ゲヘナの愛する裁判長 作:このアカウントは削除されました
人権と権利。そして、義務。
定義【人権】とは、『基本的に人間が所持している権利』と解される。しかし、〈人権〉と〈権利〉は区別あるいは分離して考えるべきであるとするのが一般的な考えだ。
というのも、『人権』とは国際的・政治的な思想として語られることが多いが、『権利』とは国内の法学・法律・裁判・司法において、義務と対を成すものとして捉えるのが理に適っているからだ。自然な発想。文脈が違う。基本的に使われる場所が国際と国内と違う。
それでも、やはり『人権』と『権利』は一般化できそうな気がする。だから、私は一般化した。物理法則のように一元化した。【権利】とは、闘い勝ち取られたものであり、【人権】もまた人類が勝ち取った〈権利〉である。
果たして、法学において、〈人権〉と〈権利〉を統一的に論じることが正しいのかはわからない。しかし、特に悩む必要はないだろう。キヴォトスにおいて、〈人権〉も〈権利〉もあってないようなものだから。そして、私はゲヘナの『法』である。私が『法』である限り、私が正しいのであって、私が悩む訳にはいかないのである。
悪法もまた法である。
権利について再び論じよう。権利と義務は『信義誠実の原則』からセットで考えられる。難しいことではなく、信義と誠実に反するような行為を行うのなら、権利は保証されない、とする法律の原則のことだ。言い換えるなら、「犯罪したら権利保証はないよ」ということ。つまり、「権利とは義務より成り立ち、義務があるからこそ権利が保証される」。「義務なき権利は無法である」。
まったくもって、正しい。正しいとしか言えない。正しいゆえに、ゲヘナの『権利』は本質的に〈無法〉と言える。校則上は義務が伴うのに、「権利」ばかり主張する。これでは〈法〉の意味がない。
勝ち取らなければならない。一部の暴力を振りかざす生徒から、
しかし、そんなことはできないのである。〈暴力〉に〈権利/法〉を説いても、意味はない。〈暴力〉には〈暴力〉で戦わなければならない。
何が言いたいのかと言うと、権利主張は闘争である。ゲヘナにおいて『闘争』とは〈暴力〉同士の闘争である。つまり、〈法〉とは〈暴力〉を容認して初めて、〈権利〉を保証するものなのである。
それは〈正義〉とは言い難い。それで〈平和〉に近づくとは思えない。それでも〈真実〉である。
死刑。量刑としては最悪のもの。国家権力が個人に対して行使できる最大の行為である。それがゲヘナにある。
もちろん、死刑執行人がいない。そもそも最近では論点にすらならない。万魔殿で改正できない状況なので、残っているだけ。ただの飾り。連邦生徒会憲章違反。
それでも必要があるのだろうか?
罪刑法定主義。
予め罪と罰を明白に知らせておくことで、それ以外の行動が自由であると保証するもの。自由主義からの要請。また、国民あるいは国民の代表者達が罪と罰を定める。民主主義的要請。
しかし、ここで言う『自由主義』とは〈リベラリズム〉のことであり、ゲヘナとは相容れない。ゲヘナの【自由主義】は、言うなれば、〈フリーダミズム〉。あるいは、〈カオシズム〉。
また『民主主義』もゲヘナにはないも同然。政治に興味のある生徒は皆無。投票率も3%。これでは〈民主主義〉を実現できない。
どうして急に『死刑』の話をし始めたのか。それはこの間の話になる。
温泉開発部と美食研究会と便利屋68とヘルメット団とスケバンが同時多発的に暴れた。
時期が一緒。普段ならそこまで気にすることでもないが、今回はどうしようもなく、不安になった。誰かが何かが、後ろから盤面を操っているような錯覚。裏から糸を引いている感覚。いや、無意識的な確信として、そう思われた。根拠はない。
イオリが便利屋、チナツがヘルメット団とスケバン。ヒナちゃんが美食研究会に対処している間、私は温泉開発部を制圧していた。そこで、鬼怒川カスミと遭遇した。それが余計に黒幕の存在を思わせた。
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温泉開発部が集まっている場所を辿った。それはスラムのビルの地下へとつながっていた。そこは廃材、机、椅子が散乱している場所。机と椅子が山積みになっている場所に、カスミがいた。
「おや、裁判長じゃないか」
「カスミ。ここにいたのか。悪いことは言わない。すぐさま投降しろ」
距離100mほど。うず高く積もったデスクの上に座るテロ組織の首謀者・鬼怒川カスミ。彼女は笑っている。いや、声に出して笑った。
「ハーッハッハッハッ! 久し振りに会ったのに、その言い方はないんじゃないか?」
「そんな旧友との再会みたいに言わないでくれ。困る。犯罪者とは相容れない。そもそも先週会ったばかりだろ? 捕まえそこねたが」
「捕まえる気がないのに、捕まえそこねたというのは面白いな!」
鬼怒川カスミ。温泉開発部の部長。臙脂色のシャツに白衣という特徴的な服装。天性のカリスマ性を持ち、『温泉を開発する』ということに関して狂信的に活動するテロ集団を指揮している。ゲヘナ出身。アジトは複数。多くの学校で指名手配されている。
「今回の目的は?」
「温泉開発だ!」
「……それはわかっている。それ以外だ」
「温泉開発部なのに、温泉以外に目的があるとでも?」
「……訊いた私がバカだった。……それで? どこに温泉があるんだ?」
「都市高速だ。情報を得てな。巨大な泉源がある、とね。すぐさま向かった訳だ」
「『情報を得た』? また怪しいセンサーか何かか?」
「いや、情報提供者がいただけさ」
ぴくりと反応してしまう。
「情報提供者? それは誰だ?」
「ハーッハッハッハッ! 知っていても教えないがな!」
「つまり、知らないと?」
「ああ、手紙が来たんだ。どこでアジトの場所を知ったのか不明だが、足が付かないようになっている。これがその手紙だ」
そうして、指に挟んでひらひらと紙を翳す。1枚だけのようだ。
知らない。これは本当だろう。嘘も黙秘も多々あるが、それでも長く向き合ったため本当だと直感が言う。
ならば、その手紙の主は誰だ。温泉開発部を誘導するようなことを書いた犯人は。
カスミが知らないのなら、原作知識でどうにかわからないだろうか?
