ゲヘナの愛する裁判長 作:このアカウントは削除されました
刑事訴訟。裁判のイメージとしては、民事訴訟よりもこちらの方が強いだろう。
民事との違いはいくつもある。分野が違う。紛争内容が違う。目的が違う。当事者が違う。その中でも、民事訴訟には『和解』という概念がある。その名の通り、当事者同士が納得し合意すれば、裁判所が判決を下すことなく、訴訟が終了する。刑事訴訟には存在しない。
刑事訴訟は、被告人に無罪あるいは有罪を告げるまで続く。その当人が罪を犯したかどうかが争われるのだ。
勘違いしている方もいるが、民事訴訟には罪の有無は問われない。あるのは勝敗と和解。闘いに出席しなくても問題ない。
闘い。そう、刑事裁判とは被告人との闘いなのだ。それは避けられない。なぜなら、被告人には出頭義務があるからだ。
だからと言って肩肘張るようなことはない。なぜなら、ここはキヴォトスで、さらにその中のゲヘナなのだから。
「検察官、起訴状を読み上げて下さい」
「公訴事実。被告人は金品を騙し取る目的で、今年春から先週までの間に能楽町1丁目周辺で20件あまり、ファンシーグッズであるモモフレンズ系列グッズを偽造し販売及び購入を強要した。罪名及び罰条。詐欺罪及び恐喝罪。刑法第246条及び刑法第249条」
検察官が着席。私は証言台に立つ被告人を見た。
刑事裁判の展開は大まかに、冒頭手続・証拠調べ手続・弁論手続、そして判決の宣告となる。長いのなんのって。民事裁判は内容にもよるが基本的に短い。和解もあるから後腐れなく終わる場合も多い。対して刑事事件。無罪有罪の二元論。無罪だと検察官から恨まれ、有罪だと被告人/弁護人から恨まれ、災難。裁判官なんてなるもんじゃない。
傍聴席を見る。原作で見たような顔があった。私は考えるのを止めた。口を開く。
「被告人には黙秘権が与えられます。答えたくない質問には答えなくても良いですし、最初から最後まで黙っていることもできます。質問に答えても構いませんが、あなたが話したことは、あなたにとって有利な証拠にも不利な証拠にもなります。以上を踏まえお尋ねします。先程、検察官が読み上げた起訴状内容は、正しいですか、間違っていますか」
「間違っています。全部デタラメです」
「弁護人の意見はどうですか?」
「はい、被告人は今回の事件の犯人ではなく、無罪です」
「ッ!? い、異議あり!?」
大声にビクッとなる。傍聴席を見る。傍聴人が立ち上がって、目を瞑っている。他の不真面目な傍聴人も検察官も被告人も弁護人も全員が彼女を見る。ツインテールのハチミツ色に、特徴的なキャラクターの鞄。どこかで見たことある人物。怒りに震えている。
「わ、私! 見たんです! その人がペロロ様人形の偽物をモモフレファンに売っている姿を!!」
「静粛にして下さい。傍聴人に発言は許可されておりません。それ以上話をする場合は退廷して頂きます」
「あ……す、すみませんでした……つい……」
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ……裁判官、発言の許可を下さい」
「? 検察官。発言を許可します」
そうして立ち上がる検察官。白髪のショートを撫で型にした少女。立ち上がった傍聴人を示す。美少女なのに老人のような雰囲気。どちらかというと仙人?
