ライファン[LIFE FANTASY]〜抜忍人生第弍録〜   作:モノイクロ

39 / 43
38のお話[過去]

 

 

 

「戻るか。」

緒有賀(おうが)国内の調査をする為、現在この国の住人として過ごしている数夜(すうや)忍衆の黒四円(こくしまる)

報告役に書を届けた彼は現在、拠点としている始葉(はるは)という老婆が経営している、茶屋へと戻ろうとしていた。

 

 

(茶屋に戻ったら、片付けを済ますか…。

 あの婆さん、すぐに重い物を持とうとするからな。)

(はる)ばあさんと呼ばれ、親しまれている人の行動を心配し、彼は片付けの段取りを思い描く。

働き始めて三ヶ月程度だが、周りに真面目な青年と見てとられる為に茶屋での仕事内容をいち早く覚え、周囲にとけ込み始めた黒四円。

 

真面目にしていれば信頼を持たれ、あの人は善良者だと思い込まれるもの。

人間社会では善人という擬態は正攻法とも言うべき生き方である。

周囲から怪しまれず、この国の情勢を調べ上げられる事も出来るのだから。

 

 

(あの婆さんもいい歳だよな…。)

報告役が滞在している宿屋の裏口から出ている間に黒四円はふと始ばあさんの事を思い返す。

御年、六十七。

他の人間の前では明るく元気に振舞っているが、前に店の裏側で胸を押さえて苦悶している様を彼は目撃している。

 

諜報、尋問、戦事(いくさごと)

これらを行う上で生物がどういう状態というのを汲み取ることは非常に重要である。

飢えていれば、貧しい。

なぜ貧しいのか? 作物が取れない、取れないのは土地の土に問題があった。

土地規模なら大体の者達が飢えるのでは?

飢餓が進めば、国民が減り、国の年貢も少なくなり国力低下に繋がるかもしれない…っといったように物事を見る材料になる。

 

黒四円が始ばあさんを最初に見た時に思った事は(病人か?)である。

初めて会い、荷物を持って帰路に付き添った時、始ばあさんは明るい笑顔で接してくれていたが疲労感が漂っていた。

旦那が三年前に亡くなっているという事を知り、一時期の寂しさによるものかと考えたがあそこで働いていてよく分かった。

 

息子の葉太郎(ようたろう)に聞いた所、ほぼ毎日、あの茶屋を開店していたらしい。

息子が手伝っていないとなると現在、店の開店から材料の仕入れに調理、接客に後片付けなど全て一人でやってきている。

はやい話が働き過ぎの過労。

それが老いた彼女の心臓に大きな負担を掛け、病気へと変わってしまったのだ。

 

 

(俺が来て負担が減ったとはいえ、今のまま働き続ければ、確実に次の年なんて迎えられんだろうな。)

そんな風に考えるが黒四円は前に始ばあさんとした茶飲み話を思い出す。

 

 

今も経営しているあの店は彼女の爺さんが始めたらしく、始めた当初は始ばあさんも嫌々手伝っていたらしい。

しかし、長い時間営むに連れ、顔馴染みの客も増え、店への愛着も湧いていった。

激動な時代ではあるが、それにも負けずに今まで潰さずにやっていき、息子の葉太郎も産まれてくれた。

 

『息子があんなんであたしがいなくなったら、ここは無くなっちゃうかもねぇ。

 でも、あたしが生きているうちは、ここは閉めないよ。 生きている間ぐらい…この店の元気な姿を見続けたいからねぇ…。

 

 仮にあたし達の店が潰れても、別の誰かがここでお茶とお菓子を出す。

 そんな、和やかな店をやってくれりゃあ良い……それがこの老いぼれの願いかねぇ。』

 

彼女は多分、自分の死期を感じ始めているのだろう。

 

 

黒四円は、茶店をやりたがっている者を考えたり、息子に彼女の事を語ったりしたらどうなるのかなどをふと思うが…。

「…俺には、関係ない。」

吐き捨てるように呟く。

 

国奪(くにと)りをする為の一端の仕事を彼はしている。

あの茶店も三嶋(みしま)が国を治め始めればどうなるかわかったものではないのだ。

 

(人非ずの人となれ。)

心の中で幻夜の教えを反芻しながら、通りの道へと出る。

 

 

 

 

 

「おっと!?」

「っ!?」

すると角から人が出てくる。

別の事や考え事に気を取られ、お互い面食らっていたが、共にすぐに止まった為、ぶつかる事はなかった。

 

