ゲヘナの愛する裁判長   作:このアカウントは削除されました

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友情に従って推しを述べ、何事も隠さず、恋愛を述べないことを誓います

 正義について再考しよう。

 まず「秤なき剣は暴力。剣なき秤は無力」とある。これはイェーリング著書『権利のための闘争』に書かれている言葉。そして、この言葉はパスカル著『パンセ』の一節「力なき正義は無能であり、正義なき力は圧制である」を意識したものだと言われている。

 つまり、〈秤〉こそ〈正義〉の本質。ならば、〈剣〉は何か。色々と言い換えがあるだろう。たとえば、『剣』を〈正義〉を実現するための手段とするもの。これはトリニティの『正義実現委員会』の解釈だろう。ただ単に『剣』を〈力〉だとする解釈もある。【剣】は思考を持たず【秤】の判断で扱われる、ということ。

 私の考えを提示しよう。最初のイェーリングの言葉。〈秤〉なき〈剣〉は〈暴力〉。〈剣〉なき〈秤〉は〈無力〉。『正義』という言葉はどこにもない。それでもこの言葉は〈正義〉について述べていることが判る。そこからこの文章は〈正義〉の性質について語っていると解釈できる。その性質は二面性。〈秤〉と〈剣〉両方を持ち合わせてこそ、〈正義〉なのだ。独自解釈なので、ここでは私の戯言だと思って欲しい。

 また、『剣』と『秤』の論議でよく出て来るのが、「()()〈剣〉と〈秤〉なのか?」という命題だ。

 ある人は「為政者の〈剣〉であり、〈為政者〉の〈秤〉である」と。ある者は「勝者のものだ」。ある方は「あらゆる点で強い者」と言う。

 私は思う。それでは〈正義〉へと辿り着けない。「誰の」という質問は問題をより難しくさせている。本質的な議題は「誰か」だ。「〈剣〉と〈秤〉両方を持っている者は誰か?」。

 為政者はある地位に着いて〈剣〉を手に入れる。勝者は『勝利』という〈剣〉の証明を提げている。あらゆる点で強い者は存在そのものが〈剣〉だ。

 ならば、〈秤〉は? 〈秤〉は持っているのか? わからない。人によるだろう。〈秤〉所持の有無は〈剣〉所持の有無と関係ない。よって、彼らは必ずしも〈正義〉とは言えない。

 

 さて、〈正義〉。〈正義〉が〈秤〉と〈剣〉を併せ持った概念だとすると、それに適した人物がいる。

 そう、ヒナちゃんである。

 まず強い。〈剣〉を持っている。優しい。慈悲深い。悪には厳しい。厳粛。その他言語化不可の性質。つまり、〈秤〉だ。はい、Q.E.D.。〈正義の女神〉はヒナちゃんである。異論は認めない。

 

 そんなヒナちゃん。本日はヒナちゃんとデート! ……と勝手に思っているただのお出かけ日。でも、かなり久し振りのお出かけ。高校からはなかなか会うことすら難しかった。感謝である。モモトークも交換できたし、最高。

 有給休暇消化義務日。裁判で私が告げた判決。36日あるそれらの最初が今日なのだ。

 本当はヒナちゃんに負担をかけたくない。それでも、あの時はああするしかなかった。だが、法務執行部も変わってきている。

 まず、違憲立法審査権が最終法廷だけに付与されていた件。解決。第一審でも違憲判断ができ、法律を無効にできるようになった。第二に、立法された段階で法務執行部が違憲審査をして起訴できるようになった。今までは誰かが提訴しないと起訴できなかった。第三に、今までの法律を精査し違憲なら無効にする手続きを開始できるようになった。これによって、無駄な法律が減った。風紀委員会も無視していた雑務を増やすものがなくなった。マコトの嫌がらせを阻止できるようになった。最近はヒナちゃんも6時間ほどは眠れているらしい。日によるが。

 よって、改革が成立した。これらの法改正は丹花イブキを懐柔してマコトの頭をふやふやにしてもらってから議会で可決。どうにかなった。

 そうした苦労の末に、今日のD.U.でのお出かけがある。

 