「彼女、阿慈谷ヒフミはこの後出て来る証人です。決定的な証拠を持っております。真実を明らかにするためには必要な人物です」
阿慈谷ヒフミ。原作キャラにして重要な物語テーマの体現者。『ブルーアーカイブ』のタイトル回収をした人物でもある。
いやはや、まさかここで出会うとは思わなかった。公判前整理手続というのがあるが、あれは裁判員裁判以外では基本行われない。弁護人が請求したら行うが、刑事事件は伝聞法則に則って審理が進められる。公判の中で証拠調べ請求が可能となる。
伝聞法則とは「又聞きじゃ証拠不十分だよね?」という前提に基づき直接話す/聞く形でないと証拠としての能力がない、とするもの。これがあるから裁判は長くなるのだ。特に刑事裁判。
「わかりました。ですが、例外はありません。次に不許可の発言があった場合は、証人待合室に戻って下さい。その他の妨害が認められた場合は、証拠能力不十分として退廷してもらいます」
「わ、わかりました! 申し訳ありませんでした!」
前途多難になりそうな予感がした。
とりあえず、息を一つ吐く。心を落ち着かせる。
「これから証拠を調べる手続に入ります。検察官、冒頭陳述をお願いします」
「検察官の冒頭陳述を始めます。……被告人は、学籍がなく、スケバンとして活動しており、スケバン仲間と一緒に暮らしておりました。しかし、昨年度3月に借りている部屋を家賃滞納で家主から退去を命じられていました。……被害者は複数人おります。被害者は一般市民及び生徒です。全員がモモフレンズの愛好家です。全員が今年春から先週までの間に路上でモモフレンズの商品をスケバン姿の少女から売りつけられました。限定商品という名目で高値で商品の購入を強要され購入しました。最後の被害者である生徒が商品を売りつけられている時、この後証人として証言台に立ってもらいます阿慈谷ヒフミが通りかかり、一目で偽物品と判断して通報しました。現場に駆けつけた風紀委員が質問をすると被告人は逃げ出しました。風紀委員が取り押さえ、持ち物検査を行った所、ブラックマーケットでの通貨が見つかりました。そのため現行犯逮捕されました。その後、家宅捜索を行った所、モモフレンズ商品の模倣品が多数見つかりました。路上の防犯カメラを調べた所、20名もの被害者に商品を売りつけていたことが判明しました。その時、銃器で脅す様子が映されています。以上で、検察官の冒頭陳述を終わります」
「では、弁護人。冒頭陳述をお願いします」
「弁護人の冒頭陳述を行います。……被告人は、学籍がなく、スケバンとして活動しており、スケバン仲間と一緒に暮らしておりました。しかし、昨年度3月に借りている部屋を家賃滞納で家主から退去を命じられていました。被告人は真面目に働こうと考えましたが、学籍がない彼女ではまともな仕事がないため、ブラックマーケットで仕入れた商品を売ることに決めました。在庫を置く倉庫などを借りるお金がなかったため、自分の部屋にモモフレンズの人形を置いていました。被告人はモモフレンズに詳しくなく仕入れた商品が模倣品とは知らず売っておりました。しかし、買い手に購入を強制したことはなく、銃器を取り出したのは買い手が不当にも商品を相場より安い値段で購入しようとしたためです。以上で、弁護人の冒頭陳述を終わります」
「証拠取り調べの手続に入ります。検察官、証拠の説明をお願いします」
「検察官請求証拠について説明します。1つ目が、こちら。既製品のペロロ人形……失礼ペロロ
ぽこんぽこんと二体の人形が展示される。予想以上に大きい。着ぐるみと言われても疑わないくらい大きい。
ペロロ様! と声が聞こえて傍聴席を見る。ヒフミが両手で口を押さえていた。木槌を掲げ、考え直して置き直す。……見逃すか。
「2つ目がこちら。これはブラックマーケットで流通する通貨を購入した際の取引書類です。被告人の部屋のゴミ箱にありました。朗読します」
検察官が朗読する。証拠品の分類にはいくつかの方法がある。ここでは、証拠物(物証)、証拠書類(書証)、口頭証拠(人証)にわける。ペロロ人形は物証、ブラックマーケットの取引書類は書証、そしてこの後行われるヒフミの証言は人証。
「そして、3つ目。トリニティ総合学園二年生阿慈谷ヒフミを証人として尋問し、犯罪事実を立証します」
「ありがとうございます。続いて、弁護人は立証について説明して下さい」
「はい。弁護人は、被告人の友人でありスケバン仲間である複数名の証人尋問によって、被告人が真面目な人柄だということを立証します。また被告人質問によって、被告人に恐喝の意思がなかったことを明らかにします」
「それでは、お待たせしました。阿慈谷ヒフミさんから、証人として話を聞きます」
ヒフミが廷吏に案内されて、法廷の証言台に立つ。緊張した様子。硬い感じ。少しアイスブレイクでもしようか。1枚の紙を渡される。
「ヒフミさんには嘘を言わないという宣誓をしてもらいます。宣誓書を読み上げて下さい」
