ゲヘナの愛する裁判長   作:このアカウントは削除されました

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異邦人(エトランジェ)の為の方舟(キヴォトス)

 今頃、原作通りに物事が進んでいるだろう。時計を見ると、気を失ってから然程経っていない。今向かえば間に合うかもしれない。身体が動かないことを考慮しなければ。

 牢屋に三日三晩いた。鉄格子を壊そうと徹夜して成果なし。体力のない状態。精神の摩耗。これで万全のヒナちゃんに敵う訳もなく、気絶させられて、意識を戻しても動けなくて全身痛いし倦怠感だし、辛い苦しい。たとえ、車や電車で現場へ間に合ったとしても、何もできず終わるだろう。

 

「……なにしてんだろ」

 

 上体をなんとか起き上がらせて、近くの樹木に背を預ける。空を見る。晴天。憎らしいほどに綺麗な青空。

 

 よく、転生モノと言ったらオリジナル主人公、所謂オリ主がチートで無双して、気分爽快ハッピーエンド。それが定番。

 テンプレ物語上の立ち位置を考えると、転生主人公は私で、私がチートを駆使して戦って、原作をよりよいものへと昇華させる。そうなっている。そうあるべきだ。そうだったらどれだけ良かったか。

 

 ヒナちゃんはヨコチチハミデヤンの暴走を止めた。これだけ見ると、好意的に読み取れる。しかし、他校へ侵略的軍事行為を働いた。部下が行ったとはいえ、責任問題は当然ヒナちゃんにある。

 行政官がどのくらい弁舌を得意としていても、議員全員を納得させることは不可能。法務執行部も権力の濫用に厳しい。まぁ、司法組織としては妥当すぎる。もっと不真面目になってくれよ。これも雷帝のせいだ。

 

 三権分立。これは権力の抑制と均衡を目的にしたシステム。

 万魔殿(パンデモニウム・ソサイエティ)、風紀委員会、法務執行部。

 万魔殿は立法府。生徒の多数票で立候補者から選ばれた議員で構成される。法律を作り、変え、消す。この権限がある。風紀委員長の任命も万魔殿内にある議会で行われる。風紀委員会に対する予算決定権もある。

 風紀委員会は行政府。議会の多数票で指名・任命された風紀委員長。外交と内政を受け持ち、主に治安維持や自衛権を行使する。他校との条約を取り付けたり、法務執行部部長かつ裁判所長官を指名・任命する権限もある。

 法務執行部は司法府。風紀委員長によって指名・任命された長官。法に基づいた紛争の解決、生徒の自由と権利の保護、社会秩序の維持、立法府に対する違憲立法審査権などを持つ。

 

 各々が正三角形の頂点に配置され互いに抑制・均衡を保つ。巧い具合なバランス。

 

 前世ではそこそこ気に入っていた仕組み。恩師もよく解説してくれた。一種の希望。

 

 今世では、大嫌いになった。やはり三権分立では、ヒナちゃんを救えない。今の法体制を作り変えなければならないのかもしれない。ヒナちゃんを頂とした、万魔殿も法務執行部もない、独裁政権。軍事政権。それこそまさに、ヒナちゃんの快適生活への最短距離。

 

 ……まぁ、ヒナちゃんは拒絶するだろうが。というか独裁政権になっても、真面目に仕事しそう。紙束の山に囲まれて筆を動かすヒナちゃんが想像できてしまう。

 その光景にくすりと笑う。

 

 無駄な思考は続く。

 

 やはりヒナちゃんを頂にする訳にはいかない。三権分立が丁度良いのかもしれない。私が作り上げた法制度は間違っていない。逆に、ヒナちゃんには休んでもらったほうがいいかもしれない。というか、風紀委員長という肩書を失えばいいのだ。そうすれば、ヒナちゃんの平穏が訪れる。

 

 それでもヒナちゃんに風紀委員長であって欲しい理由は、おそらく原作。

 