「申し訳ありません、御武家様。」

黒四円がぶつかりそうになった相手。

綺麗に仕立てられている開花家紋が入った、至極色の(かみしも)を身に着けていた。

編笠を被っている為、顔は見えないが身分の高い者というのはわかるので黒四円はすぐに深々と頭を下げた。

 

「いや、此方もすまぬ。 人を探すのに気を取られ、注意が散漫になっておった。

 どこも怪我はしておらぬか?」

「はい、無事でございます。」

「うむ、大事(だいじ)にならなくて良かった。

 時に若者よ、少し聞きたいのだがこの辺りで妙な男を見ななんだか?」

「妙な男ですか?」

 

情報が少なく、曖昧な聞き方なので首を傾げてしまう。

武士の男も流石に単純すぎる聞き方なのはわかっていたので他の言葉をだそうと模索する。

 

「うーむ、何というか…奇抜な格好をしておる…と思う。

 派手というか…目立つというか…。

 一周まわって阿呆っぽく見えるというか…目と頭が悪くなるというか…。」

「?」

どういう人間を探しているのかは分かったが、徐々にその人物をけなし始めるような物言いになっていき、最終的には怒るような呆れる様な感情を出しながら言葉を並べていく。

 

「ああ、すまぬ、余計な言葉を…。

 ともかく、奇抜な格好をした御仁だ…。 どうだ?」

「は・はあ…。 すいませんが見ていま…。」

 

 

 

おおおおぉぉーーーーー!!!!!

 

 

「むっ!何事か!?」

「向こうの曲がり角から聞こえましたね。」

大勢の人達の喝采の様な盛り上がりの声に驚いた二人。

武士の男が向かい、黒四円も後を追ってみた。

 

すると、なにやら一店のうどん屋の前に野次馬達が集まっていた。

 

「すまぬ、何があった?」

武士の男が野次馬の一人の肩を掴む。

「えっ? ああ、うちの国の主様がまた、あっし達の様な下々の者と遊んでくださってるのよ。」

「な・なぬ!? 通してくれ!!」

(国の主様って、まさか…。)

武士は慌てて、野次馬を掻き分けて進む。

 

そして、うどん屋の中には二人の男がうどんの大食い対決が行われていた。

 

「ぅっぷ…。」

一人は、黒四円も見知った顔、葉太郎。

彼の横に丼が五杯置かれており、今六杯目のうどんを啜っている所なのだろうが随分と苦しそうな表情をしていた。

 

「っかあ!美味ぇ! 次じゃあ!!」

そしてもう一人がうどんを食べ終わり、豪快に丼を掲げ、店主におかわりを要求する。

 

武士の男の様に裃を着ているので彼も武家の者なのだろうが、袖が破り捨てられた、茜染の亀甲文の上に純白の外套。

半袴も銀亀甲であり、猛々しい虎柄の腰帯。

 

支離滅裂な装いなのだが、身につけている男の佇まい。

着せられるということは全くなく、むしろ、この男にしか似合わない装い。

双方が合わさり、この男が唯ならぬ人物という事を姿だけで雄弁に語っている。

 

そして、黒四円もその男を見て、表情には出さなかったものの、内心激しく驚いていた。

 

(緒有賀……天信…!)

そう…。

今、目の前で一介の民・葉太郎とうどんの食べ比べなどという児戯を行なっている人物こそが現在、この緒有賀という地をまとめている主•天信であった。

 

 

(のぶ)…探したぞ。」

(じゃあ、もしかすると…あの編笠の奴は…!)

「おお! その声は!」

聞き覚えのある声に天信は、反応し、もう一人の武士は編笠を外した。

 

「おう! (よし)。」

(あいつが…兼白義上。)

国を落とす為の御首級を持つ一人。

そして、それを阻むであろう、大きな障害となる一人。

その両者と相まみえた。

 

 

===

 

兼白(かねしろ)龍賀淨(りゅうがじょう)義上(よしかみ)

先代、天善から緒有賀家に仕え続け、現在の当主、天信から絶対的な信頼をされている武士(もののふ)の一人である。

 

聡明な人格者でもあり、彼自身を慕っている臣下や民も大勢いる。

そして、戦闘力も凄まじい。

 

それは、天善に仕え始め、兼白義上が元服(十六歳)を迎えた年である。

緒有賀の地での内輪揉めでの戦の際に兼白義上は自身の父親と参陣。

 

始まりの際の戦況は互角。

攻め時を誤り、撤退を余儀されなくなった時もある戦だった。

 

