ゲヘナの愛する裁判長   作:このアカウントは削除されました

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原作開始

 連邦生徒会長が失踪した。連邦生徒会は行政制御権を失った。その噂は数週間前から囁かれていたが、チナツがサンクトゥムタワーに赴いてゲヘナでも確信を持って認識させられた。

 

 つまり、原作の開始。

 

 そのニュースは瞬く間に広がった。それ以前から大きかった。犯罪率は更に上がった。風紀委員会だけでは治安維持が困難になった。

 原作でもかなり厳しい状況だった。原作知識を知っていた私は以前から対策を立てていた。それが法務執行部であり、裁判長権限であり、ヒナちゃんを助けるためなら何でもする私の性格を反映していた。

 とはいえ、できることは限られている。『法律』の範囲内でできることなど、本当にたかが知れている。司法は当事者や検察の訴えによってしか動けない。訴訟の期間以外での活動はできない。法廷がそこになければ、司法はそこにないのだ。そう『法律』が〈法律〉である限り。

 

 そうだ、【法解釈】を改めよう。やり方は簡単だ。捻じ曲げればよい。

 

 法律とは、権利を成文化したものだ。権利とは闘い勝ち取られたものだ。そして、闘ったのは私だ。私には権利がある。私は法だ。

 

 

 

 そう威張れる程、私は悪を貫けることができない。そもそも【法解釈】とは、法の適用に対して法律条文の意味を明晰させる作業のことだ。勝手に間違った主張へ法律の条項を当てはめる作業ではない。

 私ができることは、精々が、悪法を作るくらいだ。合法的に。

 

 裁判所法第71条には『法廷警察権』というのが保証されている。それを法律制定時に改悪して施行させた。【法廷警察権】とは、開廷した裁判官あるいは裁判長に法廷秩序を守る範囲内で警察官の派出を要請できる、というもの。これを「〈法廷〉が開かれている限りにおいて武力を行使できるよ」といった感じで改めた。ゲヘナだから中身を見ないで可決された。

 ついで、裁判所法第63条で規定されていた『廷吏』の定義を変更。裁判所の治安維持職とした。前世では元々事務員みたいなものだったのに。

 

 これで材料が揃った。裁判所法第69条2項、『裁判官は、必要と認めるときは、(略)他の場所で法廷を開き、又は指定する他の場所で裁判所に法廷を開かせることができる』というのを添えるだけで、あら不思議。裁判所の外で武力行使ができる司法組織が誕生する。

 

 これが10年前から用意していたヒナちゃん救出作戦の一つ。風紀委員会の負担を減らすとともに、私の自由度と選択肢が増す。自由度と選択肢が増えれば臨機応変にヒナちゃんを救出できる。原作崩壊しそうになった場合も同様。

 

 当然だが、これらが「悪法では?」と法曹界で議論されたが、黙殺した。当然批判もあったが、立法には影響がなかった。ゲヘナだから、というより、そもそも『法廷警察権』が合憲だとゲヘナの裁判所で判断された。ついでに、当時の最終審理は私が行った。

 私が法案を作ったことはあまり公になっていない。暗躍できる。ヒナちゃんにはバレているのだろうか。嫌われているかもしれない。それでもヒナちゃんを救いたい。だから、悪を行ってでも正義を守る。私の〈正義の女神〉はヒナちゃんだ。

 

 本来なら風紀委員会が行使する警察権。それと同様の権力を保持している。まさしく、越権。キヴォトス、特にゲヘナゆえか、あまり大きく騒がれていない。前世の世論なら大騒ぎだろう。

 風紀委員会からの介入はない。万魔殿からも監査はない。暗黙の了解というやつだ。立法府である万魔殿も兵力があるので、今更なのかもしれない。

 法務執行部は武力を行使する場合、風紀委員会に従うように指示を飛ばしている。風紀委員会も正式ではないが、賛同している。裁判所で捕らえた犯罪者は風紀委員会に受け渡すことになっている。これは法務執行部に牢屋がないことが原因だ。一応空き部屋を使うこともできるが、3部屋しかない。