原作では、トリニティ総合学園3年生ティーパーティー所属の桐藤ナギサが政略的に温泉開発部を誘導した。エデン条約編のこと。前科とは言えないが、今後起こり得る展開。〈私〉という原作改変があるが、ナギサの疑心暗鬼は発生するだろう。
しかし、今このタイミングではあり得ない。原作では、補習授業部を設立させてから、補習授業部面々を退学にする策略の元、温泉開発部を操った。そこに至る過程で、今現在の状況は、百合園セイアが入院しティーパーティーホストがナギサに移った段階。補習授業部はまだない。調査官を秘密裏に派遣したが、わかった事実は少ない。救護騎士団団長・蒼森ミネの失踪。ナギサの裏切り者探し。エデン条約編主要キャラの浦和ハナコの0点解答用紙。白洲アズサの編入学。下江コハルが正義実現委員会所属という事実。阿慈谷ヒフミのブラックマーケット出入り。どれも原作知識から知っていたが、確認のため調査を行った。よって、まだナギサが温泉開発部を誘導する理由がないと結論付けた。
そもそも温泉開発部はテロ組織だ。しかも学籍はゲヘナ。そこで犯罪を助長させる行為をするというのは、エデン条約を控えた今、リスクが高すぎる。最悪エデン条約が破綻する。エデン条約とは、トリニティとゲヘナの平和条約なのだから。
だがしかし、今は置いておこう。
「その手紙も気になるが、今はお前の捕縛が大事だ」
「おや? 折角この手紙を渡そうと思ったんだが」
「条件は?」
「当然、温泉開発の容認だ」
「無理だな。お前たちが権利を侵害する限り、温泉開発は阻止する。最大限譲歩したとしても、司法取引、が関の山だ」
司法取引。刑事事件において、捜査機関に協力することで刑事処分について有利な扱いを受ける制度。これで何度か美食研究会や便利屋68を軽い処分で済ませたことがある。温泉開発部は毎回脱獄して、司法取引はしたことがない。
「司法取引かぁ……どのくらい刑が軽くなるんだ?」
「……余罪が多いから何とも言えないが、おそらく矯正局送り1年から半年へ。あるいは無償奉仕活動を卒業まで行う、とかか?」
「ハーッハッハッハッ! それでどうして私が頷くと思うんだ?」
膠着状態。交渉を続けても意味がないかもしれない。愛銃・ジャッジメントを構える。駆け出す。すると、大きな音を立てて、天井が崩壊する。穴からひょこりと赤髪の少女。ゴーグルで髪を一つ結びにし、空色の瞳。火炎放射器を所持している。温泉開発部3年の下倉メグちゃん。……いや、メグ。
「部長! 助けに来たよ!」
「それでは裁判長! また会おう!」
「時間稼ぎくらい予想していた!」
セミオートのスラッグ弾でメグの足場を崩す。メグは落ちた。が、片手でぶら下がる。片手でカスミを持ち上げる。明らかな隙。メグの手を狙う。今度こそ落ちた。間髪容れず、突撃。しかし、天井穴からダイナマイトが飛んでくる。
「部長とメグちゃんを助けろ!」
「「「「「おう!!!」」」」」
温泉開発部部員が入口から天井からわらわらと出て来る。爆弾が飛び交う。右に躱す。左が爆発。左に躱す。右が爆発。上下左右前後の風圧。破片や瓦礫が舞う。鉄骨が飛んでくる。銃身で弾く。前進は止めない。ここで温泉開発部を捕らえたい。
噴煙。当たりをつけて、発砲。「痛っ!?」と声。続けて撃つ。反応なし。煙を抜ける。後ろでは爆発が続く。前方、カスミとメグが逃げている。後ろ姿。法服を脱ぐ。疾走。並ぶ。メグの口笛。火炎放射器。天然ガスの大口径バーナー。視界が火炎で覆われる。が、体当たり。メグが姿勢を崩す。カスミが詰まる。額にスラッグ弾。カスミは仰け反って倒れる。
「部長!?」
「メグ。お前も眠れ」
銃口を向ける。炎の波が押し寄せる。銃身で弾く。転がっているカスミが火達磨になる。「熱い! 熱い!」と叫ぶ。まだ寝ていなかった。もう一発撃っておく。転けた。メグが銃部で殴る。屈んで躱す。膝のバネでジャンプ。頭突き。顎にクリーンヒット。メグがよろける。その間、独楽のように身体を回し遠心力で銃身を叩き付ける。