 District of Utnapishtim。通称、D.U.。各学園の自治区外で、ゲヘナの外。連邦生徒会直轄地と言っても良い。そこの治安は主にヴァルキューレ警察学校を配下とする防衛室が担う。

 ゲヘナの外。ゲヘナでデートもといお出かけをしなかった理由はいくつかある。ゲヘナでは犯罪が多いので落ち着かないとか。知り合いが多いとか。色々あるが、中でもヒナちゃんと私は有名人である、というのがある。有名人ゆえに目立つ。目立っては不都合だ。風紀委員長と裁判所長官が一緒にいる。政治的な匂いがする。本当はただの友達同士のデートもといお出かけだというのに、騒がれては嫌な気持ちになる。

 まぁ、D.U.でも知っている人は多い。ゲヘナ自治区よりはマシだと思うが、それでもゲヘナの三大勢力トップの2人。話題にならない訳がない。よって、変装する必要がある。

 今日のコーデは、重厚そうなトップスとゆるふわスカート。黒基調。今は関係ないが、法服が黒一色なのは、何ものにも染まらないという意味があるとかなんとか。黒のハンチング帽子を深く被り、茶の薄い丸サングラス。

 ヒナちゃんとお忍び。それだけで甘美な響き。どんな服装で来るのか楽しみだ。ヒナちゃんの私服~♪

 

「サバキ、ごめん待った?」

「ううん! 今来た所……ッ!?」

 

 振り向いて言葉を失った。

 ヒナちゃんの格好は、ノースリーブの白ブラウスにシックでタイトな紫紺スカート。学校指定のブーツ。窓辺に寝そべって仰向けにしていたら、まるでメモリアルロビーのような姿。細く白い両腕。きめ細かい肌。長く細い指。太ももも白く輝いている。……って

 

「ヒナちゃん、それっていつも下に着ているやつだよね?」

「? そうだけど」

 

 溜息を吐く。ヒナちゃんは首を傾げる。

 

「ヒナちゃん……一応お忍びだよね? もっとカジュアルにした方がいいよ? 周りに溶け込もう?」

「でも、これ以外他に着られるのは制服くらいしかないから……」

 

 (ものぐさ)なヒナちゃんらしい。可愛すぎる。いや、忙しすぎて買う時間もないのだろう。と思ったが、小学生のときから体型が変わっていないため、その線は薄いだろう。やはり、懶だ。

 私は考える。ヒナちゃんにはおしゃれして欲しい、と。オシャレをして今後先生に会ってより可愛くなったヒナちゃんを見せたい。そうして、最後には結ばれて欲しい。それが私の望みであり、ヒナちゃんの幸せだと思うからだ。

 

「と言うことで、服を買いに行こう」

「……どういうこと?」

「今は春コーデが特集されているから一緒に行こ!」

 

 ヒナちゃんのすべすべの手を引っ張る。ヒナちゃんは困惑しつつも、仕方なさそうに微笑んでくれる。ヒナちゃんが笑うと私は幸せ。

 

「ところで、ヒナちゃん。服は何着くらい持っているの?」

「えっと……風紀委員長の制服と学校の制服、水着、体操服、ドレス、それとパジャマ?」

「おかしい……確か以前にも私が選んだ服を購入したよね。昔だけど」

「あれは……戦闘で」

「言わなくていい。ゲヘナのせいか……ゲヘナめぇ」

 

 申し訳なさそうなヒナちゃんを静止して空を仰ぐ。相変わらずの晴天。前世でも青空を見て、ブルアカ世界を想ったが、今世ではまた別の感慨を浮かべる。

 ヒナちゃんの幼馴染枠。そう、それが私である。

 

 

 

 ショッピングモール。3階。服屋。試着室前。ヒナちゃんは服に対して無頓着。今までのデートもといお出かけでも私がコーデした。よって、服に関しては私の言いなりだ。ぐへへ。

 

