ライファン[LIFE FANTASY]〜抜忍人生第弍録〜 作:モノイクロ
「その辺りだと思うんだが、ボロい部分があるかい?」
「ああ! 雨漏りしてた場所ともあってるんじゃないか?」
「よーし! じゃあ、そこを塞いどくれぇ!」
「あいよ。」
朝から昼に変わろうとする、午前10時半頃。
クワール街にある宿屋・ポベロンの屋根の上に登った
現在、彼はマラリアに捕まり、ポベロンの清掃や修繕を行っていた。
理由としては、前にライナと情事の場・アカレンガを利用させてもらったことだ。
ライナを包んだバスローブ自体は彼がツケで買い、その代金も払い終えたのだが、あの場の利用代はマラリアに立て替えて貰っている。
盗賊団・ラピテリオの情報を聞いた時に過ぎる程の金額を渡した。
しかし、アカレンガの一泊利用がそれを少し上回っていた為、黒四円はこうしてツケを返すためにマラリアの手伝いをしているのが経緯である。
部屋数30の大きな建物。
雨水を滴らせるために斜めになった屋根に乗り、修繕をするのは骨が折れる作業である。
しかし、身体をブラさずに木の板を数枚抱え、雨漏りしそうな箇所に木の板を打ち付けていく。
木の板が無くなれば、降りて取り、ヒョイっと跳んで続きをやっていく、黒四円。
(身軽な子だねぇ~。
こりゃあ、ウチの奴らといい勝負だよ。)
彼女は腕を組み、彼の身体能力を心底感心する、マラリアであった。
「マラリア殿、こんにちは。」
「ん? おや、フレイじゃないかい。」
挨拶された方向に視線をやるとマラリアの前に女性が立っていた。
「ん?」
話声が聞こえてきた、黒四円はその方に視線を向ける。
緋色の長髪をバニラ色の組紐でタイトシニヨンにした髪型。
動きやすい軽装備に肩越しに背負っている、十文字刃の朱槍。
気の強そうな性格だが、この街では珍しい倫理観を持っていそうな凛然とした女性がマラリアと会話していた。
(槍か…。
刃と合わせて
槍は総じて、払うか刺突かに用いられることが多いのだが、十文字の刃は、それに留まらない。
左右に分かれた刃を用いて相手の得物を押し、絡め、体勢を崩すといった行為が可能になる。
非常に有効な技術ではあるのだが、選択肢が増えるという事が全てプラスになるわけではない。
捌きや崩しは高等技術であり、熟練した腕を要する。
それがないのであれば、刃先は直で十分であろう。
(まあ、かなり使い込んでいる槍だ…使いこなせはするんだろう。)
気晴らしに手伝いとは関係ない事を考えた黒四円は、再び屋根の修繕に戻る。
フレイヤも少し用事があっただけなのか、すぐにここを去って行くのだった。
そして、時間が過ぎていき2時間ちょっと…。
「よーし! もういいよ若造!」
「ん?そうか?」
屋根の上に向かってマラリアが叫ぶと黒四円が彼女の方を見る。
「ああ、掃除もしてくれたし、屋根の応急修理も全体的に大体済ませてくれたからね。」
「そうか、じゃあ俺は行くぞ。」
「こら待ちな。 茶飲み話ぐらい付き合いな。」
マラリアは、ポベロンの中に入っていき、受付の奥にある、自室でお茶を淹れはじめる。
黒四円は使った、工具などをまとめて持ち、屋根から降りて、受付へと向かう。
「ほらよ、お茶。」
「ああ。」
使った工具を受付台に置いて返し、マラリアが両手に持っている木製コップを一つ受け取る。
慣れ親しんだ、
「緑茶か…。」
「ああ、陽ノ本から仕入れたもんさね。
なんだい? 気に入らんのかね? 故郷の飲み物だってのに…。」
彼が無表情なので、マラリアは尋ねてみる。
「いや…。
ただ一時期、飽きるほど飲んだなと思ってな。」
「ほおーそうかい。」
「そんなに昔の事ではないんだが、懐かしく思えてな…。」ズズッ…
口に含んで味わい、ほっと一息をつく。
「美味い。」
「そいつは良かった。」
マラリアも緑茶を口に運び、ほっと一息入れる。
更に葉巻も吸い、完全な一服モードに入る。
まったりとした雰囲気を暫し堪能した後、マラリアが口を開く。
「そんでアンタ、あのお人好し娘っ子とは、どうなったんだい?」
「ん?ライナのことか?」
「そうだよ。
ヤり部屋を提供してやったんだ、こんぐらいの勘繰りはさせてもらうよ。」
ニヤつきながらマラリアは尋ねる。
マラリアは、ライナと二度会った程度だ。
だが、この街に似つかわしくない、良識ある人間というのは一目で分かり、淫らな言葉が出る会話をして二度も真っ赤な顔して恥ずかしがった。
純情なお嬢ちゃんというのがマラリアがライナに抱いている感想であり、そんな娘が一晩男と寝たのだ。
