ライファン[LIFE FANTASY]〜抜忍人生第弍録〜 作:モノイクロ
翌日・10時前後。
母・ヴェローナの着替えなどを終え、ミヨーネの診療所で一晩休ませてもらったフレイヤ。
母に朝食を摂ってもらい、ギルドで依頼を数件受け、街の外を歩いていた。
依頼に取り掛かる前に、彼女はアイゼンの元を訪れようとする。
ここ3日間の差し入れの正体は彼がしてくれた物なのだろうとフレイヤは推測し、せめて礼の一つでも伝えておきたかったのだ。
(邪魔にならない様にさっさと礼を言い、店を出よう。)
そう思いながら、彼の店の前まで着き、扉に手を掛けた時だった。
「あんたか。」
「む?」
後ろを振り返ると
「見覚えのある、後ろ姿だと思った。
調子はどうだ?」
「…。」
何気ない顔で彼はそう聞いてくるがフレイヤは嫌な顔を見せ、何の返事もなくアイゼンの店へと入っていくのだった。
「アイゼン殿、御免。」
「…フレイヤか? 珍しいな。」
あまり訪れない客の顔に少し驚くアイゼン。
アイゼンは自分の現状を知っているのでフレイヤはなるべくここに訪れないように心掛けていた。
来れば、必ず何かしらの施しをしてもらってしまい、ここに越してきて、数回は無料で食事をさせて貰い、その礼もまだ出来てない。
これ以上世話になってはいけないとフレイヤは思い、なるべく店には訪れない様にしていたのだ。
「御免。」
「お前さんもか…。 一緒に来たのか?」
フレイヤが入店して、すぐに黒四円も入ってきたのでアイゼンはそう思う。
「いや…。」
「違います。 こんな男と共に行動などしませんので。」
「お・おう…。」
あまりにも素早く、圧のある彼女の否定にアイゼンは少し怯んだ相槌をし、黒四円も口を噤んでしまう。
「私はアイゼン殿にお礼を言いに参っただけですので。」
「…礼?」
「はい。 差し入れの件、感謝いたします。
お店の仕事もしているでしょうし、私の用はこれだけなので、それでは…。」ぺこり
アイゼンが口を開こうとするが、彼女は頭を下げ、すぐに店の扉に向かうがその前に黒四円の方を見る。
「あまり、気軽に話しかけてこないでくれるか?
同じ国出身とはいえ、私は貴様と親しくする気はない。
むしろ、軽蔑している。」
「…そうか。」
「後、アイゼン殿の店を利用するのは勝手だが、迷惑をかけるのなら、許さんぞ…!」
「ああ。」
「ふん…それではな…。
ふらふらしてないで、少しは働け。
まあ、その金も女遊びに使うんだろうがな。」
吐き捨てるように言うと彼女はそのまま店を後にした。
「…随分、嫌われているな?」
「そうだな。」
フレイヤの黒四円に対する当たりの強さを見たアイゼンは尋ねるが彼は何食わぬ顔でそう言うだけ。
意識の高い武家の娘ということと、同郷の人間なのに彼が情けない生活をしている事に憤りの様なものを感じているのだろう。
(しかし、差し入れとはどういうことだ…?)
覚えのないフレイヤの発言に疑問を持つアイゼン。
時折、フレイヤに差し入れで食料などを渡していた彼だが、決して経済的に余裕というわけでなく、むしろその逆。
クワール街という荒れた街では、ゆったりとカフェでくつろごうという者など少なく、現在の収入源は、数少ない常連客からの売上ぐらいである。
「考え込んでいる所悪いが、依頼の品だ。」
「ん? ああ…俺がギルドに出した住人依頼…お前さんがやってくれたのか…。」
小さな布袋をカウンターに置き、中身を確認する。
中身は、香り付けのハーブ。
普段から決まった日に仕入れをしているのだが、思ったよりも早く消費してしまい、次の仕入れ日までの繋ぎとして少量のハーブの採取をギルドに依頼していたのだ。
「問題ないか?」
「…おう。」
アイゼンは手を差し出すと黒四円は依頼書を渡す。
住人依頼は直接依頼者に確認を取るため、依頼が完了すれば、依頼者当人のサインと依頼番号を書く事になっており、それを控えた依頼書をギルドに持っていけば、作業者は報酬を受け取れる。
「…助かった。」
「依頼書を見かけたから。」
サイン等を済まし、依頼書を返す。
「もう、店開けてるのか?」
「いや、準備中だ…。」
「そうか……聞きたい事があったんだがな…。」
仕事時間を割いて、知りたいことを教えてもらうのは忍びないと思っていた黒四円。
せめて何か注文してから、聞きたいことを聞こうと思ったのだが、開店準備中なら仕方ないと思い、出直そうと考えていたのだが…。
「…コーヒーぐらいなら出すが?」
「いいのか?」
「金を払うなら問題ない…。」
材料の仕込みや店内の清掃などは前日の晩や早朝などに毎日キッチリと済ましている。
後は、店外前を軽く掃いて、看板をcloseからopenに変えるだけだったのでアイゼンは別に良いかと思う。
「コーヒー…何を飲む?」
「じゃあ…Mokuブレ…ああ、悪いちょっと。」
黒四円は、金が足りているか心配だったのか、取り出し確認する。
「足りるな。 じゃあ、Mokuブレンドの濃いめを頼む。」
「…わかった。」
1万
そんな疑問はすぐに捨てて、コーヒーの準備をしながら黒四円に話しかける。
「…それで、聞きたい事とはなんだ?」
「ああ。 出来たらで良いんだが食料を売ってもらいたい。」
「遠方の討伐依頼か調査依頼でも受けたか?