「こっちの甘ロリ系もいいけど、ゴスロリもいいなぁ。とりあえず、どっちも着て♡」

「……どっちも動き辛いから却下」

「えぇ~。絶対似合うのに……」

「……帰ってもいいかしら?」

「あーあ。……わかったよ。甘ロリヒナちゃん見たかったな……。じゃあ、一般人っぽさを演出しつつも、いざ戦闘になったときに動きやすい服、でコーデするね♡」

 

 ヒナちゃんの手を引く。ずっと手を繋いでいられるのはやはり幼馴染特権だろう。きめ細かい細い長い指。ヒナちゃんはとてとてと付いてくる。可愛い。店の表に飾られているマネキンの前へ。

 

「とりあえず、ここらへんが春コーデ。何かビビッときたのはある?」

「サバキ? 私が服に関してあまり詳しくないって知ってるでしょ?」

「直感だよ、直感。コーデするにも何か手がかりがないと。無限にある服からヒナちゃんに合うただ一つのファッションを見つけ出さないといけないから♡」

 

 うーん、とヒナちゃんは見る。複数のマネキン。一瞥して、スッと指差すヒナちゃん。灰色の服。ゆるふわとしている。いわゆる霜が降ったような霞んだ色。パッとしない、どちらかというと暗いイメージのする服。人によっては、大人っぽい、と言う人もいるかもしれないが、私はそう思わない。

 

「……これ」

「……思ったより早かったね。……一応理由を訊いてもいい?」

「……直感よ」

「ホントぉ?」

「……とくに黙る理由もないから言うけど、……これ、あなたの色でしょ? 髪色。それと、瞳の色」

 

 一瞬何を言われたのかわからなかった。

 

「サバキ?」

「好き」

「なっ!?」

 

 つい抱きついてしまった。本当はキスもしたかったぐらいだが、それは自重した。子どもの体温。おひさまの匂い。

 

「ごめん。ヒナちゃん。でも、これはヒナちゃんが悪いんだよ?」

「な、なにを……」

「ヒナちゃんは私をどれだけ悩ませたら気が済むの?」

「? 私、何か変なこと言ったかしら?」

「……いえ、なんでもない。ごめんね」

 

 ヒナちゃんから離れる。ちょっと寂しい。それよりも、本題。本題。

 

「さてと、コーデコーデ♪ とびっきり可愛くするよ♡」

 

 

 

 コーデ。試着室。カーテンは開かれ、ヒナちゃんのヒナちゃんがヒナちゃんしている。

 ヒナちゃんの服装は、無地の白ブラウスはそのまま。その上に私の色のカーディガン。スカートはロングのグレーを胸下茶ベルトで縛る。靴は可愛らしいスニーカー。目元には茶の丸サングラス。髪も一つに結って左肩に流す。

 

「キャーッ! 可愛いよ!! 生きててよかった……」

「それは言いすぎよ」

「でも可愛い!」

「……確かに、別人みたい。……自分が自分でないような」

「そう言ってもらって、嬉しい♪」

「……ちょっと待って」

「ん? 何? ヒナちゃん」

「どうして財布を出したの?」

「どうしてって……ヒナちゃんの服を買うためだけど?」

「それなら私が払うわ」

「いや、私がヒナちゃんにプレゼントしたいから私が払う。これだけは()()()()

 

 ヒナちゃんが溜息を吐く。呆れた顔をする。

 

「あなた、そう言う時、頑固よね」

「褒められたぁ♡」

 

 褒めてないわよ、とヒナちゃん。少し困ったような、でも嬉しそうな顔。

 

「わかったわ。()()のお代は払ってもらうわ」

「よし! じゃあお会計行ってくるね!」

「ただし、条件があるわ」

 

 足が動く前に言われ、回転しかけた身体を止める。そのまま首を傾げる。

 

「条件?」

「そう。サバキが服をプレゼントするなら、私もサバキに何かプレゼントしたい」

「ヒナちゃんからプレゼント!」

 

 懐かしい! 中学生までは片方がプレゼントしたらもう片方もプレゼントするというのがお決まりになっていた。最近は忙しくてできなかったが、今日はお忍びデート! 羽目を外しても怒られないだろう。

