ゲヘナの愛する裁判長 作:このアカウントは削除されました
「開廷します」
モモフレンズグッズ詐欺事件が控訴された。あのヒフミが証人として立った事件だ。今回ヒフミは傍聴席にいた。
ゲヘナでは三審制を導入している。【三審制】とは、一つの事件や紛争に対して三回まで裁判を行うことができる、という制度のこと。前世だと上級の裁判所に不服申し立てをするが、ゲヘナでは一つの裁判所しかない。予算も少ないし、裁判官も合計5人しかいないから他の裁判所を作る余裕はない。
その中で【控訴】とは、上訴の一種。つまり、再審請求と似ている。【再審請求】がすでに確定してしまった判決に対して行われ、【上訴】は判決が確定する前にもう一度審理をやり直すように請求すること。判決が確定する条件は、上訴期間を過ぎた時、または上訴棄却が行われた時、など色々ある。ゲヘナでの上訴期間は裁判が終わって14日間。ついでに、【上告】というのもある。これは、最終法廷に上訴することだ。つまり、三審の最後。
今回控訴審だ。裁判官3人による合議体で判決を下す。一審は1人の裁判官が審理を進める。最終法廷では全裁判官5人による大法廷が行われる。ゲヘナではそういう取り決めだ。
一審は私が担当裁判官だったので、『裁判長』は違う判事がなる。私の二つ名である「裁判長」というのは『裁判所長官』の略であり、本来は合議体の長としての〈裁判長〉が正しい。それでも定着したものはなかなか止めさせられない。止めさせる必要もあまり感じない。そもそも他の裁判官に比べ、私が〈裁判長〉になる頻度が多いのも理由にある。
さて、合議体の場合、裁判長が真ん中に座る。その次に次席が右。被告人から見て左だ。その逆に判事補が座る。つまり、私は次席なので右。
冒頭手続が終わって、証拠調べ手続に入った。
冒頭陳述。検察官と被告人/弁護人から起訴状に対する言い分を聴き、争点を明らかにするのだ。今回は事後審である控訴審であるため、裁判官の裁判手続がどうであったかが争点となる。つまり、私の粗探しが始まる訳だ。
「弁護人は、冒頭陳述を行って下さい」
「はい。一審での裁判官は獄寺サバキ判事でした。サバキ判事は裁判中ずっと身体を前後に揺らしていました。これは裁判に集中できていない証拠です」
それは癖だ。椅子が高いため、脚をぶらぶらしてしまうのだ。それで身体が前後に揺れる。裁判に集中していなかった訳ではない。
「裁判中、冷房が利き過ぎていました。これは裁判官、被告人、そして私、弁護人の判断能力低下をもたらします。環境が整っていなかった状況でありました。これは後で証拠を上げますが、判決後すぐにサバキ判事はお手洗いに行きました。これは冷房の問題もありますが、事前に用を足していなかった裁判官は準備が足りていなかったと言えます」
そんな事実はない。確かにモモフレ裁判の後、トイレに行ったが、顔を洗っただけで催した訳ではない。冷房も人によるだろうが適温だったと思う。そもそもそれを冒頭陳述で言うか?
「そして、これが重要ですが、午前中、サバキ裁判官は、風紀委員長と万魔殿の民事裁判を行っていました。これは精神的な疲労を伴うものであります。以上より、裁判官が不適切であったと思われます」
最後に爆弾を投下して、弁護人は着席。そろりと隣を見る。裁判長は特に何も反応していないが、その向こうの青髪ボブカット判事補が怖い。
判事補・井上トウカはどちらかというと、法務執行部内でのタカ派左翼に位置づけられている。つまり、風紀委員長と議長嫌いである。為政者は圧制者であり、敵対すべき存在。当然、私がヒナちゃんの友達であることは知っている。身内裁判というか裁判官として不適切な事実であると弾劾裁判を開きそうな顔をしている。折角、バレないように色々と手回ししたのに、おじゃんである。天井を仰いだ。この弁護士は後で嫌がらせしよう。
この控訴審で判決が覆れば、私の立場がなくなる。身内裁判と声が大きい人に喧伝される上、裁判もろくに行えない判事というレッテルを貼られる。法務執行部内での影響力が縮小する。
ここは絶対に控訴棄却へ持っていかなければならない。本当は控訴却下にしようと手回しをしたが、二人の裁判官(裁判長と判事補)によって審理することになった。
棄却と却下。どちらも法律用語。【却下】は審理前に門前払いで退けること。【棄却】は門前払いせず審理後に退けること。審理(裁判)を挟むかどうかの違い。
判事補はわかる。私と主義主張が違うのだから、常に敵対的になる。私が賛成すると反対し、反対すると賛成する。
対して裁判長はわからない。厳格な人だが、今回の控訴を受け入れた理由が不明だ。どう考えても問題なかったはずなのだが……。
検察官の立証が始まる。