流石に倒れた。そのままスラッグ弾を2発脳天にお見舞いする。メグは静かになった。カスミを見る。プスプスと煙を上げながら、顔をこちらに向けている。
「は、ハーッハッハッハッ……見逃してくれたりは……」
「風紀委員長に突き出す」
「ひ、ひええええぇ……」
「……風紀委員長が怖いのに、よく犯罪を行えるな。呆れる」
爆発。破砕音。ゴゴゴゴッ、と建物が唸る。瓦礫が降る。私はカスミと意識を失ったメグを抱えて、走り出した。ビルが崩壊しかけていた。生き埋めにでもなったら探すのが大変だ。そのまま温泉開発部部員とすれ違う。
「部長とメグちゃんだ! 裁判長に連れ去られている! 助けろ!」
無視して階段を昇る。時々銃弾と爆弾が飛ぶ。扉を見つけ、出る。巻き込まれないように離れる。いくつか建物を跳び越えて振り向いた。ビルが1階から溶けるように崩壊した。その光景は前世の映像で見た、9.11のワールドトレードセンターのようだった。
建物から降りる。他の温泉開発部に見つからない場所に移る。路地裏。
「じっとしていろ。変な動きを見せたら撃つ」
半裸の二人を降ろし、スマホを取り出す。風紀委員会に連絡しようと連絡帳から探す。
ちらりとカスミを見る。泣いている。袖を揺らし、涙をポロポロと零している。パラリと一枚の紙がカスミから落ちた。燃えカスだがそこには『死刑』とあった。
「カスミ。これはなんだ?」
「ひぇぇぇええええ」
「……わかった。風紀委員長には連絡しない。これでどうだ?」
「ひえぇ……ズビ……うむ。それなら大丈夫だ! ハーッハッハッハッ!」
「……それで、この紙は?」
落ちている紙を指差す。カスミは手に持ち確認する。
「ああ、これが先程言っていた情報提供者からの手紙だ」
「なんて書いてあったんだ?」
「意味のあることはあまり書いてなかったな。温泉開発ができる場所くらいしか読んでいない」
「『死刑』と書かれているが?」
「ん? そういえば、死刑がどうこう書かれていたが、興味はなかったな。忘れた」
諦めて、紙を受け取る。電話をかける。
「書記官。すぐに廷吏と風紀委員を派遣してくれ。温泉開発部の部長を捕まえた」
『流石です。裁判長。すぐに伺いますので、どちらにいらっしゃるか教えて下さい』
「えっと……ん?」
黒セーラーの少女が目の前にいた。目を猫のようにして、こちらを見ている。
見たことがある制服。というかトリニティの正義実現委員会のもの。もしかして、と思い周りを見渡す。路地裏とはいえ、気品を感じるレンガ造り。表通りを見るとトリニティ制服の少女が行き交っている。
顔を戻す。正実の少女を見る。ピンクのツインテール。鳩のような翼。白ハイソックス。少女に訊く。
「そこの少女。もしかして、ここはトリニティ自治区か?」
ハッとなる少女。コクコクと首を上下に頷く。しまった、と顔を覆う。自治区侵害を司法の長が行ってしまった。
キヴォトスの自治区侵害というのは軍事行動に限る。個人で行く分には問題ない。つまり、この状況は悪い。
法務執行部は司法機関で軍事機関ではない。風紀委員会なら軍事組織でもあるので、一発アウトだ。しかし、法務執行部も現在一種の軍事組織になっている。これは不味いかもしれない。
表通りが騒がしくなる。もしかしたらゲヘナ地区での騒動で区境近くに正実が近付いているのかもしれない。困ったことになった。
少女に向き直る。
「すまない。そこの少女よ。私達がここにいたことは黙っていてくれないか?」
「え、え……」
「黙っていてくれたら、私ができる範囲内で
「!? ……え」
「?」
「エッチなのはダメ! 死刑!」
死刑宣告を受けた。なぜに
その後、私はどうにかトリニティ自治区を抜け出し、ゲヘナへと帰ってきたのであった。少女・下江コハルと思われる人物を説得するのは諦めた。問われたら正直に言うしかない。しかし、あの桐籐ナギサだ。黙殺するかもしれない。それに期待していよう。
これが、死刑について考えた理由だ。