悪いが携行食にできるウチの食料なんて、パンと塩漬けしたハムぐらいだ…。
そして、この2つはうちのメニューでよく使うかもしれんからそんなにやれん…。」
「いや、日持ちしなくてもいい。 今日か明日には無くなるだろうし。
とりあえず、ひとり一食分の食料を売ってもらいたい。」
「何…?」
「後、出来ればこの地には滋養のある果物…りんご…だったか?
それもあればひとつ売ってもらいたいんだが。」
クワール街にも食料を売っている店舗はあるのだが、そのどれもがロクな品物が無かったり、不定期に閉まっていたりしている。
黒四円はこの店の食料品なら粗悪な物を渡さずに余りがあるなら分けて売ってくれると思い、ここに来たのだ。
その提案に腕を組み黒四円を見て、考えるアイゼン。
「…。」
「無理か?」
「…定期的にいるのか?」
「今の所は…。
あればありがたいが…そこまで図々しい事は言わない。」
「…そうか。」
『今の所は…。』 ーー
その言葉に、アイゼンは先ほどのフレイヤの言葉を思い出す。
『差し入れの件 〜〜 。』 ーー
「…いいぞ。」
「本当か? かたじけない。」
フレイヤの差し入れの正体がアイゼンの思っている通りかどうかなどわからない。
だが、彼が食料品を買いに来たら、出来る限りの融通を利かしてやろうと思い、希望された品の在庫を見に行くのであった。
ーーー
(…流石に、強く当たり過ぎたか?)
店から出てきた、フレイヤ。
Café Mokuは街の外に出れる東門付近にある店な為、彼女はそのまま東門へと向かいながら、さっきのやり取りを思い返していた。
(アイゼン殿の前だったし、もう少し穏やかに接したら良かったか?
いや、しかし…あの男、見るなり私に気安く話しかけてきたからなぁ………。
出会う度に下手に馴れ馴れしく接してこられるのは嫌だし…。)
豪快で誠実な武人に育てられた彼女も実に真っ直ぐな性格の持ち主。
思ったことは口に出し、表情に現れてしまうのは彼女の長所でもあり、短所でもあるだろう。
フレイヤは、自分の気持ちに正直に生きて、それを言葉にしているだけなので何が悪いと思うようにしている。
しかし、感じ悪い物言いをすれば気になるのが人間。
せめて、アイゼンのいない場で黒四円にああ言ってやれば良かったと思いながら、東門に向かっていた。
「フレ…フレイヤさん…」
「先生?」
考え事をしている間に東門に着いたが、そこでミヨーネの声がした。
「良かった。 ま・まだ街の外に…で・出てなかったんだね…」
「どうしましたか?」
いつも自信無さげな彼だが、少し気まずそうな声色…。
言動からして、ここで彼女を見かけられる様に待機していたようだ。
「そ・その…き・君の…お・お母さんだけど…。」
「っ!? 母上に何かあったんですか!?」
過剰な反応を示し、ミヨーネの両肩を掴むフレイヤ。
鬼気迫る表情に気弱なミヨーネが更に怯えるが何とか口を開ける。
「お・お……おち・落ち着い…てよ!
さ・さっき、ちち・鎮痛剤を飲ませて、強制的にま・魔法で眠ってもらった…!
今は大丈夫だから〜…!」
「…っ! すいません…。」
取り乱していた事を自覚したフレイヤ。
ミヨーネの言葉で現状、母は大丈夫だと知り、落ち着きを取り戻す。
「はぁー…はぁー………ふぅ…。
フ・フレイヤちゃん、とりあえず、僕の病院で話せないかな?