 

「そっか……そうだなぁ~……何を買ってもらおうかなぁ~」

 

 ふへへ、顔が緩む。ヒナちゃんも嬉しそう。優しく笑っている。その向こうに鏡があった。試着室の鏡。そこに私の姿が映った。法服色の私服。ここは法廷? 頭上のヘイローが怪しく光る。天秤が語る。お前は何をしているのか、と。

 

「? サバキ?」

「……………………………ゲヘナ校則第76条第3項『すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この校則及び法律にのみ拘束される』」

「? それがどうし」

「刑法第197条第1項『公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の拘禁刑に処する。この場合において、請託を受けたときは、7年以下の拘禁刑に処する』。刑法第197条の3第1項『公務員が前二条の罪を犯し、よって不正な行為をし、又は相当の行為をしなかったときは、一年以上の有期懲役に処する』。刑法第197条の3第2項『公務員が、その職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったことに関し、賄賂を収受し、若しくはその要求若しくは約束をし、又は第三者にこれを供与させ、若しくはその供与の要求若しくは約束をしたときも、前項と同様とする』。第198条『第百九十七条から第百九十七条の四までに規定する賄賂を供与し、又はその申込み若しくは約束をした者は、三年以下の懲役又は二百五十万円以下の罰金に処する』。仲裁法第53条第1項『仲裁人が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の懲役に処する。この場合において、請託を受けたときは、七年以下の懲役に処する』。仲裁法第53条第2項『仲裁人になろうとする者が、その担当すべき職務に関し、請託を受けて、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、仲裁人となった場合において、五年以下の懲役に処する』。仲裁法第55条第1項『仲裁人が前二条の罪を犯し、よって不正な行為をし、又は相当の行為をしなかったときは、一年以上の有期懲役に処する』。仲裁法第55条第2項『仲裁人が、その職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったことに関し、賄賂を収受し、若しくはその要求若しくは約束をし、又は第三者にこれを供与させ、若しくはその供与の要求若しくは約束をしたときも、前項と同様とする』。仲裁法第57条『第五十三条から第五十五条までに規定する賄賂を供与し、又はその申込み若しくは約束をした者は、三年以下の懲役又は二百五十万円以下の罰金に処する』」

「────バキ! サバキ!」

 

 肩を揺すられる。誰かが前にいる。思わず手を払った。目の前にはヒナちゃんがいた。

 

「ぁ……」

「サバキ! ……大丈夫?」

「……ヒナちゃん……ごめん。痛かった?」

「それはいい。サバキこそ、大丈夫?」

「な、なにが?」

「……すごい悲しい顔をしていたわ」

 

 心配そうなヒナちゃん。震える。私は何をしていたのか、と。

 

「ヒナちゃん、ごめんね。やっぱりプレゼントもらえない」

「? どうして?」

「贈収賄にあたる」

 

 ヒナちゃんは首を傾げた。

 

「でも、職務とは関係ないでしょ? 今は」

「だけど、法務執行部には私やヒナちゃんを嫌う者がいる。どのように話を歪曲されるかはわからない」

「法廷で示せばいいわ。『疑わしきは罰せず』でしょ? マコトも時々起訴されるけど、ケロッとして元に戻っているわ」

「でも! 司法の長と行政の長が秘密裏に会っているんだよ!? どんな噂をされるか……」

「考えすぎよ」

「でも、可能性は無視できない!」

 

 珈琲一杯だけで処罰された裁判官もいる。正確には担当の裁判の原告に会って珈琲を一杯奢ってもらったという話だが、少しでも疑われることをしてはいけない。

 ヒナちゃんが黙る。私は断言する。

 

「だから、プレゼントはもらえない」

「そう。…………それなら、私もプレゼントはもらえないわね」

「ッ!? で、でも……」

「私も【公務員】よ。その論理が正しいなら、収賄罪になるわ。サバキも贈賄罪になる。だから、服は私が買う」

「それは……でも……」

「そういえば、無形有形に関わらず、何かを与えられたら贈収賄になるのだったわね。それならコーディネイトも収賄罪になるわ。そもそも服を購入できない」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………そうだね」