 

 問題は、法務執行部内から抗議の声が出ていることだ。

 

 それは当然な話。司法は独立していないといけない。風紀委員会の指示に従うのは歴とした従属。司法は法のみに拘束されるもの。憲法たる校則が不変な状況で、それは顕著だ。私は圧制者に与した裁判官として糾弾されている。

 また、これも当然な話で、司法は法の番人であり、三権分立の一翼を担う。他の権力を侵してはならない。法廷警察権の拡大解釈は、行政権たる警察権を犯す。よろしくない行為である。

 3人しかいない判事の内2人は黙認している。そのうちの1人は私。もう一人は機会があれば紹介しよう。

 残りの1人は弾劾裁判を開くべきだとして議会に提出しているが、公になっていない。議員というか議長も起訴状を適当に流し読みしてくれている。流石マコト、こういった時は頼りになる。

 しかし、法務執行部内の軋轢も無視できず、連邦生徒会長が失踪中の異常事態ゆえに、と説明し回っている。それで納得してくれる人もいるが、保守派はあまりよろしくない。当たり前っちゃ当たり前なので、何も言えない。反対派の割合は少ないとはいえ、全体数自体が少ない。緊張感が生まれる。当然ストレスが溜まる。溜まるストレスは発散したくなる。つまり、

 

「法務執行部だ。両手を頭の後ろに、背中を向け、膝を付け」

「アァん? なんだ? ガキが入ってき────グハァッ!」

「バカ! そいつは鬼の裁判長だ! にげ────カハッ!」

「書記官。そっちに二名ほど逃げた。追えるか?」

『はい。見えてます。……今、二名とも仕留めました』

「よろしい。廷吏を向かわせろ。ついでに、次の被疑者はどこだ?」

『第二住居エリアですね。スケバンの仲間がいます』

「任せろ」

『……生き生きしてますね』

「? 当然だ。ヒナちゃんのためになっている上、ストレス発散にもなる」

 

 法務執行部が捕らえた不良どもは、風紀委員に引き渡す。手続関係で、風紀委員会から検察に回される。場合によっては判決で風紀委員会預かりとなる場合もある。ぐるぐると回って無駄になっている気がする。

 一応、判事2人は了承しているのだ。その内1人は私だが……。完全に権力翳してんな……。まぁ、細かい事はこの際考えないでおこう。細かいかどうかすらも後回し。一番大事なのは、ヒナちゃんだ。ヒナちゃんが無事なら私は報われる。

 とはいえ、信頼がなければ人は付いて来ない。付いて来なければ人員を集めることもできない。人員がなければ人手が欲しい時に足りない。それはヒナちゃんの自由時間を作る上で障害になる。つまり、あの日のヒナちゃんを敗訴させたのは間違いでなかったのだ。巡り巡って、ヒナちゃんがたくさん休める時間を作れるのだ。でも、敗訴にさせた事実は変わらなくて……。

 

 ああ、もう。折角のストレス発散に余計なことを考えて頭が痛い。ヒナちゃんに会いたい。ヒナ吸いしたい。

 

『……裁判長。私がするはずだった風紀委員長への報告、代わりにします?』

 

 書記官が無線機越しにそう言った。

 ついでに、「裁判長」というのは、地位ではなく二つ名だ。本来は3人以上の合議体で裁判が行われたときのリーダーが『裁判長』だが、私に対する呼称としての「裁判長」は『裁判所長官』の略である。

 って、そんな話はどうでもよくて。

 

「私が? ヒナちゃんに? 会う?」

『はい。書記官の代理として行けば、問題ないと思われます』

「いや、手続上はそうだろうが……本来は、裁判所長官の代理として裁判所書記官が向かうようになったはずなのだが……」

『それなら、それでいいじゃないですか? 行ってきたらどうですか? 本日の業務は私が代わりにやっておきますから』

 