証拠で、裁判所のトイレの監視カメラ映像が提供された。私がトイレの個室に入らなかったことを映像が示している。これで催した訳ではないと判断できる。
今度は、私の裁判での様子を示す証拠。前後に揺れるのがどの判決でもそうだったため癖として扱われるべきとする。
最後に、ヒナちゃんとの裁判が終わった後の私の様子だが、特別変わりのある様子は目撃されていなかったとする。それもそうで、弱い所は書記官にしか見せていない。その書記官が供述しなければバレることはない。
弁護人が合間合間に意見を挟むが、覆りそうな事実は出てこない。証拠も提出する。が、特別注目すべきものはない。それもそのはずで、弁護人は裁判所内を自由に歩ける訳ではない。圧倒的不利。その状況で弁護を進んでするのは、今目の前にいる弁護人だけだろう。正義の体現者かもしれない。しかし、それはそれとして嫌がらせはしたいと思う。
論告と求刑が言い渡されて、最終弁論が終わって、裁判官3人が別室に行き、合議が行われる。
早速とばかりに、判事補が私を睨む。
「で、身内裁判を行ったことに対して、何かありますか?」
「身内裁判とは大概な内容だな。ちゃんと原告被告ともに了承は得ている。何も問題ない」
「巫山戯るのも大概にして下さい」
きつい目で見られる。ただでさえ目きつい人なのに、怖い。尋問には慣れているとはいえ、嫌だ。笑えば可愛いだろうに、大義に目が眩んで怒り顔ばかり。
「そもそも、身内ではない。知人だ。原告から忌避されなければゲヘナでは問題ない」
「あなたという人は!?」
「落ち着きなさい、トウカ判事補」
今回の裁判長・長谷川セイが言う。白髮セミロング。氷のように無表情で冷たい印象。怖い。
「今回、大事なのは、サバキ裁判長……失礼、サバキ判事の裁判が適格だったかだ。そして、控訴を棄却するかどうか」
「そんなの、不適格だったに違いありません」
判事補が苦々しく言う。裁判長が溜息。
「ここでは、政治的な思惑は忘れてくれ。一人の裁判官として、判決を下す。それだけを考えて欲しい」
「しかし! セイ判事!」
「それとも、私は何か間違っているのか? そうであるのなら、ご教示お願いする」
判事補が黙った。粛々と合議が行われ、終わった。終わってしまった。
判決は、控訴の棄却。前判決通り、被告人は1週間の矯正局送りになった。反省が見られない場合は、延長もあり得る。
判事補は相変わらず、嫌味を言うが、裁判は正しく、3人全員が控訴棄却に結論付けた。それでも、仲の悪さが浮き彫りになってしまった。5人しかいない裁判官なのに、これで今後大丈夫なのだろうか……
苦いものを残して、裁判が終わった。
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書記官と並んで、廊下を進む。蛍光灯の光がじりじりと音を鳴らす。歩幅は書記官の方が長い。私に合わせてくれている。そこがなんとも心地良い。
本日最後の裁判が終わって、一息吐きたい気持ち。ここ最近は色々なことがあった気がする。まずはヒナちゃんの裁判。連邦生徒会長の失踪。同時多発テロ。数えたら切りがない。
「今日はもう帰りたい……」
「この後も仕事でしたよね?」
「ああ、明日も裁判が詰まっている」
「連邦生徒会長が失踪しましたから、どうしても治安が悪いですね。訴訟のほとんどが刑事訴訟とは……」
「部屋に戻ったら、おいしいコーヒーを淹れてくれ」
「あ、まずいのじゃなくていいんですね?」
「あれは、集中したいときに欲しい。今は癒やしが欲しい」
雑談をしていると、裁判所長官室の扉が見える。前には一人の生徒が立っていた。
「あ、戻られたのですね。サバキ裁判長」
「イイノ判事? どうしてこちらへ?」
3人の判事の最後、佐田イイノ。ふんわりゆるやか金髪美少女。法務執行部でも圧倒的にかわいく、豊満な体型。大きな角。どうして法務執行部なんて陰気な場所に来たのか不明だ。
「ふふふ……やっぱり可愛いわ」
「は?」
「あ、いえ。サバキtyんんサバキ裁判長をご招待したくて」
「招待?」
「はい! お茶会でもどうでしょうか? これから私の部屋で」
「これから? 急ですね」
「ダメ、でしょうか?」
腰を屈めて上目遣い。法服上からもその大きさが判るほどの胸。つい、その大きさに呆気に取られる。そして、自分の顔を殴る。
「「え!?」」
ヒナちゃん、ごめんね。一瞬、ヒナちゃんのぺったんこと比較してしまったよ。情けない。ヒナちゃんのぺったんここそ至高というのに、どうして下賤な膨らみに誘惑されたんだろうか。これがサキュバスというものなのだろうか。これは今後もイイノには警戒しないといけない。