 

 ヒナちゃんは試着室のカーテンを閉めた。服を脱ぐ音がする。私は虚脱感に襲われる。

 ヒナちゃんが出てきた。白ブラウスにシックでタイトなスカート。上着を纏えばいつもの風紀委員長に戻る。いつも通りの何でもない顔。しかし、どこか哀愁を感じる。それは私だからだろうか。そうかもしれない。

 ヒナちゃんが試着室を出る。手には私が選んだ服。ヒナちゃんが服を戻しに行く。私は付いていく。ヒナちゃんがぽつりと言う。

 

もう、あの頃には、戻れないのかもしれないわね

 

 法務執行部と風紀委員長。立場が違えば、関係も変わる。中学までの幼い二人ではいられない。ヒナちゃんの背中は寂しそうだった。

 

 

 

 それでいいのか?

 ヒナちゃんにそんなこと言わせたままでいいのか?

 違う。それは決定的に、『何か』、違う。間違っている。

 

「ひ、ヒナちゃん!」

 

 ヒナちゃんが振り向く。なんでもない顔。風紀委員長の顔。完璧で公平で厳粛なゲヘナの最高戦力。私は唾を飲み込む。

 

「ヒナちゃん、……こういう言葉を知っている?」

「?」

「『バレなきゃ犯罪じゃない』」

「……司法の長がそれを言っていいの?」

「……それは冗談として、やっぱりヒナちゃんの言う通り考えすぎだったらしい。冷静になってみると、職務外の話だし、問題ないでしょ」

「でも、可能性があるって言っていたわ」

「ゔ……それは……なんとかします。法務執行部内の問題なので」

「それじゃ……」

 

 私は頷く。

 

「ヒナちゃんにプレゼントしたい! ヒナちゃんからプレゼントされたい!」

「でも……」

 

 いやだいやだいやだ! プレゼントしたい! プレゼントされたい! と地団駄を踏み、地面をごろごろ転がり、暴れる、ことはないが、ワガママを言う。さっきと180°違う主張。

 ヒナちゃんは呆れ顔。しかし、どこか嬉しそうにしていた。

 

「それじゃ、何か欲しいものはないかしら?」

「えっと、そうだね……服は、もうすでに多いし……」

 

 服は部屋に多い。これ以上増えると管理が難しい。前世ではあまりお金を自由に使えなかったための反動だ。ただでさえ普段は制服であることが多い。私服はいざという時と変装する時しか着ない。着古すこともないだろう。

 それでも何かヒナちゃんからプレゼントを貰いたい!

 ちらりと見ると髪留め。白い羽をあしらったクリップ型。ヒナちゃんの髪色と同じ。それを指さした。

 

「髪留めがいい! 髪留めなら場所にも困らないし、普段から身につけていられて嬉しい!」

「でも、それだけだと、服代に足りないわ」

「じゃあ、今日の昼食はヒナちゃんのおごりで!」

 

 結局法律のことなんて忘れてショッピングを楽しんだ。

 

 

 

 イートインコーナーにいる。うどんを啜り、口の中で咀嚼。飲み込んで、髪留めを触る。銀色。ヒナちゃんと同じ位置に髪留め。ふへへっ、と笑みが溢れる。

 

「そんなに喜ぶことかしら?」

「うん! だって、大好きなヒナちゃんからのプレゼントだから!」

「ッ!? だ、大好きって……揶揄わないで」

「…………揶揄ってないよ」

 

 真面目な顔で言う。ヒナちゃんは驚いて目を見開いている。僅かに頬が淡く赤くなっている。

 

「私は昔からヒナちゃんのこと────」

「サバキ……後ろ」

 

 え? と振り向く。後ろのテーブルにはヘルメットを被った少女と会社員らしきスーツロボ。物々しい気配。ヘルメットの中身がちらりと見える。ヒナちゃんに向き直る。

 

