ゲヘナの愛する裁判長   作:このアカウントは削除されました

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開廷します



第1部 アビドス編
主文、女神に休息を


 ゲヘナ学園学校自治区基本規則。通称、ゲヘナ校則。旧校則と区別する時は新校則と呼ぶ。

 

 この新校則だが、前世の憲法を元に制定した。つまり、草案作成は私が関わっている。というか、私が作ったと言ってもよい。

 作成者として記載があるのは、3人。羽沼マコト、空崎ヒナちゃん、そして私。三人で考えた体裁を取りつつ、私が文章に起こした。修正した。

 とはいえ、実際の法律群は必要に迫られたり万魔殿がやたらめったらに作成したりで混沌を極めている。一応形になっていると思うが、いかんせん前世のことだ。確かめようがない。記憶力はよかったので、おそらく概要は合っていると思う。それでも流石ゲヘナと言わんばかりの法律群だ。悲しいことに。

 

 ここで賢い人は気づくだろう。そう、ゲヘナにあるほぼ全ての法律は私が草案を作成している。司法の長が「どうして?」「どうやって?」と思うだろう。明白な立法権侵害。

 だが、難しい話はない。秘密裏に介入したのだ。そもそも新校則制定時は単純に司法へ携わっていなかった。どちらかと言うと立法側寄り。一昨年のこと。『携わっていなかった』とはいえ、暗躍はしていた。その成果として法務執行部がある。

 もっと具体的に説明すると、とある前生徒会長失脚に伴って、独裁者誕生を阻止するための新校則が必要になった。そこで法律に詳しかった私が、手伝ったのだ。裏から原作を操ろうとしていたから、司法関係者にはならずに済んでいたが、いざ新校則が出来上がると作成者がどこの所属にもならずほっつき歩きまわるのは流石に体裁が悪かった。さらに誰かしらに狙われる可能性もある。ヒナちゃんが心配した。それもあって、法務執行部に入った。

 新校則作成の代表者三人が一処に固まってはいけない。そのため、道を別けた。ヒナちゃんはそのまま情報部から風紀委員会へ、マコトは立候補して議長へ、私は前世知識を利用して裁判所長官へ。それからヒナちゃんとも疎遠になった。それはまた別の話。いつか、別の機会に話すとしよう。

 

 話は変わるが、ゲヘナ新校則を改正するのは難しい。

 

 ゲヘナ議会。万魔殿内にあるそれは二院制を採用している。

 両議院議会総議員数3分の2以上の賛成可決で校則改正案を発議。全校生徒総数の過半数の賛成投票で承認。生徒会長である議長がゲヘナ学園生徒の名の下に新校則を公布する。条件の厳しさ。それ以上に真面目な議員が少なく発議すらできない。

 それは、憲法たる新校則は私の狙い通りに生きている、ということを示す。

 

 メリットは2つ。1つ目は新しい条項を覚えなくてよいこと。2つ目は自由権を古い価値観で束縛できること。

 

 ゲヘナがどれだけ自由であろうとも、自由を保証する校則が不自由なら、〈自由〉と〈混沌〉は制御下にある。そうすれば、これ以上悪いゲヘナが加速することもない。その間に、善いゲヘナを発掘する。

 

 と思っていたのだが、現実はそう簡単にはいかない。悲しいことに。

 

 一番の問題は身内。法務執行部。

 法務執行部は設立されて日が浅い。最初は手探り。その隙を突かれて、とは言い訳になるのだろう。とある前生徒会長の手によって三権分立がぶっ壊された。一昨年の話である。その間司法は健全に機能しなかった。

 そのためか、法務執行部の構成員、ゲヘナの司法関係者は、みな司法の役割に関して妥協がない。清廉潔白な判決を求めたがる性格を帯びている。もちろん、情状酌量や司法取引で刑を軽くしたり、和解勧告や調停・仲介で争いを止めたりして双方が納得する結果へと導く。無闇矢鱈に白黒つけるのではなく、グレーゾーンをどのように取り扱うか、法的に問題ない妥協案はないか、を考えるのが仕事。それらを含めて、法の番人。もちろん白黒判決もある。そこは切り替え。

 しかし困ったことに、我が部員は権力に対して、何より政治家や官僚、軍人に対してアレルギーを持つようになった。当時、無関係の私でもその空気感には気がついた。公権力は敵。議長は詐欺師。風紀委員長は悪。我々こそ公権力を執行するというのに、そう思っている輩が多過ぎる。一種の宗教状態。