兼白が撤退をしている最中、緒有賀上層では相手の絡め手の報せが入ってきていたのである。

人質。

天善の子供であった、長男・長女・四男(天信)が敵方の密偵に連れ去られる。

 

 

乱世の時代。

人質を捕られるなどという事は世の常であり、君主はそれを見越し、後継者を何人も用意していたものである。

 

天善は、手のかかる天信にも温和に接する程に我が子達を愛していた。

そんな彼が実の子を三人も見捨てるという選択は自分を八つ裂きにされるよりも苦しい決断であっただろう。

しかし、立場を重んじ、相手の要求であった降伏を受け入れず、天善は次戦へと目を向けようとしていたのであった。

 

 

撤退してきた軍が戻ってくる。

しかし、妙なことに兼白軍の大将とその倅が軍にいなかった。

兼白軍の副将が報告をした際に緒有賀家は驚愕する。

何とたった親子二人で緒有賀の子達を取り戻すと言い、引き返したと述べたのである。

 

援軍を送り出すかどうかの軍議を緒有賀の家臣達が揉めている間の二日後…。

傷だらけの姿ながらも天善の子達を連れて戻ってきた兼白親子。

 

何百という兵がいる敵地…。

親子二人がそこから戻ってきた(のち)のその場には生きた者はいなく逃げ帰ったか、討ち死にした敵兵が転がっていただけという凄絶差だった。

 

===

 

 

(守護剣聖と呼ばれている程の手練れだと、壱黒(いっこく)は語っていたな。)

戦闘狂な義兄の言葉を思い出し、兼白を見る。

 

厳格を示すような眉間の皺に鷹のような鋭い目付き。

髭は口元上だけ生やして整えており、髷もしっかりと結っている。

三十を終えかけている歳で重臣と役職に対してはまだ少し、若輩者と囁かれるかもしれない年齢だが、厳正な面構えがそんな陰口をも黙らせるほどの雰囲気を漂わせていた。

 

 

(緒有賀 天信も共にいる…。)

黒四円は、今この場で二人に仕掛けようか思案する。

仮にこの土地の主と重要人物の一人を始末出来たとなれば、緒有賀の国奪りは尋常じゃないほど円滑に進められる。

 

(こんな貴重な機会がくると思わなかった。

 装備は、苦無ニ本…心許ないな…。)

懐にある手持ちの武器を考え、不安がる。

 

兼白 義上の武力は勿論のことだが、緒有賀 天信も非常に腕が立つと伝え聞いている。

そんな相手が二人となれば、無事ではすまないだろう。

 

しかし、彼が考えていたのはそんなことではなく。

(半端にいけば、両方…共に浅手しか負わせられん…。

 相討ち覚悟で確実に一人は仕留め、無理なら深手でも…。

 こと切れてなければ、もう一方も同様に…。)

 

死を覚悟して立ち向かい、どっちを奪るか。

片方を奪った代償にまだ、自分に何か出来るのなら、最低限、どこまでやっていくのか…。

自分の生還など一切眼中に無い計画を心中で淡々と巡らす。

 

 

冷え切った鉄の様な精神性。

凍え切った鉄は触れれば皮膚を剥がしてくる。

そして、鉄は生き物じゃないので死を恐れない。

そんなものに手足が生え、対象を狙う…。

そういう風に育てられた青年は二人を見続け、思慮を重ねた。

 

 

(やはり、殺るなら…。)

そして、その鉄人(てつじん)は、対象の二人に近づいていくのであった…。

 

 

 

 

 

 






◇ちょい記載 設定のお話

始ばあやその旦那は元々、別の土地に居た、ただの百姓。
旦那は自分の人生が百姓なんかで終わるのを嫌い、村を始葉と飛び出て、緒有賀の地で商売の茶店を始めた。
村を出るといった旦那に対し、始ばあは彼の正気を疑ったが嫁となった手前、旦那を立てて付いて行くこと。
店となる建物や経営資金、提供物のお茶やお菓子をお客に出せるまでにするなど、色々と苦労はあった。
しかし、一番苦しくなったのは息子の葉太郎が店の金を使い、賭博で全部擦ったときの事。
資金を得る為に旦那は終えた戦場に赴き、落ち武者狩りをしはじめた。
そのような行いは彼の人生初であったがそれが悲劇となる。
死に損なった武者の咳の返り血を浴び、結核を患ってしまう。
落ち武者から頂いた、刀や鎧を売り、金は工面出来たがそれから程なくして、旦那は亡くなる事になってしまうのであった。




  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。