「は、はい! え、えっと」
良心に従って真実を述べ、なにごとも隠さず、偽りを述べないことを誓います。
ヒフミが一枚の紙を持ち上げて、緊張した甲高い声で宣誓した。
「今、宣誓してもらった通り、質問には記憶の通り答えて下さい。わざと嘘を言うと、『偽証罪』という罪で処罰されることがあります」
ごくり、とヒフミ。私は笑顔を作る。
「ところで、ヒフミさんは証人になることを自ら希望されたとか? 理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「は、はい! ペロロ様の模倣品というのは、ペロロ様を貶める物です! そんなの許しておけません!」
「ほ、ほう……つまり、その、ぺろぺろさんという」
「ペロロ様です」
「え」
「ペロロ様です」
「……スゥ、……ハイ……ペロロサマ、バンザイ」
怖い。泣きそう。満足そうに頷くヒフミ。
「え、えっと、では、検察官……どうぞ」
「ヒフミさん。あなたは、当日ブラックマーケット近くの商店街にいたようですね?」
「はい。そうです」
「そこで被告人が通行人に商品を売りつけている様子を見たとか。どうしてそう思われたのですか?」
「はい、モモフレファンを脅しているように見えたからです」
「被告人が通行人を脅しているように見えたということはどうして思われたのですか?」
「えっと、銃器を取り出して、何度か発砲して、怒鳴り声を上げていたからです」
「どうして通報しようと思ったのですか?」
「はい、売っているものがニセモノだと判ったので、通報しました」
「異議あり!」
弁護人が手を挙げる。
「裁判官、発言の許可を! 検察官は誘導尋問を行っております!」
「そのような事実は今の所見当たりません。発言は許可できません。検察官は続けて下さい」
弁護人を見る。唇を噛んでいる。冷や汗がダラダラ出ている。どうも負け確定の裁判を担当させられたようだ。この弁護士はいつも損な役回りばかりさせられる。私が見てきた限りでは全てを有罪にさせてしまっていた。可哀想に。
その後、何度か「異議あり!」と中断させられたが、そのまま進めた。
「検察官からの尋問は終わります」
「弁護人は尋問を始めて下さい」
「はい!」
元気よく立ち上がる弁護人。黒髪オールバックの少女である。ヒフミの元へ行き、胸の前で手を組む。
「ヒフミさん。先程、検察官の尋問で、『売りつけている物がニセモノだと判って通報しました』と仰っていましたね?」
「は、はい。そうです」
にやりと弁護人。
「それはおかしい! だって見て下さい! 検察官が用意したペロペロ人形を!」
ヒフミの目が据わる。怖い。しかし、弁護人は気が付かない様子で進める。
「このブサイクな人形二体。どちらを見ても違いがサッパリわかりません! これを【ニセモノだと判る】ことなど不可」
「右がペロロ様で、左が偽物です」
「え」
「右がペロロ様で、左が偽物です」
目が据わっている。怖い。検察官が頷く。
「裁判官、発言の許可を」
「きょ、許可します」
「阿慈谷ヒフミの発言通り、こちらは証人から見て、右がペロロ様、左が被告人の部屋にあった人形です」
「え、えっと、でも、これは検察官が用意したものなので、口裏合わせが行われた可能性があります。そこで裁判官! 新たな証拠の提出を許可して下さい!」
なんか面白くなってきたかも? 相変わらずヒフミは怖いが……。
「証拠の提出を許可します」
「こちらです!」
モニターに映し出されたのは、ペロロ様人形。
「こちらの人形が本物かにせ」
「偽物です」
「え」
「ペロロ様ではありません」
「……」
ちらりとカンペを見る弁護人。苦そうな顔。
「ま、まぁ、たまたまということもあります。次です!」
そうして新しい画像がモニターに映し出された。
「この人形がほ」
「本物のペロロ様です! これは一昨年発売されたペロロ様のキーフォルダーです! モモフレンズアニバーサリーで上演された寸劇! 『モモフレンズのゆかいな生活』の開演121分後のペロロ様を表現しております! その姿はモモフレのみんなを守るため一人勇敢に殺人犯と戦う勇ましさを醸し出していて、ファンの間では一昨年のモモフレベストMVP賞を受賞した最高のペロロ様です! 私も保存用と観賞用と布教用と普段使い用の4つ持っています! このキーフォルダーはペロロ様だけでも10種類以上が同時に売られており、その中でも3種類は見分けるのが大変なペロロ様なのですが、その中の一つですね。ですが、嘴の角度が23度なのと左脇の戦いで付いた汚れを表現した3本線が判断の材料です!」
「「「……」」」
私と弁護人と被告人が唖然とする。検察官は笑っている。満面の笑み。私はヒフミを〈怖い人リスト〉に追加した。
