原作改変をしてまで、それをする必要はあったのだろうか?

 

 ヒナちゃんを救いたいのは事実だ。その上、原作のハッピーエンドも壊したくない。原作の着地点は原作の流れに沿えば、正しくそこへ流れ着く。大きな原作改変さえしなければいいのだ。

 現状、大きな、それも致命的な原作改変が行われてしまっていた。

 

 アビドスと風紀委員会との戦闘。

 本来であれば、ヒナちゃんが現れることで終結する。穏便な解決となる。風紀委員会の行動は風紀委員長の鶴の一声でどうにかできるのだ。

 今回、ヒナちゃんは有休消化義務日に当たる可能性が高い。ヒナちゃんが仲裁することはできない予感がする。

 

 まだ予想の範囲内。原作と現在とを勘案して計算すると、明日風紀委員会がアビドスに侵攻する。風紀委員長が有休消化義務日にあたる。私のミスだ。

 

 その予感があったからこそ、書記官を派遣した。原作改変を行おうとした。結果、私は牢屋に閉じ込められた。

 

 第一に、私はヒナちゃんのために行動している。これは私のドクトリン。第二に、原作崩壊を阻止する。多かれ少なかれ、私が存在するだけでズレが生じるはず。大人しくしていても小さなズレが発生し、そのズレは時間が経つごとに大きく裂ける。それなら、介入して、ツギハギだらけでも修繕した方が良い。

 

 現状はどうか?

 

 ヒナちゃんは行動できず、私も隔離された。当然、このままでは原作崩壊へと繋がる。

 

 一応、原作崩壊にならない道もある。それはヒナちゃんが有休消化義務日を蹴ることだ。当然、万魔殿から訴追され、再び裁判となる。今度は弾劾裁判だ。

 以前は労働基準法範囲の案件だったため、普通の裁判となった。今回は行政法、それも他校に侵略という歴とした9条違反。ついでに、議員には不逮捕特権がある。しかし、それは訴追されないという訳ではない。

 弾劾裁判にかけられる。敗訴すれば、ヒナちゃんは風紀委員長を辞めさせられる。それだけに留まらず、罷免させられた後、刑事事件として逮捕され、拘禁。最悪、禁固刑で自由を奪われる可能性もある。

 

 そんなの嫌に決まっている。

 

 ヨコチチハミデヤンは結構な楽観的観測をしていた。自分が責を負うと言っていた。弁舌が得意な彼女らしい。確かに、それは可能性としてはあり得る。その場合、ヨコチチハミデヤンが禁固刑だ。

 それもダメだ。ヨコチチハミデヤンは第三編『エデン条約編』や最終編『Final. あまねく奇跡の始発点編』でも登場する。その穴を誰が埋めるというのだろうか?

 そして、ヒナちゃんが悲しむ。高校三年間を共にした友人であり相棒を失うのは辛いはず。

 

 どこへ行ってもバッドエンド。私がここから脱出できなければの話。

 

 そう、脱出できれば良いのだ。それが現実的であれば。

 

 ここの牢屋は矯正局の牢屋よりも脆い。しかし、個人が重機もドリルもなく脱出するのは無理だ。それでも諦めきれない。

 

「おいっ!? 誰かいないかっ!? ここから出してくれぇ!?」

 

 叫ぶ。檻を叩く。蹴り。体当たり。再開した暴力は意味をなさない。

 鍵を壊そうと、何度も重点的に衝撃を与える。しかし、壊れる様子はない。これを三日三晩続けた。流石に疲労が強い。眠気も凄い。食事も取っていない。洗面器があるので水はとっている。その程度。しかし、前世に比べれば、訳がない。

 それでも成果のない徒労の数々に苛立ちと精神的疲労が積み重なる。徹夜最長記録は半月ほどだが、その時はゴールが自分の手にあり成果も手に入れた。今はゴールが神頼み、成果もない。辛い。足音なんて聴こえない。

 

 諦め。その二文字が浮かぶ。

 

 諦めたら良い。そこまでする義務はない。ヒナちゃんが弾劾訴追される可能性は100%ではない。もしかしたら何も起きず、そのままいつも通りの日常が待っているかもしれない。杞憂に終わるかもしれない。それなら、ここで頑張らなくてもいいじゃないか。