 そうして通信が切れた。私は考えるのを置いて、次の現場に向かった。

 

 

 

 犯罪者を捕縛してから、廷吏を引き連れて風紀委員会へと向かう。その道中で考える。

 

 ヒナちゃんとは疎遠になっている。かれこれ2年間、まともに会話していない。当時、モモトークを互いにしていなかった。連絡先がわからない。気軽に連絡を取り合うこともできない。

 久し振りの会話は、この間の裁判時。本来なら出席しなかったであろうヒナちゃん。幸運にも来てくれたが、話すことは訴訟のことだけ。

 別に、何か喧嘩をしたとか、関係がぎくしゃくしたとか、そういったのはない。立場上の問題だけ。

 

 私が行けば、ヒナちゃんに迷惑をかけるのだろうか? 司法と行政が癒着していると疑われ騒がれないだろうか? そもそもヒナちゃんはどう思っているのだろうか?

 

「止まれ。ここから先は風紀委員会だ。所属を名乗ってもらう」

 

 顔を上げると、褐色肌に銀髪ツインテールの少女が、スナイパーライフルを肩に置き、こちらを見下ろしている。赤目のツリ目。

 

「って、裁判長か……ということは後ろのは法務執行部か」

「失礼。イオリ君。久し振りだな」

 

 銀鏡イオリ。風紀委員会の戦闘部隊リーダーにして、ゲヘナのスナイパー。優秀な生徒。原作では先生に足を舐められるという可哀想なことになっている。自分から言っているので自業自得とも思うが、普通は舐めない。

 そんな先生の変態性を証明してしまったイオリが目の前にいる。

 

「被疑者を連れてきた。そちらで検挙してくれ」

「あれ? ハミは? いつもハミが来てただろ?」

 

 ハミとは、書記官のことである。裁判所書記官兼調査官。

 

「今日は書記官の代理として私が来た」

「?? 書記官の代理? 裁判長が? 代理の代理が本人?」

「まぁ、細かい事はこの際忘れてしまおう」

「はぁ……とりあえず、委員長に報告だよな? 通っていいぞ」

 

 普段のイオリ。少しホッとする。

 イオリとは何度か不良グループ壊滅作戦で一緒になった。顔見知りだ。それ以上に私が有名人というのもあるが、それは置いておこう。

 風紀委員へ被疑者を預け、廊下を進む。すると視線。風紀委員が眉を顰めている。こちらを快くない感情で見ている。中には一緒に作戦に参加した顔もいる。

 それもそのはずで、慕う風紀委員長が裁判で辱められたのだ。知り合い程度の私では、上書きされて怒りを向けられてもおかしくない。虚しい。

 

 階段前で止まる。二階に風紀委員長室がある。この先にヒナちゃんがいる。ここからでもヒナちゃんの香りがして、興奮してしまう。

 

 だが、果たして、私はヒナちゃんに会う資格があるのだろうか?

 

「あれ? そこにいるのは……」

 

 後ろから声。振り向くと火宮チナツがいた。四角いメガネをかけた、茶髪の金眼。書類を抱えてこちらに近付く。

 

「裁判長」

「チナツ君か。風紀委員長へ書類の提出か?」

「はい、委員長の判子がいるものです。……裁判長はどうしてこちらに?」

「被疑者を捕縛したからその引き渡しだ」

「? ですが、普段は書記官の方がいらっしゃいます。何か事情が?」

「…………何か事情がないと、私が来てはいけないのか?」

「そ、そういう訳では……」

 

 萎縮するチナツ。しまった、と思いつつ、これが私の本心だと気づく。「友達に会うのに、理由はいるのだろうか?」。こう問われたら私は「いらない」と答えるだろう。しかし、自問自答してしまうと、どうも悪い方ばかり考えてしまう。よくない予兆だ。

 

「失礼した。ただの冗談だと捉えてくれ」

「は、はあ……」

「……」

「……」

 

 沈黙。どうしても二の足を踏んでしまう。ヒナちゃんに会いたいが、会ってもよいのだろうか? 司法の長が行政の長に会いに行って、とやかく言われないだろうか? そもそもヒナちゃんは私のこと〈友達〉と思ってくれているのだろうか?