黒四円に好意を伝えたと予想し、その後の両者の関係はどうなったのかマラリアは少し気になったのだ。
「どうもこうも…終わった後、あの娘の友人の家に置いて帰ったぞ俺は。」
「はあ? ヤるだけヤってそれっきりだってのかい?」
「あの娘はもう、実家のある街に帰ると言っていたし…そうなるのかもな。」
「なんだい…アンタも女泣かせの男だったってわけかい…つまらんねぇ。」
興味がなくなったようにマラリアは、葉巻の煙を吹き、茶を飲む。
「………まあ、特別な女を作る気はないな…。」
「ほお〜?」
「ライナにも言ったが、俺は向こうで忍をやっていた。
堅苦しい掟に縛られ、汗臭い鍛錬の日々…。
それが終わっても、待ってるのは血生臭い戦や気の休まらない諜報活動。」
「…。」
「やっと、陽ノ本から抜け出して自由になれたのだ。
女遊びの一つや二つ…別にいいだろう。」
フゥー…「そうかもねぇ。」
葉巻の灰を灰皿に落とすと黒四円の話も終わり、彼はお茶を口に含む。
(抜け出したかい。 一体なにをしでかしたんだか…。)
マラリアがはこの大陸で育ってきた只人族だ。
当然、陽ノ本に存在する忍の詳細な事など何もわからない。
しかし、彼が何か事情があってこの大陸に流れ着いたことは察っせられる。
(忍ってのは、アサシンやスパイに近い仕事をする奴らだったかね。
そんで、多分この子は何処かの組織に属していたって所かねぇ…。)
堅苦しい掟と黒四円が言っていたことを思い出し、線を繋げていく。
組織属している以上、ルールは明確に決められており、従わなければならないモノである。
上に立つ者への敬意ある態度。
定められた仕事への真摯なる働き。
従事者への正当で公平な報酬の約束。
細かい点を含めればキリの無いルールを定める組織や団体もあるだろうが、生き物が集えばそういった事柄が発生する。
何故発生するのか?
それらが組織として上手く機能していく、秩序というものを生み出してくれるからである。
秩序というバランスが損なわれてしまえば、それ等の骨組みは崩壊へと向かっていく。
一瞬…又はジリジリと…。
そして、忍衆やギャングなどという闇組織には破れば死にも値する、ルールが必ず2つある。
1つは、組織に多大な損害を出す、愚かな働き。
そして2つ目は、私利私欲・私情を挟み込こんだ、組織への裏切り。
(アタシの見立てでは、この子は裏切った…。)
彼は、作業者としての仕事ぶりも今回の手伝いも真摯に働いていたので職務失態の線は薄い。
そして、彼女は立場上、闇組織についてよく知っている。
黒四円がまだ知らない、彼女自身のの
知っているのだ…。
(特定の女作らないってのは、それが自分の弱みになるからか…自分のせいで危険な目に合わせたくないっていう優しさかねぇ?)
彼がすました顔でお茶を飲んでいる横顔見て、マラリアは葉巻を吸い切る。
「まあ、アンタの人生だ。 好きに生きな。
ただひとつ、ババアの軽い説教を言うよ。」
ゴクッ「ん?」
「女が惚れるのを舐めるんじゃないよ?」
「? どういう意味だ?」
「女と…人と接していけばわかるさね。」ズズッ
「…。」
「人と関わって生きてみな。
そこにはアンタがまだ知らない異国と並ぶような、広大な情の世界がある。
アンタが見てきた、恨みつらみや妬み、憎悪や殺意なんてのは人の一部分の感情に過ぎないのさ。」
「…。」
「他者が他者を思い、その為に行動する美しさや倫理に外れない芯を持った誇りある生き方をする者達…。
アンタは、多分…そういう奴達を胸に刻み込んでいくんじゃないのかねぇ。」
「…随分と知ったことを言うんだな? あんたに俺の何がわかる?」
「なーーーんにも知らないさ、アンタと会ってまだ数日なんだから。
ただ、アンタよりも少し長く生きてんだ、アンタが気付けてないことの1つや2つ、気づけるさね。」
「…?」
「アンタは良い奴だよ。 自覚したくないんだろうが…。」
実に穏やかな表情と優しく諭すような声色。
その姿を見た、黒四円は目が遠くなっていく。
まるで神や仏に答えを出してくれるように問う、良心を得た咎人のように…。
「………茶…馳走になった…。」
「あいよ。 稼いでまた泊まりにきな。」
黒四円は振り向いて彼女の方を見るが返事を返せなかった…。
胸の奥がむず痒く、申し訳ないようだが、温かくなる感謝の気持ちもあるような…。
そんな複雑な感情にのまれて、言葉を発する余裕もなかったから…。
少し立ち尽くした黒四円だったが、口角が少し上がり、マラリアに軽く会釈をする。
次はありがとうと言えるようにしよう…そう思いながら…。