指名手配犯だね

「ええ、そうみたいね」

「ヒナちゃん、休日もお仕事するつもり?」

「でも見過ごせないわ。なんて言っているかわかるかしら?」

「はぁ……ちょっと待って」

 

 カバンからミレニアム製の集音器を耳に取り付ける。スイッチを入れると周りの音がよく聴こえる。ノイズは除かれ、声のみが耳に入る。

 

『これで…………依頼を引き受けて…………』

『…………ドスだっけ? はっ、……しらは泣く子も黙る、………………ヘルメ……だぜ。場末の学校……らい…………………………』

『まぁ、確……にお願い…………』

 

 ヒナちゃんが顔を近付ける。私は吐息に顔を赤らめる。

 

会社員が手配犯に何かを渡したわ

た、たぶん。有価証券。何か取引してる。何かまでかは判らないけど

 

 後ろで立ち上がる音。左右に会社員と指名手配犯が別れる。私はヒナちゃんと顔を見合わせた。

 

「私は指名手配犯を」

「じゃあ、私は会社員の方だね」

 

 そうして立ち上がった。二人は別れた。

 

 

 

 後をつけると、カイザーローンへ向かう会社員。ロボットの護衛に挨拶をし、裏口から暗証番号を入力。そのまま開いて入った。

 カイザーローン。カイザーグループの高利貸し。評判はあまり良くない。圧倒的な資金と強気の取引で拡大中。ゲヘナでもカイザー原因で立ち退きした企業がいくつもある。法務執行部としても監視対象だ。

 

(カイザーローンと言えば、アビドス……か)

 

 原作第一部『vol.1 対策委員会編』での敵もカイザー。アビドス高等学校に多額の借金をさせ土地を買い占めている。

 普通、学校にはそれぞれ自治権がある。これは連邦生徒会憲章の下で正しい権利として備わっている。学校の土地を奪うことは自治権侵害に当たる。

 しかし、カイザーはうまく法律を躱して正しい契約でもって取引した。結果、アビドスの大多数の土地はカイザーグループにある。自治権の崩壊一歩手前。違う見方をすれば、すでに崩壊済み。

 

 カイザーローン建物の裏口を遠目で確認。0~9までの数字入力。何桁か不明。蝶番は3ヶ所。左右にはガーディアンの如く立つカイザーの警備員。警備員は問題ないが、暗証番号はどうしようもない。

 建物を一周する。窓はない。銀行は襲撃に備えて進入路を制限しているのだ。建物自体も高く、屋上からの侵入も不可能。簡単には不法侵入できないだろう。監視カメラも数ヶ所。映らないように立ち回る。

 正面玄関。大きなスライド式ガラス戸。こちらにも警備員がいる。そこそこの数のお客と銀行員が窓口で何かしている。ソファーが数席。

 

 カイザーローン建物正面玄関前は大通り。自動車が行き交う。横断歩道を渡って、向こう岸へ。監視カメラがない裏口に入り、カイザーローン正面玄関を見る。ちょうど客が入る所だった。手榴弾のピンを外す。ガラス戸が開く。手榴弾を投げる。客と一緒に手榴弾が開いた二重扉の隙間を通る。爆発。揺れ。建物のガラスが一斉に弾ける。粉々になったガラスが噴水のように外へと放出された。警報が鳴る。

 駆ける。遠回りをして裏口へ。カイザーの警備員は1人しかいない。ほとんどの警備員が正面玄関に集まっている頃だろう。すれ違いざまにスラッグ弾をお見舞い。気絶。監視カメラも破壊。裏口の扉にある三ヶ所の蝶番を撃ち壊し扉を蹴り破る。そのまま侵入。

 

「侵入者侵入者――――」「火事です火事です――――」

 

 警報がけたたましく鳴る。素知らぬ振りして、オフィスに入る。サングラスはかけてある。帽子も目深に被る。見つかっても大丈夫だろう。

 

「! あなただれ――――グハッ!?」

 