 

「えっと、行かれないのですか?」

 

 悩んでいるとチナツが訝しげに訊いてきた。階段の前に陣取っていたためチナツが昇れない。私は急いで道を開ける。

 

「すまない。道を塞いでいた」

「それはいいのですが……風紀委員長にお会いするのでは?」

「!? そ、そうだな。……その、一緒に行っても?」

「? ええ、ご一緒しましょう」

 

 並んで階段を昇る。その間黙っておくのも失礼かと思い、質問する。

 

「そういえば、チナツ君は『先生』に会われたとか……〈先生〉とはどんな方だったのか?」

「先生、ですか? とても良い方でしたよ。道中少しの間ですが、お話させていただきました。お優しい方です」

「そうか。戦闘指揮が見事だとも伺った」

「はい。先生自体は戦闘は無理ですが、後方からの指揮で普段以上の実力を発揮できたのは事実です」

 

 原作通りの情報だ。

 

「連邦生徒会の首席行政官はなんと言っていた?」

「えっと、『連邦生徒会長が直々に指名した』とか」

 

 そうこう話していると、委員長室前に来た。足が止まる。チナツが扉を叩こうとして、中から叫び声が聞こえた。

 

「委員長!? 休んで下さい! もう一昨日から一睡もしてないじゃないですか!?」

「だめ……これを終わらせないと……あとあと困る」

 

 ヨコチチハミデヤンとヒナちゃんの声。チナツと顔を合わせて、そっと扉を開ける。すると、ヨコチチハミデヤンがヒナちゃんを委員長席から引き剥がそうとしていた。

 

「な、なんですか、これは……」

 

 チナツがドン引き。私は溜息を吐いて、扉をノックする。そして盛大に開ける。なんか悩んでいるのが馬鹿らしくなった。ヒナちゃんとヨコチチハミデヤンがこちらを向いた。ヒナちゃんは口を少し開き、ヨコチチハミデヤンは目を三角にして睨んでくる。ヒナちゃんがどう思っているかわからないが、ヨコチチハミデヤンはさもありなん。

 

「風紀委員長。有休消化義務はどうした?」

「サバキ……有休はまだ期限があるわ。義務と言っても期限内に消化できれば問題ないでしょ? 確かに有休消化義務日も定められているけど、今日じゃないわ。判決ではすぐに全てを消化すべきとは言っていない。定時下校も守っているわ。自宅でひっそり仕事をしているけど、法的には問題ない」

 

 あ、ヒナちゃんの声。イケボでカワボ。耳と脳が蕩けそうになる。膝をつきそうになるのを必死で耐える。

 いやちょっと待て、残業してるの!? それも報告なしで!? サービス残業。これって法律の意味あるのかなぁ……。秘密保持はヒナちゃんのことだから大丈夫だと思うが、心配だ。主に過労的な意味で。

 引き剥がそうとしていたヨコチチハミデヤンがヒナちゃんを解放する。そう、それでいい。それ以上ヒナちゃんに触れ続ける栄誉を享受するな。まったくうらやまけしからん。

 ヒナちゃんが咳払いをする。

 

「チナツは、書類ね。こっちに置いてもらえる?」

「あ、はい。ここですね。それと報告があります」

「何かしら?」

「犯罪者の増加が止まりません。連邦生徒会が行政制御権を取り戻したおかげで勢いは弱まりましたが、それでも犯罪率は増えています。今はまだ法務執行部も参戦しているので、手が回っている状況ですが、どこまで保つか……」

「温泉開発部や美食研究会は?」

「テロ組織に関しては、特に音沙汰なしですね。スケバンやヘルメット団が暴れているだけです。イオリ曰く、『弱いけど、数が多い』とのこと」

「そう……ありがとう。下がっていいわ」

「あ、はい、失礼します」

 