裁判は終わった。当然だが、被告人は有罪となった。1週間の矯正局送り。ゲヘナで一番重い刑罰は、死刑。その次に矯正局送りだ。二番目に重い罪状にした。風紀委員会預かりとしても良かったが、そうなると、風紀委員の負担になる。だいたいが反省文の提出。それは反省文がしっかりと書けているのか確認する必要が出て来る。それは回り回ってヒナちゃんの負担になる。よって、外部に委託するという形にした。前世で言う所の懲役5~10年くらいだ。正確には不明。
死刑。キヴォトスでは死は稀だ。だから重い。
とは言っても、ゲヘナに死刑執行人はいない。また、連邦生徒会憲章による死刑廃止の項目で、死刑の事実上の廃止を宣言している。つまり、死刑制度はないも同然である。
だが、ゲヘナの法改正には10人以上の賛成が必要。万魔殿に真面目な者は少なく、発議されても議会に10人以上参加すること自体が稀。あるいは出席しても居眠り・スマホ・お遊びで賛成投票しない者が多い。
また死刑は過去の判例で新校則違反でないとしている。死刑制度自体がなくなることはまだないだろう。ゲヘナがゲヘナである限り。
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私は執務室の机に突っ伏して、大きな溜息。
「今日は一段とお疲れですね」
「あぁ……最初が一番重かった」
「風紀委員長の裁判ですね」
「友達というのもあったが、何より政治的に配慮しなければならないことが多過ぎた」
書記官が珈琲を淹れてくれる。礼を言って、受け取り、啜る。相変わらず泥水のように不味い。ヒナちゃんの言葉を思い出す。
『その様子だと、大丈夫そうね』
心配、してくれたんだろう。わかりにくい所もあるが、ヒナちゃんは心が優しい。たぶん、私が心労を抱えていることを察したのだろう。自分も辛い立場だというのに。
こんなクソみたいなゲヘナ、早く変えたい。ヒナちゃんを幸せにしたい。まだ先生は来ていないが、原作のヒナちゃんは先生を憎からず思っていたはずだ。妬ける話だが、ヒナちゃんが幸せになる方法は、先生と結ばれること。
それにはまず、ゲヘナで自由にできる時間を増やすことだ。
逆算すると、先生と結ばれるには、付き合わなくてはならない。付き合うには、それなりの回数先生と逢瀬を繰り返す必要がある。付き合った後も、先生とデート回数を増やしてゴールイン。これしかない。
また、風紀委員長という立場もあり、秘密の逢瀬を繰り返し、戦闘では頼りにして、頼りにされ、お互いに意識し合うような状況。想像するだけで可愛らしい。愛おしい。嫉妬で狂いそう。
しかし、現状はどうか? 365日24時間働けますか? 状態。これではまだまだ理想から遠い。
溜息を吐く。珈琲を啜る。書記官が立ち上がる。
「それでは、定時になりましたので、私はこれで」
「ん? もうそんな時間か……いつも思うが、普段はきっちりかっきり定時に帰るよな? 何か家でしたいことでもあるのか?」
「あははは、秘密です。というか、私はワーカーホリックではないので」
そうして出て行った。足音が遠ざかる。
書記官はああ言ったが、私の命令にはかなり素直に応じてくれる。ワガママにも付き合ってくれる。それで残業とかもしてくれたり徹夜で作業をしたりしてくれる。今度何か礼をしなければ、と思いつつ、袖からジャラと鍵を取り出す。
執務机の一番下の抽斗。鍵を開け、中身を取り出す。
『【極秘資料】原作記録簿【裁判所長官のみ閲覧可】』
と書かれたノート。これは前世で知った原作知識を記録しておくノート。
転生してから早17年。流石に記憶が薄らいで行くのを想定して書き続けたモノ。
私の記憶によれば、最終章まで見ているのが判る。『Final. あまねく奇跡の始発点編』。しかし、前世の私が観測したのは第四章まで。『プレナパテス決戦』。その後の続きが出るという話はあったが、どうなったか確認する前に死んだ。そう、死んだ。
私は死亡時を覚えていない。だいたいどういったものかは予想が付く。きっと犬死にしたのだろう。特別に取り上げる必要はない。前世というのはそういうものだ。ただの飾りだ。原作知識を持っているというだけの設定。
重要なのは、原作知識がどこまで通用するか、ということ。最悪原作を改悪する可能性もある。それは慎重に行う。忘れてはいけないのは、私の目的はヒナちゃんの幸せ。原作崩壊は怖い。それはヒナちゃんの幸せごと消す。
しかし、原作のままではヒナちゃんの苦労が報われない。法務執行部はそのために作り上げたものであり、今後も積極的に原作をよりよく改善していこうと思う。とはいえ、ヒナちゃんに関係しない展開は見捨てる。あまり原作と乖離しすぎても困るからだ。原作知識が有効である方が対応もしやすい。ヒナちゃんを助ける。それ以外にない。それこそ私がここに生まれ変わった理由なのだ。きっと、そう。そうだろう。そう思わないとやっていけない。
立ち上がって、後ろの窓を見る。空には月が昇っていた。独りぼっちの月だ。星は見えない。太陽は当然、見えない。