 すれ違うロボット人間をスラッグ弾で黙らせる。監視カメラも映らないように破壊。進む。セキュリティ室の扉を壊し、中にいた人間を気絶させる。映像を見る。取引をしていた銀行員がエレベーターにいた。9階のランプが点灯している。確認を終え映像の記録を破壊。出る時に手榴弾でトドメ。階段を駆け上がる。

 9階は最上階。廊下を覗くとエレベーターからちょうど件の銀行員が出て来る所だった。銀行員はそのまま廊下を進み、理事控室と書かれた部屋に入ろうとする。

 部屋が閉じる、その瞬間、廊下を駆け、そっと隙間に小型マイクを投げる。マイクが部屋の中に入る。扉が閉じられた。

 そのまま銀行を出た。イヤフォンをした。

 

 

 

 電話をした。もちろんヒナちゃんへ。

 

「そっちは終わった?」

『ええ。指名手配犯は捕縛したわ。今ヴァルキューレを呼んでいる』

「話は訊けた?」

『どうもカイザーグループから依頼でとある学校を襲撃して欲しいという内容だったわ。受け取ったのはやはり取引書だった。送金のあれこれもね』

「私も今カイザーローンに行ってきたけど、だいたい同じ内容だった。……とりあえず、合流しよ」

 

 ヒナちゃんと電話を切った。

 

 

 

「それでは、ご協力感謝します!」

「いいえ、たまたまいただけだから気にしないで」

「ご協力頂いたので、氏名と住所を言っていただければ、後日謝礼が届きます。どこの学校所属でしょうか?」

「謝礼はいらないわ。……人と待ち合わせているの。それじゃ」

 

 首を傾げるヴァルキューレ警察学校の生徒。確か中務キリノだった気がする。生活安全局所属なのに、なぜ指名手配犯の引取に来ているのだろうか? 隣にはげんなりした合歓垣フブキがいた。

 ヒナちゃんがこちらに来る。変装しているとは言ってもやはり滲み出るオーラは隠せていない。抱きついて迎え入れようとすると、躱された。……照れちゃって

 

「で? 不法侵入と盗聴したの? 司法の長が」

「うわぁ~~、ヒナちゃんのお説教だぁ~~♡」

「なんで嬉しそうなのよ……」

 

 溜息を吐くヒナちゃん。冗談よ、と言って一緒に歩き出す。

 

「やっぱりカイザーはアビドスを手中に収めようとしている」

「うん。遺跡発掘だけならすでに土地を買収したから、それ以外の理由が考えられるね。廃校寸前の学校を手に入れようとする理由」

「サバキはどう思う?」

「そうだね……今持っている情報だけでは何とも言えない、かな?」

 

 嘘です。原作知識から判断すると、カイザーはウトナピシュティムの本船発掘に邁進していたのだ。しかし、結局動かせなかった。それで最終章でサンクトゥムタワーを襲撃した。それだけ。つまり、カイザーコーポレーションがしていることは無駄に終わる。

 アビドスを襲撃させているのは、黒服と協力しているため。黒服がキヴォトス最高の神秘を持つ小鳥遊ホシノちゃんを人体実験したいがために、アビドスを窮地に立たせている。ついでに、職業訓練校という名分で、企業初の学校を建立しようとしているのはカイザー理事だ。これはどうでもよい。

 しかし、続くヒナちゃんの言葉で肝が冷えた。

 

「情報部の資料によれば、雷帝はアビドスに接触しているわ。それが原因かもしれない」

 

 雷帝。前生徒会長にして、鉄拳政治を敷いた暴君、天才策略家、天才発明家。原作では触れられていなかったから、もしかしたら私が存在する上でのバタフライエフェクトなのかもしれない。もしくは原作でも私が観測していない範囲に登場したのか? 判断できない。

 だが、一番重要なのは、その人物ではない。すでに失脚して、卒業した。そのため、雷帝自体が影響を及ぼすことはない。

 問題になるのが、彼女の発明品。天才発明家でもあった彼女の発明品はその一つだけでキヴォトスを混乱の渦に叩き落とす。

 

 その雷帝がアビドスと接触していた事実。つまり、雷帝の遺産がある可能性あり。

 