 そういいチナツは出ていこうとして、私の存在を思い出す。ヒナちゃんと私を見比べる。言外に、どうしましょうか、と問いかけている。ヒナちゃんは溜息を吐く。

 

「いいわ。こっちで話を訊くから。チナツは引き続き書類をお願い」

「! わかりました。失礼します」

 

 退室した。ヒナちゃんの視線がこちらに向く。快感。見られていることに対して高度な高揚感がある。ヒナちゃんに見られているからこその多幸感。だが、まだヨコチチハミデヤンがいる。気を引き締める。

 

「それで? 法務執行部の部長が直々に来た理由を教えてもらえるかしら?」

「……理由がないと来てはいけないのか?」

 

 悲しくなる。やっぱりそうだよな、と。ヒナちゃんは公私がはっきりと区別されている。そして、仕事量から私生活が制限されていた。終始臨戦態勢。常在戦場。

 ヒナちゃんが慌てる。

 

「べ、別に、そういうこともないけれど……」

「いえ、委員長。ここははっきりと申し上げますが、法務執行部部長と風紀委員長が理由もなく直接会うのは避けた方がいいかと。司法と行政。要らぬ噂を招きかねません」

「だけど、アコ」

 

 ヒナちゃんを困らせてしまった。切り替えなければならない。必死に仕事モードへ戻る。

 

「すまない。用事はある。被疑者の引き渡しを行いに来た。こちらが捕らえた犯罪者の名簿だ」

「……ありがとう、裁判長」

「裁判長が自ら出向いたのですか? なぜ?」

 

 詰問口調。うべなるかな。そんな必要性はないのだから。

 果たして困った。どう言い訳を用意しようか。ただ単純に会いたかったから、では駄目なのだろうか。それが立場というやつなのだろうか。よくわからない。

 そこで思い出す。原作知識。それを上手く使おう。

 

「そうそう。最近カイザーコーポレーションの動きが怪しい」

「そうね。こちらでも補足しているわ」

「アビドスに多額の借金を課している」

「そうね。ずっと前から着々と」

「アビドス砂漠で、何かしている」

「それも知っています。何が言いたいのですか?」

 

 ヨコチチハミデヤンの訝しげな表情。どうやらすでに把握しているようだ。これが原作につながっていくのがわかる。それは置いておこう。

 

「カイザーは何かしらの遺跡を発掘しようとしている」

「「遺跡を発掘?」」

「……どこの情報?」

「法務執行部のエージェント達が潜入した」

「調査官ね。よく侵入できたわね」

「優秀だからな」

 

 原作の知識から遺跡発掘だというのは知っていた。そこから確認のため調査官を派遣した。裁判所調査官というのは、裁判の調査をする職業。裁判所法第57条。しかし、裏では潜入調査のエージェントとなっている。

 

「なぜ、遺跡発掘だと思われたのですか? 地質調査の可能性もあります」

 

 ヨコチチハミデヤンが首を傾げる。疑っている目だ。確かに大企業が利益もなく、遺跡調査をするというのは信じられない。

 

「理由は3つ。1つ目は、現場に古代語の辞書が置かれていた。また発掘品を整理整頓して置いていた。2つ目は、かつてアビドス生徒会によって大規模な地質調査が行われている。その資料はすでにカイザーにある。そして3つ目は、カイザー本社からの指令書に、『古代兵器発掘調査』というワードがあった」

「古代兵器?」

「それがどんなものかは想像でしかないが、おそらくキヴォトス全域を支配できるような代物だろうと思われる」

「その根拠は?」

「カイザーは以前から連邦生徒会に代わって、キヴォトスを支配しようとする気配を発していた。とはいえ、根拠はない。私の所感だ」

 

 ヒナちゃんが考えるように腕を組む。ヨコチチハミデヤンはヒナちゃんを窺っている。私はまだここにいたい気持ちで一杯だった。どうにか長引かせたい、と思ってしまう。

 