ほほ・他の人もいるかもだし…。」
「は・はい、先生。」
彼女に掴まれ、ミヨーネも恐怖で体がすくんでいた。
息を整えるとフレイヤにそう提案し、2人は診療所へと戻る。
ーーー ミヨーネ診療所 ーーー
フレイヤは、母の様子を一目見に行った。
そして、診療室兼応接室でもあり、ミヨーネが私生活を送っているリビングの椅子に両者は対面に座り、話を始めた。
「先生…それで話というのは?」
「あ・うん…その〜…言いにくいことなんだけど…。」
目を泳がせ、言いにくそうに口篭るミヨーネ。
「はっきりと申してください。」
「ご・ごめん…。
じゃあ、言うけど、い・今の治療薬だと、も・もう効果がなくなってきていると思うんだ…。」
「え? しかし、今は安静に寝て…。」
「あ・あれは鎮痛薬を飲ませたって言ったでしょう?
最近、痛みの方も出てきたのか、騒ぎ出したりもしてきているんだ。」
「そ・そんな…! そんな事は先生、一言も!」
「も・もう少し経過を見ようと思ったんだけど、治療薬を増やしても、こ・効果が出なくなってきてて…。」
まるで弁明のように説明するミヨーネ。
フレイヤは冷静に聞こうとするが、徐々にその声色に焦りが見え始める。
「い・痛みを抑える為に鎮痛薬を服用させているけど…それも量が増えているんだ…。
あれは摂りすぎると毒になるし…こ・根本的な治療にならない…。」
「っ…! では、どうすれば…!?」
「そ・それは…。」
ミヨーネの口が止まり、フレイヤの顔が青ざめていく。
最早、母・ヴェローナの病を治すことは出来ないのかと思い始める。
「その…新しい治療薬は…あるよ?」
「そうなのですか!?」
だが、すぐに別の治療薬の話を出される。
何故、あんな紛らわしい反応を示すのかと文句を言いたくもなるが、すぐにミヨーネの反応が正しかったことを思い知らされる。
「ただ…その…金の方が…。」
「……高いのですか?」
「…うん。」
彼女の生活事情をミヨーネはよく知っている。
朝から晩まで作業者として依頼をこなす…働き詰めの毎日。
そうやって稼いで、ようやく母を治療する為のお金は用意される。
余った少しのお金は彼女の質素な食事や武器防具などの整備に回すので、貯蓄など0…宵越しの銭など常にないのが彼女の状況だ。
こんな彼女の財政難を知っているからこそ、ミヨーネはずっと言いづらそうにしていたのだった。
「いくらですか…?」
「…は・端数を抜いても20,000
「にっっ!?」
薬の額を聞かされ、フレイヤは耳を疑った。
彼女が1日に稼げる額は、約20,000〜30,000Y程。
これまでは薬代で10,000Y、診療所の部屋代で7,000Y、その他費用で約5,000Y程となり、これらのが、母・ヴェローナの為、1日に必要な医療費である。
フレイヤにとってヴェローナは、父・槍匡に守れと託された存在。
そして言わずもがな、彼女の大事な母親である。
その為、最低でも1日に22,000Y以上の金を用意することは、彼女にとって何よりも優先することであった。
「も・もちろんだけど、薬代だけでね?
げ・原料の方が……その…高くて…。 これでも安くしてる方なんだよ…?」
「っ…! ………。」
しかし、何よりも優先しなければならない目的の達成が難しくなっていく事にフレイヤの気が落ちていく。
今でも1日働き通して、平均で25,000Y程なのだ。
良い依頼内容の仕事ばかりで30,000Y以上稼げる事もあるがそんなことは稀であるし、その逆の現象だって起こり得る。
雀の涙程の貯金を使えば、1日〜2日、新薬代とその他諸々の医療費を払っていけるがすぐに限界がくる。
(どうすれば…。)
この詰みかかっている状況にフレイヤは絶望し、頭を抱える。
「ふ・フレイヤちゃん…」
少しの沈黙の後、ミヨーネが声をかける。
「そ・そのね…? こここ・こんな提案、本当はしたくないんだけど…。」
「…?」
恐る恐る…危険物を扱うような慎重さで言葉を繋ぐ。
「…稼げる仕事、紹介出来るんだけど。」
「………っ!?」
その発言にフレイヤは、目を見開いてミヨーネを睨みつける。
内容を聞かずとも自ずと碌でも無い事だとわかっている彼女。
「…どういう…仕事ですか?」
しかし、詳細に聞く。
1割の可能性も無いのに淡く…マトモで稼げる仕事内容だと願いながら聞いてみる。
「うぅ…そ・その………ぼ・ぼくの知り合いなんだけど…今、女性を探していて…。
なるべく若くて…キレイな女性なんだけど…。」
「〜〜〜っ!!!」
ミヨーネは遠回しに説明を続けたが、それを聞きながらフレイヤは口惜しそうに下を向いてしまう。
簡単に言ってしまうのなら、娼婦への口添えだったのだから…。