「失礼。お茶会ですね? いいですよ。仕事が残っているので少ししかおれませんが」
ぱぁぁあっ、と顔が明るくなるイイノ。流石美少女。笑顔だけで人が殺せる。まぁ、ブルアカキャラは全員が全員美少女・美人・美幼女だらけだ。イオリもチナツもヨコチチハミデヤンも、そして何よりヒナちゃんが最高。
ヒナちゃんこそ至高。他も可愛いが、ヒナちゃんが群を抜いて可愛い。可愛い。重要なことなので、二度言いました。
そんなことを考えていると、手を引かれた。おわっとそのまま廊下を進む。
「ちょっと待ってください。書記官は」
「あ、私はお構いなく。この後定時なので、すぐ帰りますから」
「じゃあ、ちょっとだけサバキちゃん借りますね♪」
廊下を違法でない速度で進む。私はイイノ判事の部屋へと招かれた。
「────それでね、妹が生意気なんですよ」
「は、はぁ」
他愛もない話から、イイノの愚痴へと変わった瞬間。正直こういったなんてない話は苦手だ。普段は書記官としか話さない。コミュ強になるのもヒナちゃんの前だけ。とはいえ、嫌いでもない。聞き手に回り、話を聞く。これも付き合いだ。政治的に中立なイイノ判事とは仲良くしておきたい。壁掛けの時計を見る。もう後10分くらいで退出しよう。
イイノには中学生の妹がいるらしい。可愛いけど生意気。愛らしいけど素っ気ない。とか。家族愛というものか。羨ましい限りである。
前世、私には家族がいなかった。だから余計に輝いて見えた。
「どうしたんですか? サバキちゃん」
ハッとする。少し思案に耽っていた。
「何でもありません。少し考え事を」
「もしかしてつまらなかったですか?」
「いえ、そんなことは……」
「私ばかりお話させていただいてしまって。私、サバキちゃんのお話も聞きたいです!」
「そ、そうですか? えっと、では……イイノ判事は、家庭裁判を主に行っているようですが」
「ぶぶーです」
「へ?」
「お仕事の話はしたくありません」
ちょっと拗ねた顔。そういえば休憩中だった。選択を間違えたようだ。
「すみません。何分こういった他愛もない話は苦手でして……」
「……ふふふ、可愛いですね」
「可愛い? もしかして私のことですか?」
「そうです。サバキちゃんは可愛いです」
「私はそう思いません。本当に可愛い方は大勢いらっしゃいます」
「たとえば誰ですか?」
「ヒナty……風紀委員長です」
イイノの目が据わった。怖かった。
「へぇー、ふーん。そうですか」
紅茶に急いで口を付ける。熱い。しかし、ここで何かを発するのは悪手だ。上手く誤魔化さなければ。
「もしかしてですが、サバキ判事は、空崎ヒナ風紀委員長のこと、好きなんですか?」
「ごほぁっ!? がぁがはげほげほ」
「……」
ジト目。なんでこんな目をするのだろうか? 特別ヒナちゃんを目の敵にしている訳でもないだろうに。
イイノ判事は、中立で公平で、そして慈愛のある判決を下す。基本はどんな裁判でも執行猶予は必ず付ける。どんな更生不可能と思える生徒でも、説諭でもって反省させる。なかなかできることではない。
執行猶予。よく裁判報道とかで聞く内容。簡単に説明すると、刑の執行を言葉通り猶予させるもの。懲役1年執行猶予3年とかだと、懲役刑が発動する前に3年間犯罪を行わなければ刑罰を受けなくて良いという制度。イイノ判事は必ずと言っていいほど付ける。そして、どんな生徒でも更生させる説諭。
説諭とは、裁判官が被告人に対して与える訓戒のこと。説いて諭す。反省を促す。感情に訴える。色々あるが、イイノの説諭は被告人に寄り添った内容が多い。
そんな慈愛の裁判官だが、私がヒナちゃんの話を少しでもすると、拗ねる。なぜ拗ねるのか不明だ。
さっと壁掛けの時計を見る。時間がなかなか進まない。というか時計の針進んでない!?
腕時計を見る。時間はとっくに過ぎていた。
「イイノ判事。時計が遅れています」
「ん? ああ、あれは必要がない時は電池抜いているんです」
「……そうですか。では、私はそろそろ」
「え……もっと一緒にいることはできませんか?」
捨てられた子猫みたいな表情で言われても困る。週末まで仕事を残したくない。週末はヒナちゃんとのお出かけなんだ。
「すみません。仕事が多くて」
「それなら手伝いますよ?」
「いえ、それは……」
裁判所長官室はヒナちゃんのグッズで覆われている。そこを見られては面目が立たない。ヒナちゃんLOVEが法務執行部内に広まれば、トウカ判事補の機嫌がますます悪くなる。別に仲を悪くしたい訳ではないのだ。トウカ判事補とも仲良くできればそれが最高。
「もしかして、……部屋に見られたくないものがあるんですか?」
「!? 失礼します!」
私は急いで部屋を出た。最近は疲れることばかりだ。