 私は原作に縛られている。転生主人公の種類は色々あった。原作に振り回される者、原作を利用する者、原作から逸脱する者、etc。

 私は振り回されている。ヒナちゃんに幸せになって欲しいと願いながら、原作の通りであって欲しいと祈ってしまう。ただのアホ。これでは、転生しても前世同様ただ死ぬだけで終わる。

 

 私は何がしたいんだろう……

 

 空に浮かんで流れ行く雲をぼんやり見つめながら座っていると、足音。首をそちらに向ける。黒スーツの大人。顔は黒く、罅割れており、隙間から青白い光が溢れている。スーツからはみ出ている手は黒手袋。

 気配に気がつかなかった。この距離まで接近されているとは思わなかった。黒スーツの大人が口を開いた。

 

「初めまして、獄寺サバキさん。私のことは、〝黒服〟とお呼びください」

 

 原作の敵役が森の木陰に立っていた。

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 行政官のホログラムの前に立つ。風紀委員達は潰走。コントロールはできないだろう。組織的な撤退ができているか怪しい。それ程までに追い詰めた。

 

 ……正直、勝てると思わなかった。ホシノさん以外全員満身創痍。そのホシノさんは頬に掠り傷程度。親指で拭っていた。今ではどこにあったかすら不明。

 便利屋は、特にアルさんは夢でも見ているのでないか、とでも言わんばかりにほっぺたをムツキさんに引っ張ってもらっていた。ハルカさんがあわあわしている。カヨコさんは少し不完全燃焼っぽさを残している。自分達の力だけで倒せなかったことが原因だろう。

 アビドス勢はノノミさんがみんなに抱きついて喜びを表現しているし、シロコさんは倒れた風紀委員から銃弾でも漁っているが、セリカさんに怒鳴られていた。先生はいつも通り。アヤネさんが軍用車両に乗って、こちらにやって来た。全員揃った。

 

 ついでに、イオリさんとチナツさんは敵幹部ということもあり、拘束させてもらった。騒いでいたのだが、大人しくなってくれた。一種の捕虜である。

 

「行政官。降参(サレンダー)してください」

『……』

「裁判長と風紀委員長と話し合って、戦後処理を行いましょう」

『……────ぁ』

「?」

 

 行政官が顔を上げた。

 

『ッ……降参(サレンダー)はしません』

 

 ……え。…………え? ………………え!?

 

「ど、どういうことですか?」

『簡単なことです。指揮官が負けを認めなければ負けません』

「……アコ、ついにおかしくなったみたいだね」

『失礼ですね、カヨコさん。私は至って正常です』

「いやいや、どう見てもおかしいわよ!」

 

 アビドスも便利屋も雲行きが怪しいことに気付く。ホシノさんが目を鋭くした。行政官の前に立つ。その時には、すでにいつも通りの顔をしていた。見間違いか?

 

「えっと、行政官ちゃん? 行政官ちゃんは現場が見えていないの?」

 

 ギリッと奥歯が鳴る音。通信越しでも聞き取れた苛立ち。アビドス側が臨戦態勢になる。私は慌ててアビドスと行政官との間に立つ。殺気に満ちている。便利屋だけが首を傾げている。

 

「お、落ち着きましょう……互いに互いに、ビークールですよ」

『ハミさん。あなたはどうしてそちら側にいるのですか?』

「え」

 

 行政官の突然の質問。急過ぎて答えられない。

 向こうも答えを待たずに言う。

 

『おかしいじゃありませんか。ゲヘナ生が他校の生徒に力を貸すなんて。それもゲヘナの風紀委員会と敵対するなんて。ハミさんだけではありません。カヨコさんも便利屋68のみなさんもゲヘナ在籍です! なんでそっち側なんですか!?』

 

 逆ギレである。ホログラムが地団駄した。アコ行政官は悔しそうな顔をしている。子供か。

 私は溜息を吐く。

 