「…………まぁ、大丈夫でしょ」

「? それはどういうこと?」

「アビドスには、今も小鳥遊ホシノちゃんがいる」

 

 ヒナちゃんが驚いた顔をする。情報部にはなかった情報なのだろう。

 

「あんなことがあった後なのに?」

「強い娘だから」

 

 ヒナちゃんが眉を顰める。私は続ける。

 

「だから、たとえ、雷帝の遺産があっても、無事に乗り越えられると思うんだ」

「……確かに小鳥遊ホシノは情報でも要注意生徒名簿に登録されているけど、根拠が薄いわ。雷帝の遺産と戦うのは難しい」

「大丈夫だよ、ホシノちゃんなら」

「? 小鳥遊ホシノと会ったことがあるの?」

「うん。……大事な幼馴染だよ」

 

 ヒナちゃんが黙った。少し不機嫌そうな顔した。私は首を傾げた。疑問に思ったが続ける。

 

「今考えても仕方ない。雷帝の遺産は全てなくす。でも、他校の話だから、まずは他校が解決する。私達は今何もできない」

「そう……ね」

「雷帝が失脚してから、ヒナちゃんも忙しくなったでしょ? 本来なら今日は休んでほしかったけど……」

 

 法律面が解決しても、ワーカーホリックな面は改善されていない。そもそもゲヘナは問題ばかりで、休み時間が少ない。これではゆっくりできないだろう。4thPVのような血を流した姿を見たくない。エデン条約での大怪我は見たくない。

 

「…………そう言えば……サバキ。さっきイートインで言おうとしてたことだけど」

 

 イートイン? 何か言おうとしていたっけ? 記憶を探る。うどんを食べた。髪留めが嬉しかった。大好き。誂う。そして、告白まがい。

 顔がカッとなる。勢いで言おうとした内容に今更恥ずかしくなる。それと心が冷える。どんな返事が来るのか怖かった。

 

「サバキ……あなたの気持ちはある程度わかったわ。……でも、ごめんなさい。私はあなたのこと幼馴染としか思えなくて……」

「……ううん。確かに困っちゃうよね。こちらこそごめんね」

「勘違いしないで欲しい」

 

 え? とヒナちゃんを見る。ヒナちゃんは申し訳なさそうな顔で言う。

 

「私、恋愛ってどんなのかわからなくて……だから、でも、サバキに好きだって言われて困惑したけど、同時に嬉しくもあった、というのは確かなの。……だから、その……、なんていうか…………」

 

 立ち止まって辿々しく言うヒナちゃん。一所懸命に言語化しようとしてくれている。難しい感情を表現しようと努力している。私のことを考えてくれている。これ以上に嬉しいことはないだろう。

 だからこそ、一線を引かなくてはならない。この世界はこの娘たちのものだ。

 

「ヒナちゃん、ありがとう。私、吹っ切れたよ」

「……え?」

 

 血迷っていたんだ。ヒナちゃんがいる世界に来て、ヒナちゃんと出会って、ヒナちゃんの幼馴染になって、同じ学園に通って……で調子に乗り過ぎていたんだ。

 ヒナちゃんが幸せになる方法は先生と結ばれること。原作でもヒナちゃんは先生を慕っていた。それが恋愛かどうかは判らない。けれど、私はヒナちゃんには先生がお似合いだと思った。前世から。悔しいけど。

 まだ私は先生に会っていない。人となりを知らない。チナツが持ち帰った情報である程度原作通りだと判った。きっと先生も原作通りなのだろう。

 

 そう、先生。

 もし、先生が原作のような先生ではなく、悪い大人だったら、どれだけよかったか。こんな未来への嫉妬を感じる私はヒナちゃんに不釣り合いな人間だ。

 

 そもそもここにいてはいけない存在。存在しなかった存在。

 

「私は、最後までヒナちゃんの傍にいるよ」

 

 戸惑っていた様子だが、ヒナちゃんははにかみながら頷いてくれた。可愛いね。お嫁さんにしたいね。でも我慢するよ。私は前世を含めて大人だから

 

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