 そんな部員への気配りもしないといけない。それが裁判官であり、部長である私の辛い所である。

 

 今回の訴訟。ヒナちゃんの違法労働問題。これは単純な議長の嫌がらせに留まらない。図式として、万魔殿vs風紀委員会vs法務執行部。三つ巴の状況。

 今後、政治的関係を維持するには、どこの組織とも仲良くしなければならない。不利益を思わせてはいけない。議長には成功を報せ、委員には納得を示し、部員には感情を満足させる。法を逸脱した判決は論外。法務執行部部員に万魔殿と風紀委員会の利益を悟られてもいけない。考えるのが辛い。それでも結論は出さなければならない。つまり、

 

「主文、被告に、有給休暇消化義務と有給休暇消化義務日の策定を命じる。訴訟費用は、被告と原告の分担とする」

 

 こういうよくわからない判決を下すしかない。頭がこんがらがる。これが『自由』を勝ち取った司法関係者の末路。法律や訴訟の争点への解釈待ったなし。報道関係者が慌てて法廷を出て行く。

 

 裁判の話し合いの中、提出タイムテーブルの証拠改竄は見過ごせなかった。ヨコチチハミデヤンが行ったらしい。その後、改竄前のタイムテーブルを見せてもらった。

 酷かった。何が酷いって、勤務時間ほぼ全てが事務作業。出勤05:00から退勤28:00までの23時間の内9割前後が机にしがみついていたそうだ。犯罪者との戦闘は必要最低限。頑張って風紀委員がなんとかしていたらしい。おんぶに抱っことか思って申し訳ない。それでもエンドレスな書類。

 実際に現場を訪れてみた。原告・棗イロハ同行。風紀委員長室は書類の山。雪山。一日の予定を具体的に訊くと、出るわ出るわブラック企業感。終日缶詰。時々休憩兼ストレス発散兼運動兼犯罪者の捕縛を行うらしい。それが終われば急いで戻ってまた書類仕事。

 食事と睡眠を訊けば、つい1時間前に食べた昼食も覚えていなかった。うとうと対策として3分毎にタイマーを鳴らし、安物のスナイパーライフルで脛、所謂弁慶の泣き所を撃つとか。最初の頃は流石に痛かったらしいのだが、最近では慣れて他の方法を模索中とのこと。それを淡々と言うのだから、流石のイロハも顔を覆った。

 

 その後裁判は恙無く進んだ。イロハの理解もあり、こちらも情状酌量の余地あり、とできたのはできたのだが、万魔殿というかマコトは和解する意志がなく、風紀委員長は証拠改竄や違法労働の事実は否定できないため、答弁書の主張は容認できず、ヒナちゃんは敗訴。

 

 万魔殿の勝訴とはならなかった。というか先程も話したが、法務執行部内での反発が予想できる。風紀委員会だけでなく万魔殿も目の敵にしている。部内を分裂させたくない。

 刑事訴訟なら有罪無罪の二元論だが、民事訴訟の難しい所は敗訴から勝訴までのグラデーション判決ということだろう。一方が負けて片方も負ける、ということが頻繁にある。今回これを利用した。

 万魔殿は賠償金を求めた。しかし、私が書いた判決文には「賠償金を命じる」とか「奉仕活動を命じる」とか一切書かれていない。つまり、万魔殿もある意味敗訴。

 

 ということは、万魔殿と風紀委員会が負けて、法務執行部の一人勝ちになる。これでは部内では良いが、万魔殿と風紀委員会からの印象が悪い。政治活動が制限されてしまう。いや、裁判官は政治活動してはいけないのだが、そこはゲヘナだから、と納得してくれ。

 

 ここはテクニックというか難しい話ではない。まずわかりやすい所から説明しよう。

 万魔殿はマコト以外とくにこれといって政治に興味がある訳ではない。モブや議員は知らないが幹部はどちらかと言うと中立派。だから問題は議長だけ。

 マコト議長はまず、あの主文だけ見て、自身の勝利を確信するだろう。そもそも勝利を疑わないマコトだ。勝利している前提で判決文を読む。よって、満足して解決。万魔殿はこれで終わり。さらにイロハがヒナちゃんを慮って、マコトを言いくるめてくれるだろう。そこの危機管理は共有した。