「良いですか? 行政官。間違っているものは間違っています。ならぬものはならぬのです。他校への侵略行為あるいは許可のない軍事行動は校則違反です。これは事実です」

『間違っているのはそちらです! た、確かに私も間違っていることは認めます。ですが! シャーレが未知なのは事実ではありませんか!?』

 

 うーん。確かに、傍から見ればそうかもしれない。

 短い間とはいえ私は実際に先生という人柄に触れ、直接お喋りし、互いに理解を深めたと思う。しかし、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eは、行方不明になった後の連邦生徒会長が直接設立した、と銘打ってあるが、真実はどうであれ、連邦生徒会の首席行政官が独断で設置したと言われた方が理解しやすい。

 そんな組織の顧問が先生。政治的な臭いがぷんぷんする。怪しい。学校自治は果たして正常に守られるのか不安に思うだろう。学校自治を守るためにもシャーレを排除した方がいいと思う人もいるだろう。

 

 そう、この話はそこに集約されるのかもしれない。

 

「〝もしかして、アコは不安だったの?〟」

『ッ!?』

 

 先生の指摘に苦々しい顔をする行政官。不安を自覚した自分に驚きと、自覚させられた苛立ちと、言い当てられた悔しさ。それがない混ぜになった表情。

 感情的とは、まさしく子供だ。いや、子供だったわ。生徒なのだから。大人とは違う。

 アビドスのみんなも臨戦態勢から脱力している。ホシノさんなんてだらけすぎている。ギャップが凄い。

 

「ですが、九条違反は九条違反です。感情的になられても困ります」

「〝そうかな?〟」

「そうですよ! 政治的に難しい舵取りを風紀委員長や裁判長に強要しています! それもリカバリーできない可能性が高いですよ?」

 

 行政官が唇を噛んでいる。自身の失態を自覚してきたのだろう。充分に反省して欲しい。戦後処理の後は九条違反をどうにかしなければならない。これが一番の難問。バレてしまえば、風紀委員長が厳しい立場になる。そうすると、裁判長が今までやってきたことが水の泡と消える。

 

「政治と感情論は相容れません。生徒だからといって許されることではありません」

「〝確かに、アコにはきちんと反省して欲しい。でも、大人でも感情的になるよ?〟」

「それは……そうかもしれませんが、政治とは切って考えるべきです」

 

 先生が考えるように見つめてくる。なんかドギマギさせられるので、見ないでください。

 

「〝『政治』ってなんだろうね……?〟」

「政治、ですか? それは……」

 

 改めて問われると難しい。人々を導くのが『政治』なのか。しかし、政治家が人民よりも賢い道理はない。人々を導く資格がない場合もある。

 なら、人々の生活を豊かにするのが『政治』か? ならば、ゲヘナ学園は終わっている。治安もそうだが、生徒の満足度も低い。政治に興味がない者が基本。これで正常な政治が行われるとは思えない。

 であるなら、『政治』とは?

 

 悩む私に、カヨコさんが肩を叩く。

 

「ハミ。深く考えるのはあなたの強み。だけど、悩みすぎるのはよくないよ」

「で、ですが……」

「社長を見て。あの顔、何もわかっていないでしょ」

 

 アルさんを見る。頭にはてなマークを浮かべているような顔。つい吹き出す。

 

「ちょちょっと!? なんで私の顔を見て笑ったのよ!?」

「あ、いえ、その、……な、なんとなく?」

「アハハハッ! アルちゃんサイコー!!」

「なんだかよくわかりませんが、アル様流石です!」

 

「で? 話は終わったのかしら?」

 

 全員が全員、声のした方を向く。そこには、風紀委員長・空崎ヒナが腕を組んで様子を伺っていた。便利屋は白目を剥いた。

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 黒服。ホシノちゃんが呼び始めて、本人も気に入った通称。

 

「おや? あまり驚いていませんね?」

「いや、驚いている。見知らぬ大人が突然現れて、驚かない方がおかしい」

 

 見知らぬ大人が女子高校生に話しかける案件。前世だと最悪通報されてしまう。

 