「おそらく諭した人物がいると思われる」

「……続けて」

「カイザーだけで古代兵器の有用性を独自に調べるとは思えない。古代兵器がどんなものか知っている者がカイザーを動かした可能性がある。きっとアビドスで何かをしたいのだろう」

「何か……」

「わからない。が、カイザーほどの企業だ。おそらくかなりの危険性があると見ていいだろう。それこそ連邦生徒会長が危険視した、『雷帝の遺産』と同様の……」

 

 ヒナちゃんとヨコチチハミデヤンが険しい顔をする。

 雷帝。その人物はゲヘナの生徒会長であった。その人物は発明家であった。その人物の発明品はキヴォトスを揺るがすほどの危険性を孕んでいた。そのため、万魔殿から排除された。今は卒業している。

 原作には出てこなかった。もしかしたら〈私〉という存在が〈原作〉を改変した可能性がある。もしくは、〈私〉が観測していない〈原作〉、つまり続編に出てきたのかもしれない。それはもう知りようがない。

 今回、雷帝は関係ない。それでも「雷帝」という言葉を使った。それはかなり強い表現だ。

 

 強い表現を使った理由は、ヒナちゃんとこの時間をもっと一緒にいたかっただけなのだが。罪悪感が芽生える。こんなことをしないと一緒にいられない事実に悲しくなる。

 

「アコ。急いで情報部を呼んできて。話したいことがあるわ」

「わかりました」

 

 ヨコチチハミデヤンが退室した。扉がパタンと閉まった。足音が聴こえなくなった。二人だけの空間。その事実を認識すると押し詰められた欲求が大雨時のマンホールみたく弾け飛んだ。

 

「ありがとう、感謝するわ、サバキ裁判長」

「……うん! ヒナちゃんのためなら火の中水の中だよ!!」

 

 ヒナちゃんが呆れたように溜息を吐く。可愛いね! ヒナちゃん吸いしたいね!

 

「……うん。あなたはなんで私と二人だけになると変わるの?」

「違うよ? こっちが本来の私だよ!」

 

 そう言いヒナちゃんの後ろに回り込む。そしてハグ。幼馴染特権。

 

「ヒナちゃんのぬくもり~~」

「ちょっとやめて。3日間お風呂に入ってないから……」

「すぅううううううううはぁあああああああああああすぅうううううううううううう」

「ちょっと!?」

 

 瞬く間にヒナちゃんが距離を取る。席に座っていた状態から。私が背後から抱きしめていた状態から。逃げられる隙間はなかったはず。流石、私の想像を超えてくる! 格好良いね! 照れている顔も可愛いね!

 

「ちょっと……なんでにじり寄ってくるの?」

「え? ヒナ吸いするためだけど?」

「ヒナ吸いっ!? ……前に言ったけど、私は猫じゃない」

「? 知っているよ? 猫より可愛い」

 

 隙をついて後ろからハグ。しかし躱されてしまった。残念。

 

「サバキ、流石に怒るわよ」

「わぁ♡ ヒナちゃんの怒り顔も凛々しくていいねぇ♪」

 

 ヒナちゃんは深い深い溜息を吐いた。私はその息を吸った。

 

「サバキに何を言っても意味ないわね。それより仕事しないと」

 

 そう言って執務机に戻る。仕事を再開する。私は後ろからハグ。ヒナ吸いはしない。流石にヒナちゃんが嫌がることはその日一回しかしない、でも、ヒナ吸いしたいな。……あっ♡ いいにおい♡

 

「そう言えばヒナちゃん。有休はいつ取るか決めた? もちろん義務日以外の」

「年末」

「年末に纏めて取る気? それって年末に大きな事件があったら詰むよね?」

「……確かにそうね。それなら分散して……でも、()()()()()()()()

 

 ズキンと心が痛む。そうだった。ヒナちゃんが忙しいのは、私のせいだった。私が原作を改変したため、ヒナちゃんはより忙しくなったのだ。もちろん、雷帝の存在を知らなかったのは痛手だ。それは前世知識の限界。最後まで見届けられたらよかったのだが、その途中で死んだ。そう、死んだ。