 次に、ややこしいが、風紀委員会。ヒナちゃんは判決に何とも思わないだろうが、委員達、特に行政官であるヨコチチハミデヤンは納得しないだろう。平委員もヒナちゃんを慕っている者が多いから、不平を言うかもしれない。そうすると、法務執行部への当たりが強くなる可能性がある。表向きは大丈夫だろうが、政治的交渉に好意的反応が返ってこないだろう。

 そこで、喧伝する。噂を流す。「裁判官は風紀委員長の激務を想って、無理矢理にでも休ませようとした」と。そうすれば、法務執行部への当たりも多少は和らぐだろう。クロノススクールとか買収すればある程度はコントロールできる。……もちろんクロノススクールはガセが多いとのことだが、ガセでもよいのだ。そういった言葉を聞けば人はその情報も考慮にいれる。それだけである程度は誘導できる。

 

 判決文をつらつらと述べる。ヒナちゃんはいつも通りの顔。少しげんなりしている様子。おそらく仕事が簡単にできない将来を憂いているのかもしれない。ヨコチチハミデヤンは憤りの表情。イロハは面倒臭そうに読書。ここにはいないがマコトは勝利に歓喜していることだろう。

 

 私個人の感想を入れていいのなら、私はヒナちゃんを勝たせたかった。だって、ヒナちゃんは私のヒーローだ。正義そのものだ。正義を裁くとは一体どういうことだろうか?

 

 判決の概要を改めて説明しよう。

 ゲヘナの有休は、部活及び委員会活動に従事している生徒に付与される。1年生の秋に10日、2年生の春に15日、3年生の春に20日。期限なし。つまり、ヒナちゃんは45日溜まっている。その内の36日を『有給休暇消化義務日』として定め、各月に3日割り振られている。残りの9日は自主的に取らなければならない。卒業までの義務。有休消化義務日は一切の仕事ができない、より仕事が溜まる。

 本来、有休消化は権利であり、基本的人権であり、誰かに押し付けられるものではない。今回は特例だ。悲しいことに

 

「────この判決に不服があれば、被告は14日以内に控訴することができます。……これにて、閉廷します」

 

 こうして、ヒナちゃんの裁判が終わった。人知れず流した涙の味は苦かった。

 

 

 

 退席。退出。廊下歩む。裁判所書記官がついてくる。書記官のヘイローは円環に(ガベル)。瞳は黒。髪は茶色。耳を隠すくらい伸ばし、清潔感がある。

 裁判所は広く、窓の光が格子状に並んでいる。午前の景色。

 

「オワッタ」

「裁判終わりましたね。いつも通りに」

「ワタシノココロハボドボドダ」

 

 書記官が呆れたように溜息。私は天井を仰ぐ。蛍光灯が目に痛い。

 

「まぁた、風紀委員長ですか? 本当に好きですね」

「当然だ。ヒナちゃんは天使であり、幼馴染だ。この愛は変わらない」

「はぁ、……でも、判決はいつも通り、厳格でしたね。どこにも無理のない内容に聴こえました」

「無理だらけだ。できるだけ力にはなりたいのだが、それでも空崎政権は圧倒的不利に立たされただろう」

 

 そう、政治的には万魔殿の勝利。風紀委員会は訴えられただけで評判に傷が付く。政治とはそういうもの。民衆というのは悪い方向ばかりに考えるもの。

 たとえどれだけ配慮しても情状を酌んでも、結果は変わらない。ヨコチチハミデヤンが余計なことをしなくてもヒナちゃんの負担が増えるのは目に見えて判っていたことだ。ヒナちゃんは苦しむ。どう踏ん張っても辛い思いをする。ヨコチチハミデヤンもそれを阻止したかったのかもしれない。しかし、蜘蛛の糸一本分首を絞めただけで終わった。そもそも何を企んでいるのか不明だ。

 障害は、マコトだけではない。他にもヒナちゃんを陥れようとする輩は存在する。マコトはまだわかりやすいから可愛いものなのだ。えげつない妨害をする者もいる。まぁ、ほとんどは暴力や破壊活動で邪魔する。中には政治的に罠を仕掛けた者がいた。秘密裏に処理した。

 今回の判決はそういった者達にとって美味しい餌になってしまった。あることないことを吹聴するのだろう。上手くこの餌を使えればいいのだが……。

 

 今後のヒナちゃんの先行きを思うと泣けてくる。というか泣いている。

 

「いや、泣かないでくださいよ」

「仕方ないだろ……泣きたい年頃なんだ」

「…………でも、あれですね。裁判官が5人しかいないのは流石に人手不足ですね。本来なら身内が当事者の場合、違う人に回されるのに」

 