「そうですか。()()()()()()ですか」

「?」

 

 黒服は不気味に笑う。意味深だ。私は嫌な気持ちになる。

 

「それで? その黒服さんとやらは、何が目的で私の元に来たんだ?」

「おや? 純粋に会うだけではいけないのですか?」

「知り合いでもない相手にアポなしは大人として礼儀がないのでは?」

 

 ふむ、と黒服が顎に手を置く。何がおかしいのか、笑っているように見える。……いや、笑っていないかもしれないが。

 

「まぁ、そういうことにしておいてあげましょう」

「……話が見えない。わかりやすく順を追って説明してくれ」

「……ええ、いいでしょう」

 

 素直に頷く黒服。逆にそれが不気味で、不安になる。今動けないのが、ここまで怖いとは思わなかった。

 

「私はゲマトリアという組織に所属しています」

「……ゲマトリア」

「ええ、神秘の探求と研究を是とする研究者達の集団、とでも思っていただければいいです」

「神秘……。それで、ゲマトリアがどうした?」

「ゲマトリアは色彩という共通の敵がおります。色彩というのは、神秘を恐怖に反転してしまうというゲマトリアにとって本来かつ最大の敵です。最悪、キヴォトスを滅亡させてしまうこともあるでしょう」

 

 原作で知っていた内容だ。『vol.3 エデン条約編』で初めて出た原作の言葉だが、考察勢でさえ〈色彩〉が実体なのか存在なのか概念なのか不明なのが前世での話。だが、意味わからんといった風に訊く。

 

「で、その色彩がどうした?」

「……」

 

 笑っている。笑顔だ。いや、元々そういう顔つきなのかもしれない。原作の黒服の立ち絵は色彩に襲撃される前と後の二枚だけだった気がする。後はスチルが2枚ぐらい。だから、その仕様が現実に反映された結果、そういう顔になったのかもしれない。

 何にしろ、不安にさせる笑顔だ。

 

「色彩はキヴォトスの外に属する意識です。つまり、キヴォトスの中では観測すらできません。本来であれば」

 

 なんか嫌な予感がする。

 

「それが、観測されました。キヴォトスの中で」

「……」

 

 表では平静を装いながら、内心は混乱していた。

 原作では、『vol.3 エデン条約編』の第四章で話の中に出て来た。その時は、メインヴィランである『ゲマトリア』が恐るべき脅威だと見ていた。

 実際に出て来たのは原作最終編『Final. あまねく奇跡の始発点編』。それは皆既日食のような姿で現れた。絶望下にあったシロコをテラー化させ、別世界のキヴォトスを崩壊させた。そして、原作本編でも姿を現し、先生と敵対する。

 原作では、エデン条約編での敵ベアトリーチェのせいでキヴォトスに呼び込まれてしまう。ゆえに、それまでは静観しておくつもりだった。

 

 それが、現時点で、すでに観測されていた。

 

 こればっかりは、私に原因はないはず。なぜなら、色彩はベアトリーチェが呼び込まない限り、来ないのだから。そう、原作ではそうなっているはずだ。

 

「……先程も申し上げましたが、色彩はキヴォトスの外に属する意識です。つまり、閉じた世界であるキヴォトスの中には入ってこられないはずです」

「……その説明なら、そうだな。密閉容器を水に沈めても、蓋が開いていなければ容器の中に水は入らない」

「理解が早くて助かります。ええ、その通り、本来であれば入ってこられないのです。その喩えで言えば、蓋を開けない限り」

 

 胃がキリキリと痛みだした。冷や汗が止まらない。苦しい。辛い。どうしようもない現実を突きつけられる。

 

「そう、開けられたのです。蓋が。外から中へ」

 

 黒服が一歩近付く。私は睨み上げるしかできなかった。

 

「そうですよね? 外からの来訪者・獄寺サバキさん」

 

 




【修正】
2025/06/20(金)-l.117-138=>l.117-130

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