 前世の私は役立たずだ。私はヒナちゃんからそっと手を離す。

 

「…………………………………………ごめんね、ヒナちゃん」

 

 私は少し離れる。ヒナちゃんはピクリと止まる。が、仕事を再開する。

 

「私がもっと上手くできていたら、今ヒナちゃんは仕事に追われていなかったと思う。私のミスだ」

「それはないわ。何が成功で失敗かは知らないけど、どっちみちマコトの嫌がらせやゲヘナの治安が変わる訳ではない」

「でも……私がいてもいなくても変わらないんじゃ……何のためにここにいるのか……」

「それも違うわ。いるから今の結果がある。いないともっと悲惨だったかもしれない」

 

 いや。私は知っている。原作では、私がいない世界線では、ヒナちゃんがここまで苦しむことはなかった。

 原作では睡眠時間が3時間あった。今では1時間もない。法務執行部を使ったマコトの嫌がらせが多いからだ。つまり、法務執行部が悪い。設立した私に原因がある。利用されるような仕組みにしてしまったのが悪い。

 

 しかし、ヒナちゃんは続ける。書類仕事を片付けながら。

 

「それに、あなたを迷惑だと思ったことはないわ」

 

 少し温かい言葉。私は寂しさを感じながら、扉へと向かう。これ以上邪魔をしてはいけない。

 

「……もう帰るの?」

「……うん。あまり邪魔しても悪いし」

「……ちょっと待ちなさい」

 

 呼び止められて振り返る。ヒナちゃんはこちらを見ていた。手を少し戸惑わせて、ペンを置いた。

 

「サバキ……次の休日はいつ?」

「え? 私の? 一応次の日曜日だけど……」

「じゃあ、一緒に買い物に行きましょ。D.U.とかで」

 

 目を見開く。一瞬聞き間違いかと思った。

 

「ヒナちゃんが? 買い物に誘う? ……明日は槍でも降るの?」

「……自覚はあるけど、酷い言いようね」

 

 頭の中で整理する。言葉を紡ぐ。

 

「えっと……どうしたの? 熱でもあるの? やっぱり仕事のし過ぎ?」

「違うわ」

「じゃあ、なんで……?」

 

 むっとヒナちゃんが顔を強張らせる。あまりしない表情。優しいわがままな怒りだ。

 

……親しい人を元気にさせたいと思ったから//////」

 

 感激。私は何度も頷いて約束して、風紀委員長室を出た。

 

 

 

「裁判長……ご機嫌ですね? そんなに風紀委員長と会えたのが嬉しんですか?」

「それは当然だな」

 

 げんなりした様子の書記官。それを無視して書類作業を進める。今日は善いこと尽くしだ。仕事の効率も良い。このまま家に帰って眠りたい気分だ。気持ちの良いまま一日を終えたい。

 

 電話が鳴った。いつも通り書記官が取る。すると、顔を険しくさせる。

 

「裁判長。温泉開発部が高速道路を破壊しているようです」

「またか……風紀委員長の邪魔にならないように処理してくるか…………」

「それと……美食研究会が高級レストランを爆破。現在街中を爆走しているようです。給食部の車で。車内には誘拐されたと思わしき給食部部長の姿が……」

「ま、まぁ、二つくらいなら……」

「それと便利屋68が不動産屋を襲撃したようです。今風紀委員会の銀鏡イオリ様が追っているようです」

「……」

「それとゲヘナの不良グループの抗争が始まったということで、そちらは火宮チナツ様が対処するということで、…………どうしますか?」

「…………………………………………………………………………………………風紀委員長は?」

「流石に出るそうです。温泉開発部と美食研究会を止めるために」

 

 私は駆け出した。このままではヒナちゃんが休めない。折角の休日がなくなる恐れがある。全て私が解決するほかない!!

 

 

 

 結局ヒナちゃんは残業した。私は泣いた。

 

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