 法務執行部は万年人手不足。人気薄。

 判事は私を含めて3人。判事補は2人。合計5人の裁判官。調査官が5人。裁判所書記官は5人。廷吏は50前後。外部だが、検察官が数人、弁護士が数人。ゲヘナ法曹の現状。いや、弱小部活動よりは多いが、軍隊でもある風紀委員会の数%以下というのは法治学校として大丈夫なのだろうか。まぁ、ゲヘナだし、で終わらせたくない。放置学校にはなりたくない。

 人気薄なのはゲヘナあるあるで、こういった自由のない部活は人気がない。それに加え、裁判官は厳しい試験に合格できた者だけがなれる。一応他の部活動よりも給料が多いのと、熱狂的な支持者がいるため、最低限は確保できているが、限度というものがある。

 

 そして、身内が被告であった場合、基本除斥(ジョセキ)される。【除斥】とは、一定の要件を有し手続の公正さを失わせる恐れのある者を、その手続における職務執行から当然に排除すること。つまり、意識無意識は置いておいて「身内は贔屓するから裁判できないよね」「できたとしても対外的に信頼性はないよね」ってことで法廷から排除される。民事訴訟法第23条、あるいは刑事訴訟法第20条を根拠とする。

 だが、ヒナちゃんとは身内ではない。ただの友人。親友ではあるが、法的には知人。そのため民事訴訟法第23条の規定には抵触しない。

 しかし、更に面倒臭いのが、忌避(キヒ)という概念。【忌避】とは、当事者は、裁判官について裁判の公平を妨げるべき事情があるとき、その裁判官が関与する事を排除すること。民事訴訟法第24条・刑事訴訟法第21条記載。

 本来なら当事者である原告から私は忌避されて関与できなくなるが、こちらも事情があって私しか今動けない。そのため、原告と被告と話し合った。風紀委員会としては早く終わって欲しい。イロハとしては面倒臭くなければ良い、としていたので忌避しないことを確約できた。なんともボロボロな法廷。

 ついでに、回避(カイヒ)というものもある。【回避】。裁判官自らが除斥や忌避に当たる事由がある場合、裁判官が裁判を回避すること。民事訴訟規則第12条・刑事訴訟規則第13条から引用。

 回避しても、裁判は始まる。他の裁判官が担当する。他の裁判官も忙しい。問題を先送りにする上、遅れれば遅れるほど司法の態勢を疑問視する意見が出かねない。当然私が担当することになった。もちろん、他の裁判官に任せられない案件でもあったが。

 

 それでも所謂「身内裁判」と言われても否定はできない。少なくともバレたら法務執行部内での立場が危うくなる。

 現在の法務執行部では、事件の割り振りは部長であり裁判所長官たる私が行う。つまり私が、書記官の助力もあり、1日数十件ある事件を私を含めた5人に割り振っているのだ。つまり、ヒナちゃんの裁判を私が担当したかどうかを知っているのは、法廷にいた者と判例を見た者だけ。

 これが他の法務執行部メンバーに知られたら、一大事。身内裁判を行ったとして、私は弾劾されかねない。法務執行部部員とはそんな存在だ。だが、弾劾される訳にはいかない。私にはヒナちゃんを陰ながら幸せにするという目的がある。それには裁判所長官の地位が必要だ。

 

 ついでに、書記官は信頼できる。ヒナちゃんのことを喋っても悪用したり訴えたりしない。それだけ長年連れ添った相棒だからだ。私は涙を拭いた。

 

「次の裁判は?」

「刑事事件ですね」

「内容は?」

「連続詐欺事件ですね。先週犯人が捕まった」

 

 そうして廊下を歩く。角を曲がる。ロビーが見える。休憩席に大好きな背中。ヒナちゃんがいた。振り向いてくる。ヒナちゃんだ。ヒナちゃんだ。ついでに、ヨコチチハミデヤンもいる。

 

「サバキ」

「……………………風紀委員長がどうしてここに? 不服申し立てなら、直接ではなく正式な手続きでお願いしたい」

「いいえ、判決に不服はないわ」

「では────」

「その様子だと、大丈夫そうね」

「え?」

 

 なんでも、とヒナちゃんは立ち去った。その後ろ姿はどこか微笑んでいた。

 

 




申し訳ありませんでした
感想欄にネタバレしてしまいました
そのため、本日連投です

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