 ダメだ。最悪の想定をしなければならない。決定的な損失を被る前に準備するのが大切だが、実際の現場は想定範囲外のダメージがやってくる。その時に重要なのが、それが今カバーしなければならないことなのか、それとも後々リカバリーした方がいいことなのか、ということ。緊急的な対応か、正確性の追求か。

 

 よく、天使と悪魔と喩えられる。選択を迫られた時、正しい考えと、欲望的な考えとが、同時に囁くのだ。行動せよ、停滞せよ。try or not try。

 

 体重を全て乗せた蹴りを鍵へと集中させる。しかし、あまりにも頑丈過ぎて、バランスが崩れる。倒れる。床が痛い。冷たい。倦怠感が襲う。身体が動かなくなる。

 

(ここ、で、終わるのか……?)

 

 身体的な疲労もあるが、精神的な疲労で、指一本動かせない。モチベーションも感情と云うが、感情を維持するには莫大なエネルギーを必要とする。

 つまり、もう、体力がない。限界に近い。思考も時々ぼやける。目を瞬かせる。

 

 もう無理か……。諦めも肝心。原作通り、ヒナちゃんが助けて、アビドス編を終わらせよう。その後の弾劾訴追だが、私の政治的なコネと交渉で阻止しよう。その時に万全の体調にするためここで寝よう。大丈夫、全てはヒナちゃんが解決する。大丈夫、その後は私がカバーする。大丈夫、ハッピーエンドになる。

 

 涙が出る。悔しい。原作改変を積極的に行った結果が、原作崩壊だなんて。

 これなら、消えれば良かった。ヒナちゃんと一緒にいたいがために、こんなに掻き乱して、そして、原作崩壊。笑えない。

 本当になんで私はこの世界に来たのだろうか? 存在するだけ無駄。いや、害悪だ。原作通りならハッピーエンドで終わり。原作は薄氷の上の奇跡だった。つまり、小さな差異で崩壊する。その小さな差異は、私が存在するだけで発生する。

 だから、私が、修正しなければならない。

 

 でも、身体が、精神が、負けを認めている。意志が強くても、精神論だけで食ってはいけない。

 

 何事も。

 

 

 

 諦める。諦めようとした。それでも諦めきれずに、這いずって檻へ蹴りを入れる。弱々しい蹴り。現実逃避的な蹴り。足を痛めるだけの蹴り。

 

 震動があった。

 

 最初は檻を蹴っているため意識していなかったが、だんだんと揺れが強くなっていく。

 地震か? と思って、動きを止める。いや、これは、地震ではない。近づいてきている。何か、そう、重機かドリルかで地面を掘るような震動。

 

 ハッと思って、身を翻した。瞬間、地面が突き破られた。出て来たのは、赤いシャツを白衣で覆う少女と、ゴーグルをした赤髪の少女。

 

「カスミ!? メグちゃん!?」

「おや? サバキ裁判長じゃん!」

「ん? ……おぉ、裁判長か。先日ぶりだな! ハーハッハッハッハッ!」

 

 つい、メグをちゃん付けで呼んでしまった。昔の癖。矯正しよう。……今更か。ホシノちゃんもちゃん付けで呼んじゃってるし。諦めよう。口に出して言わなければ良いだけだ。

 

「で? カスミとメグはどうしてここに?」

「ぅん? そりゃー、温泉開発のためだ!」

「そうそう。部長がここで温泉の気配がする! って言ってね。それで掘り続けたら、ここに出たって訳」

「そ、そうか」

 

 そこで気付いた。

 

「待て。その穴は外へと繋がっている訳だな?」

「え? そうだよ」

「一本道か?」

「そうだな。迷わず進んだからおそらくは。複雑な進路は取っていない」

 

 元気が湧く。希望が見えた。アドレナリンが身体を起こす。

 

 私はカスミとメグちゃんが乗っているドリルごと持ち上げて、鉄格子へと投げた。

 驚く二人。しかし、無視する。

 

 私は穴へと飛び込んだ。

 

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